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歴史感を伴った根拠なき自信を持て

物欲レス時代を生き抜く企業戦略とは

[菅付雅信]株式会社グーテンベルクオーケストラ 代表取締役、編集者

モノは今や僕らの周りに十分あります。あるどころか、あふれ過ぎているくらいですよね。先進国の消費者は「もうモノはいらない」と思い始めている。この状況を「物欲なき世界」として、消費の対象がモノからコトへシフトしていることを前編で説明しました。

消費欲が落ちているいま、企業はどのように商品やサービスを開発していけばいいのかと悩む声が聞かれますけど、難しく考える必要はないと思います。

いろいろな価値観があって、消費者の求めるもの、すなわちビジネス全体がモノからコトへ、サービスへ移り変わってきている。そういう現実がきちんと見えている企業はうまく行くと思います。みんなが欲しいサービスのために必要なモノもあるし、欲しいサービスのためのコトもあるでしょう。あるいは、欲しいサービスをお互いにやりとりするためのコミュニティの作り方もあると思います。コミュニティそのもの、またはそこで提供されるサービスの価値がより高まり、課金のチャンスも増えるかもしれません。

「モノのビジネス」から「ライフスタイルのビジネス」へ

例えば音楽ビジネスは分かりやすい例です。業界全体としては資本主義を先陣で突っ走っていて、それゆえにある種の閾値に達し、昨今ではCDの売上が落ちるなど衰退している印象です。でも業績が好調な企業もある。それは基本的にライブやファンクラブを中心としたビジネスを展開している会社です。

大物アーティストのコンサートチケットは、いまやファンクラブに入らないとほとんど入手不可能です。チケット代に加えてファンクラブの年会費も払わないといけないわけですが、入会しない限りいい席が取れないとなればファンは投資を惜しみません。

このところコンサートビジネスの多くはこうしたファンクラブビジネスになっています。世界中どこでもそういう傾向がある。つまりCDやレコードといったモノのビジネスから、コトを提供するコミュニティのビジネスになっているわけです。それが分かっているところはうまく行っていて、分かっていないところはうまく行っていない。

おそらく今後さまざまな業種で似たようなシフトが起こるでしょう。モノのビジネスからライフスタイルのビジネスへ。その変化をしっかり理解して対応できているかどうかで事業の将来は左右されると思います。

うまく行っている会社は宗教に近い

物欲レスの進行はマーケットの変化だけでなく、ワーカーのモチベーションの変化ももたらすでしょう。

いままでよりお金はそれほど重要な動機付けにならないといえますが、しかし金銭的報酬が不要になるわけではない。A or Bのような二者択一ではなく、A and Bという複数条件になるのだと思います。お金もやりがいも追求することが一番いいビジネスで、そうすることで会社も儲かるし、世の中のためにもなる、それが一番いい会社ということです。実際、アップルやグーグルの社員はそう思っているんじゃないでしょうか。会社が大きくなることで世の中が良くなるはずだと信じている。従業員にそう思わせる会社がうまく行くということです。

働いている人たちもそこで一生懸命働けば自分も儲かるし、やりがいも追求できるし、世の中からも尊敬される。「あの人はグーグルでこんなにいい仕事をしているんだ」「アップルでこんなにいいものをデザインしたんだ」と言われるわけです。

そういう意味で仕事がプライベートな喜びだけでなくソーシャルな喜びにつながっていることが重要です。極端にいえば、うまく行っている会社は宗教に近い。この会社が大きくなるのは社会にとっていいことだというような集団であり、実際そういう会社がイノベーティブな商品やサービスの開発に成功し、業績を上げているのです。


株式会社グーテンベルクオーケストラは菅付氏が率いるクリエイティヴ・カンパニー。さまざまな分野で編集、ディレクション、また企業のコンサルティングなどを手掛けている。
http://gutenbergorchestra.com

スティーブ・ジョブズは生前、人がアップルで働きたいと思う理由について、「アップルでしかできないことがあるからだ」と説明している。(『ジョブズ・エッセンス――世界を変えた6つの法則』(ピーター・サンダー著、満園真木訳、辰巳出版)より)

生活に不可欠な製品やサービスを提供する
インフラ企業はますます巨大化

消費者の物欲が低下しているというと、大量生産・大量消費を導いてきた大企業は行き詰まるのではないかと聞かれることもありますが、僕は全然そうは思っていません。むしろ大企業はますます大企業になると思います。

例えば、僕を含めてアップルの製品を使っている人は多いし、どんな情報を得ようとするにもグーグルがないと不便ですよね。言ってみればアップルやグーグルはインフラ企業になりつつあるということ。電力会社やガス会社と同じで、ないと困ってしまう存在になった。日本でもトヨタやソフトバンクなどはこれに当てはまるでしょう。そういう巨大企業はますます大きくなると思います。

翻っていえば、大衆は大きい企業がより大きくなることを期待しているということです。いまあるインフラをより盤石で便利なものにしてもらいたいし、例えばグーグルが実験している自動運転カーだって早く実現してほしいと心の中で思っている。それが自分の生活の利益になるからです。社会の要請も追い風になって、大きい企業はより肥大し安定していくわけですね。

規模のビジネスを追求するか、強いニッチを目指すか

問題は中規模な会社がどうなるかですが、巨大企業がますます超巨大化する一方で、小さいインディペンデントな工房のような会社もいっぱい生まれてきます。消費者が本当にほしいと思う良質なモノを作るメーカーは、規模が小さくても活路があると思います。

大企業と小さなメーカーの関係は、有名デパートとデパ地下の小売店に似ているかもしれません。三越や伊勢丹のようなブランド力のある大きなデパートは生き残るでしょう。その地下の食品売り場で、職人が手作りするような、業界内でも秀逸な品を扱う店は行列ができるほど人気を集めると思います。でも、売上の芳しくない惣菜店や菓子店は売り場から姿を消していく。

そんなふうに、それぞれのジャンルで巨大なインフラ企業が1社、あとは補完的な中小規模の企業がいくつか生き残るというような生態系になってくると思います。規模のビジネスを追求するか、強いニッチを目指すか、企業は方向性の決断を迫られることになるでしょう。

また、企業活動についていえば、これからどんどんデザインの重要性は薄らいでいくと思います。というのも、先進国、先進都市においては、みんなそこそこデザインのいいところに暮らして、そこそこデザインのいいものに囲まれているからです。とんでもなくひどいデザインのものって見かけないでしょう? デザインがおおよそ均質化してレベルも高くなっているから、いまやデザインは差別化のポイントになりにくい。それも企業が心得ておくべき1つの要素かなと思います。

もう1つ、日本企業には日本や東京の価値を底上げする期待も寄せられていると思います。東京オリンピックを控えて盛り上がりを見せていますが、オリンピック後もその活力を維持できるとは思えません。世界的に見て日本という国、そして東京という都市の魅力は相対的に低下しています。このまま何も手を打たなければ、日本や東京の地位は激しく落ち込んでいくでしょう。

集団が活性化するための方策はただ1つ、外部から人とお金が入るようにすることです。民間主導で海外の企業や投資家、あるいは難民の受け入れを行っていけば、この流れを食い止めることができるはず。そういう意味では、国籍を問わない人材登用や社内での英語の普及など、先進的な取り組みができる企業にも活路が開けるかもしれません。

作り手に“根拠なき自信”が求められている

物欲レスな消費者に対して、企業はどこを狙って矢を放てばいいのか。消費者ニーズやマーケットニーズに合わせたビジネスでうまくやっている企業もあるでしょうけれども、そういう企業は時代のトップに立てません。

なぜなら今や企業の開発スピードよりマーケットの変化のスピードの方が圧倒的に早いからです。マーケットを見ながら細かく対応していこうとすると、絶対にマーケットの先に出られない。特にソーシャルメディアが発達してからはますますその傾向が強まっています。新商品が出たその日から、あるいは見本市に出た日から、製品レビューがどんどん出る時代です。企画、開発、販売、レビューのプロセスを悠長に構えていては確実に後れを取ります。

いま広告業界が苦戦しているのは、あまりにもマーケティングの力が強過ぎるからだと思います。こういうタレントが人気だ、こういう表現手法がよさそうだといった分析に力を入れ過ぎた結果、広告がつまらなくなっているのではないでしょうか。今はクライアントの要望を十二分に聞いてからプレゼンテーションするのでは遅いんです。こういうことをやりませんかと働きかけて、クライアントを動かすくらいでなければマーケットの先を行くことはできないんですよ。

これからの世界を想像し、自分なりの仮説を立てて開発していく。それが商品なりサービスなりをリリースするときの実態に合っているだろうと考えてやっていくしかないんですね。ただし、いい仮説を立てるためには、科学者のように膨大なリサーチが必要になる。今日明日のマーケティングではなく、歴史の流れを考える力が必要になる。これは僕自身が本を執筆する際の姿勢でもあります。視界不良の中でもスピード感を持って突き進まなくてはならない時代、作り手には“歴史感を持った根拠なき自信”が求められるのです。

WEB限定コンテンツ
(2016.1.7 中央区のグーテンベルクオーケストラ オフィスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Kei Katagiri

菅付氏によれば、アメリカでも若手クリエイターの手によるハンドメイドの商品や、カスタムメイド/オーダーメイドでジーンズやデニムシャツを作る小さな店に人気が集まっているという。

菅付雅信(すがつけ・まさのぶ)

1964年生宮崎県生まれ。株式会社グーテンベルクオーケストラ 代表取締役、編集者。角川書店『月刊カドカワ』編集部、ロッキグンオン『カット』編集部、UPU『エスクァイア日本版』編集部を経て、『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』の編集長を務めた後、有限会社菅付事務所を設立。出版からウェブ、広告、展覧会までを編集する。書籍では朝日出版社「アイデアインク」シリーズ(共編)、電通「電通デザイントーク」シリーズ(発売:朝日新聞出版)、平凡社のアートブック「ヴァガボンズ・スタンダート」を編集。著書に『東京の編集』『はじめての編集』『中身化する社会』など。2014年1月にアートブック出版社「ユナイテッドヴァガボンズ」を設立。2015年に株式会社グーテンベルクオーケストラに社名変更。下北沢B&Bにて「編集スパルタ塾」を開講中。多摩美術大学で「コミュニケーション・デザイン論」の教鞭をとる。

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