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レドモンド発のクリエイターが
アメリカのゲーム業界を席巻する

“ゲーム業界のハブ”で活躍できる人材を育成する大学

[DigiPen Institute of Technology]Washington, USA

  • クリエイティブ業界にデジタル人材が求められていた
  • プロフェッショナルを養成する専門大学を設立
  • グローバルトップのゲーム人材を輩出する大学に

ワシントン州、シアトル近郊のレドモンド市に、ビデオゲーム業界に次々と優秀なクリエイターを輩出している大学がある。その名も、DigiPen Institute of Technology(デジペン工科大学/以下、デジペン)という。ビデオゲームに特化しているという点で非常にユニークな大学だ。

そもそもデジペンが誕生したのは1988年のこと。もともとは大学ではなく、カナダにあるシミュレーション・エンジニアリング会社だった。デジペンのファウンダーであるクロード・コーメア氏(以下、コーメア氏)は当時をこう振り返る。「ある時、テレビ局からの依頼でロゴのアニメーションを制作したところ、非常に満足いただけました。1秒のアニメーションを作るのに5000〜6000ドルかかっていた時代の話です。その時に私は、ゲームに3D映像を取り込むことのできるソフトウェアを、自分たちのテクノロジーで作ったのだということに気がつきました」。

コーメア氏はさっそく任天堂の米国法人であるニンテンドー・オブ・アメリカの当時の社長であった荒川實氏にコンタクトを取る。話はとんとん拍子に進み、デジペンとニンテンドー・オブ・アメリカとの合弁会社「デジニン(DigiNin)」を立ち上げ、Nintendo64用の3Dエンジンの開発に挑む。その後荒川氏の意向で新たにニンテンドー・ソフトウェア・テクノロジーという会社が創立され、デジニンは解散したものの、こうした経緯でコーメア氏とデジペンはビデオゲーム産業に深く入り込んでいくこととなった。

クリエイターから教師まで育てるデジペン

そして1993年、コーメア氏はプログラムスクールをカナダのブリティッシュコロンビア州に設立する。これが学校としてのデジペンの前身である。「最初はカナダで2年制の大学としてスタートしました。学生の約80%がアメリカ人でしたね。しかし、アメリカ人はカナダで働くことができませんし、カナダの企業にインターンシップに行くこともできない。彼らへの教育を考えると、カナダでは市場に限界があるなと感じるようになりました。また、カナダでは文科省からの理解が得られず、4年制の大学として学生に学位を与えることが不可能だったという点もネックになりました」(コーメア氏)。そしてデジペンはニンテンドー・アメリカの招きを受けて米国レドモンド市に移転する。

レドモンド近郊には、デジペンのキャンパスから20マイル以内に350社以上のゲームスタジオがあり、デジペンの卒業生の多くはマイクロソフト、任天堂、バンジー、ブリザード・エンターテインメント、バルブ・コーポレーション、アリーナネットなどの有名なゲーム会社に就職している。まさにデジペンはゲーム業界のハブとして注目を集めているのである。


レドモンドキャンパスの外観。

創立: 1998年
学生数: 1072人(うち学部生978人、大学院生85人)
https://www.digipen.edu


デジペンのファウンダー、クロード・コーメア氏。

  • 「エジソン・プロダクション・ラボ」と名付けられたスペース。専攻の異なる学生が実施するゲーム開発プロジェクトで主に利用される。

  • デジペンの講義は少人数制で行われる。教員の多くはデジペン専任だ。

  • ペンを手にドローイングに励む学生。デジペンではアナログの基礎的な技術が徹底的にたたき込まれる。

  • 学生向けのライブラリー。本やビデオゲームなどのほか、ラップトップやタブレットなどを借りることもできる。

徹底的に物事を突き詰めて考え、
そこに必要な技術だけに絞って学ぶ

デジペンの何が優れているのか。それは、非常にシンプルな理念に基づいて作られたカリキュラムにある。「私たちはゲームという製品を作るためにどんなエンジニアリングが必要か、という考え方をします。つまり、エンジニアリングが先にあるのではなく、あくまで目指す製品をゴールとして考えているのです」(コーメア氏)。

いわゆる一般の大学にあるような一般教養の授業はデジペンにはない。「私はいい人間を育てようとしているわけではなく、いいエンジニアを育てたいのです。もちろん、いいエンジニアにとって、正直で謙虚で社交的であることが必要なのは言うまでもありませんが」とコーメア氏が言うように、入学後、最初の年から学生は、「この製品を開発するために必要な技術」を徹底的に学ぶことができる。例えばアーティストの場合は、入学してからの2年間で20万のドローイングが課される。脳で考えていることと指先の動きを結びつけるためにはそれだけの練習が必要だという考えのもとでのカリキュラムなのだ。

さらに、学生たちは基礎的なスキルや知識、技術の習得と並行してチームプロジェクトに取り組む。実社会でのコラボレーションを想定し、専攻の異なる学生で混合チームを作り、実際にアニメーション・フィルムやゲームといった“製品”を開発する。こうした制作現場の疑似体験が即戦力の人材を生んでいくのである。ゲームのプログラマーだけでなく、ゲーム音楽に特化した人材からゲームデザイナー、エンジニアまで幅広く輩出している秘密は、こうした実践重視のカリキュラムにあるのだ。

「実社会で通用しないものを作っても意味がない」

「実社会の真似をする」という考え方はつまり、「実際に売れるものを作る」ということ。現にデジペンの学生は世界の有名なゲームフェスティバルに作品を出展し、プロのカテゴリーで賞を受けている。「大学でのプロジェクトで作られたものは実社会における製品と遜色ないものでないといけない」(コーメア氏)という理念から、学生は日々、実社会で通用するものを作るべく、チャレンジを続けているのだ。

もちろん、学生を支える大学側のサポートも万全だ。教員は学生10人に対して1人。それぞれの教員は専門知識を持ったレベルの高い人材だ。デジペンでは製品への注意深い観察と、それを細かな要素に切り分けて一つ一つをつきつめて考えるというアプローチを取っているため、専門性の高い教員が数多く必要になるのである。また、学生は年間のプロジェクトに応じて15名ほどのグループに分かれるが、それぞれのグループにはメンターがつき、学生の勉強の進み具合、健康状態、精神状態などを常に細かく確認している。こうしたサポートのおかげで学生はプロジェクトに邁進することができるのだ。

実社会から求められている人材を育てる

このような学生生活を経て多くの卒業生が社会で活躍しているわけなのだが、それを端的に示す興味深いデータがあるのでご紹介しよう。それは、学生ローンのデフォルト率(債務不履行率)だ。アメリカでは親が資金を出すのではなく政府から学生ローンを借りて大学に進学することがほとんどなのだが、その学生ローンの支払いが滞っており、社会問題になっている。2015年5月8日付の英フィナンシャル・タイムズの記事によると、2011年に学生ローンの支払いを開始するはずだったアメリカ人のデフォルト率が13.7%だという。これに対してデジペンのデフォルト率はわずか1.3%。社会で自立した人材をいかに多く育成しているかがよくわかるデータではないだろうか。

「私たちの使命は、来たるべき人生への準備を学生にきちんとさせることです」とコーメア氏は力強く言う。「他の大学はデジペンが学生の就職ばかり気にしていると批判しますが、人生への準備なくして就職をするなんて無理でしょう。就職を気にしないでいられますか? 多くの大学は“学生が好きなこと”しか教えませんが、デジペンでは“社会で役立つこと”を教えます。ここが全然違うんです」(コーメア氏)。

かってデジペンがレドモンドにやってきた時、ワシントン州にゲーム関連会社はわずか9社しかなかった。それが現在では前述の通り350社以上を数え、そういった会社の多くでデジペンの卒業生が大活躍をしている。ゲーム業界で圧倒的な存在感を誇るデジペンを評価し、レドモンド市長は、デジペンのレドモンドキャンパスがリニューアルした日である2010年8月27日を「デジペンの日」と定めた。地域経済の活性化に多大な貢献をしているデジペンは、間違いなくレドモンド市民から愛されている存在なのだ。

コンサルティング(ワークスタイル): 自社
インテリア設計: JPC Architects

WEB限定コンテンツ
(2015.10.9 レドモンドの同校キャンパスで取材)

text: Yuki Miyamoto
photo: Kazuhiro Shiraishi


学生や教員が使うカフェテリア。食事に力を入れており、アメリカの他の州立大学に引けを取らないほど。


サウンドラボ。ゲーム音楽の勉強をする学生たちがプロジェクトに取り組んでいる。


掲示された求人票。デジペンの卒業生を求める企業は多い。スカウトも兼ねて毎週のようにトップクリエイターがこの大学で講演を行う。学生は早い段階からインターンで技術を磨く。

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