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人の動きをシミュレーションし、
健康的、創造的、生産的なワークスペースを実現する

空間ネットワーク分析を得意とするコンサルティング会社

[Space Syntax Limited]London, UK

Space Syntax(スペースシンタックス)という言葉をご存じだろうか。1970年代にロンドン大学バートレット校のビル・ヒリアー教授らによって提唱された理論であり、空間のあり方を数学的に分析する手法だ。それからさらに研究が進み、独立した企業として1989年に設立されたのが、その分析手法の名前を冠した「スペースシンタックス」である。

まずは分析手法であるスペースシンタックスについてしばらくご紹介しよう。スペースシンタックス社のアソシエイト・ディレクターを務める登張絵夢博士がこのように教えてくれた。「現代はパソコンや携帯電話さえあれば、どこででも仕事ができるようになり、オフィスという物理的な場所の意味合いも変わってきています。しかし、一部の産業、特に知識集約型産業においては、人と人との関わりは非常に重要です。 社会的な接触はイノベーションやクリエイティビティを刺激しますし、チームワークにはもちろん欠かせません。オフィス空間のレイアウト次第で、ユーザー同士の交流が促進されたり容易になったりすることもあれば、疎外されたり妨げられたりすることもあるのです。スペースシンタックスでは、コンピューターによるシミュレーションを通じて建物や都市の空間レイアウトを評価し、それがユーザーの動きや交流のパターンにどのような影響を及ぼすのかを考えています」

登張氏はこれまでの研究で明らかになったこととして、「人間は、より多くの人々の動きにさらされるほど、他の人から役に立つと見なされるようになる」ことを挙げてくれた。言い換えれば、どんなに仕事のできる人間でも、デスクが空間的に隔離された場所にあったり、他の人々との交流がなければ気づいてもらえず、役に立たない人間だと見なされてしまうのだ。

オープンオフィスがベストだとは限らない

だからと言って、仕切りがまったくないオープンオフィスにしたら、「集中できない」と言い出す社員が出てくるだろう。「やはり、オフィスにはある程度の空間的なヒエラルキーが必要なんだと思います。集中するための比較的隔離された空間から、自然に話し合いが生まれるような出入りが自由な空間まで、さまざまな性質の空間が求められます。空間が人々のさまざまなレベルの動きにどう関わっているかによって、その空間が特定の活動に適しているかいないかが決まります。したがって、オフィスを設計するときには、その建物内での人々の動きのヒエラルキーのすべてを把握しておくと役に立つのです」(登張氏)。

自分のデスクがある従来型のオフィスの需要が減る一方で、最近ではオフィスビルをそれ自体が独立して機能する都市のように設計する傾向が見られるようになった。それによって、ユーザー同士に社内のチーム、さらには企業の垣根を越えた、形式にとらわれない交流が生まれるという。「カフェ、ラウンジ、コーヒーショップ、アートギャラリー、水族館など、さまざまなアメニティを備えたオフィスビルを目にする機会が増えたのは、こうした空間が人々の交流を可能にし、促してくれるからなのです」(登張氏)。いまや多くのオフィスビルがユーザー同士の知識の交換を促し、創造性をはぐくむこうした空間を取り入れ始めている。


建築、インテリアなどデザイン関係の事務所が集まるエリアに本社を構える。

設立:1989年
http://www.spacesyntax.com


アソシエイト・ディレクターの登張絵夢氏。

  • 注目されるロンドンのオフィスプロジェクトであるブルームバーグロンドン本社©ChopsMoxie_設計:Foster + Partners。ここでもSpace Syntaxは、従業員間のインタラクションを最大限にするように空間分析を行なった。

  • ロンドンにある美術館、テート・ブリテンの人の動きを示した図。右は空間の可視性を分析したもので、色分けは前の写真と同様、赤が一番アクセスしやすい場所。左は実際の人の動きを黄色いラインで示したものであり、アクセスしやすい場所に人は動くのだということがひと目でわかる。

  • ロンドンにあるUBSのオフィス「5ブロードゲート」©UBS。スペースシンタックスは、エントランスホールがピーク時に来場者を上手くアクセスできるよう、多方向から適切なの人の流れが出来るよう分析を行なった。

  • E.ON本社のアトリウム©Bennetts Associates。中央アトリウムの視覚的なつながりを通じて促進される従業員間のインタラクションを分析し、オフィス設計をサポート。

  • ロンドンの金融機関のオフィスレイアウト検討にあたりエージェントシミュレーション分析を実施。エージェントシミュレーション分析によって、ワーカーの行動を階層化した。オフィスにおける異なる空間特性と様々な行動に基づいて、レイアウト計画策定の助けとなる。

  • スペースシンタックス社のオフィスを設計する際に人の動きをシミュレーションした図。この分析は、家具レイアウトが人々の移動やインタラクションの仕方にどのように影響するかを示している。

  • こちらはスペースシンタックス社が実際に採用したレイアウト。小さな島型デスクで回りに通路を取ることで内部の循環を最大化することを選択した。

  • スペースシンタックス社のレセプションにはカウンターキッチンが。自社でも実験的に取り入れるため、アメニティの位置や効果はよく認識している。

  • シミュレーションを経て生まれた、実際のスペースシンタックス社のオフィス。

  • 大英博物館に近い、落ち着いた文教地区にオフィスはある。

エビデンスに基づくアプローチが
この5年ほどでようやく認められてきた

オフィスがうまく機能するかどうかを決めるのは、オフィス内部のデザインだけではない。周辺の環境も極めて重要なのだ。「ロンドンを例にとると、金融街であるカナリーワーフと、たとえばハマースミスの似たような物件では、同額の賃貸料を払う気になれませんよね? 近所に公園やカフェ、レストラン、バーなど数多くのアメニティがある立地は従業員、ひいては雇用主にとっても魅力的です。こうした環境ならば昼休みに散策できたり、刺激的な出会いがあったりしますからね」(登張氏)

上に掲載した図は、設計を提案したオフィスビルのエージェントベース・シミュレーションの分析結果を示している。スペースシンタックス社ではこのようなコンピューターによるシミュレーションを行うことによって、建物や都市の空間構造を把握し、それが建物や都市のパフォーマンスにどう関係してくるかを推測できるようにしている。「スペースシンタックスの研究が始まったのは1970年代ですが、当時は建築や都市計画において《モデリング》や《エビデンス》に基づくアプローチは一般的ではありませんでした。幸いにも、現在イギリスではだいぶ普及してきており、もはや最先端の考え方ではなくなりました」と登張氏。こうしたアプローチに対する認知度が広まりつつあるのを実感しているそうだ。

効果的な設計ツールとしてのシミュレーション

スペースシンタックス社は、自社オフィスのレイアウトを決める際にもこのシミュレーション手法を採用し、3つの選択肢を分析した(上図)。この分析は各レイアウトによって人の動きや交流がどのように配分されるのか、その違いを示している。そして、会社がどのようなコミュニケーションを奨励し、促進したいかをベースに決定を下した。現在のレイアウトは、比較的動かさないデスクとよく動かすデスクとがさまざまな空間を生み出し、人々がデスクの間を多くの異なるパターンで動けるようになるという理由で選ばれた。

果たしてコンピューターによるシミュレーションは実際に設計を行う際の意思決定に役立つのだろうか? シミュレーションは所詮状況分析に過ぎない。ある空間を人々がどのように動き回るかを100%の精度で予測するものではないのだ。だが、いくつかの前提の下で予測の正確性は増し、複数の設計案の客観的な比較を可能にする。「建物を建てる前の机上のアプローチなので、設計の早い段階で比較的低コストで失敗するリスクを軽減するのに役立ちます」と登張氏は説明する。「人間とは賢いもので、私たちは皆、視覚情報に基づいて空間の形態や構成を判断します。それは直感的なプロセスです。スペースシンタックスという分析手法は、人間が本来持つこうした直感を支えているネットワークの特性を図表によって数量化、可視化するものなのです」

「いわゆる『スマートビル』と呼ばれている建物では、すでにセンサーがインストールされていて、建物内の空室率やユーザーの動きを感知し、照明や空調などを最適な状態にコントロールしています。そうしたデータは私たちのシミュレーションの予測可能性を向上させていくでしょう」と登張氏は言う。今後もスマートビルは増え続け、人間の行動に関するより多くのデータが利用可能となるだろう。ユーザーにとって使いやすいオフィスビルを設計するために、こうしたデータやシミュレーションを利用する建築家やインテリアデザイナー、雇用主はますます増えていくはずだ。

インテリア設計:Tom Dixon
建築設計:Barr Gazetas

text: Yuki Miyamoto
photo: Taiji Yamazaki

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