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「創造」より「拡大」に比重を置くことも大企業の戦略

モノづくり企業に学ぶクリエイションの仕組み

[横田幸信]東京大学i.school ディレクター、i.lab マネージング・ディレクター

世間では、日本企業、特に規模の大きな成熟した企業ではイノベーションは起こせないという声があります。しかし、実際に企業のイノベーション・プロジェクトを支援している立場からすると、そんなことはない、まだやれることはたくさんあるし、大企業だからこその強みがあることも感じます。

未成熟なアイデアを実現・拡大させられるリソースこそ大企業の強み

例えば、ソニーのSAPは大企業のイノベーションのあり方の新しい可能性を示唆しています。SAPプロジェクトの担当部長の方に話を伺ったのですが、大企業の強みをしっかり認識していることが印象的でした。大企業の強さは斬新なアイデアを出すのではなくて、出ているアイデアをいかに実現化するか、拡大させるか。それについては既存事業で培ったフローがうまく使えます。

例えば「Qrio(キュリオ)」のようなスマートロックの仕組みはシリコンバレーのベンチャー企業がすでに発案していたんです。しかし量産できずに塩漬け状態でした。でもソニーは技術的ノウハウや工場ライン、流通網を十分に持っているので、スマートロック製品を作ろうと思い立ったらすぐに実現できるわけです。

イノベーションではゼロから1のアイデアを生み出すことが大事だと言われますし、それは事実でもありますが、大企業ならあえてそこを主戦場としないことも1つの戦略かもしれません。例えば、アイデアはむしろ外部のクリエイティブなコンサルティグファームやデザインファームに依頼したり、既にアイデアのあるベンチャー企業などと組むことにします。そして、1から10、10から100に実現・拡大させるリソースをいかに最大限活用するか、そこが大企業の強みであると割り切ってみるのも一案と思います。

破壊的イノベーションの不確実性をユーザーにゆだねる

未来を見据えた際に、誰がゼロからアイデアを生み出すかということについては、i.schoolで何度か講演もしてくださっている韓国のKAIST大学教授でLG電子元副社長のKun-pyo Lee(リ・クンピョ)氏が提唱する「デザイン3.0」は1つのヒントといえるかもしれません。製品をデザインしたり、使い方を考案したりするのがメーカーのデザイナーや開発者ではなく、これからはユーザーになるという考え方です。

どう使っても構わないというということで、ある意味で不完全な製品を市場に送り出すことになるわけです。それはデジタルのモノづくりが普及した社会における、オープンイノベーションの1つの形かもしれません。人間中心設計を提唱したドナルド・ノーマン氏も同じようなことを言っていて、ユーザーが価値を見出し、結果として新しい市場が形成されるという、まさに市場創出型イノベーションの時代の到来を予見しています。

これは破壊的イノベーションにつきものの不確実性をユーザーにゆだねるようなもので、一見破れかぶれの戦法にも見えます。しかしそれこそが製品の真の価値を引き出すアプローチであるとしたら、企業はゼロから1を生み出すことにこだわらなくてもいいのかもしれません。方向性が見えてきたころにスッと形を整えて、拡大路線を取ればいいのです。

新しいものが生まれるエッセンスをとらえているキングジム

企業の取り組みとして他に面白いと思うのは、例えば、テキスト入力に特化したデジタルメモ「ポメラ(pomera)」などを生み出したりしているキングジムですね。直接話を聞いたことはなく、メディアの情報を通じて知っているだけですが、商品開発の仕組みが非常にユニークです。

みんなでブレストして1つのアイデアを練り上げていくのではなく、まずは開発担当者が責任を持って発想を広げて、社長と20名程度の営業担当者を含めた社内会議でプレゼンして、賛同者がいれば開発に着手するとのこと。ここで大切なのは、経営トップだけが実現化に向けた意思決定権限を持っているのではなく、ユーザーに近い位置にいる営業担当者の意見も同列に扱われるという点です。たとえば、社長が手を挙げていなくても、営業担当者が1人だけでも手を挙げれば、実現に向けた開発が行われるようです。実際にポメラもプレゼンの場全体の受けはあまり良くなかったそうですが、「お金を出してでもほしい」と言った社員がいて、それが実現を後押ししたそうです。

同社は独創的な商品開発を経営理念に据え、行動指針で「新商品開発は、市場開拓型の独創的な企画を追求しなければならない」と掲げていますが、まさにその通りで、万人受けはしないかもしれないけど一定の需要を掘り起こすモノづくりで市場を創出しています。

企画会議で賛否を多数決で決めることはよくありますけど、それはイノベーションという不確実なものへの向き合い方として本当に妥当なのかと考えさせられます。1人でも「これがいい」と思う人がいたら、そこから細かい仕様や売り出し方を詰めていく方が案外合理的かもしれません。キングジムの取り組みは新しいものが生まれることのエッセンスをうまくとらえていると思います。


東京大学i.schoolは、東京大学・知の構造化センターが主宰する教育プロジェクト。イノベーション人材の育成を目的に2009年に設立された。
http://ischool.t.u-tokyo.ac.jp/


i.lab(イノベーション・ラボラトリ株式会社)は新規事業創出のためのコンサルティングファーム。i.schoolで研究したイノベーション創出のための方法論を活用して、クライアント企業に事業アイデアを提案する。
http://ilab-inc.jp/

KAIST大学を取材したワークサイトの記事はこちら
「世界有数のデザインスクールが見据えるデザイン3.0の未来」
https://www.worksight.jp/issues/612.html

新しいものは何かの組み合わせに過ぎない。
これを究極まで高めたマネジメント技法

それから、個人的にずっとイノベーション企業としてベンチマークしている会社があります。ファッションブランドの「コム デ ギャルソン」です。私がイノベーションをプロセスで管理できると思っているのはコム デ ギャルソンが念頭にあるから。それくらいイノベーションにまつわる大きなヒントを与えてくれる会社です。

ブランドを率いるデザイナー・川久保玲氏は、20年くらい前の雑誌のインタビューでデザインする対象は服だけではない、経営もデザインの対象なんだということを言っていました。この人は服飾のクリエイションだけじゃなくて、何か仕組みを作っているんだと気づきました。

「コム デ ギャルソン」のユニークなデザインプロセス

さらに、15年ほど前のテレビ番組* でコム デ ギャルソンのデザインのプロセスが紹介されていたのを見て驚かされました。

川久保さんはパターン(型紙)とテキスタイル(生地)の作り手に対して、デザインコンセプトを個別に伝えます。例えばティッシュを丸めたものを見せて、こういう柔らかさ、純白さ、乱雑さ、空気感があることなどを示すんです。そして両者は直接コンタクトを取ることなく、それぞれパターンとテキスタイルを最高のクオリティで仕上げ、最終局面でそれを融合させるのです。

これは、新しいものは何かの組み合わせに過ぎないということを究極まで高めたマネジメント技法だと思います。一般的にはパターンとテキスタイルが相互作用しながら一緒に完成度を高めていくものですが、あえて独立したクリエイションワークをさせて最後に合わせることで新しさを生み出していく。これはまさにプロセスマネジメントですよね。

デザインする対象物は服だけじゃなくて経営もそうなんだという言葉は、こういう形で体現されているのだと思います。

機会領域を適切に設定して個人のクリエイティビティを引き出す

また、アイデアを創出するために抽象的に思考の方向性を指し示すアイデアのコンセプトを「機会領域」と呼びますが、コム デ ギャルソンのモノづくりは機会領域を適切に設定していると言えます。作り手が集中して課題と向き合う環境を作り、クリエイティビティを最大限に引き出している。そこは個人のアイデアを起点とするキングジムと相通じるところかもしれません。

川久保さんもやはり「新しさ」を大事にしています。彼女が作り上げたファッションには、例えば着古したニットのような質感や左右非対称のデザイン、喪服を思わせる黒ずくめのドレスなどがあります。コム デ ギャルソンがこれらを打ち出した当時は常識外れだと揶揄する声もありましたが、どれも今では定着しています。ファッション市場に美の新機軸を作り出したということです。

新しい概念をうまく形にしているわけですが、それは川久保玲さんの鋭いインスピレーションのなせる業であると同時に、クリエイションの仕組みを社内に作っているからこそ、より洗練されて具体化できているのでしょう。それを一般化できるはずだというのが、私の書いた本だったり、取り組みだったりするんです。これまであまり言及したことはなかったのですが、私の活動の根本にコム デ ギャルソンがあるというのは、ちょっと意外性を突いているでしょうか(笑)。

WEB限定コンテンツ
(2016.7.26 台東区のi.labオフィスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Tomoyo Yamazaki

* NHKスペシャル「世界は彼女の何を評価したのか ~ファッションデザイナー川久保玲の挑戦~」(2002年1月12日放送)

横田幸信(よこた・ゆきのぶ)

東京大学i.school ディレクター、i.lab マネージング・ディレクター。NPO法人Motivation Maker ディレクター。九州大学理学部物理学科卒業、九州大学大学院理学府凝縮系科学専攻修士課程修了、東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程中途退学。修士課程修了後は、野村総合研究所にて事業戦略や組織改革、ブランド戦略などの経営コンサルティング業務に携わり、その後、東京大学先端科学技術研究センター技術補佐員及び博士課程学生を経て現職。
イノベーション教育の先駆的機関である東京大学i.schoolではディレクターとして活動全体のマネジメントを行う。現在は、イノベーション創出のためのプロセス設計とマネジメント方法を専門として、大学及び産業界の垣根を超えたコンサルティング活動と実践的研究・教育活動を行っている。‎

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