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大企業はイノベーションのハブになれ
【日本のシリアル・イノベーター(4)後編】

イノベーターが動きやすい環境を作るコツ

[田村大]株式会社リ・パブリック共同代表

成熟企業においてイノベーションを起こす人材・組織のあり方を研究する「シリアル・イノベーター研究会」(株式会社リ・パブリック主催)とのコラボレーション企画。日本の大手企業で活躍するイノベーターをシリーズで紹介する。

シリアル・イノベーターとは、「重要な課題を解決するアイデアを思いつき、その実現に欠かせない新技術を開発し、企業内の煩雑な手続きを突破し、画期的な製品やサービスとして市場に送り出す。この過程を何度も繰り返せる人材」* のこと。

シリアル・イノベーターを切り口にしたとき、イノベーションを生み出す仕組みを企業内に意図的に作ることは難しいだろうと前編で説明しました。しかし、制度化以外に企業にできることは2つあると思います。

1つは、イノベーションを起こせる人材を採用すること。もう1つは、そういう人の1回目のイノベーションを起こすための環境を整えることです。

自己完結性の高い人はイノベーター候補になりうる

まず、イノベーションを起こせそうな人材の採用についてですが、イノベーションは人が起点となって起こるものであり、仕組み化は効果が薄いという認識をまず持っていただく必要があるでしょう。社内の人材だけでイノベーションを起こそうと思っても、難しい場合がある。その場合は外から補充するしかないということです。

では、その目星をどうつければいいのか。汎用的な基準は示しにくいのですが、「好奇心が並外れて強い人」「自己完結性が高い人」というのは目安になると思います。

シリアル・イノベーターの方々は、上司だろうが同僚だろうが他人による毀誉褒貶にまるで揺るがない傾向があります。それよりも自分の探求心を満たすことの方を重視して、結果的に画期的なアイデアを発案したり、イノベーションの困難をかいくぐる粘り強さが生まれます。もちろん好奇心が強いだけではイノベーターにはなれません。素質と環境がセットになったときにイノベーターは生まれるわけですが、少なくとも興味のあることをしつこく追いかける姿勢は必要だと思います。

といっても、それは性格的な話で、専門性はあまり関係ないでしょう。例えばパナソニックの大嶋光昭さんは、イノベーションを起こすうえで「アマチュア」であることが重要だと著書* でおっしゃっています。アマチュアは専門家の築いた「型」を破ることができる、つまり斬新な発想ができる。そして常識に囚われないやり方で、その発想を形にすることができるのだと。このアマチュア精神で、領域を変えて新しいことを次々と起こし続けているわけです。そのとき重要なのは専門性ではなく、理解力や探求力、科学的アプローチのリテラシーなんですね。ですから、博士号を持っているかどうかといった学歴的な基準は適用しにくいでしょう。

従来の採用基準でいえば、自己完結性の高い人はあまり企業受けしません。特に日本の企業は協調性やコミュニケーション力などを重視する傾向がありますから。でもイノベーションを起こしたいと思うならそれを見直す必要があると思います。具体的には、何か独特の取り組みを続けてきた人や、採用試験のグループディスカッションでテーマを深く掘り下げる人、今までにない視点を積極的に取り込もうとする人などは有望かもしれません。

失敗の多い人ほど評価して、経験から学ぶ姿勢を培う

企業ができることの2つ目の手段として、イノベーター候補生の最初のイノベーション環境を整えることも重要です。

イノベーターは1回成功して勘所を身につけてしまえば、後は自発的にイノベーションを起こそうと動きます。ですからシリアル・イノベーターを育てるには、1回目のイノベーションをサポートすることが大事です。具体的には、若手のイノベーター候補に対して、人材、技術、資金、設備といった社内外のリソースを広く見渡し、同時にそれにアクセスできる環境を整えること。同時に、失敗してもいいんだと安心感を与えることです。失敗を奨励するぐらいの環境ができるといいでしょうね。

「チャレンジを奨励する」という会社は多いけれども、往々にして「ただし」が付きます。「ただし、大きい失敗はダメ」「ただし、2回目の失敗はダメ」という具合ですね。これでは社員は委縮して、本当の意味でのチャレンジの奨励になりません。

参考になるのは、コペンハーゲン市役所の人事評価制度です。これは一風変わっていて、管理職以上で戦略的な失敗を年に2回以上した人にボーナスを出すんです 。失敗のない人はチャレンジしていないということで評価が低くなります。これはすごく合理的な評価の仕方だと思います。それくらいラディカルに、失敗はどんどんしろといった方が現場のモチベーションは上がるでしょう。

また、失敗を評価するようになると組織的な学習も深まります。自分の経験を振り返っても、素直に失敗を認めず、ちょっとやり方を変えて再びチャレンジしてみることはよくあります。その場合、失敗したことが自分の中では振り返りになるけど、なぜうまくいかなかったかを外部に表明していないので、自分だけの暗黙知になってしまう。うまくいかなかった原因をみんなで共有できれば、みんなもラーニングになります。つまり、積極的に失敗を公表することは組織的なラーニングスピードが上がる。コペンハーゲン市役所の評価制度はそういう利点も持ち合わせているんですね。

昔の職場はもっと大らかで、失敗が許される気風があったし、人は経験から学ぶものだという暗黙の了解があったので、みんなで失敗を共有できました。それが最近は根絶やしになっている感じがします。そこをどうするのかは深刻な問題だと思います。

新しい価値を作るエンジニアを育てるには、教育も見直しを

経験から学ぶということに絡めていうと、努力すべきは企業だけではないでしょう。突き詰めれば、大学のエンジニア教育も見直しが必要と思います。

アメリカではエンジニアリング教育の仕切り直しが進んでいて、領域を細分化してその中で理論を精緻化するというこれまでの路線から、もっとダイナミックで、かつ現実に即した技術開発ができる、つまり新しい価値を作れるエンジニアを育てようという方向に舵を切っています。MIT、イリノイ大学、パデュー大学、オーリンカレッジなどはその代表格です。

例えば、MITのD-Labは発展途上国のニーズを新たな技術的課題ととらえて、それをMITの優秀なスタッフ、学生が、適性技術(Appropriate Technology)という、いわばローテクを活用して解決していく学部生向けの教育プログラムです。学生が現地に入って、何がそこで一番必要なものかを見極めて、技術や素材を生かしながらそれを形にするわけで、現実の中で機能するものを作るという経験が若くしてできることは重要です。

こうしたエンジニアリング教育の見直しの必要性に、シンガポールは気づいてキャッチアップしていこうと動き始めています。この点、日本は立ち遅れているので、早急な改善が望まれます。

* シリアル・イノベーターの定義
『シリアル・イノベーター ~非シリコンバレー型イノベーションの流儀~』(アビー・グリフィン、レイモンド・R・ブライス、ブルース・ボジャック共著、プレジデント社)より。

株式会社リ・パブリックは、持続的にイノベーションが起き続ける「生態系」を研究(Think)し、デザイン(Do)する、シンク・ドゥ・タンク。「イノベーションの建築家」を掲げ、企業、行政機関、都市、教育機関、NPO、社会福祉法人まで、規模も領域もさまざまなパートナーとともに、学際性と実学性を伴った組織・社会のデザインを手がけている。
http://re-public.jp/

大嶋光昭氏のインタビュー記事はこちら。
前編後編

* 『「ひらめき力」の育て方』(亜紀書房)

ネットワーク社会に応じたマネジメントで
リソースを社内外に開放する

先ほど、社内外のリソースに幅広くアクセスできるような環境整備が重要だと言いました。となると、大企業の方がイノベーターを育てやすいのかという意見が出てきますが、一概にそうとは言い切れません。

確かに昔は大企業ほどリソースを多く抱えていました。大企業にいなければできないことがたくさんあったんです。でも今はソーシャルネットワークが発達して、状況はがらりと変わりました。

例えば、個人がアイデアを思いついて、それを形にするためプロジェクトチームを組みたいと思えばフェイスブックなどのSNSを介してメンバーを探すことができます。ソフトウェアも、開発環境やクラウドサービスが普及・進化したので個人で手軽に作ることができるし、ハードウェアも3Dプリンタなどで格安に実現できるようになりました。お金を集めるのもクラウドファンディングなどを使って、数千万円、数億円の規模で資金調達が可能です。

その意味で、大企業のアドバンテージは失われつつあると思います。大企業が今やるべきことは、自社の持つネットワークを社外でも生かせるようにすることではないでしょうか。今はリソースを囲う方向に行っていますが、その逆を行くべきなんです。大企業は信用があるし、資金も潤沢だし、スケール感も持っています。それを活かして、自社がハブとなり、ネットワーク世界の中心でいかにプレイしていくかを考えなきゃいけない。しかしながらマネジメントのノウハウやスキルは、未だにマーケットシェアの奪い合いを前提とした、近代的な考え方に基づいています。ネットワーク世界にマッチした新しいマネジメント技法を編み出す必要があるでしょう。

また、日本企業では研究費の悪平等があるという声も聞かれます。アメリカの企業の場合、社内的に評価の低い研究であっても、経営トップの鶴の一声で巨額の予算が付くことがあります。そうなったら社内的にもその研究を後押ししていく気運が生まれる。しかし日本は和の精神がそうさせるのか、そういうメリハリがつきにくいんですね。ユニークな研究を奨励する風潮があって、一見自由な感じがあったとしても、結局十分な予算は付かないことが多いのです。研究の選択と集中が起こりにくいので、結果としてイノベーションが起こせない。もっとお金をうまく使うこと、つまり戦略的投資を研究開発に振り向けていくことも日本企業は意識すべきだと思います。

ピンポイントで人脈がつながって創発が起きる

大企業から飛び出した人々がピンポイントでつながってイノベーションを進めているケースも増えています。

好例は次世代パーソナルモビリティ「WHILL(ウィル)」の開発プロジェクトでしょうか。ソニー、トヨタ、日産、オリンパスといった大手メーカーで働いていたエンジニアやデザイナーが中心となってプロジェクトを立ち上げ、ネットワークを介してピンポイントで人脈がつながったケースです。東京郊外に自前でサニーサイドガレージという製作拠点を作り、そこにみんなで毎週末に集まってアイデアを出しながらWHILLを作り上げていきました。資金調達はベンチャーキャピタルやクラウドファンディングを通じて行い、株式会社として法人化も果たしています。

こういうケースを見ると、オープンイノベーションを巡って次の世代のチャレンジが始まっていると感じます。今までは企業がイノベーションの主役でした。企業はできるだけ自前で企画・製造・販売を手がけ、それができない場合は他社と戦略的提携を結んで実行するというのがこれまでの手法ですが、その限界が見えてきた。そこで出てきたのがオープンイノベーションというコンセプトなんですが、これも組織の垣根こそ超えるものの、組織同士で知的財産を組み合わせて新たなポートフォリオを組み上げていくというステージにとどまり、結局、企業連合の域を出ていない。これでは本当に新しいことは生まれません。

真に主役になるべきはユーザーや市民です。消費者や行政サービスの利用者が企業や行政とともに望ましい未来を目指す、新しい挑戦ができるような場を作っていかなくてはいけない。どの企業にもいるイノベーションセンシティブな人たちはそんな時代の要請に気づいています。実際、そうした場作りに前向きな企業が増えてきました。そのことは企業でイノベーションを進めようと今頑張っている人にも励みになるのではないでしょうか。

自分の取り組みが社会のうねりの一端であるという自覚を持とう

私はリ・パブリックや福岡の仲間とともに、オープンイノベーションの新しいプラットフォームを福岡で立ち上げようとしています。これは福岡市の要請を受けて始まった取り組みですが、企業が組織の垣根を超えて、市民とともに新しい価値を生み出せるようにしたいと思っています。行政にもオープンな動きが出ているのは歓迎すべき流れといえるでしょう。

イノベーションの風は確かに吹いています。今回のシリーズで紹介された花王の石田耕一さん、トヨタ自動車の小木曽聡さん、パナソニックの大嶋光昭さんの事例は企業内で完結してイノベーションを起こすというものでしたが、今まさに職場で壁に当たりながら奮闘している人には、その取り組みが社会の大きなうねりの一端であることを自覚して、どんどん突き進んでほしいと思います。

私自身、シリアル・イノベーター研究から得られたものを具体的な処方箋に落とし込んでいくことを宿題の1つとして受け止めています。置かれた立場は違っても、楽しい未来に向けて一緒に環境を変えていこうとする人が増えたらうれしいですね。シリアル・イノベーター研究会もさらに内容を充実させつつ、参加企業の協力を得ながら今後も活動を続けていきます。

WEB限定コンテンツ
(2014.6.26 文京区のリ・パブリックオフィスにて取材)

WHILLは独自の前輪タイヤで雪道や砂利道も走行でき、スマートフォンを使った歩行設定も可能な電動車椅子。TechCrunch Tokyo 2012で大賞を受賞した。
https://whill.jp/ja/

シリーズ記事はこちら。
花王・石田耕一氏 前編後編
トヨタ自動車・小木曽聡氏 前編後編
パナソニック・大嶋光昭氏 前編後編

田村大(たむら・ひろし)

株式会社リ・パブリック共同代表。東京大学i.school共同創設者エグゼクティブ・フェロー。2005年、東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。博報堂イノベーションラボにて市川文子とともにグローバル・デザインリサーチのプロジェクト等を開拓・推進した後、独立。人類学的視点から新たなビジネス機会を導く「ビジネス・エスノグラフィ」のパイオニアとして知られ、現在は、地域や組織が自律的にイノベーションを起こすための環境及びプロセス設計の研究・実践に軸足を置く。共著に「東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」(早川書房)など。京都大学、九州大学、お茶の水女子大学、神戸情報大学院などで非常勤講師。情報処理学会学会誌編集委員、International Journal on Multi-disciplinary Approaches to Innovation編集委員等。内閣府、経済産業省、科学技術振興機構等でイノベーション推進・人材育成に関する研究会委員を歴任。

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