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個人を尊重する社風づくりで
電力業界の競争を勝ち抜く

働く場所と時間の制約を廃したオランダ最大手の電力会社

[Essent (An RWE company)]s-Hertogenbosch, Netherlands

  • 競争が激しい電力会社で勝ち抜ける土台を固める
  • 働き方の自由度を挙げ個性を尊重するオフィスづくり
  • 優秀な人材が集まる企業へ

欧州には多くのエネルギーサプライヤーが存在する。各社とも「差別化の手段は価格のみ」という厳しい環境下、電力供給以外に活路を見出している昨今だ。」

しかし「エッセントにはしたいこと全てを実現するリソースがなかった」とイノベーションアクセラレーション・マネジャーのマルセル・ブロウメルス氏は述懐する。「だからなんです、私たちは皆クリエイティブになり、生産性を向上させる必要がありました」

2009年から2012年にかけて実施された抜本的な改革は、従業員の働く場所と時間の自由度を上げ、個性を尊重する方向へと舵を切るものだった。固定席は廃止、従業員は週2日の自宅勤務というワークスタイルへと変貌を遂げた。これにより同社のオフィス数は国内13カ所から4カ所にまで一気に集約。エッセントはオペレーションコスト削減と生産性の向上の両立に成功したのである。

コンセプトはアクティビティ・ベースト・ワーキング

今回訪れたのは、のどかな田舎町スヘルトヘンボスに建つエッセントの本社ビルだ。古い建物を残しながら増築を重ね、そこに大胆なリデザインを施している。アクティビティ・ベースト・ワーキング(通称:ABW)をワークスタイルのコンセプトとし、固定席を設けず様々なワークスペースを用意。オープンエリアにソファスペース、スタンディングデスクなどの選択肢から、ワーカーはその都度仕事内容に最適な場所をセレクトすることになる。

他人の目にさらされることなく作業に集中したいときは、個室のコンセントレーションブースに籠もり切りになるのもいいだろう。1階の巨大なアトリウムもワークスペースの1つに数えられる。しかし本来の意図は多目的なオープンスペースといったところ。確かに、同僚とコーヒーを片手に話し込む従業員もいれば、ランチをとる者、打ち合わせをする者がおり、文字通りの多目的空間。朝夕は特にラウンジとして用いる従業員が多いという。

このアトリウムから延びる階段を降りると、地下のミーティングルームに突き当たる。以前は全面コンクリートむき出しの寒々しいスペースで、従業員の人気は今ひとつ。現在はフットボールのイメージやエッセントがサポートする鹿保護区のイメージなどを取り入れ、誰でも親しみの持てるデザインとなった。


社屋外観。写真左手に見える塔が突き出た建屋に大きなアトリウムがある。

創業:1999年
売上高:約44億ユーロ(2014)
従業員数:約2700人(2014)
https://www.essent.nl/


アトリウムのある建屋と増築したフロアを結ぶ回廊。古い建物の壁をあえてそのまま残したのは、「外部」を意識させることで気持ちを引き締める効果を狙ったもの。

  • アトリウムに隣接したカフェ。社内には他に無料のコーヒーメーカーがあるにもかかわらず、オープン後は社員から大人気なのだそう。

  • 2階の執務エリア手前のミーティングスペース。従来はギャラリーのように絵を展示していたが、人の流れを考え交流の場に変更した。

  • フロアの通路上に設けられたカフェスペース。窓の向こうには中庭に植えられた竹が見えており、オフィス全体としても竹の意匠が至るところに取り入れられている。

  • 2階の執務エリアにあるカジュアルなミーティングができるソファスペース。エッセントでは、社員がいつどこで働いてもいいように、オフィス内の様々なところに社員が自由に使えるスペースを用意。固定席をなくしたことで、これらのオープンスペースが有効活用されている。

最新テクノロジーを導入しつつ
少しだけ不便さを残しておく

端的に言えば「どこで働いてもいい」オフィスであり、従業員の様子を見る限りではその自由を十分に満喫しているようだ。とはいえ、最初からそうだったとは限らない。

現在も、職種ごとに従業員が固まる傾向があるという。慣れたエリアやデスクに座りたくなるのは人間として自然な心情だ。かつて固定席を廃止する際は「どうやって人を探せばいいかわからない」「専用のツールやアプリを作ってほしい」といった意見も寄せられた。しかし、会社からの回答は明快な「ノー」だった。

「あえて便利なツールを提供しない選択をしたんです。『パブで友達と待ち合わせをするのと同じでしょう?』と。同じ建物内にいるんだから、ちょっと歩いて探すなり、電話をするなりすればいい。過度にテクノロジーに依存するのではなく、クリエイティブに、自分の頭を使って考えてほしいんです」

従業員のワークスタイルを変えるインパクトで言うなら、オフィス空間の変化に劣らず、自宅勤務の推奨も大きい。現在のところ、週3日は出勤・週2日は自宅勤務という形態が平均的だ。自宅勤務の効用は第一に生産性の向上。自宅勤務の推奨によりオフィススペースを削減、オペレーションコストを大幅に抑えられた。

個人の自由度を組織の生産性につなげる取り組み

チェンジマネジメント実施前の2009年、エッセントは自宅勤務について調査を行った。22職種のチームに1年間自宅で仕事をしてもらったところ、生産性は15%向上。自宅にいれば体調が悪くても仕事を多少は進められるのだろう、病欠も20%減。総じて「仕事と生活のバランスが向上した」というポジティブな意見が目立つ結果となった。

「要するに、時間を自由に使うことができるのが自宅勤務の一番のメリットでしょう。例えば以前は、クルマを修理するにもわざわざ半日休みをとっていたのが、今は気楽なもの。生産性向上は私自身も実感しています。家で1日、2日仕事をするとオフィスでの1週間分の仕事ができる。すごく効率がいいんです」

もう1つ、優秀な人材が集まり始めたことも、自宅勤務推奨による成果に上げられる。もとよりオランダでは自由度、マネジャー、給与が勤務先を決める大きな理由と言われている。エッセントはその自由度で傑出した存在だと言える。結果、エッセントで働きたいと希望するワーカーが増えたということだろう。

だが、個人の自由度が増え、個人の生産性を向上させることが、組織の生産性に直結すると言い切れるのか。例えば、自宅勤務が増え、同僚と接する機会が減れば、孤独が募ることもある。また、チームスピリットが薄れていく弊害はないのか。

「確かにチームと話し合いをしなければ仕事は進まない。ですから、オフィスへ行く必要は常にあるんです。自宅勤務が始まった当初は、週に2日はチームとミーティング、2日は自宅勤務で、あと1日はとにかく出社と決めていました。ただ、仕事の話ばかりでもよくない。そう思って、オフィス隣のパブに行って、仕事以外の話をするようアレンジしたところ、自然に会話が増え、チームスピリットも育っていきました」

週1日しか会社に来ない人がいてもかまわない

言われてみれば、オフィス内にも、チームスピリットを醸成、キープするための仕掛けが散見される。コーポレートカラーであるピンクを多用しているのは「エッセントにいる」ことを常に意識してもらうため。無料のコーヒーメーカーを複数置き、その場のちょっとした立ち話を促してもいる。

もっとも従業員がより好むのは、不思議と有料のカフェのほうだとか。「コーヒーが美味しいからではなさそう」とブロウメルス氏は見る。同僚と話をしながら入れたての本格コーヒーを買うという行為のためにわざわざ有料カフェに集まるのではないかと。それこそ自宅勤務では味わえない体験だ。

従業員は、「いつでもどこでも働ける」自由を謳歌しながらも、オフィスの価値、仲間の価値を忘れることはない。オフィスが好きで週4で出勤する従業員もいるという。

「何日出勤しても『来なくていい』とは言いません(笑)。逆に週1日しか来ない人がいても構わない。選択肢があるということが重要なんです。もちろんチームのベストパフォーマンスに貢献するのが大前提。しかし働き方は個人に委ねられる。そのチームにおいて、どんな働き方なら自分はハッピーでいられるのか。皆がそう考えて、思い思いの働き方を選択しているのです」


2階執務スペースの奥に設けられた、個室のコンセントレーションブース。


2階の執務スペース。部署の業務内容によっては固定席を持つところもある。


2013-2014年度Dutch Workplace AwardsでNo.1に輝いた際に授与されたオブジェ。


イノベーション
アクセラレーション・マネジャー
マルセル・ブロウメルス

  • 地下のミーティングスペース。部屋ごとにデザインのテーマが分かれている。会議室としてだけではなく研修にも使われることが多いそう。

  • エントランスエリアにあるブース席。自社の電力を来訪者が利用できることでPR効果も狙っている。

  • 1階のアトリウムに隣接したカフェテリアでは昼食時以外にも、始業前や帰宅前にコーヒーを飲みながら同僚と話をしたりカジュアルなコミュニケーションに使われることが多い。

  • 「イヤーシート」と呼ばれるミーティングブース。1対1の会話や、電話をする時によく使われている。音を吸収する構造になっているため、声が響かず、集中して作業をすることも可能。

「モノをどう配置するか」から
「どう働くか」への転換

エッセントのチェンジマネジメントは、単なるオフィス空間の変化に留まるものではない。自宅勤務に象徴されるように、働き方の革新を伴うドラスティックなものだった。

エッセントのワークスペースの変遷をたどれば、コストとメンテナンスを減らして効率化を図るという点で一貫している。80年代はごく伝統的なオフィスレイアウト、90年代はオープンスペースに。しかし2010年代に入ると、働く環境そのものを変える動きが芽生えた。

そこで重要なのは、空間にモノをどう配置するかではなく「どう働くか」の視点だ。プロジェクトのタイトルは『How Do We Work Together』とずばり題されている。今や、オフィス設計はファシリティ部門だけで担えるものではない。事実、今回のプロジェクトもITやHR、ファシリティなど各部門の共同によりプランニングされたものだ。

ブロウメルス氏はマネジャーとしてプロジェクトに関わった人物の1人。ファシリティデザインや仕事の文化的変化の将来に関する部分に携わった。その仕事はファシリティそのものに限定されるものではないと自認している。

「私にとって次のステップは、組織をどうファシリテートしていくかですね。目に見える製品、環境だけではなく、クリエイティビティやチームスピリットなどの目に見えない要素を考えていくのが仕事になると思います。それで、イノベーションのチームに加わったんですよ」

チェンジマネジメントがワーカーを起業家に変えた

プロジェクトのプランニングは、2008年から2010年にかけて行われた。30週を費やしてマネジャー全員に設備やルールなどをじっくり説明した後、チームを対象にした説明会を実施。チェンジマネジメントにより起こることを全て明示した。その後もモニタリングを続け、現場からのフィードバックを取り入れながら、慎重に変革は進められた。

働き方の変化として顕著なのは、マネジャーと部下の役割の変化である。これまでマネジャーの役割といえば、部下に指示を与えることが主だった。しかし「いつでもどこでも仕事ができる」勤務体系とはいかにもミスマッチだ。

平均週2日の自宅勤務は、マネジャーと部下の間の物理的な距離を広げた。自宅勤務が増えることによって、オフィスにおける従業員の占有スペースが減少。結果、かつてオランダ国内に13カ所あった同社オフィスは4カ所になった。ここスヘルトヘンボスの本社オフィスにしても、6万㎡の床面積のうち実際に使用しているのは3万㎡でしかないのだ。しかも、従業員はどのオフィスにも所属しておらず、好きな場所へ通勤できる。自然、マネジャーと部下の距離は、より一層離れていく。

「例えば、アムステルダムに住む社員がスヘルトヘンボスまで出勤するのが面倒だというなら、自宅で仕事をすればいいし、他のロケーションのオフィスを使ってもいい。そんな使い分けをするんです」

こうした勤務形態が浸透した今、「従業員がみな独立して仕事ができるツールを与えること」が、マネジャーに求められる役割だという。

「今回のチェンジマネジメントには、従業員それぞれがアントレプレナー(起業家)になるというコンセプトも背景にあるんです。となると、マネジャーはそれを手助けするのも大切な役割の1つ。マネジャーが部下に業務を与えて管理するのではなく、チームの一員として求められる結果を示し、その責任を担うことを部下に求めるということです。エッセントの採用面接においても、自宅勤務が可能か、独立して仕事ができるか、という点を必ず聞いています」

伝統的なマネジメント手法との決別

つまり、独立自尊の起業家精神を持った従業員を育成するきっかけとしての自宅勤務。これをサポートするため、会社からは自宅用のデスクとチェア、プリンタを揃える手当が支給されている。これには、オフィススペースを節約して得た利益を従業員に還元する意図もあるようだ。「いい結果が出れば社員に報酬をはずめる。これで気持ちよく働いてもらえれば結果、また仕事の効率も上がります」と微笑むブロウメルス氏だ。とはいえ現状、マネジャーは過去の伝統的なマネジメント手法から脱するのに苦労していると明かす。

「これからは、マネジャーというよりはリーダー、道を示す役割といったほうがふさわしいかもしれません。通常、マネジャーはワーカーに対して『仕事は進んでいるか』『何をやったか』『いつ終わるのか』などと事細かにチェックします。いっぽうリーダーは、そういった仕事の中身よりも『体調は大丈夫か』『時間は足りているか』『フィードバックが出た、この人と共同でやったほうがいいかも』などと、仕事全体の大きな流れを注視する必要がある。いわば、木を見ず森を見る。細かいことをいちいちチェックするのではなく、全体のなかでパーツがしっかり機能しているかどうかを見るんです」

戸惑っているのはマネジャーだけではない。従業員にも適応に苦しむところがあるようだ。週2日の自宅勤務と聞けば、誰もが小躍りして喜ぶだろう。エッセントでは平等にノートパソコン、スマートフォン、イヤピースが会社から支給され、どこにいてもシステムにログインして仕事ができ、ネットワークを通じて社外から会議に参加することもたやすい。それでもなお、とブロウメルス氏が釘を刺す。

「実は、自宅勤務には悪い点もあるんです。まず気づいた点は、仕事をしすぎてしまうことでした。自宅にいると『サボっているだけでは……』という罪悪感が芽生えるのでしょう。オランダ人はドイツ人や日本人に比べて自由な気質だと言われますが(笑)、それでも仕事のことは気にかかるんです。スマートフォンでメールを常時チェック、仕事をしていることを証明しようとあえて夜遅くにメールをしたり。よくあることですが、難しい問題ですね。おそらくはマネジャーによるケアが必要になるのでしょう。従業員がオフィスに出勤したときに、仕事上の指示伝達、情報交換に終わらず、仕事の進行具合はどうか、ヘルプが必要かなど密なケアをする。仕事と休息のバランスをとること、これはマネジャーにとっても従業員にとっても、今後の課題になりそうです」

コンサルティング(ワークスタイル):自社
インテリア設計:!PET
建築設計:B V 3

WORKSIGHT 07(2015.4)より

text: Yusuke Higashi
photo: Takeshi Miyamoto


1階オープンスペース奥のミーティングブース。オープンではあるが、囲われ感があることで落ち着いて話に集中できる。


会議室の予約など、ITシステムが充実。QRコードを読み取ると、その部屋の利用予約ができる。コーヒーメーカーの故障を見つけた際にも、このシステムを使ってメンテナンス部門に速やかに知らせることができる。最小限の労力でファシリティを管理する知恵だ。


社員にはノートパソコン、スマートフォン、イヤピースの3点が支給される。エッセントの働き方を支えるプラットフォームだ。遠隔時にはSkypeなどを使ってコミュニケーションをとることが多いという。


バーカウンターを思わせる天板の高いデスク。立ったままミーティングをしたり、ノートパソコンを使って作業をすることもできる。

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