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これからの企業が目指すべきベストな組織形態とは?

市場とフラクタルな構造を持つ企業だけが生き残る

[髙木晴夫]慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 教授

マーケットの変化のスピードは速く、商品やサービスの消費サイクルは驚くほど短くなっています。その要因はIT化によって、市場のステークホルダー同士が常時、情報交換を行えるようになったからです。かつての消費者は、純粋に個人と個人がコミュニケーションをとるだけでした。口コミといっても、電話やファックスを用いた一対一の連鎖。しかし、今は多対多になっています。ウェブやtwitter、Facebookを使うとき、自分や相手は一人ではありません。「フォロワー」や「友達」という結びつきを通して、お互いが複数の外部ネットワークとつながっています。つまり、ネットワークとネットワークが輻湊(ふくそう:物事が一カ所に集中して混雑すること)してつながっている状態です。そして会社とマーケットのつながりを考えるときも、それを前提にしなければなりません。

――一対一で対話しているようにみえても、それぞれの後ろにコミュニティが存在し、情報交換が共有されているということですね。そうした多対多の接点が無数に存在することで、市場はどのように変わっているのでしょうか。

多対多のコミュニケーションが進む社会では、あらゆるものが流動化しやすいのです。システムとしての安定性が失われている、といえます。もちろん、いつも揺れているわけではありません。各コミュニティには、一定期間の安定期があり、その安定が崩れると、別の安定を求めるために流浪します。そうした安定状態と変動状態が絶えず繰り返されています。システムのフレームワークに例えるならば、一対一でつながっていたときは、ノード(ネットワークを構成する一つ一つの要素)の数は人為的に制御できる範囲でしたが、多対多になるとノードの数が増え過ぎる。人為的にどこかを調整しても、いじっていないノードが圧倒的に多いので安定しない。つまり、今やマーケットは誰かが制御しようとしても、それが不可能なものになったということです。

――かつてはマーケットの需要をある程度メーカー側でコントロールすることも可能でしたが、もはやむずかしくなったということでしょうか。

そのとおりです。会社の外にあるマーケットは絶えず変動しています。誰もその動きは予測できません。その意味でメーカー主導の時代は終わっています。しかし、マーケットは変動しますが、一定期間の安定期はあります。そのタイミングをうまく生かせれば、特定の商品やサービスが上手に売って収益を得られます。ただし、それが長く続くと考えてはいけないのです。売れて飽きられたと思ったら、会社はすぐにどこか別のところで新しいものが流行っているのを見つけて、そこに移行しなければなりません。そうやって常に照準をあわせて、短い安定期で確実に収益をあげる。そのために必要なのが、会社の「外側との接点の取り方」だといえます。

――従来よりも「社外との接点」の数を増やして積極的にマーケティングをしていけばいいのでしょうか。

違います。今の社会では黙っていても接点は持てます。それをやみくもに増やしても意味はありません。重要なのは、外のマーケット(社外との接点)に対して、どのような企業組織を用意してつなげるか。そこに経営者の手腕が問われています。たとえば売れるビジネスを展開している会社を調べてみると、マーケティング部門の持つ組織システムが、対象となるマーケットの社会システムと、「フラクタル(自己相似)な関係」になっていることがわかります。ここでのフラクタルとは、マーケットで人々が何かを買ったり、連鎖的な動き全体のシステムを指します。特定のマーケットと寄り添うマーケティング部門の社員の仕事は、マーケットを動かすシステムときわめて近い構造になっているのです。

――企業組織が対象とするマーケットと「フラクタルな関係」になっていると何が起こるのでしょうか。

マーケット(外側のフラクタル構造)と企業組織(内側のフラクタル構造)を合わせなければ、市場の変化に対して会社がリアルタイムについていけないのです。もし、会社の内と外が、スケールは違っても同じ構造(=システム)を持っていれば、マーケットの特性を企業組織で再現できます。たとえば、ザッポスという米国の靴ネット販売の会社は、ネットを介して靴を機能的に売るのではなく、リアル店舗以上に人とのコミュニケーションを感じてもらいながら販売するモデルを開発しました。それはザッポスの企業組織が、マーケットと同じ構造を持っているからこそ生み出せたものです。フランクに何でも相談し、人肌を感じてその安心感の中で商品を買う。そうした「特定のマーケットにおける行動特性」を、ザッポスは社内に再現しています。だからこそ、マーケットの共感を得られているのです。

――そうやって成功している「外とのつながり」はどのくらい有効なものでしょうか。

ザッポスは画期的な靴の販売ビジネスを展開していますが、このマーケットの安定期もずっとは続かないでしょうか。次のビジネスにシフトする=新たなマーケットへ迅速に照準をあわせる必要があります。そこでマーケットのシステムが異なるならば、企業組織のシステムも見直す必要が出てきます。ある程度の継続利用もあるでしょうし、修正利用もあるでしょう。しかし、大きく作り直さなければならないこともあるでしょう。大事なことは、外の社会システムを制御することはできないけれど、内側の企業組織をそれと同じシステムに近づけることで、マーケットと深く「つながる」ことができるということ。そうして何度でもビジネスの安定期間を獲得しうるのです。

――日本の企業はこうした組織変化に向いているでしょうか。

マーケットに寄り添うためには、企業組織の中で「フラットな横の動き」が生まれなければなりません。現状では、終身雇用ではない、アメリカ型のトップダウン企業のほうがそれを実現しやすいようです。経営者のもっとも重要な仕事は、今の主力マーケットとフラクタルな組織構造を持つ「外とのつながり」を社内に形成すること、そして同時に、次の主力マーケットを探し出して、迅速に飛び移り、あらたなフラクタルを形成できるような兆しを見逃さないことです。

日本の多くの企業は、社内のネットワーク状態が高く、マーケットの変化に柔軟に対応できそうに見えますが、実は既存の組織構造で動かせる範囲に限定されていることが多い。とくに終身雇用の枠で作られた長期的な人脈ネットワークは、フラクタルを形成するための身軽さを持っていません。でも、現在のような経済環境を前に、大きな進化圧力がかかっているときは、突然変異もどんどん起こるでしょう。

――日本企業でも若手を中心としたイノベーション事例が増えています。それに期待するということでしょうか。

それを成功させるには、従来の固定化した企業組織の枠組みを解体し、いったんフラットなプロトコル(社内の作業手順、手続き)を標準化させなければなりません。やる気のある人だけに向けて、机の自由度を増やしました、ネットワーク環境を整えました、ではダイナミックな横の動きは期待できません。そうではなく、やる気のない人にも適用され、全社的に同じ手続きでものごとが動かせるような、組織全体の標準化例案を整えることが大切です。実際、アメリカ型のトップダウン企業で横の動きが活発なところをみると、社内のプロトコルやインフラが、誰でも使える透明性の高いものになっています。今日入社した人が、不文律や歴史性を意識することなく、手続きを踏めば、自由な横の動きをとれるようなしくみです。

――外とつながって得た情報を社内で生かすには標準的なプロトコルが必須ということでしょうか。

そのとおりです。組織内の調整コストがボトルネックになって、チャンスをつかみ損なう可能性があります。多くの日本企業は、継ぎ接ぎだらけになってしまっているプロトコルを、いったん標準化することが先決かもしれない。透明性のあるプロトコルを持つ会社だけが、フラクタルな外とのつながりを持てるし、次のビジネスチャンスが来たときに迅速に飛び移れるはずだからです。

WORKSIGHT 01(2011.10)より

フラクタル
複雑系の研究で用いられる用語で、「全体の形と相似する形で部分が出来上がっている、あるいはそれらの部分を集めて、全体を作ると再び同じ形になる」という意味。自然界でよく見られる形で、木の葉の全体の形とその細部の葉脈の形は相似形であり、フラクタルとして知られている。また、数学の分野でも、下図のコッホ曲線など、ある方程式に従って描画された図が全体と細部の間に相似的な関係が示されることがある。

ザッポスは、アメリカのアパレル通販サイトを運営するベンチャー企業。インターネット通販という業態ながら、人間味あふれる接客で急成長を遂げている。
WORKSIGHTの記事はこちらから

高木晴夫(たかぎ・はるお)

慶應義塾大学大学院 経営管理研究科教授。1978年慶應義塾大学大学院工学研究科博士課程修了。1984年ハーバード大学ビジネススクール博士課程卒業、同大学より経営学博士号を授与される。1985年慶應義塾大学大学院経営管理研究科助教授を経て、1994年より現職。専門は、組織行動学、組織とリーダーシップ。

 

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