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街に開かれ、市民に開かれた
都市型キャンパス

[RMIT University]Melbourne, Australia

メルボルン中心部にメインキャンパスを置くRMITユニバーシティ(ロイヤルメルボルン工科大学)。都市型キャンパスといえば聞こえはいいが、以前のキャンパスは街の一等地を専有しながらストリートを背にし、閉鎖的だった。街の活気から隔絶され、また大学も街に貢献することなく無秩序に開発を重ねた。「街とキャンパスの関係性を変える必要がありました」とRMITのキャンパス・プランニング・サービス部門で働くニコール・イートン氏は話す。

「ニュー・アカデミック・ストリート(New Academic Street/NAS)」と名付けられた再生プロジェクトは、閉じていたキャンパスを街に開くことが狙いの1つだった。ソリューションはシンプルだ。市民が行き来できるよう門を開放、キャンパスや施設内に新しく道を通しリテールや公共スペースを用意した。脇のベンチには学生と市民が隣り合う形で座り、見分けがつかない。市民が利用できる公共スペースが設けられ、街のにぎわいが昼夜を問わずキャンパス内に流れ込む。

外との関係だけではない。内側の空間も大きく変化させ、学生たちにとっても、新しいキャンパスはすこぶる居心地がよいものになった。「いかにスティッキー(粘着力のある)なキャンパスにするかという挑戦」(イートン氏)がなされたからだ。

かつてRMITの学生は、授業が終わると街に出ざるを得なかった。オーストラリアの大学には日本の大学のようなゼミやラボがなく、学生の居場所が限られる。「学生が好きに入って、カバンを置いてお昼を買いに行ったり、授業に出てから戻ってくる、みたいな場所がないのです」(設計を務めたNMBWアーキテクチャー・スタジオのディレクター、マリカ・ネウストプニー氏)。そのため街のフードコートやモールに行ったきり帰らず、午後の授業をさぼる学生も少なくなかったという。NASプロジェクトの課題は、学生たちが一日中過ごせる環境をつくることだった。

「私たちが提供したのは、1人で座って勉強したり、グループで話をしたりできる場所です。今では、このキャンパスで自分の時間を過ごす学生がたくさんいます。特に街の中心に住む学生はそうですね。学生が住むアパートはたいてい狭くて、ベッドとデスク、バスルームがあるだけのようなところです。キャンパスに来れば、ここが彼らのリビングルームになります。夜10時過ぎまで学生が過ごすことも珍しくありません」(イートン氏)


RMITユニバーシティ
キャンパス・プランニング・アンド・サービス
ニコール・イートン


NMBWアーキテクチャー・スタジオ
ディレクター


NMBWアーキテクチャー・スタジオ
ディレクター

  • ボーウェン・ストリートのキャンパス中央部。ストリートとキャンパスの境目がなく、行き交う人々も学生と市民が入り交じる。ストリート・ファニチャーも開放されている。

  • メイン校舎を横断するアーケード。2つの通りをつなぎ、学生だけでなく市民も自由に行き来する。大学を街に開こうとしたキャンパスの象徴的風景だ。

  • 屋外のコミュニケーションスペース。こちらも市民に開放されている。勉強する学生、散歩の途中で利用する市民、ミーティングで使うビジネスパーソンの姿も見られた。

  • キャンパス内、環境に配慮された「ガーデン・ビルディング」と呼ばれるビルのGF(地上階)にある屋外飲食スペース。社会的に恵まれない人の雇用を支援するカフェ「STREAT」が出店している。ビルの設計はNMBWアーキテクチャー・スタジオ。

「街に背を向けていた存在」から
「街に影響を与える存在」に

設計にあたった建築家は、RMITユニバーシティのケリー・ライオン教授と、教授の元教え子4人。NMBWアーキテクチャー・スタジオのディレクター、ナイジェル・バートラム氏もその1人だ。以前のキャンパスは1人の建築家の手で設計され、建物は単一的で統一されていた。しかし今回はライオン教授の率いる建築設計事務所ライオンズが描いたマスタープランのもと、12棟の建物を5人が別々に設計することに。「このブロック自体を街のように」仕上げ、またセキュリティのため隠れるところはなく「どの建物からもほかの建物が見える」ヴィジビリティ(視認性)の高い空間とした。

テクノロジー面では、キャンパスのナビゲーション・アプリを開発したことが成果だ。まだプロトタイプだが、ボタン1つで警備員を呼べる機能、キャンパス外へのバスサービスの案内、自習室や資料の予約機能など、学生が必要とする情報がすべてアプリ内で手に入る。

今や、いつでもキャンパスに学生の姿がある。「金曜日の午後5時にも学生がたくさんキャンパスにいるのを見て『彼らはいったい、何をしてるんだろう?』と思ったこともありましたが、彼らは必ずしも勉強しているというわけではなく、キャンパスをただ利用しているんですね」(イートン氏)。狙い通り、まさしくスティッキーなキャンパスの完成だ。同氏は続ける。「最近はメルボルン大学の学生がここに来て過ごすこともあります」

この計画には続きがある。RMITとメルボルン大学2つの大学を結び、エリア一帯をイノベーションの基地とする「メルボルン・イノベーション・ディストリクト構想」だ。現時点ではプランニングの段階に過ぎないが、実現すれば「RMITユニバーシティは変わった」とさらに強く印象付けるものになるだろう。かつて文字通り街に背を向けていたRMITユニバーシティが、街に影響を与える存在になろうとしているのだ。

  • キャンパスはストリートに対して開かれている。現在、トラムが通っているスワンストン・ストリートにはさらに地下鉄の駅がつくられることになっており、今後は市民のキャンパス利用が飛躍的に増加することが予想される。

  • 学生がプロジェクトワークを行うエリア。設計は5つの建築事務所が手がけており、エリアによってデザインのテイストが全く異なる。多様な空間が学習意欲を刺激する。

  • ワークラウンジ。個人での作業や複数人が集まってのプロジェクトワークに利用されるスペース。リラックスできるようにロッキングチェアが多数置かれている。

  • キャンパス内の路地。飲食店とともに脇にはちょっとした作業や待ち合わせに使えるカウンターデスクが。こうした場所が「スティッキー」な効果を生む。

  • 飲食店。パブリックスペースを増やす工夫として、テナントとして店舗に貸すのはキッチンまわりだけ。それ以外のテーブル席は店舗でドリンクを買わなくても自由に使える。

  • 学生生活に関する各種サービスをワンストップで提供する「RMITコネクト」。都市型キャンパスで通学時間もかかる忙しい学生のためにクイックかつ的確にサポートするための仕組みが充実している。

  • キャンパスが新しくなってからの学生への調査結果の一部。これらの数字からは、学生の積極性や大学への関心が高まったことをうかがい知ることができる。

text: Yusuke Higashi
photo: Hirotaka Hashimoto

WORKSIGHT 16(2020.7)より

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