このエントリーをはてなブックマークに追加
innovator_matsuda-1_main

「人を育てる」環境に足りないものは何か

子どものリーダーシップや問題解決力を伸ばす教員を育てるNPO 法人

[松田悠介]特定非営利活動法人Teach for Japan 代表理事

「私たちは、ひとりひとりの子どもの可能性が最大限活かされる社会の実現を目指します。」——。

この言葉をミッションとして活動しているのが、私が代表理事を務めるNPO法人(特定非営利活動法人)「ティーチ・フォー・ジャパン(Teach for Japan:以下、TFJ)」です。TFJでは主に、学校教育に携わりたいという人材を育成し、その人材を教育現場の教員として採用していただけるよう教育委員会に紹介するという活動を行っています。

中学校のいち体育教師だった私が、なぜこうしたNPO法人を立ち上げるに至ったのか。教員としての勤務はほんの2年間でしたが、その2年間で教育現場にあるさまざまな問題が見えてきたからにほかなりません。最も大きな、そして印象的な問題は、私が教師になって半年ほど経ったときに起きました。

目にしてしまった学級崩壊、リーダー=教員の責任転嫁

とあるクラスの授業中、廊下から中の様子を覗いてみると、そこに見えたのは席を立って歩き回る生徒、床に寝そべる生徒、机に突っ伏して居眠りする生徒、携帯電話をいじる生徒、弁当を食べる生徒……。まさに「学級崩壊」の現場を見てしまったのです。これは大変なショックでしたが、それ以上にショックを受けた出来事がありました。学級崩壊を起こしていた授業の担当教員が職員室に帰ってくるなり、「今日はあいつとあいつがうるさくて授業にならなくてさ」と言うのです。

私の持論ですが、教育に関する限り、「子どもが悪い」ということは一切ないと思っています。子どもの人格は、あくまで大人が作り出す環境の中で形成されていくものですから。問題を解決するには、自分に付いて来ない子どもを責めるのではなく、自分のリーダーシップや学習環境作りを工夫するほうが建設的。教室のリーダーたる教員が子どもの前にどういった態度で立ち、どういった授業を行い、授業を振り返ってどういった改善をしていくのか。クラスの状態に問題があるのなら、それは、十分なリーダーシップを発揮できなかった教員に責任があるはずです。しかし、人を導き、成長を促すはずの現場において、子どもに責任を転嫁する文化がまかり通っている現実を見て、私は非常に強い危機感を覚えました。

「もっとも重要なこと」を優先できない現場

モンスターペアレンツの問題もそうです。教員が「あの生徒の親が悪い」と決めつけることは簡単ですが、それでは話が進みません。「親は子どもを愛している」という前提に立てば、その親達の行動の理由も見えてきます。親達が学校や教員を評価する手がかりは、子どもを通じて得る断片的な情報しかありません。帰宅した子どもから「今日学校で授業がつまらなくてさ」、「みんなが立ち歩いて授業になってなくて」とつぶやくのを聞けば、どの親も不安になりますし、学校や教員に対して不信感を抱くでしょう。逆に教員が興味深い授業を行っていて、子どもが「今日の授業は楽しかった!」と、ひと言でも口にするのを聞けば、親は学校に対してサポーティブになるものです。

ただ、教員がこうした態度をとってしまいがちなことには、「教員の多忙化」という問題もあると思っています。本来なら勤務時間の100%を子どもと向き合うために費やすべきなのに、実際にそれができるのは30%程度です。授業の準備はもちろんのこと、部活の顧問や保護者対応、職員会議など各種会議への出席、文化祭や体育祭など各種イベントの準備……と、アメリカと違って分業化が進んでいない日本の教員は、毎日とにかく忙しい。「いまやらなくてはならないこと」に振り回されている現実は、早急に改善すべきでしょう。

人を育てるには、まずビジョンから

学校はものを作るところではなく、人を作るところです。日本の教育現場には、人材を育てるためのイノベーションが強く求められていると考えています。私が考えるイノベーション実現のための具体的な方策は、後半の記事で述べたいと思いますが、その前に、現在の教育現場では、イノベーションの方向性を決める「将来のビジョン」がそもそも抜け落ちている点を見直す必要があるだろうと思っています。

現場は、明確なビジョンがないため、業務に優先順位をつけることができず、ただただ忙しく毎日を送ってしまっているのです。そこで共有されている「結果」へのイメージは、「明るく元気な子どもに育ってほしい」といった、どこかふわふわした抽象的な価値観。生きる力を伸ばし、夢を持って人生を生きていってほしい、という意味では非常にいい考え方ではあるのですが、そこにリアリティがないため、どうしても夢物語に終わってしまっているのが現状です。

かつてのように努力すべき方向がはっきりしていて、「正解」がわかりきった時代においてはその考え方で十分だったのかもしれませんが、正解が見えず、将来が読めないこの時代に「いかに人を育てるか」を考えると、それでは不十分だと思うのです。教員は、将来どういう社会になっていくのかを合理的に予測し、想定される社会環境で強く生き抜く術を子どもたちに教えなくてはなりません。

このような問題意識で、私は教育現場を変えたいと思いました。しかし、自分一人では限界がある。夢の実現に向けて一緒に戦ってくれる仲間も欲しい。「じゃあ、自分で理想的な学校を作ろう」——。これが、当時の私が辿り着いた答えでした。そうして私は教員の職を辞して、学校経営に関する知識やスキルを身につけるため、ハーバード大学へ留学したのです。

TFJのモデル、Teach for Americaの上部組織であるTeach for allにはイギリスのTeach Firstなど、現在30カ国の組織が加盟している。世界中から集められたナレッジやベストプラクティスをそれぞれが自国での運営に活かしている。
http://teachforjapan.org

TFJの東京オフィス。元マッキンゼー、元ゴールドマン・サックスなど、さまざまなバックグラウンドを持つトップクラスのスタッフたちが松田氏の志を支えている。現在は日本全国で社会人スタッフ70名、学生スタッフ50名が活躍中だ。

TFJのスタッフは定期的に研修を行っており、ブレインストーミングなどを通じて各スタッフの意見や考えを吸い上げる。この時のテーマは「理想的な学校」。多様性のある人材をまとめ上げるにはビジョンの確認が必要である。

アメリカのNPO法人
Teach For Americaとの出会い

留学中、私はアメリカのNPO「ティーチ・フォー・アメリカ(Teach for America/以下TFA)」の存在を知りました。貧困問題を教育の力で解決することを目指してウェンディ・コップという一人のアメリカ人女性が立ち上げた団体です。優秀な教員を育成し、貧困にあえぐ地域にその教員を派遣する活動をしており、多くの若者がここで教員としてのスキルを身につけ、アメリカの国内各地で子ども達への教育に尽力しています。

このモデルに私は感銘を受けました。「私の夢を実現させるにはこういう方法があるじゃないか。TFAの日本版を作ろう!」。それが、TFJの始まりでした。

設立までの準備期間も含め、それから約3年が経ちました。TFJで人材を育成し、教育現場に紹介する事業「Next Teacher Program」を通じて育った人材を私達は「フェロー」と呼んでいますが、2013年4月からはTFJのフェロー1期生が実際に教壇に立っています。彼らが現場で働き始めて約半年が経過しましたが、実際は現場の経験がゼロからのスタートですし、学校独特の文化もあって、慣れるのには時間がかかっているようです。

アグレッシブな目標設定が優秀な人材を集める

ただ、教科指導法だけでなく、リーダーシップや問題解決能力といった、これからの社会で必要な生きる力を伸ばすためのスキルを身につけているのが私達TFJのフェローです。ここからPDCAを必死に回しながら、ビジョンを持って授業を日々改善していくことで、よりよい学習環境を作れるようになるはずです。教育現場のほとんどは3学期に区切られていますから、PDCAサイクルを回しやすいという特徴があります。強制的に区切りがあり、気持ちもリセットされるので、2年間の任期で6サイクル、改善プロジェクトのチャンスがあるわけです。

1期生は11人ですが、来年は20人、次は40人。4年後からは一気に人数を増やして、10年後には1000人のフェローを現場に送りたいと思っています。1000人を送ると言っても日本には教員が全部で約70万人いるので直接的なインパクトを与えるまでには至りませんが、大事なのは送る教員の数ではありません。私たちが送った教員たちが蓄積したナレッジを国や教育委員会の採用方針、教員育成方針につなげていくことこそが大事だと思っていますから。

教育に関わる民間企業やNPOは数多くありますが、実は、公教育に切り込んでいく団体の数は決して多くありません。学校の授業外の時間や週末の時間、つまり放課後や家庭の時間を使ってのサービスがほとんどです。とは言え、子どもの1日の生活を考えると、学校という公教育の場にいる時間が一番長い。日本にある小学校のうち、公立学校は99%、私立学校は1%。中学校を見ても、公立学校は97%、私立学校は3%です。大多数の子どもが公立学校に通っているのですから、ここに切り込んでいくことが、問題を正面から、根本から解決していくためには必要なはずです。

「10年後に1000人」という目標は、かなり高いハードルといえるでしょう。でも、こういうアグレッシブな考え方を持つ組織こそ、魅力ある人材を惹きつけるのではないかと思います。私自身のマネジメントも問われますが、人を育てる環境作りを支援するというミッションには、大きなやりがいを感じています。

WEB限定コンテンツ
(2013.9.20 渋谷区のオフィスにて取材)

松田悠介(まつだ・ゆうすけ)

Teach for Japan代表理事。2006年に日本大学文理学部体育学科卒業後、体育科教諭として中学校に勤務。その後、千葉県市川市の教育委員会勤務を経てハーバード教育大学院修士課程を修了。卒業後は外資系コンサルティングファーム、PricewaterhouseCoopersで人材戦略に従事し、2010年7月に退職。同年9月にTeach for Japanを設立し、現在に至る。著書に『グーグル、ディズニーよりも働きたい「教室」』(ダイヤモンド社)。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

RELATIVE 関連記事

「理想」を語るだけではイノベーションは生まれない

[松田悠介]特定非営利活動法人Teach for Japan 代表理事

RECOMMENDEDおすすめ記事

TOPPAGE