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sioモデルをオープンソース化して、飲食業界の働き方を変えたい

情報過多の時代だからこそ本物に触れることが重要

[鳥羽周作]「sio」 オーナーシェフ

昨年(2018年)はあちこちから事業の引き合いや投資の申し出をいただいて、うれしさのあまりちょっと頑張り過ぎちゃいました(笑)。タスクが増えて本業に集中できない状況になってしまったので、魅力ある案件も断腸の思いでお断りして、今年は地に足を付けてsioを中心によりクオリティを高める作業に専念しています。

志を常に忘れず自己検証

この判断って勇気がいるんですよ。ビジネスとして一見後退しているように見えたりして。でも、3年後、5年後には、今sioでやっていることが絶対にスケールしていくと確信しています。挑戦はするけれども、タスクを増やし過ぎずに本質だけを追っていく。本質でないものは勇気を持って断るということで、敢えてそれをしないという選択も大事だなと感じています。

イメージでいえば弓道みたいなもので、1ミリの手元の狂いで的を大きく外すこともあるわけです。そういう意味で、視点のずれって分かりにくい割に長期的には大きな差を生んでしまう。自分たちが日々積み上げていることでも、根本がずれていると結局は途轍もなく傾いてしまうわけです。

いろんなことを夢中で頑張っているときほど、それが本当に最初からやりたかったことなのか、うぶな志に合致しているかどうかの自己検証を行っていくことが大切なんでしょうね。ぶれているかなと思ったら、やらない選択、あるいはやめる選択というのを常に視野に入れておかないといけない。攻めているからこそスルーするというのは一見矛盾しているけど、そこを同居させるのがバランスのいい経営なんだろうと思います。

働きたいという人の雇用を増やすために新店「o.sio」で新しい挑戦

一方で、本質に絡むことなら、どんどん打って出ていかないといけない。sioの2号店の「o.sio」(オシオ)が今年10月、丸の内にオープンするんですけど、それが商業施設に入居する形で、しかもカジュアルラインなんです。sioとブランドの路線が変わるのでリスクが高いわけですよ。借金もあるし(笑)。なんならsioで利益が出ているんだから2号店を出さなくたっていい。

ではなぜやるかと言うと、1つはうちで働きたいという人のために雇用を増やすことが目的です。僕は未経験で料理の世界に飛び込んだ時、「人を雇う余裕はない」と断られてもしつこく食い下がって意中のレストランに潜り込ませてもらいました。同じように絶対にうちで働きたいと言ってくれる人がいたんですけど、本当に人員は一杯で、その思いに応えられなかった。ああ俺、自分は無理矢理入り込んで育ててもらったのに断っちゃうんだと自己嫌悪に陥って、これは2号店をやらないといけないと思ったんです。

今sioで8人雇ってますけど、もう1店舗で8人雇えば16人になります。そこから飛躍していった人が何か新しいことを始めたら、幸せになる人がどんどん増えていくでしょう。店の運営もブランディングも複雑になって苦労するのは目に見えているからずいぶん悩みましたけど、幸せの総量を増やすんだというビジョンを僕がぶれずに持てれば、きっと成功できるはずという覚悟が最終的に固まったんです。

だから、みんなが愛せる店をもう1店舗、これから本気で作っていきます。sioがあるから、そのブランドに頼って二番煎じで行くのではなく、この店にない別の素晴らしさをo.sioで実現していきます。

会社の足場を固めれば、利益は後から付いてくる

2号店出店のもう1つの目的が、今いる従業員に成長の機会を提供することです。

僕が起業したのはソーシャルインパクトを与えたいという思いもあったからなんですけど、ソーシャルインパクトを与える主体は僕個人でなく会社であるべきでしょう。だって僕が一人で飲食店の働き方を変えようと声高に訴えるより、sioの働き方モデルが世間で評価されて、「うちもsioみたいな経営をしよう」とオープンソース化すれば、その方が実効性が高いわけですからね。

そういう意味で、お客さんや事業パートナーの方々も大事ではあるけれども、起業の原点に立ち返れば僕が本当に大事にすべきなのは従業員のみんなだということです。

経営ってしんどいし、新規出店ともなればさらに大変さが増すけど、会社の人たちに惜しみない愛を注ぐという形の労力は絶対に報われるし、財産として返ってくるはず。会社の財産はコンテンツでもクリエイティビティでもなく、それを生み出す人ですからね。そこが宝であり価値の源泉なので、僕はそこを一番大事にしたい。

そう考えると、事業に貢献してくれた人には、報酬だけじゃなくて成長の機会とかキャリアアップの環境を提供する形でも報いるべきだと思うんです。だから会社の足場をより固めるための場が2号店なんですね。それぞれ活躍する場所が増えれば責任も大きくなるし、人間として成長できますし。8人のモチベーションが16人のもっと高いモチベーションになるので、よりスケールして価値も生み出しやすくなる。利益はそうやって後から付いてくるんだと思います。


「sio」(シオ)は、2018年7月オープンしたモダンフレンチレストラン。鳥羽氏がシェフを務めていた「Gris」(グリ)を買い取ってリブランディングし、オーナーシェフに就任した。
http://sio-yoyogiuehara.com/
所在地:東京都渋谷区上原1-35-3
電話番号:03-6804-7607
平均予算:ランチ(土日祝のみ) 5,800円~、ディナー 10,000円~。いずれも予約制。
定休日:水曜日+不定休

o.sioの名前は、「お米」「お抹茶」のようにsioに「お」を付けたもの。「sioはすごく愛情を込めて作ったお店ですけど、2号店はより大事にしたいという意味で『お』を付けました。響きがかわいらしいので、丸の内の女性たちにもなじみやすいかなと」(鳥羽さん)。

2019年は、o.sioのオープンだけでなく、中川政七商店とコラボレーションした飲食事業も展開する予定という。

株式会社中川政七商店の代表取締役社長・中川淳氏の取材記事はこちら。
前編「『経営』の導入で工芸を再生に導く」
https://www.worksight.jp/issues/558.html
後編「組織が倒れない、ぎりぎりのスピードを見極める」 https://www.worksight.jp/issues/560.html

採用の基準はセンスを共有できること。
のびのび働けばモチベーションも高まる

採用は完全に肌感覚ですね。基準は自分と合うかどうか。例えば、僕めっちゃカルピス好きなので、カルピス好きな人とは絶対話が合うはずだから採用です(笑)。あと、僕が好きなブランドの服を着ている人も即採用ですね。

いや、本当にそういうところって大事で、カッコイイと思うものが一致しないと一緒に働いてもお互い苦痛ですよ。履歴書にどれだけ長い文章を書かれても響かないし、有名店で働いていたとしても「あ、そう」という感じ。調理技術だって、働き始めてからどうにでもなりますから気にしません。とにかくセンスを共有できるかどうか、そこを品定めします。

で、採用が決まったら、その人の得意なこと、興味のあることを聞いて成長の機会を作るんです。例えば、チーズに詳しい人が入社したので、実際にsioでは彼のためにチーズ売場を作りました。ソムリエにはワインはもちろん、店で使うグラスも選んでもらっています。経営に興味がある人には、2号店のマネジャーをやってもらうことになっていますしね。

経営者の視点で若干の軌道修正が入ることはありますけど、でもまずは信じて任せるようにしています。ゆる過ぎてもいけないから、さじ加減が難しいですけど、でも締め付けの中からいいものは生まれません。のびのび働いてモチベーションを高めてもらうことに力を注いでいます。

目の前の真っ暗闇の谷に、勇気を持って踏み出す覚悟

僕が考えるいいリーダーというのは、自分が信じた道をぶれずに突き進める勇気を持っている人です。

思えば、僕がsioを立ち上げる時、周りの人からものすごく反対されたんですよ。一緒に働いていた仲間、付き合いのある業者さん、ソムリエさん、みんな口を揃えて「やり方が違う」「お金借り過ぎ」「やめたほうがいい」って、散々な言われようでした。でも僕はそれを全部押し切って、やりたいことをやってここまで来たんですよね。

重要なのは個々の選択が正解かどうかということでなく、結果を出すまで信じ抜けるかどうかなんですよ。それができるのがリーダーだと思います。要は、もう成功以外ないんです。失敗したとしても、成功するまで自分の信念を持って突き抜けられるかどうか。その積み重ねを見て、働いているみんなが付いてくるわけですよね。

だからリーダーは目の前の真っ暗闇の谷に、勇気を持って踏み出す覚悟を持たないといけない。自分の決断に対して100パーセントの自信を持つ。僕は頭がいいわけじゃないけど、その覚悟だけはあります。

先のことは分かりません。次の2号店だって成功するかどうか分からない。でも絶対成功させます、絶対勝ちますって言い切っちゃう。その強さは僕にはめっちゃありますね。男気ってやつですかね(笑)。

総合アートとして現代の茶室を作る

僕らが最終的にやりたいのは、現代の茶室を日本によみがえらせるレストランなんです。そこで出すのは伝統的な日本料理じゃなくて、フレンチ、イタリアン、中華など世界各地の料理を取り入れた現代の日本料理。いってみれば、日本人が作る日本人料理です。

そうすると、味噌とか醤油のような日本の食材も躊躇なく使えます。フランス料理という枠組みだと、ちょっと使いづらいんですよ。アイデンティティーの重さで縛られるよりは、新しいジャンルを作った方が、もっと自由にできるんじゃないかと思うんです。

イメージでいえば、総合アートとして食べ物、飲み物、音楽、香り、しつらえも含めて茶室の要素が詰まったものをレストランの箱にとじ込んでみる感じ。集った人たちみんなにお茶を振る舞うんですけど、その時は50万円くらいの上等の茶碗を使いたい。

20代の若者が、上質な空間で本当にうまいものを食べて、日本の伝統芸術の本物に触れる、そんな機会ってまずないでしょう。そういう体験をコンテンツとして提供するレストランがあれば、また新しい価値観が世の中に形成されていくはずです。

sioはクリエイターが引きつけられる場になる

僕らの店では料理に本質があり、それを取り巻くあれこれにも本質がある。本当の意味で豊かさを感じられるものをいかに提供できるかが、やっぱり価値だと思うんですよね。インターネットとかSNSが発達して、手軽に調べて、つながって、何でも手に入れられる時代ですけど、そうであるがゆえに薄っぺらいものってみんな見破ります。

やっぱり自分の目で見て、実際に体感してみないと、本質というものは分からない。情報があり過ぎる時代だからこそ、本物を出す理由があるんです。

そんなことを多治見焼のある作家さんに熱弁したら意気投合して、今一緒に企画を進めています。3年後くらいをめどに現代の茶室といえるレストランをオープンさせたいですね。

sioはそのためのクリエイターを集める場でもあるんです。だからクリエーション能力を高くして、たくさんのクリエイターに来てもらって、「感度いいよね」と口コミで広がって、さらに多くのクリエイターを引き寄せたい。今はそのための助走期間であり、仲間集めの期間でもあるんです。

WEB限定コンテンツ
(2019.1.15 渋谷区のsioにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Kazuhiro Shiraishi

鳥羽周作(とば・しゅうさく)

1978年埼玉県生まれ。サッカー選手、小学校教員を経て、32歳で料理の世界に飛び込んだ異色の経歴の持ち主。「DIRITTO」「Florilege」「Aria di Tacubo」などで研鑽を積み「Gris」のシェフに就任。2018年7月、オーナーシェフとして自身のすべてを出し尽くしたレストラン「sio」をオープン。

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