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フィランソロピーのパラダイムシフトで
「社会貢献」と「ビジネス」が直結

経済的リターンも生み出す社会的投資

[小林立明]日本公共政策研究機構 主任研究員

「フィランソロピー」はギリシャ語の「愛(Phil)」と「人類(Anthropy)」を合わせた造語で、根本的には人を愛し、人のために活動することを言います。

似た言葉に利他主義がありますが、利他主義は家族や恋人、地域、国家といった特定の関係性の中で成り立つものです。対してフィランソロピーは対象が「人類」と広く突き抜けているんですね。人類全体に普遍的に貢献したいという考え方、それがフィランソロピーということです。

「フィランソロピーのニューフロンティア」とは

フィランソロピーには、助成財団の活動、個人の寄付・ボランティア活動、企業の寄付や従業員ボランティアなど幅広い活動が含まれます。また、近年、ジョンズ・ホプキンス大学市民社会研究所のレスター・M・サラモン教授は、「フィランソロピーのニューフロンティア」という新たな考え方を提唱しています。これはフィランソロピーを「社会的または環境的目的のための民間資金の提供」と再定義し、貧困や環境などの社会的な課題解決のために民間投資を活用する社会的投資(社会的インパクト投資)など、新たな手法を包括しようとするものです。

サラモン教授の主張の核心は、善意による無償の財・サービスの提供である「伝統的フィランソロピー」から、一定の経済的リターンを求めつつ、 民間の財・サービスの提供を通じて社会・環境面で貢献しようという「フィランソロピーのニューフロンティア」への転換です。ビジネスの手法で社会に貢献しようとするソーシャル・ビジネスやコミュニティ・ビジネス、寄付ではなく社会的投資を通じて社会に貢献しようとする社会的投資家などが世界的に増加しているのです。*

プレイヤーは財団や個人だけでなく投資家まで巻き込むものであり、さまざまな金融手法を駆使する社会的投資ファンドの形をとることもあります。財団資産の運用や個人の寄付だけでなく、金融機関や富裕層の資金も含めて投資として活用することで レバレッジを志向します。「無償」という制約を外して「経済的リターン」を許容することでスケールアップを志向する活動をフィランソロピーという枠組みで理解しようとする試みとも言えます。彼の主張は次のようにまとめることができます。


一般社団法人 日本公共政策研究機構は公共政策に関する研究、教育、データ整備及びネットワーク形成を目的として、NPO、NGO、市民社会、フィランソロピー、ソーシャル・キャピタル、ソーシャルファイナンス、公共政策に関する研究・情報収集などを行っている。代表理事は大阪大学大学院国際公共政策研究科教授の山内直人氏。
http://www.jipps.org/

* JPモルガンやシティ財団は、アメリカの低所得者層への金融サービス拡充や貧困地域の再生事業など、社会貢献につながる投資を積極的に行っている。貧困層の金融能力を高めてマーケットを創出したい考えだ。こうした事例は後編で詳しく紹介する。

今まで社会貢献というと金銭的リターンを求めるべきではないという考え方が主流でしたが、社会に貢献し、しかもスケールアップが可能であれば、投資という手法を採用しても良いではないかという発想の転換がここにはあります。社会的事業を推進する行政やNPOにとっても資金があるに越したことはない。企業の中核的業務を通じて社会貢献するCSV(社会的共有価値の創造)にも注目が集まっていますし、お金を儲けるからといってフィランソロピーではないと断じてしまっては本質が見えなくなってしまいます。

有限責任会社を通じて社会的投資を行うザッカーバーグ夫妻

「フィランソロピーのニューフロンティア」の台頭を象徴的に表しているのが、フェイスブックを創設したマーク・ザッカーバーグ氏の活動でしょう。ザッカーバーグ夫妻は自分たちが所有するフェイスブック株の99パーセントを、生涯を通じて社会貢献活動に活用すると表明しました。マイクロソフト創設者のビル・ゲイツ氏も社会貢献活動を支援していますが、ゲイツ氏のように助成財団を設立するのではなく、有限責任会社を作って社会的投資を行う予定とのことで、収益を得ながら社会貢献を行う点はまさに「ニューフロンティア」的アプローチといえます。

ノーベル平和賞を受賞したグラミン銀行が進めるマイクロファイナンスもそうですね。農村などの貧困層を対象に低金利の無担保融資を行うものですが、寄付でなく返済させるところが伝統的なフィランソロピーとの違いです。でも、返済のために借り手は仕事を頑張るし、それだけ生活水準も高まっていくわけで、これも社会貢献です。

「フィランソロピーのニューフロンティア」のエコシステムを図式化すると以下のようになります。金融機関や投資家、財団など幅広い資金源から提供されるお金が、社会的インパクト投資仲介機関などのアクターと、社会的インパクト投資やその他さまざまなツールを経由して、NPOや社会的企業などのターゲットに投じられ、結果的に先進諸国の低所得者層、開発途上国、環境改善などに生かされるというメカニズムです。

(『フィランソロピーのニューフロンティア ~社会的インパクト投資の新たな手法と課題 ~』(L・M・サラモン著、小林立明訳、ミネルヴァ書房)p.7の図版を元に作成)

非財務的な価値を重視するESG投資が拡大

「フィランソロピーのニューフロンティア」では、企業が重要な役割を果たします。新たな形のフィランソロピーがビジネスの世界にも波及しているわけですが、こうした変化をもたらしたものとして大きく3つの要因が挙げられます。

1つは企業の社会貢献活動の考え方が変わってきていることです。1980年代は企業フィランソロピーや企業メセナという言葉で表現されたように、社会貢献の一環として地域の課題を解決したり芸術文化を支援したりすることが評価されました。90年代に入るとそれがCSRに代わり、環境や人権への配慮、労働環境の整備といった施策が軸になりました。最近になって台頭してきたのがCSVですね。企業は自分たちの持っているリソースを最大限に活用し、本業を通じて社会に貢献していくべきだという流れに変わってきているわけです。

2つ目の要因として、環境(Environment)、社会(Society)、ガバナンス(Governance)に配慮する企業を選別して投資するESG投資の拡大があるでしょう。今まで企業は財務的な価値を高めることを至上命題としていましたが、エンロン事件のような株価吊り上げや粉飾会計が後を絶たず、さらにリーマンショックを受けての投機的な投資に対する反省もあって、社会的・環境的な配慮も含めて企業価値を判断しようとする考えが広がってきました。投資を呼び込むためには、企業もこの流れに適応して非財務的な価値を高めていかざるを得ません。そのためのツールがフィランソロピーやCSR、CSVだと考えることもできます。

そしてもう1つ、市場の成熟も企業フィランソロピーを後押ししていると思います。市場にモノやサービスが行き渡って利益率が低下したら、 新しい市場を開拓するか、イノベーションを起こして新しい商品を作るかしないといけませんが、どちらにしても実験が必要です。もちろんR&Dへの投資も可能ですが、フィランソロピー活動を通じてまず新たな事業領域の可能性を検証することも戦略の1つだと企業は考えるようになってきました。

BOP(Bottom of the Pyramid)ビジネスが分かりやすい例です。開発途上国の低所得者層の生活向上をビジネスを通じて達成するという考え方です。マイクロ保険、小型太陽光発電ランプ、幼児用栄養食品など、さまざまな商品が開発されています。従来であれば政府や開発機関が援助を通じて行っていた事業を民間企業がビジネスとして行っている。なぜなら巨大な成長市場がそこにあると気づいたからです。もちろん、ビジネス立ち上げにあたっては、開発援助機関や現地のNGOと連携し、ターゲット層のニーズ把握と関係づくりを行ってリスクを管理する必要があることはいうまでもありません。これが成功の鍵を握ります。

2016年は日本の「フィランソロピー元年」となるか

このようにフィランソロピーがグローバルに発展しているのに対し、日本ではフィランソロピーという言葉はまだ一般的ではありません。 これは不思議な現象だと思います。

世界を見渡せば、例えばイスラム教徒はムスリム・フィランソロピー・ネットワークを作って毎年世界大会を開いていますし、アフリカでもグラント・メーカーズ・ネットワークが立ち上がっています。アジアにもアジア・ベンチャー・フィランソロピー・ネットワークができています。どんどん国際的ネットワークが広がっているのに、日本だけがガラパゴス化しているという印象です。

ただ、明るい兆しもあります。楽天の三木谷浩史社長が代表理事を務める新経済連盟は、2016年を「フィランソロピー元年」** にすることを打ち出しました。その中核は寄付やボランティアではなく、ベンチャー・フィランソロピーと社会的投資を通じたソーシャル・イノベーションの推進です。2016年4月には自民党に対して政策提言も行っています***。「フィランソロピーのニューフロンティア」が日本に定着しつつある、そんな潮目にいま私たちは立っているのです。

(『フィランソロピーのニューフロンティア ~社会的インパクト投資の新たな手法と課題 ~』(L・M・サラモン著、小林立明訳、ミネルヴァ書房)p.9の図版を元に作成)

** 「フィランソロピー元年」という言葉が日本で最初に言われたのは1990年。経団連の1%クラブや企業メセナ協議会が設立され、企業を中心に社会でのフィランソロピー普及に向けた議論が活発化した年だ。しかし、バブル経済崩壊のあおりを受けて企業の社会貢献活動は芸術支援や環境保護、被災地支援といった限定的なものとなり、今に至っている。

*** 「ベンチャー・フィランソロピーと社会的インパクト投資に関する提言」において、ソーシャル・ビジネスに資金を効率的に配分し、成功で得られたものを社会に還元するフィランソロピーエコシステムの形成に向け、法体系の見直しを国に要望している。

グローバル展開する業績のいい企業ほど
フィランソロピーを経営の中核に据えている

ビジネスセクターにおけるフィランソロピーの現在の潮流については、大きく3つのことが指摘できます。

第一に、「フィランソロピーのニューフロンティア」が確実に根づきつつあるということ。特にアメリカではグローバル展開して業績のいい企業ほどフィランソロピーを経営の中核要素の1つと位置づけ、自社のリソースを統合的に運用して目標を実現していくことに意欲的です。

私は2013年に公益法人協会が実施した訪米調査ミッションに参加したのですが、その際にお目にかかったアメリカン・エキスプレス財団の理事が本社CSR部門も兼任していると知り、驚きました。実質的に企業フィランソロピーと企業財団を統合して運営しているということです。

その理事によれば、本社のフィランソロピーと財団活動は、資金の出所が違うだけで活動の内容は同じということでした。大学やNPOなど企業から直接お金を受け取れない団体もありますし、財団の補助金・寄付金の方が海外に資金を出しやすい。そういう意味で、財布を使い分けることで利便性を高めることが目的であって、社会貢献というコンセプトに違いはないという話でした。

2007年のアメリカのサブプライムローン崩壊に端を発する金融危機の直後にCECP**** が開いた緊急会議では、多くのグローバル企業のCEOが「業績が悪化したからこそCSRや企業フィランソロピーを強化しなければいけない」と主張しました。金融危機は、システミック・リスクの可能性を改めて企業経営者に認識させました。このため、企業経営者は、リスク管理の一環として、市場の安定を支えるグローバルな社会・環境要因にも配慮しなければならない。だからこそ企業は、長期的に安定した収益を確保するために、もっと社会にコミットしていかなければらならないという論旨です。まさに経営の中核としてのCSRであり、フィランソロピーなんですね。

このCECPと全米産業審議会が毎年発表しているレポート(Giving in Numbers)によると、毎年10パーセント以上寄付を増やしている企業は、税引き前成長率が14パーセント増加しています。他の企業の成長率が9パーセントですから、明らかに寄付を増やしている企業は成長率も高いといえます。これも興味深い事実ではないでしょうか。

企業フィランソロピーはブランディングや人材獲得にも有益

第二の潮流は、企業フィランソロピーのグローバル化です。

オフィスや工場がある地元への貢献だけでなく、気候変動や開発途上国における飢餓、疫病の問題といったグローバルな課題に目を向けるべきだということで、今まで国連や国際援助機関が担っていたことに対しても企業が自分たちのリソースを使って積極的に関わっていこう、そういう考え方が生まれています。

象徴的な例が国連グローバル・コンパクトです。1999年に国連が企業に対して社会的責任についての原則を順守・実践するよう提唱したイニシアチブで、2016年現在、参加企業は世界163カ国8610社となり、グローバルなトレンドになっています。今後は、国連が掲げる「持続可能な開発目標(SDGs)」の17の目標にCSR活動の重点をシフトさせていく企業も増えてくると予想されます。

こうした動きを受けて、第三の潮流として、企業の本業による取り組みの進展が挙げられるでしょう。キャッシュ以外の有力なリソースとしてアメリカの企業が力を入れているのは従業員のボランティア活動やプロボノ支援です。CECPの調査では、58パーセントがボランティア活動を推進していて、全社的なボランティアの日を設けている企業が59パーセント、プロボノを支援している企業が51パーセント、有給ボランティア休暇の導入が59パーセントとなっていて、それぞれ近年増加傾向にあります。従業員の寄付を奨励するためのマッチング寄付や職域寄付も積極的に進められています。

こうした活動はコンシューマの信頼感やクライアントの忠誠心を高め、また企業ブランドの向上を通じた優秀な人材獲得にもつながります。結果として、さらなる企業価値の向上がもたらされます。その先にはコーズ・リレーテッド・マーケティングのように企業のブランド戦略とNPOの実践活動をリンクさせるような展開も期待できるでしょう。

CSRは企業活動のネガティブな影響の低減を図る

このように見てくると、「企業の社会貢献」という考え方自体が、現在、大きな変容を遂げていると思われます。

今までの議論をまとめると、現在、企業は、企業フィランソロピーとして自らのリソースを使って積極的に社会や地球環境に貢献しつつ、同時に、CSRとして、企業が社会や環境にもたらす潜在的なダメージを最小限にする、という形で社会に貢献しているといえるでしょう。例えば、宅配事業者やバス事業者がアイドリングの時間を減らすことで炭素排出量を削減し、環境負荷を低減させる。そういう活動もCSRに該当するわけです。

企業が生み出す財、サービス、資金は巨大で、うまく活用されれば社会に大きな価値を生みますが、逆に企業が環境や社会を損ねる活動をすれば負のインパクトをもたらします。フィランソロピーを通じてポジティブな影響を促進し、CSRを通じてネガティブな影響の低減を図る、こういう形で企業は社会に貢献しようとしているのです。

さらに、企業フィランソロピーを、企業自身の非財務的価値を高める取り組みと位置づけることも可能です。今までお話ししてきたように、企業フィランソロピーは、「企業のブランドイメージを高める」「優秀な人材の募集・育成に貢献する」「リスク・コントロールに寄与し、新たなビジネス・チャンスの拡大にも貢献する」といったさまざまなメリットをもたらし、企業価値を高めていくのです。

NPOもこの点に着目して、自分たちのミッションを実現するために企業を積極的に巻き込もうと戦略を高度化しています。企業フィランソロピー資金の獲得だけでなく、企業との協働、コーズ・リレーテッド・マーケティングの活用、さらには企業の株を買って「物言う株主」***** として企業の環境・社会行動を変えようという動きもあります。

繰り返しになりますが、企業としてもフィランソロピーやCSRに注力することは企業価値を高めることになるので、NPOとの連携は視野に入れてほしいですね。自社のプレイヤーとしての幅を広げますし、そうしたパートナーシップ自体が市場に提示できる付加価値にもなるでしょう。

WEB限定コンテンツ
(2016.4.20 江東区の日本公共政策研究機構 東京ラボにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Tomoyo Yamazaki

**** CECP
Committee for Encouraging Corporate Philanthropy。企業フィランソロピー促進委員会。社会貢献活動を進めるグローバル企業150社のCEOらによる国際イニシアチブ。

2012年9月~2013年9月の株価上昇率で見ると、FTSE全世界指数の上昇率は22.1パーセントだったのに対し、国連グローバル・コンパクトへの積極的な取り組みが評価された上位100社の上昇率は26.4パーセントだった。
ESG問題に関心を持つ企業は株式市場においても高いパフォーマンスを挙げることを示す数字だ。

***** 欧米ではシェアホルダー・アクティビズムと呼ばれ、セリーズ(Ceres)のように持続可能なグローバル経済の確立に向けた活動をしているネットワークもある。

小林立明(こばやし・たつあき)

1964年生まれ。東京大学教養学部相関社会科学専攻卒。米国ペンシルヴァニア大学非営利指導者育成修士課程修了(修士)。国際交流基金、日本財団、日本NPOセンター勤務等を経て現職。2012年9月より2013年12月まで、ジョンズ・ホプキンス大学市民社会研究所国際フィランソロピー・フェローとして、「フィランソロピーのニューフロンティアにおける助成財団の役割」について研究。主な関心領域は、フィランソロピーのニューフロンティア、社会的投資、戦略的グラントメイキング、社会的インパクトのための戦略策定・評価など。日本評価学会認定評価士。日本NPO学会理事。関西国際交流団体協議会理事。‎

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