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技術を魅力的なソリューションに導く デザイン・シンキングとは

集中と交流を随時切り替えられる場づくりに必要なもの

[カーファー・トズン]SAP Innovation Center MD所長

企業にとって「成功」と言えるイノベーションの条件は、魅力的であること、ビジネスとして成り立つこと、そして実現可能であることの3つであると述べました。これらの条件満たしつつ、開発を進めるためにSAPが大切にしているのが、デザインシ・シンキングです。

デザイン・シンキングとは、マニュアル的なノウハウではなく、考え方です。デザイン・シンキングを身につけるには、常に意識して、試行錯誤する必要があります。技術者は、課題に対して技術を用いて自分が考える最適解を出すことに腐心してしまいがちです。誰のためにもならない技術課題にこだわって、研究に没頭してしまうことがあるわけです。しかし、そうして生まれたものには需要がなくて、魅力的でもなければ、ビジネスとしても全く意味を持ちません。

テクノロジーは武器だがビジネスの成否を握るのは「考え方」

大切なのは、常に「自分達は今何をやろうとしているのか」を問い続けながら、プロジェクトに取り組むこと。技術的に実現可能だとして、それを欲しがる人はいるのか? それを考えないと、高度な技術を駆使して誕生したイノベーションなのに、ちっとも魅力的じゃない、といったことが起きてしまいます。技術者はこういう視点を忘れがちなので、訓練が必要になるわけです。

SAPでは、デザイン・シンキングを組織や社風に取り組むために、多大な努力を払っています。まだ過程の段階ですが、技術者中心の企業としてはだいぶ進歩したのではないかと思います。私達はテクノロジーを使ってビジネスをしていますが、成功するかどうかは、技術の内容よりも、イノベーションに対する考え方にかかっているといえるでしょう。技術者が働く場では、デザイン・シンキングを促す環境を整えておかないと、研究開発は進んでいるのに本来の目標からはどんどん遠ざかっている、といった事態が起きかねません。

ここSAPイノベーション・センターの場合は、ハッソ・プラットナー・インスティチュート(Hasso Plattner Institue)のプラットナー教授に私達のアイデアを評価してもらうことで、バランスを取ることができています。私達が学生と協力してイノベーションのアイデアを出し、実現可能であることを示すためにプロトタイプを作って見せると、それを見て「これは気に入らない」「これはいいね」「すばらしい、すぐやろう」などと意見を述べてくれるので、独りよがりの開発に突き進むことを抑止できるわけです。

SAP AGの事業規模は、グループ全体で昨年の収益が約1兆6220億ユーロ。開発モットーは、あらゆる規模、業種で使用されるシステムの「RUN BETTER」を実現すること。ちなみに、日本法人(SAPジャパン)は1992年に設立された。
http://www.sap.com/

新たにイノベーション・センターを設立中
市場(いちば)のように人が集まる場を目指す

学生とのコラボレーション活動をさらに活発にするために、現在、イノベーション・センターを設立しているところです。そこは伝統的なクローズド・オフィスではなく、新しいコンセプトを導入した仕事環境にしたいと思っています。そこで、「イノベーション・センターとはどんなデザインであるべきか」という課題をプラットナー教授が率いる学生チームに課題を出しました。学生達にも新しいセンターへ感情移入してもらい、イノベーションが生まれる条件とは何かを考えてほしかったからです。

イノベーションが生まれる環境の条件としてまず大切なのは、そこで働く人のモチベーションを高める効果があることと、コラボレーション精神を刺激すること。自由自在にコラボレーションできる場であることが重要です。加えて、集中して取り組める場であることと、社交の場でもあることも必要です。

学生チームは、こうしたコンセプトを軸にイノベーション・センターのデザインを考えたわけですが、その中で私が特に好きだったのは、「市場理論(マーケット・プレース・セオリー)」をベースにした提案でした。つまり、イノベーションを目指す場とは、市場(マーケット・いちば)のように自然に人が集まる場であることが望ましい、というわけです。人が自然に集まる場があれば、そこは社交の場となり、コラボレーションの場となる。コラボレーションの場となれば、そこにはさらに人が集まり……という具合です。

例えば、ここ(現在のSAPイノベーション・センター)の場合は、1つしかないコーヒー・コーナーがそれにあたります。私が「他のフロアには作るな」と言ったのです。なぜかといえば、みんなが顔を合わせて共同作業をする場がほしかったからです。おいしいコーヒーを1カ所だけに置き、そこに誘導することで、そこはコラボレーションが生まれる場になります。新しいビルのイノベーション・センターでも、同じ考えを導入する予定です。

d.schoolを参考に「瞬時にコラボレーションが生まれる環境」を作る

新しいイノベーション・センターは、デザイン・シンキングが行える場所として建築を進めています。具体的な設計にあたっては、学生のアイデアを踏まえて、スタンフォード大学のd.schoolで教鞭を執っているキャンベル教授にも協力を仰ぎました。

私達は当初、3階建ての建物にして、1階をコラボレーションできるスペースにあて、2階は集中して作業ができるフロアにしようと思っていました。しかし、キャンベル教授いわく「d.schoolでも経験しているが、こういう割り振りは、うまくいかないよ。人はわざわざ下の階まで降りていったりしない。面倒だからね。本人にはコラボレーションしたいという意思があっても、なかなか足が動かないものなんだ」とのことでした。

そこで今度は、1つのフロアを2つのセクションに分けて、一方をコラボレーションのスペース、他方を個人作業の個人スペースにすることを考えました。しかし、教授は「まだダメだと思う」と言い、こんなアドバイスをくれました。「2つのスペースを共存させたらいいんじゃないか? それぞれのスペースが隣合わせになっていれば、コラボレーションと個人作業をすぐに切り替えられるからね」。

とても単純ですが、居心地のいい作りだと思いました。こうすれば社交場もあるし、コラボレーション用のエリアもある。さらに随所にホワイトボードを置いて、家具にはすべてホイールを付け、いつでもスペースを作れるような柔軟性を持たせました。こうすれば、瞬時に場所を整えてディスカッションを始め、コラボレーションが可能になります。

空間が未完成だからこそ人は考える

こうしてある程度、方向性が決まった後、インテリアデザインを専門のデザイナーに依頼しました。上がってきたデザイン案は、すべてが完璧で美しく、息を飲むほどでした。すると今度は、プラットナー教授から物言いが付きました。「完成しすぎている。洗練されすぎだ」という理由で即座に却下です。学生チームは戸惑っていましたが、後に、キャンベル教授の指摘によって、その霧は晴れました。教授は「イノベーションの場というものは、未完成でなければいけない」と言うのです。

イノベーションの場は、完璧であってはいけない。磨きをかける余地や、提案をする余地がなければいけない。ガレージのように、ある意味、未完成で、「あれをこっちに動かしたい」「これを少しずらしたい」と思うような場であるからこそ、頭が回転するからです。素材も光沢のあるものよりも、磨いていく部分があるもののほうがいい。その場に立って見回すと「やることがいっぱいある」と思わせるような場が理想なのです。その点、完成している場は、「下手にいじってバランスを崩したくない」「汚したくない」と思わせてしまい、そこに立つ人の足をすくませてしまいます。仕事をしていて「ここに何か書いたら怒られるかな……」などと考えてしまうようでは、活動が萎縮してしまいます。

そういうわけで、新しいイノベーション・センターの設立を目指してはいますが、ずっと未完成のままにしておきたいというのが正直な気持ちです。自由に動かせる余地を残しておきたいんです。建築基準や労働環境基準との板挟みもあって、なかなか難しいのですが、なんとか納得のいく形にしたいと思っています。

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(2013.2.4 ドイツのSAPイノベーション・センターにて取材)

「デザイン・シンキングとは、需要を常に考えながら開発を進めること。SAPはこの浸透に向けて、いまも全社的な取り組みを続けています」

SAPイノベーション・センターに唯一のコーヒー・スペース。学生はここを「コーヒー・コーナー2.0」と呼んでいるそうだ。何かが生まれる特別な場所、と感じたからこそのネーミングだろう。

カーファー・トズン(Cafer Tosun)

SAP Innovation Center MD所長。1993年よりSAPに参画、シリコンバレーのSAPアメリカでCTO室ヴァイスプレジデントなどを歴任後、2011年より現職。

 

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