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企業に勤めている人にこそコワーキングを活用してほしい

日常の小さな壁をブレイクスルーできるオフィス

[佐谷恭]Paxi House東京/Pax Coworking代表

僕が運営するコワーキングスペース「PAX Coworking」は、起業家やフリーランスなど、さまざまな仕事をする人が集まって、1つのオフィスをシェアしています。キャッチフレーズは「パーティーするように仕事する!」。僕もコワーカーの一人としてここで仕事をしながら、楽しい出来事が、ビジネスや社会を変える原動力を生んでいることを目の当たりにしています。

実際、パーティーとコワーキングスペースって、盛り上がっているところに一人で入っていくのは勇気がいるという意味で一緒なんですよ。入る手前でやっぱり帰ろうかなぁなんて、躊躇してしまう。だから、そういう人に「どうぞ、入って」と声をかけることは、すごく大事です。

スペインのマドリッドに「utopic_US」というヨーロッパ最大のコワーキングスペースがあって、常時100人くらいのコワーカーがいる。僕は昨年、そこを訪ねたのですがすごくよかったですね。ギリシャ神殿みたいな柱が何本も立っていたり、大人が2人寝転べるくらいの巨大なイスが置いてあったり。オフィスのインテリアもユニークなのですが、なんといっても雰囲気が明るい。僕が席に座ったら通りがかりの人が、はじめてだよね、よろしくって握手してくれる。これってすごいことだな、と感動しました。

コワーキングスペースにいる人は、たいていコミュニケーションをとりたいと思って来ています。だから、初めて会う人に声をかけるのはそれほど難しいことではないんです。最初の一言をかわせば、自然とコミュニケーションが生まれていくんです。

運営者は仕切ってはいけない

シェアオフィスとコワーキングスペースの違いは、コミュニケーションを促すしかけがあるかどうか、だと思います。シェアオフィスの中には、受付が無愛想で、いる人たちも挨拶はおろか他人と目さえあわせないような雰囲気のところもある。そんな場所でコラボレーションが生まれるはずがありません。

だからといって、挨拶しましょうとか、知らない人に声をかけようとか、入会規定で決めるようなことではありません。自然と挨拶したくなるような雰囲気を作りださないといけない。だから、最初にお金を払う10人はすごく重要です。最初のコミュニティーを作った人たちが、そのあとの流れをつくる。一度悪い流れになったら、それを修正するのは難しくなってしまいます。

理想的なコミュニティーを作るには、主催者が前に出過ぎないことが大切。バーのマスターみたいに、メンバーのことはオレが全部知っているから紹介するよ、ではダメ。ヒエラルキーは絶対に作ってはいけないんです。異業種交流会などイベントも、主催者だけが企画しているうちはコミュニティーが成立したとはいえません。オフィスにいる人同士が「ランチ行きませんか」と声を掛け合ったり、メンバーが自発的にイベントを企画したりといった方向に持っていくべきで、主催者は仕切ってはいけない。そのへんのバランスが難しいところですね。

コワーキングスペース「Pax Coworking」では、ワーカーが自分に合わせてコースを選べるしくみになっている。24時間365日いつでもオフィスを使えるフルタイムのほか、週2回程度のパートタイム、1回利用するごとに1000円支払うドロップインなど、さまざまなプランがある(ただし、フルタイムには他メンバーの推薦あるい承認が必要)。
http://pax.coworking.jp/

Pax Coworkingのエントランス。エレベーターを出るとすぐ廊下になっている。左手のドアと正面のドアを開けるとワークスペースになっている。訪れた人は、ドアを開けると同時に「こんにちは」と、挨拶を交わしていた。

自分が捨てたアイデアが
他人で生きる面白さ

人が仕事で表現できていることって、その人のアイデアのうちの氷山の一角にすぎないと思います。100個のうち99個のアイデアは捨てられている。でもその捨てたアイデアの中には、今その人ができないだけで、他の人には実現できるものもあるかもしれない。「実はオレ、こういうこと考えてたんだ」って誰かと話すことは、氷山の下のほうを表現すること。だからアイデアを出すのに人と話すこと大切なんです。

いいアイデアって仕事上での利害関係のない人と話をしているときに、出てくることが多いように思います。同じ会社の人と話をしても、「このアイデアを言うと、俺の仕事が増えそう」とか、打ち合わせでもヘタなことは言えない雰囲気がある。そんな真面目な場ではなく、ランチを食べながら冗談を言い合っているようなときに、いいアイデアが生まれることもある。

冗談から生まれた「経堂マラソン」

今年の2月、東京マラソンがあったのと同じ日に、僕の会社とコワーカーが協力して「経堂マラソン」というイベントを主催しました。その企画のアイデアも冗談みたいな話から出てきたんです。今、ランニングがブームで僕も東京マラソンに応募したんだけど、抽選で落ちちゃったんです。「オレ、ハズレしちゃったよ」なんて話していたら、スタッフの1人が「じゃ、経堂マラソンやれば」って。「やるわけないじゃん」って笑いながら応答していたんですが、よく考えたら東京マラソンに出られる3万人よりも、抽選で外れた30万人のほうがずっと多い。「どう考えたってオレの一人勝ちだぞ」って気づいて、それで本当に経堂マラソンを主催しちゃったんです。

フランスにはメドックマラソンというマラソン大会があって、赤ワインで有名なボルドー、メドック地方でぶどうの収穫前の9月に行われます。僕も去年参加して、美しいぶどう畑の中のコースを走るのだけど、給水所では水のほかにワインもふるまわれる。チーズやハムを楽しめるポイントもあって、マラソン会場がパーティーみたいなんです。僕はワインを29杯飲んで、ゴール後にビール3倍飲みました。その後、日本のマラソン大会に出場したんだけれど、走った後がつまらないんですね。1人で参加したからお疲れ様会もできないし。「オレは走りに来たんじゃないぞ」って思ってしまいました。

だから、経堂マラソンでは、レース後に参加者でパーティーを開くことにしました。スタートとゴール地点を決め、近隣の飲食店を何箇所か給水所に指定して、あとは参加者が自由にコースを決めて走ってもらう。ゴール後は僕が経営するパクチー(香菜)専門レストラン、「パクチーハウス東京」でパーティーです。走るのも楽しかったけれど、レース後のパーティーも盛り上がりました。事前に「走りながら面白いもの見つけたら、スマートフォンで撮ってね」とお願いしていたので、面白い車が止まっていたとか、梅が咲いていたとか。新たな世田谷の発見もあって。地域の飲食店の集客になるし、地域おこしにもつながるイベントになりましたね。

アイデアの感想をちょっと聞いてもらう関係

メディアはコワーキングにビジネスコラボレーションという結果を期待しているようだけれど、本当の成果はもっと日常的なものだと思います。自分のアイデアの感想をちょっと聞いてみるとか。税金について分からないことをちょっと聞くとか。仕事って大きな壁もあるけれど、毎日ぶちあたる小さな壁もたくさんあって、それが原因で仕事が進まなくなることって1日に何回もある。そういうちょっとした疑問を誰かに聞けるというのは、実は重要なんですね。

ポスターを壁に貼るときだって、一人だと、一度貼って、後ろに下がってチェックして、あ、右が下がってるなって直したら今度は左が下がってるとか。でも、だれか他の人に、背中から「右が高いよ」とか声をかけてもらえれば、一度できれいに貼れる。コワーキングのよさってそんなイメージだと思うんです。

コワーキングスペースというと、フリーランスや1人会社の人が集まる場所だと思われがちですけど、僕は企業に勤めている人こそ活用できる場所だと思うんです。特にイノベーションを求めている人にはぜひオススメしたい。イノベーションが生まれる条件って、リラックスしていること、オープンであること、対等な関係であることの3つだと思っています。しかも異なる背景の人が遠慮会釈なしに、「それ面白そう」「こっちも楽しくない?」と自由にアイデアを出しあえば、すごいことになるはずです。コワーキングスペースって、こうした条件をすべてそろえている場所なんですよ。

すべての急行停車駅にスペースがあるといい

コワーキングスペースの数は世界でもまだ1200程度と少ないです。でも、1年ちょっと前には300くらいといわれていたから、増えているのは確か。日本でももっと数が増えて、いずれ私鉄の急行停車駅には全部、コワーキングスペースがあるくらいになればいいなと思います。コワーキングスペースはなるべく自宅のそばがいい。満員電車にのってコワーキングスペースに行くって、なんか合わないですよね。数が増えて、それぞれのスペースに特徴が出てくれば、普段は家のそばに通うけれど、ジェリー(いろんな仕事をしている人が集まって仕事をするイベント)の日には他のスペースに出向いていって刺激を受ける。そんなふうにネットワークが広がっていくともっと楽しくなる。

コワーキングスペースは僕自身も一人のコワーカーとして楽しく仕事をする場でもあるので、採算が取れればいいと考えています。自分で2号店を出すつもりはないので、今いるメンバーが独立したり、ほかの誰かが自分の仕事場をコワーキングスペースにしたり、そんなふうにして数が増えていけばいいな、と考えています。

WEB限定コンテンツ
(2012.3.6 世田谷区経堂のPax Coworkingにて取材)

Pax Coworkingの入り口にはホワイトボード掛けられ、メンバー同士が書き込みによってコミュニケーションをとっている。取材時には「Paxにないもので必要なもの、ほしいもの」が書き込まれていた。

コワーキングスペースの原則は、「居心地の良い空間をみんなでつくる」こと。スペースをより良いものにするため、アイデアを出し合うのが大事だ。この日も、起業家やITエンジニア、デザイナーなど、まったく異なる仕事をしているメンバーが、アイデアを交換したり、進行中のプロジェクトについて相談しあっていた。

共用のライブラリには、ビジネス書から経営関連の実用書、アートブックなど様々な書籍が並んでいる。

佐谷 恭(さたに・きょう)

株式会社旅と平和代表取締役社長。1975年生まれ。京都大学総合人間学部卒業後、富士通株式会社に入社。関西の新卒採用の責任者などを勤める。その後、株式会社リサイクルワンの創業期に参画。株式会社ライブドアの報道部門立ち上げなどを経て、2007年株式会社旅と平和を創立。”交流する飲食店”というコンセプトで「paxi house tokyo」をオープン。2010年にコワーキングスペース「Pax Coworking」を設立し、現在に至る。主な著書に『ぱくぱく! パクチー』など。現在コワーキングに関する日本初の書籍を共同執筆中。

 

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