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デザイン・シンキングを実践的に習得する学びの場

未来の仕事環境で生のビジネスを体験

[Hasso Plattner Institute]Potsdam, Brandenburg, Germany

  • 複雑な問題を解決する方法を学生に習得させる
  • 背景の違う学生同士で実践的な企業のプロジェクトに取り組ませる
  • 合的な視点と柔軟は発想をもった人材育成で実績を積む

ハッソ・プラットナー・インスティテュート(以下、HPI)は、世界的ソフトウェア企業SAP AGの創設者の1人、ハッソ・プラットナー教授が設立した官民共同の研究施設だ。SAP AGの研究開発施設、SAPイノベーション・センターと同じくポツダム大学の敷地内にあり、世界各国から学生を集め、デザイン・シンキングを教えている。

ユーザー目線で問題解決を図るデザイン・シンキング

デザイン・シンキングとは、ビジネスにおける問題解決のための複合的な考え方のこと。学生は、HPIのプログラムを通して、問題の理解、観察、視点の設定、観念化、プロトタイプの作成、そのテストとバージョン・アップなどといったプロセスをくり返し演習し、それを学んでいく。そうしてビジネスにおけるユーザー目線のアウトプットとは何か、を理解していくわけだ。

学生にとってHPIで学ぶメリットが大きいのは、デザイン・シンキングを学ぶための素材がビジネス界からの現実の依頼である、という点だ。HPIは、授業の一環として、DHL、SAP、BMWといった大企業から中小企業、地方自治体や官庁などから多様なテーマでプロジェクトの依頼を受ける。

学生達は、指導を受けながら、そうした実際のビジネス課題に取り組むことで、良質なトレーニングを積むことができる。一方、依頼者側には、自分達の業界の常識に染まっていない新鮮なアイデアを安く手に入れられる、というメリットがある。

設立:1988年
学生数:240人(2学年)
HPIは、ITシステム・エンジニアリングをベースにしたイノベーションを生む競争力を育成し、チームで成果を出す実践的な経験とスキルを提供することを使命とする。キャンパスはポツダム大学にある建物の4階のワンフロア。修了したプログラムは在籍する大学の単位としてカウントされる。学生は20カ国、60の大学から集まるうえ、社会人向けのエグゼクティブ・トレーニングも多く企画されている。エグゼクティブ・トレーニングには、年間600人程参加するという。

ウルリッヒ・ワインバーグ
Ulrich Weinberg
ハッソ・プラットナー・インスティテュート
教授/ディレクター
HPI設立に2007年5月から参画し、教鞭を執る。専門分野はコンピュータ・アニメーション。起業経験もあり、ドイツで有名な映像系美術大学 Konrad Wolf Academy for Film and Televisionの顧問も兼任する。

  • 講義が行われるエリア。教室ではなく、階段状のオープンスペースになっている。
    成果発表やレクリエーションなどのイベントにも使われる。

  • プロジェクトブースにあった試作品。窓には所狭しと付箋が張られている。
    まるで文化祭の準備のようなノリで、楽しげな雰囲気だ。

  • 企業のプロジェクトごとに学生に与えられたブース。
    ホワイトボードで仕切られているだけなので、他のチームとの意見交換も盛んに行われている。

  • ライブラリも一般的な図書館のイメージとは一線を画し、開放的な作りとなっておいる。
    自然と学生同士の交流が誘発されるようになっている。

多様な背景をもつチームメイトと
世界規模の企業プロジェクトに取り組む

カリキュラムは三学期制で、デザイン・シンキングのプログラムには、ベーシックとアドバンストが用意されている。毎学期、ベーシックプログラムで40人のクラスが2つ、アドバンストの40人のクラスが1つ設けられ、1学期間ベーシックで学ぶとアドバンストに進むことができる。学生は、他の大学の博士課程や修士課程を学びながら週2回だけHPIに通う、いわばパートタイマー。さまざまなバックグラウンドを持った仲間とプロジェクトに取り組むことができるのだ。

ベーシックのプログラムでは、学生達は、国内のパートナー、団体、企業などが依頼してきたプロジェクトを6名のチームで6週間かけて取り組む。アドバンストでは、世界規模の企業や団体からのプロジェクトを同様に12週間で進める。メンバーの専攻は経営学、工学などさまざまで、学生は複合的な専門知識を有するチームの一員として、クライアントと密接にやり取りしながら、プロジェクトを進めていくのだ。

監督役は1チームに2名つくが、こちらも教授や建築家など背景はさまざま。各種業界のエキスパートが関わることで、複合性が重視されている。HPIではこのようにして、異なるパートナーからのプロジェクトが16程度、常に進行している。

学生はビジネスにおける観察の仕方やプロトタイプの作り方などはほとんど知らないところからスタートするうえ、毎学期、違うパートナーの違うプロジェクトに取り組まねばならない。知識や手順を教わることはもちろんできるが、ビジネスマインドは言葉で理解できるものではない。

プロジェクトの多くは企業が主体だが、当然、その担当者が学生の無垢な様子にびっくりすることも珍しくない。学生はプロジェクト進行と並行してトレーニングを受ける。一方、パートナーは、学生のアイデアを検討しながら方向性を探っていく。「双方、やり方に慣れてもらうしかありません。学生からの最終プレゼンテーションの段階では、”すばらしい!”と喜んでくれる企業も少なくありません」(ウルリッヒ・ワインバーグ教授)

学生が作った目安箱。遊び心を積極的に持ち込むことで、自由な発想とディスカションが生まれる。

学生みんなで「江南(カンナム)スタイル』を踊っている。最近流行っているそうで、リラックス効果や一体感の醸成が得られるとのこと。アイデアを出しやすくするため、授業前によく行われている。

キャンパスはガラス張りのところが多く、自然光がよく入る。
首を回せば一望できる広さで、誰がどこで何をしているのかが、よく見えるようになっている。

360°View

キャンパスはガラス張りのところが多く、自然光がよく入る。
首を回せば一望できる広さで、誰がどこで何をしているのかが、よく見えるようになっている。

※画像をタップすると360°スライド表示が見られます

「未来の働き方とは何か?」を
予測できる作業環境を追求

ワインバーグ教授は、学生の仕事場づくりにあたり、発想を刺激するような自由で柔軟性のある環境を構築するために、スタンフォード大学のd.schoolを積極的に参考にしたという。デザイン・シンキングでは、常に次のステップを想定したプロセスが要求されるため、目の前のことしか見えなくなるような環境は避けなければならない。そのため、HPIでは、オフィス家具の開発や空間づくりで試行錯誤を繰り返し、これからの大学での学び方に関する研究も進めている。

目指しているのは、デザイン・シンキングを活性化させ、チームのパフォーマンスを高める土台となる作業空間。右脳と左脳を同時に刺激するような場が理想だ。「私達の取り組みは、企業にとっても有意義なことだと思います。作業には、一人でやるものもありますが、それはツールを使えばどこででもできます。それなのに、多くの企業はデスクを並べてそこに従業員を閉じ込めようとする。そういうオフィスには、効果的に仕事を進めるためのスペースがありません。10年後には間違いなく、こうしたスタイルは時代遅れになっているでしょう」(ワインバーグ教授)。

会社は今まさに変われるか、変われないかの瀬戸際に来ている、とワインバーグ教授は見ている。世の中はどんどん狭く、密になり、物事のスピードもアップした。変化に対するプレッシャーが日に日に大きくなるなかで、個人だけでなく会社もグローバル化に対応していかなければならない。しかし、変化への適応に必死になりつつも、古い伝統的な考えが頭の奥にこびりついている。それが、多くの企業の現実だと言うのだ。

「従来の教育とは、物事を細かく分け、それぞれを個別にとらえる方法を教えることでした。そこには一見無関係な物事に関連性を見出すという発想がありません。いわば百科事典のような考え方をよしとしていたわけです。しかし、これからの時代、仕事において、それは捨て去るべきものです。スケールは小さくとも、ネットワークで繋がったチームの一員として、流動的な環境で一緒に考えることを学ぶことが重要です」(ワインバーグ教授)

今までの教育は、分野や担当を切り分けた「檻の中で活躍できる人材」を育てようとしていた。その檻から人間の思考を解き放つために考案された作業環境がHPIにはある、というわけだ。確かに、ここでプロジェクトに関わる学生の様子を見ていると、新しいものを生むための働き方が徐々に変わりつつあることを実感させられる。HPIには、未来の仕事環境を予測し、それに備える機会も用意されているのだ。

WEB限定コンテンツ
(2013.2.04 ドイツのHPIにて取材)

作業効率を考えて作られた二層式のテーブル。キャスターが付いており、天板はホワイトボードのようにペンで文字が書ける。

講義エリアの中心に鎮座する王様の椅子。授業前は取り合いになることもしばしばだ。

キャスター部分がZ型になっていて、動かしやすいホワイトボード(Z-Rack)。d.schoolを参考に導入された。

 

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