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「15歳の空想力」がモノづくりの突破口を開く

AIと共存する時代、人間に求められる知恵とは

[暦本純一]東京大学大学院 情報学環 教授、ソニーコンピュータサイエンス研究所 副所長

前編で説明した人間拡張やIoAの技術が社会に展開されるようになると、日常の暮らしからオフィス、医療、教育、スポーツ、災害現場に至るまで、あらゆる局面で人間の能力がネットワークに乗って行き交うことになります。おそらく、その行き交う能力の中にAIが入ってくるでしょう。人間がやりとりする能力の一部はAIに置き換えられるかもしれないということです。

能力のモジュール化で、人間の価値がシビアに測られることに

AIも今のところはもちろん万能ではなくて、状況を総合的に勘案したうえで判断を下すというような思考は難しいでしょう。しかし、領域によっては認知能力が人間をしのぐほど向上していて、例えば医療画像から瞬間的に腫瘍の有無を判定するといったことはできます。熟練の医師も同じような高い認知能力を持っているわけですが、そういう高度ではあるが定型的な処理は機械に置き換わることになるでしょう。

今まで熟練者や専門家にしか備わっていなかった能力を機械が提供してくれるということで、そうした高度な能力がモジュール化されていきます。そして機械にできない能力に重きが置かれることになる。「変化に対応できる能力」が人間に求められることになるでしょうし、機械の能力によってさらに拡張される「ヒューマンオーグメンテーション」あるいは「ヒューマン-AIインテグレーション」の時代に突入すると思います。

原始時代は槍で獣を仕留められる人が一番生存能力が高かったけれども、今はそんなことができなくても生きていけますよね。必要とされる能力は時代によって変わるのは別にいまに始まったことではなく、その変化を見極めて柔軟に対応していける人が強みを発揮していくと思います。

同時に、能力をみんなでシェアできる社会は人間味が問われる社会でもあります。誰がしてもいい仕事が機械に置き換わってしまう一方で、人間として「この仕事は機械ではなく、あなたにしてもらいたい」と言ってもらう存在というのはあり得るし重要です。それはつまり、その人の人間としての価値が測られることでもあるのです。

生活インフラの自動化でベーシックインカムが実現

もう一つ、AIやテクノロジーの進化が働き方に与える影響として考えられるのが、ベーシックインカムの実現です。

いま人間がしている仕事の一部が機械に置き換わるとするなら、それは突き詰めれば人間がしなくていいことでもあります。例えばルンバの性能が高まっていけば、やがては清掃業の雇用はなくなるだろうということです。

そう考えると、我々の生活の基本的な部分を機械が代行するようになり、ある意味でそれはベーシックインカムになり得る。人間が何もしなくても食料もエネルギーもできる、基本的な生活インフラは自動化する——そんな社会に移行していくだろうと考えています。

そうなると働く意義もいまと変わってくるでしょう。報酬を多く得たいとか、生きるために仕方なく嫌なことをやるといったレイバー(labor)の感覚から、どうすれば自分の生きがいが最大化されるかが焦点になってくる。テクノロジーが発達して人間と一体化していくと、人間は何のために生きているかというところに帰着していくのだと思います。

特に日本は少子高齢化が進んでいるので、労働力を補うためにロボット化は必然です。労働力を機械に置き換えて自動化し、その分人間は別のことをするという社会へ、これから移行していくことになるでしょう。働き方を含めて社会構造がどう変化していくかということも今後の研究課題です。


東京大学大学院 情報学環 暦本研究室では人間と技術との整合(Human Computer Integration)と呼ぶ領域に着目し、人間の拡張(Human Augmentation)を追求。能力拡張型テレプレゼンス、対外離脱体験、Augmented Sportsなどの研究を行っている。
https://lab.rekimoto.org/


ソニーコンピュータサイエンス研究所(Sony CSL)は、AIなどコンピュータサイエンスの研究を行うソニー系列の研究所。1988年設立。
https://www.sonycsl.co.jp/

暮らしの快適さをテクノロジーで底上げする

人間拡張の研究も、得られる情報の量や質の飛躍的転換をもたらすことだけが狙いなのではなくて、快適さや心地よさを追求したい、より人間らしい生活を送るためにテクノロジーを活用したいという側面もあるんです。普段の生活で何がいい感じか、どんなところに気持ちよさを感じて、それを実現するにはテクノロジーをどう使えばいいかというアプローチですね。

例えば、私たちが開発した「Squama」は窓や壁の透過性を部分的に変えられるスマートウィンドウです。例えば会議室の壁に使うとするなら、通常は全体を透明にして開放性を保ちつつ、モニターにプレゼン資料を映すときだけそのモニター部分だけを不透明にして外から隠すといったことも可能です。人間の目の位置と隠したいものの位置を解析して、別の角度から覗こうとすると不透明な部分の形を変化させてモザイクをかけるので、オープン性とプライバシー保持が両立するわけです。窓に利用すれば、テーブル上の果物など、陽に当てたくない部分だけ太陽の位置を計算して陰にすることもできます。

これは液晶技術を使っているので、ディスプレイとしてインターネットの情報を表示することもできるのですが、ここでやりたいことはそうじゃないんですね。「人の目から隠したい」とか「日差しをさえぎりたい」といった、生活の中で私たちが求めている基本的な快適さをテクノロジーで底上げするのが目的です。そこにテクノロジーがあるというのを忘れるくらいにしたい。

IoTというと、いろいろなところにデバイスが並ぶイメージを思い浮かべがちですが、むしろ技術は裏に隠れている方がいい。IoTのさらに元祖、1990年代にユビキタスコンピューティングを提唱したマーク・ワイザーが「静かな技術 (calm technologies)」と表現しているような領域ですね。生活の基本的な快適さは何かと改めてとらえ直すことで、そこから改善できるものがあると思います。

「笑わないと開かない冷蔵庫」で脳をポジティブに

人の感覚に訴えるテクノロジーということでは、「HappinessCounter」という笑顔認識のシステムもあります。ユーザーの笑顔を機械が感知することで動作するです。例えば笑わないと開かない冷蔵庫や、笑うと反応する化粧台があります。

身体心理学に、笑うことで脳がポジティブになるという身体フィードバック仮説があります。これに基づいて、笑顔を作ろう、ポジティブに毎日を送ろうという環境を、テクノロジーを通して演出するわけですね。

これをビジネスに応用してみたらどうでしょうか。ブレインストーミングやディスカッション、取締役会議など、話し合いの場で誰も笑わないことは多いと思います。新しいアイデアを出してくださいといっても、そんな状況では誰も口に出せません。でも、にこっと笑ったらポイントが上がるとか、みんなが笑顔になるようなことを発言したら記録されるといった仕組みを作れば、会議をもっと活性化できるでしょう。

ビジネスに資するIoTというと検索の効率化とか生産性の向上といったことがよく言われるし、「アイデアが湧き出る会議なんてあり得ない」とも思いがちですけど、実はこういう人間の情動に訴える機能が切り口になって、新しい局面が開けることもあるのではないでしょうか。

透過性を部分的に変えられる「Squama」。2016年のグッドデザイン賞を受賞した。(動画提供:暦本氏)

  • スマートウィンドウ「Squama」。間近で見ても電子回路やセンサーが目立たない、美しいたたずまいだ。(写真提供:いずれも暦本氏)

  • 「HappinessCounter」を搭載した冷蔵庫。ユーザーの笑顔を認識してドアが開く。

プロセスの迅速な処理ではAIに勝てない。
予測不能な道を行く気概を持ちたい

パスポートや免許証などの証明写真を撮るとき、アメリカだと笑顔の人も多いけど、日本ではまず笑わないですよね。これは真面目にしている方が正しいという社会的メンタリティの表れ。だからこそ、みんなが笑う会議こそいいんだというメンタリティになれば組織も変わると思います。

日本はちょっと真面目社会なんですね。私はSF好きが高じてこういう研究をするようになったところもあって根が真面目ではないわけですが(笑)、でもその姿勢が研究に役立っているとも感じます。

AIやIoTの発展で、おそらくこれから社会や産業の構造が劇的に変わっていくでしょう。未来を見通すことがますます難しくなるわけです。そうなると、頼りになるのは空想力、さらにいえば妄想力でしょう。いまの常識の延長では馬鹿げているようなことでも構わないので、とにかく想像のレンジを広くしていないと未来の産業に携わる人は生き残れないだろうし、そういう型破りな発想を楽しんでできる人にチャンスが回ってくると思います。

だから、あまり真面目じゃない方がいいんです。東大生は真面目な人が多いんですかね。「使えなくてもいいからもっと普通じゃないアイデアを出してみて」と言うと、うっ、とつまったりする。偏差値的な、決まったプロセスを的確に早く処理するのはまさにAIの得意分野であって機械に置き換えられてしまうわけですから、プロセス化されていない予測不能な道を行く気概を持ったほうがいいですね。

アイデアを生み出す会議にするには堅苦しい雰囲気を変えること

この前、インターネット上の精神年齢テストをしてみたら私は「15歳」という結果でした。研究室で一番精神年齢が若いらしい(笑)。学生の中には考え方が大人すぎる人もいるし、発想が凝り固まっている学生には足元をすくうようなアドバイスもします。

指導の際によく言うのは「正しいけど面白くない」。先ほどの笑わないと開かない冷蔵庫の原型となるアイデアは、「お年寄りの薬の飲み忘れを防ぐためタイマーで開く薬箱」でした。いいけど当たり前すぎて面白くない。じゃあむしろ逆に、何かの理由で開かない箱はないだろうか、というふうに仕切り直してみて、そこから笑わないと開かない箱はどうかとアイデアが膨らんでいきました。たぶん相談を受けてから15分ぐらい。身体心理学とか身体フィードバック仮説だとかは、実はその後で調べて理論づけしていったんです。さっきはもっともらしく言いましたけど(笑)。

「みんなが正しいと前提にしていることをひっくり返したらどうだろう」「裏から見たらどうだろう」という、あまのじゃく的な考え方は新しいものを作り出すときにすごく重要です。ただ、企業でそれをやろうとすると浮いてしまうかもしれないので、トップダウンで突飛な発想も排除しない環境を作ることは必要だと思います。いずれにしろ常識外れなことをあえて打ち出してみて、それに対して真面目にフィージビリティを考える、そんな企業文化があるといいですね。

堅苦しい会議で真面目な顔をしている人たちも、内心ではつまらないと思っているかもしれません。そう思っている人が集まっていて、でも面白いことは誰も言えない、そういう状況は意外に多いのではないでしょうか。そこで空気をうまく変えてあげれば、新しいアイデアが飛び出してくるんじゃないかと思います。

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(2016.11.14 文京区の東京大学大学院 暦本研究室にて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Tomoyo Yamazaki

暦本純一(れきもと・じゅんいち)

1986年 東京工業大学理学部情報科学科修士過程修了。日本電気、アルバータ大学を経て、1994年より株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所に勤務。理学博士。2007年より東京大学大学院情報学環教授 兼 ソニーコンピュータサイエンス研究所副所長。多摩美術大学客員教授。グッドデザイン賞審査委員。電通ISIDスポーツ&ライフテクノロジーラボシニアリサーチフェロー。PlaceEngine、AR事業を展開するクウジット株式会社の共同創設者でもある。理学博士。世界初のモバイルARシステムNaviCamや世界初のマーカー型ARシステムCyberCode、マルチタッチシステムSmartSkinの発明者。研究成果はSony, Sony Interactive Entertainmentの製品群やARサービスなどに広く利用されている。ACM、情報処理学会、日本ソフトウェア科学会各会員。グッドデザイン賞ベスト100、日本ソフトウェア科学会基礎研究賞、Zoom Japon Les 50 qui font le Japon de demain(日本の明日を創る50人)、ACM UIST Lasting Impact Awardほか受賞多数。‎

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