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オランダはいかにワーク・ライフ・
バランスの最先端国になったのか

「均等待遇」を旨としたオランダ型ワークシェアリングと時間貯蓄制度のルーツをさぐる

[長坂寿久]拓殖大学客員教授

オランダは、働き方の自由度で傑出した国でもあります。ワークシェアリングの仕組み、自宅勤務の推奨等で、あらゆる働きかたが尊重されている。

端緒は1990年代後半です。それまではオランダの家庭は、アメリカと同様に子ども中心、女性は家にいて子どもの世話をするという役割分担が一般的でした。その後アメリカは、景気が後退し、夫が働くだけでは親世代と同じだけの所得を維持できなくなりました。実質賃金がどんどん低下し、郊外に家を買い子どもにはいい教育を与える、という暮らしが難しくなったわけです。

そこで彼らが開発したのが共稼ぎ・共働きという新しい所得形態です。これなら親の世代の2倍の所得が得られる。実際は女性差別があり、1.5から1.7倍程度ですが。これによりアメリカは、実質所得の低下から実質家族所得の上昇に転換し、経済を維持してきた。

しかし問題も起きました。日本もそうですが、男女平等、雇用平等を推し進めるあまり、所得を2倍にすること、つまり夫と妻が同じ所得を目指す対等主義に凝り固まってしまった。男たちもこの時代の変化に対応できず、その結果、家族を守る役割が失われ、離婚や子どもの虐待といった「家族の崩壊」が表面化しました。

アメリカの失敗に学んだオランダの賢明さ

さてオランダにおいても、経済が低迷し、「妻が働かないと実質所得を維持できない」という問題が起きていました。しかしオランダの人々が賢明だったのは、女性は仕事に出るようになったものの、「妊娠したら、仕事をやめて、子育てに専念する」という価値観を捨てずに持ち続けたことです。

私は82年から87年はニューヨーク、その後にアムステルダムに駐在しました。すっかりアメリカナイズされていた私は、オランダの女性に本当にびっくりした。例えば、ある主婦が政治活動をしていて、次は議員になれるかもしれない、そんなタイミングで「妊娠したからぜんぶ辞める」と言い出した。いったいオランダの女性たちは何をやってるんだろうと正直思いましたよ。でも半年ぐらいすると、オランダの人たちの賢さがわかってきました。

アメリカは、男性と女性が同じように働き、所得を2倍にしようとして家族が崩壊した。だったらわれわれは1.5倍でいいじゃないか、差分の0.5は家族を大事にするために使いましょうと。オランダはこれを1.5コーディネーション方式とよび、政策として進めることにしました。一般的には夫が1、妻が0.5を担うケースが多いです。そうなると、女性はパートタイムでいい。オランダ人はこのようにアメリカの失敗に学び、家族を大切にしながら実質所得を増やす方法を考えた。それが、オランダ型のワークシェアリングのルーツです。

現在は、働いている女性の75%がパートタイムです。男性の働き方も変わっています。子ども1人なら夫1妻0.5でいいかもしれませんが、子どもが2人だと妻の育児負担が大きくなるということで、夫と妻が0.75ずつ働いてもいいわけです。例えば夫も妻も週休3日で、交代で子どもの世話をするとか。自宅勤務が浸透すれば、休む必要もないかもしれない。これで、共働きでも十分に子どものケアができます。


『オランダを知るための60章』
オランダの政治・経済から歴史、社会環境、文化背景まで、長い在蘭経験を活かして一つひとつ丁寧に解説してくれる。(明石書店)

日本にはない「公共圏」が
市民の声を政府に届けている

オランダでは、公共圏が強固にできあがっています。自分と他者(私)がいて、お互いの利益(公共益)を議論する場(公共)です。そして、公共益を実現するために政府(公)をつくってきたのです。「私、公共、公」の三元論で国が成り立っている。だから、市民が「こんなふうに働きたい」という声を挙げれば政府や企業はそれを実現しようとする。オランダでは、それがごく自然のことです。

これは、日本人が想像しにくい部分かもしれない。なぜなら、日本は公共圏が存在していないに等しい、先進国でも珍しい国。「公、私」の二元論で成り立っています。そのために市民が「こんなものが欲しい」と政府に声を届けることが、何か恐れ多いことのように思われている。でも、そんな国は日本だけです。明治以降、近代化を急ごうと、政府は国民が公共益を議論する時間を嫌がりました。「公共益は政府が考える、国民はそれに従っていればいい」と。それから現代に至るまで、日本では公共圏が政府に乗っ取られたままです。

パートタイム促進に反対していた労働組合も変心

労働組合が、ワークシェアリングにOKを出した、というのが実にオランダ的だと思います。労働組合は昔から「フルタイムの職員を増やすこと」が活動目的です。しかしある時、組合員の声を聞いてみると、どうもパートタイムを望む声が大きいと気がついたわけですね。実際、組合員以外のパートタイマーを相手に調査すると、「(パートタイムで)働きたいから働いている」と回答した人が多かった。また男性に「あなたの妻はフルタイムで働くべきか」と尋ねても「パートタイムがいい」と答えたのです。

これに労働組合はびっくりした。最近は日本でもパートタイマーを組合員に認めるところが出てきていますが、やはり旧態依然たる労働組合運動です。ところがオランダの労働組合は、その調査をふまえて、「彼らが望むならパートタイマーを認めていこう」と方針を変えた。それまで経済界側からパートタイマーの促進を提案されてもノーと言い続けたのに。実にプラグマティックな決断です。フルタイム、パートタイムの隔てなく、ワーカーを守ることこそ、労働組合の本当の役割ですから。

これによって、フルタイムとパートタイム、仕事内容が同じであれば、それぞれの労働時間に対して同じだけの給料を払う、という法律が生まれ、オランダ型のワークシェアリングがスタート。パートタイマーがどんどん増えていきました。

制度が変われば日本も変わる

オランダにおけるのワーク・ライフ・バランス追求の、現時点で最新の仕組みが、2006年に導入された「時間貯蓄制度」です。これは、労働時間を天引きするかたちで口座に貯蓄、好きなときに引き出して長期休暇がとれる、という制度です。休暇にあてて旅行に出る人もいれば、育児や親の介護にあてる人もいるでしょう。自己実現のためにモノ作りや研修に励む人もいるかもしれません。この制度では、働く人は休暇中の所得は自分の貯蓄分から補てんするのですが、政府はこの天引き分を課税控除にし、企業は休暇後にそれ以前と同様のポジションを用意しておくよう義務づけられている。もちろん、企業の側にもメリットがあって、こうした働きやすい、休みやすい環境をつくることで優秀な人材を確保できるわけです。

ワーク・ライフ・バランスを大切にできるよう、「自由に働きたい」とは、あらゆるワーカーの願いでしょう。オランダでは、それが公共益と見なされ、政府や企業が実現させました。では日本ではどうか。「それはオランダだからできることだ」「日本はとても」という声が聞こえてきそうです。公共圏がしっかり認識されていない日本では、無理もないことです。

しかし、「均等待遇」のオランダ型ワークシェアリングも、目新しいように見えますが、人種や性別などによる雇用差別が撤廃されてきたこれまでの歴史の流れの上にあります。かつて日本でも、「女性が上司になるなんて」という議論が平然と行われた。今ではとても信じられませんよね。法律や仕組みが導入され、それが重要だと認識されたら、人間の心は変わる。日本だって、まだ変われるはずです。

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(2014.12.12 コクヨファニチャー株式会社 霞が関ライブオフィスにて取材)

長坂寿久(ながさか・としひさ)

1942年神奈川県うまれ。明治大学卒業後、現・日本貿易振興機構(JETRO)に入会。シドニーをはじめニューヨーク、アムステルダムに駐在。99年より拓殖大学教授。主な研究分野はNGO・NPO論で、アメリカ、オーストラリア、オランダが主たる研究フィールド。主な著書に『オランダモデル−制度疲労なき成熟社会』(日本経済新聞社)、『オランダを知るための60章』、『NGO・NPOと「企業協働力」-CSR経営論の本質』『NGO発、「市民社会力」-新しい世界モデルへ』(共に明石書店)など多数。

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