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若いうちから文化も規範も異なる“アウェー”を体験させる

越境学習をはばむ組織の課題とは?

[長岡健×中原淳]法政大学 経営学部 教授/東京大学 大学総合教育研究センター 准教授

中原

よく「最近の学生は」と言う人がいるけれど、腹立ちませんか? 昔よりもずっとクリエイティブだと思う。

長岡

それは本当にそう思います。

中原

いろいろな大学に非常勤に行っていて、もちろん、あまり良くない人も一定数はいる。でも、普段付き合っていて、今の学生の大多数は、すごくいいものを持っている。

長岡

そういう学生たちも会社に入ると、古い規範の中でとたんに元気を失ったりする。その一つが、上司から受ける「外に出ていくな」というプレッシャー。率直に言って、そこに見えるのは上司のジェラシー。職場の上司だけでなく、大学教員も、基本的にジェラシーの塊で、学生が研究室以外の活動に熱中しているとやっぱり気になる。今、中原先生のところで、うちのゼミの学生を指導してもらっているけれど、10年前の僕であれば、正直、心穏やかではいられなかったはず。学生が僕よりも中原先生のことが好きになって、僕の指導を受けてくれなくなるんじゃないかと。もう完全にジェラシーですよね(笑)。

中原

それは分かります。学生が学閥をまたいで大学外の研究会に出たら、怒ってしまう指導教員というのもいましたね。背景にあったのは、「俺の言うことを聞かなくなる」「あいつのほうを好きになる」という考え方だった。

長岡

だから今、僕が気を付けているのは、多少の嫉妬はあっても、それを学生には絶対見せず、「どうぞ、行ってらっしゃい」と送り出すこと。例えば、あるNPOの活動に深くコミットしている学生は、モチベーションが高まってきたのが分かるので、研究室よりNPOの活動を優先しても、何も言わずただ見ている。

中原

そういう意味で、僕も言わない。もちろん、外の活動に夢中になり過ぎて、自分の研究とか、研究室の仕事がそっちのけになる可能性もゼロではないけれど、「もうこれ以上はマズイですよ」というジャッジが必要になるまでは、あまり言わないことにしています。

長岡

学生がクリエイティブじゃなくなったり、活動がアクティブじゃなくなるのは、僕ら指導教官が嫉妬心に駆られた発言をしたときじゃないかと、考えるようになった。研究室の外で頑張っている学生に対して、「そんなことやったって、しょうがない」とか「しょせん、世間じゃ通用しない」とか、学生のやる気を失わせるようなことを言ってしまうことがあるじゃないですか? それはかなりの部分ジェラシーからで、要するに「君たち、外じゃなくて、こっちを見てよ」って意味だと、しばらく前に気付いた。「先生のほうがカッコいい」と言ってほしいだけの話かもしれないとも思う。それが最近、45歳を過ぎたぐらいから嫉妬しなくなった。だんだん枯れてきたからかな(笑)。

中原

会社でも、経営者や管理職の人たちは、そういう危険性を持っている。少し前から、上司一人あたりの部下の数がだいぶ減っている中で、社外のほうに興味を持たれてしまったら、「俺の言うこと聞いてくれないんじゃないかな」と。そうなると、「あいつは出ていくかもしれない」というラベルさえ張ってしまえば、全部悪にしてしまえるから、分かりやすいのかもしれない。

長岡

ここ数年に行われている調査だと、結果は逆で、「組織外で積極的に活動している人のほうが、組織コミットメントは高い」と出ている。

中原

僕自身、サイエンスとして統計に基づいて論文を書くことは、大事なことだと思っていて、それが活動全体の7割ぐらい。その一方で、ワークショップをするとかの活動が3割くらいある。このサイエンスとノンサイエンスみたいなものを両方、抱えていったら「何かいいことありそうだな」と思っている。矛盾も多々あるけれど、どちらかに集中すれば、それだけの人になってしまうし、どちらもやることが自分としてはしっくりくる。

長岡

中原先生の世代の研究者は、そういうスタイルの人が増えてきてるイメージですよね。

中原

二足のわらじを履けって最初から言われていましたから。一つ基礎的な研究をやっていくんだったら、応用領域は必ず持ちなさいと、ずっと昔から言われていた。僕らよりも若い世代、20代の世代になってくると、博士課程にいながら会社を持っている人が、人文系で、少しずつ出てきている。

長岡

これからの生き方を語るなら、そのほうが健全。一つの組織にどっぷり浸かった人間がこれからの生き方語ってもね。このままじゃ、僕なんか何も語れなくなる(笑)。『知識人とは何か』の中でエドワード・サイードが、アマチュアリズムの話をしている。そこで強調されているのは、新しい観念や価値を追求するには、特定の専門分野や専門職という制限にしばられてはいけないということ。そして、細分化された縦割りの専門主義を克服するには、「愛好精神と抑えがたい興味」によって衝き動かされていくアマチュアリズムが必要だと言っている。

長岡教授と中原准教授が理事を務める経営学習研究所は、「働く大人の学びのデザイン」をテーマに、学際的研究と実践に取り組む非営利団体だ。定期的に実務家と研究者らによるセミナーやワークショップを開催している。
http://www.mallweb.jp/

組織のしがらみを解消しなければ
越境学習は進まない

中原

大学が専業的職業研究者を、大学教員として抱えるようになったのは、それほど長い歴史があるわけじゃない。時代に名を残した研究者は、大学に所属していなく、在野の研究者だった場合もある。だから、大学という組織と研究者のあり方も、時代によって変わっていくと思う。ちなみに一般の職種方はどうかと思って、経営学習研究所(MAnagement Learning Laboratory:略してMALL=モール)を立ち上げるときに、「兼業を明確に否定してる会社をどのくらいあるるか」と思っていろいろ聞いてみたけれど、実は明確に否定されているという会社は決して多くなかった。つまり、副業や兼業をしていいかというものは、職場の雰囲気や上司の考えで決まってくる。「制度レベル」ではなく「運用レベル」で決まっていることが結構多いという印象です。

長岡

JILPTがやっている調査などを見ると、自己啓発の支援は制度的には整ってきている。でも、社会人が夜間のMBAに自費で通うときにどんな苦労しているか、という現場の実感はだいぶ違う。MBAに行くには、まず上司に相談して、上司と作戦を練った上で、さらに部門長にまで根回しをする。あとは気にしなきゃいけないのが同僚の目だったりもする。

中原

それは職場が村だから。僕も田舎生まれなので、その感覚はわかります。一番怖いのは同僚かもしれませんね。

長岡

「自己啓発の支援制度を利用しているか」という質問に対しては、「あまり利用していない」という回答が多い。その理由は「仕事が忙しい」から。でも、量的な意味で仕事にがんじがらめというのではなくて、「仕事場にいなければならない」という意味も含まれているようだ。

中原

上司が帰らないから帰れない。無理に仕事を作っちゃってまで残る人がすごく多い気がする。10年ぐらい前に社会人大学院で学ぶ人の実態を一時的に取材したことがあって、そのとき就学者は約4万人だった。今、そこから10年。それほど増えているわけじゃない。

長岡

社員が本業以外のことに取り組んでいると、「そっちで実力がついたら会社を辞めるんじゃないか」という意見も出るらしい。けれど、そういう意見には違和感がある。少なくとも、バブル世代の一部に見られたような、「MBAをとったら即退社」というような雰囲気は、今の「越境学習者」の人たちにはないと思う。

中原

「外に越境して学習する=辞める人、独立する人」というと、何か、ノスタルジーを感じちゃいますね。例えば、うちの研究室は、学生が20代ですけれども、東大で研究する一方で、勝手に外に出て、プロジェクトを行ったり、コラボをしたりしています。「それって当たり前じゃん」という感覚だし、もし、学内以外の活動をしちゃだめ、ということになると、相当混乱が生じちゃうと思いますね。今は、たとえ「やっちゃダメ」と周りから言われても、それに関する情報がネットから全部入ってくる「ウラ、オモテをつくれない社会」。だから、そもそも止められない。むしろ、「やれ」と言ったほうが話が早い。「そのかわり、成果はきっちり出してくださいね」と。僕は、越境という考え方は、大事だと思っています。会社外でも構わないし、会社内においてもそう。違うコンテキスト、違う事業間を移動していく中で気付いたり、そこで視野の広がりのようなものを感じられたりすることが重要。

長岡

自分が慣れている状況が変化したり、ルールが変わったり、求められる行動が変わったときに、その新たな状況にどう対応するか。この「変化への対応」に僕は興味がある。何か一つのことができるようになるために、その一つの領域を一生懸命にやるという「学習」については、イメージとしてわかっているのだけど、急に変化した状況に対応していくためには、どのような「学習」に取り組めばいいんだろうか。そうした「変化に対応できる能力」とはどんなものか。これまで日本では、幅広い専門性があれば多様な変化にも対応可能という議論が受け入れられてきたけれど、今起きている変化は、その議論での想定をはるかに超える激しいものだろう。

中原

この間、すごく大規模なサーバーを作っていた某電機メーカーのマネージャーとお話ししたとき、そういう話が出ていた。企業ごとに特化したサーバーを作ってきたのに、急にASPを作る戦略に変わった。オーダーメイドの服を作っていた職人さんに、「明日からレンタル服屋になれ」と言うようなもの。要するに、まったくビジネスモデルが変わってしまう状況で、対応できなくなるけれど、対応せざるを得ない。でも、その変化の道筋が会社から示されているか、というと、まったくない。そんな中で、「お前は変化の適応能力がない」というラベルを付けられて、その人はすごく困っていた。

長岡

年齢や職務経験によって、変化への対応方法を変えなければいけない。高齢社員の場合、今からトレーニングを積んで変化に対応するのはなかなか難しい。そこには会社としての適応戦略が必要。若手から 中堅社員に対しては、変化に対応できるような学習支援が大切になる。そこで、今まで話していた「アウェーの経験」のようなものも必要だろう。学生にしても、若い社員にしても、普段の活動では「アウェー」を経験する機会が少ないから、その環境を作ってあげないといけないのではないか。今回も中原先生のプロジェクトに学生を1人参加させてもらうのだけど、その学生にとってはかなりの「アウェーの経験」になる。学生がたった1人で、よく知らない外の研究室の活動に参加するわけだから。

中原

明日、明後日でワークショップやるのだけど、「興味ある」と言うから、じゃあこの2本の論文を読んどいて、と。

長岡

英語の論文が月曜日に2本届いて、「あと残り○○ページ」とか、「分からなくなったからもう1回読み直さなきゃ」とかtwitterでつぶやいている。学生たちにとっては、「1人で行く」という状況がすごく刺激的なんです。そして、中原研究室が、長岡研究室とは違う規範と価値観で動いていることを、「越境」によって知ることができる。ただし、自分の所属するコミュニティを相対化できるようになるには、ある程度深くコミットした「越境」が必要。どっぷり漬かる必要はないけれど、ワークショップに1回参加するだけでは少ない。自分自身を相対化できるようなアウェー経験のレベルについては、教員のほうでうまく調節していかなきゃいけないと思う。また、自分の手元に置いておきたい気持ちをグッと抑えて、若い人を笑って外に送り出すことが、かえって彼らとの関係性を良いものにすることもある。いずれにしても、「組織メンバーの組織外での活動に対して、どのような姿勢をとるべきか」ということが、大学にとっても、企業にとっても重要な問いとなっていると言えるだろう。

WEB限定コンテンツ
(2012.7.4 東京大学 大学総合教育研究センターにて取材)

越境学習
会社や組織といった枠を飛び出し、職場以外の場所で知識や技術を学ぶこと。社外の勉強会などには自発的に学習意欲を持った人が多く参加するため、多様な価値観や最新の情報の獲得、専門性の向上やモチベーション・アップに役立つとされている。

JILPT(The Japanese Institute of Labor Policy and Training)
正式名称は労働政策研究・研修機構。厚生労働省所管の独立行政法人で、雇用・失業問題から人材育成、ワークライフバランスまで幅広く調査研究、研修事業を行っている。
http://www.jil.go.jp/

長岡健(ながおか・たける)

1964年東京都生まれ。法政大学経営学部教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、英国ランカスター大学マネジメントスクールで博士課程修了(Ph.D.)。 産業能率大学情報マネジメント学部教授などを経て、2011年より現職。専門は組織社会学。アンラーニング、サードプレイス、エスノグラフィーといった概念を活用し、「学習と組織」をめぐる行動や言説を読み解くことを研究テーマとする。主な著書に『ダイアローグ対話する組織』(ダイヤモンド社・共著)、『企業内人材教育入門』(ダイヤモンド社・共著)など。

中原淳(なかはら・じゅん)

東京大学大学総合教育研究センター准教授。大阪大学博士(人間科学)。東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院 人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・MIT客員研究員等をへて、2006年より現職。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人々の学習・コミュニケーション・リーダーシップについて研究している。専門は経営学習論(Management Learning)。単著に「職場学習論」(東京大学出版会)、「知がめぐり、人がつながる場のデザイン」(英治出版)、「経営学習論」(近刊:東京大学出版会)など。共編著に「企業内人材育成入門」(ダイヤモンド社)、「ダイアローグ 対話する組織」(ダイヤモンド社)など。研究の詳細は、Blog:NAKAHARA-LAB.NET(http://www.nakahara-lab.net/)。Twitter ID : nakaharajun

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