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左遷覚悟で臨んだ製品化へのゲリラ戦
【日本のシリアル・イノベーター(3)前編】

度重なる開発中止を越えて手振れ補正を実現

[大嶋光昭]パナソニック株式会社 R&D本部 顧問、工学博士、京都大学 特命教授

成熟企業においてイノベーションを起こす人材・組織のあり方を研究する「シリアル・イノベーター研究会」(株式会社リ・パブリック主催)とのコラボレーション企画。日本の大手企業で活躍するイノベーターをシリーズで紹介する。

シリアル・イノベーターとは、「重要な課題を解決するアイデアを思いつき、その実現に欠かせない新技術を開発し、企業内の煩雑な手続きを突破し、画期的な製品やサービスとして市場に送り出す。この過程を何度も繰り返せる人材」* のこと。

企業で電気技術者をしていた父の影響で、子どものころから発明したり、ものを作ったりするのが好きでした。大学でも工学を勉強し、松下電器産業株式会社(現・パナソニック株式会社、以下パナソニック)の採用面接で、「自分の発明・開発した製品が世界中で使われるのが夢です」と話したのを覚えています。

パナソニックを選んだのは関西系の企業は階層意識が薄いと聞いたから。社用車の運転手をしている知り合いが、「関東系の企業の人を乗せるとすぐわかる。幹部が同乗していると緊張して誰もしゃべらないんだ。でも関西系は役職の違いにこだわらないで気軽にしゃべっている」と教えてくれたんです。大学の先生にも、「お前のような型にはまらない人間は関西企業が向いている」と言われました。自分でも組織に馴染むタイプでないことは分かっていたので、ならばということで、関西の代表格であるパナソニックを志望したわけです。

入ってみたらその通りでした。企画を提案するのが管理職だろうと新人だろうと、いいものはいい、ダメなものはダメと明快です。創業者の松下幸之助自身、闊達な人でしたしね。事業部制や週休二日制を日本で初めて導入したり、巨大企業であったフィリップスと対等な技術提携をしたりと、すごく創造的ですよ。私にとってひとつのロールモデルでもある。この大らかな「やってみなはれ」の社風は、ものづくりの自由度を高めていると思います。

不本意な異動でビジネス感覚が養われた

入社後は無線研究所に配属され、技術者として研究開発部門で働きました。ところが、私の新しい技術への挑戦は、なかなか成果を出すことができず、5年後に研究管理部門へ異動を命じられてしまいました。研究管理部門での仕事内容は予算管理や企画、営業、マーケティングで、いわば事務職。技術者として首になったのかと思うと、子どものころからの夢を取り上げられたようで、気力を失いかけました。でも、落ち込んでばかりもいられません。頭を切り替えて仕事に取り組むことにしました。

そうしたら、これが意外に面白くてですね。各部署がどんな研究をどれくらいの予算・規模で進めているのか、そしてそれは製品化できたのか失敗したのかという結果を含めて、つぶさに把握できるんです。また、異業種交流の勉強会にも参加する機会があって、そこで技術調査や市場調査のノウハウや手法を実地で学ぶことができたことも、大きな収穫でした。研究管理部門には結局5年いましたけど、このときの経験でビジネスの全体観を養うことができました。

とはいえ、やはり技術者に戻りたいという思いがあったので、勤務時間後に研究所の図書室で新しい技術分野を必死で勉強しました。その中で興味を引かれたのが振動ジャイロです。物体のわずかな回転を検出することで、宙吊り状態の物体の方向を安定させることができます。過去に軍事ミサイルなどの研究事例がありましたが、私はふとカーナビ用のセンサーに使えるんじゃないかと思ったんです。

開発プロジェクトを上申したところ認められ、1年がかりで試作品を完成させました。それをカーナビに載せて、社内の技術者を集めてデモに臨んだのはいいけれども、肝心のところで振動ジャイロのバランス点がずれてしまった。クルマは直進しているのにジャイロのデータが円を描き出したんです。大失敗ですよ。開発プロジェクトは中止となり、さすがにしばらくへこみましたね。でも、意外なところに転機があったんです。

旅行中の友人の仕草から手振れ補正をひらめく

プロジェクト中止から3カ月後、気分転換も兼ねて行ったハワイ旅行でのドライブ中、ビデオカメラを回している友人が、「手振れがひどくてうまく撮れない」と、さかんにこぼすんです。ふと見てみると、友人は腰を軸にして体が前後に揺れていた。つまり、手振れは腰を中心点とした回転運動で起こるということです。これに気づいた瞬間、ひらめきました。振動ジャイロでカメラが手振れした角度を検出して、その角度の分だけ画像を反対方向へ戻せば手振れを補正できるはずだと。

会社に戻ってすぐ、今度はビデオカメラの手振れ補正をテーマに、振動ジャイロの技術検討プロジェクトを発足させました。しかしデモの失敗が尾を引いて、周囲の反応は冷ややかでした。手振れ補正なんて本当に必要なのか、他社でも研究されていないのは需要が無いからではないか、そもそも手振れ量をジャイロで検出できたとしても、手振れ補正技術を開発する人員や予算はどうやって捻出するのか……。さまざまな反対に直面しました。

手振れ補正の需要に関しては、自分の経験による直感やカメラが小型軽量化するだろうという見通しから「ある」としか言いようがないのですが、具体的に市場規模などのデータを示すことができません。したがって上司を説得できない。手振れ補正技術をどう確立するかについても先行文献がなく、八方ふさがりの状態になってしまいました。結局、半年ほどでプロジェクトは尻すぼみ的に解散となりました。

それでもどうしてもあきらめがつきません。日中は担当業務をこなしながら、残業時間に1人で手振れ補正システムの検討を続けました。そんな折、たまたま訪れたレーザー展でヒントを得たんです。あるレーザーディスプレイは機器内部の小型ミラーを動かして出射レーザー光を操ってスクリーン上に文字を描いていたのですが、このレーザーの入出射を逆にすればいいんじゃないか。つまり、ビデオカメラのレンズの前にミラーを置いて、レンズに入る光軸を手振れの反対方向に調整すれば手振れを補正できるんじゃないかということです。

早速試作機を作ろうとしたけれども、上司は予算を認めてくれません。困り果てて、かつて上司だった研究所長に直訴したところ、決裁を通してくれました。自主研究テーマとして残業時間に製作を進めて1カ月、完成した試作機でデモを行ったところ、今度は成功してプロジェクトの復活が認められました。

* シリアル・イノベーターの定義
『シリアル・イノベーター ~非シリコンバレー型イノベーションの流儀~』(アビー・グリフィン、レイモンド・R・ブライス、ブルース・ボジャック共著、プレジデント社)より。

パナソニック株式会社は部品から家庭用電子機器、電化製品、FA機器、情報通信機器、および住宅関連機器等に至るまでの生産、販売、サービスを行う総合エレクトロニクスメーカー。売上高7.7兆円、従業員数27万人(いずれも連結、2014年3月)、1918年創業。
http://panasonic.jp/

大嶋氏は、たまたま見ていたテレビのマラソン中継の映像がぶれていないことに着目。中継現場へ急行してテレビ局の社員に交渉し、カメラの固定機材(雲台)を調べたが、大型でコストもかかるということで民生用カメラへの転用を断念したというエピソードがある。

理屈で上層部を説得できないなら
現物を作って見せればいい

プロジェクトは復活したものの、量産用プロトタイプを完成させるには、少なくとも1億円の研究費が必要です。それだけのお金を調達するには主要部門の納得を引き出さなければいけません。でも理屈ではどうやっても説得できない。さて、どうするか——。考えた結果、手振れ補正の重要性を実際に見せればいいと思いつきました。

残った予算をやりくりしてヘリコプターをチャーターし、ビデオカメラで大阪城を空中撮影しました。この映像は抜群の説得力がありましたね。手振れ補正をオフにした映像は見ているだけで乗り物酔いするほど激しくぶれたのに対して、手振れ補正した映像では大阪城の天守閣にいる観光客の顔まではっきり見えるんです。このプロモーションビデオのおかげで、研究資金を確保することができました。

社命を無視したグループ会社への直訴で製品化を実現

いよいよ製品化が近づいてきたと喜んだのもつかのま、今度は商品企画から強硬な反対意見が出されました。いわく、他社が手振れ補正機能を開発しないのは、ニーズがないからではないかと。それに対して私は、手振れという課題にまだ誰も気づいていないだけだと主張しましたが、結局は研究所内で開発中止の決断が下されてしまいました。

カーナビ用に振動ジャイロの開発を始めてから6年。まるでわが子のように愛着をもってこの手振れ補正技術を育ててきたのに、その苦労が水の泡になってしまうのかと思うと、いてもたってもいられません。こうなったら左遷覚悟と、グループ会社で米国向け市場を担当していた松下寿電子工業(当時)の幹部に直訴しました。相手は面識のない方で、まさにゲリラ戦法でしたが、幸いなことに手振れ補正を高く評価していただき、トントン拍子に製品化が決定。1988年に米国シカゴの展示会で世界初の手振れ補正機能付きのビデオカメラ「PV-460」* の製品発表が実現しました。米国で大きな反響を呼んだことを受けて、日本でも国内初の手振れ補正搭載ビデオカメラ「NV-M900」を開発、翌1989年に発売となりました。

一技術者だった私が会社の方針に逆らってグループ会社に売り込んだことは研究所内で問題になったようですが、直属の上司が弁明してくれたようで、私におとがめはありませんでした。もっとも、いざ事業化が決定してしまえば会社も認めざるを得なかったということでしょう。おまけに米国でヒットしたわけですから商機を逃すわけにいかず、追随して国内でも販売という形になったわけです。反対していた管理職の人の中には、後になって「いや、俺も手振れ補正は必要と思ったんや」と弁明する人もいました(笑)。終わりよければ全てよしといったところでしょうか。

イノベーションには反骨精神が必要

その後、ビデオカメラ業界にはデジタル化や小型化、コストダウンといった荒波が押し寄せました。手振れ検出や手振れ補正のいずれも電子式が現れ、私が主導したジャイロ検出方式の光学補正方式の開発はいったん中止になりました。しかし補正による画像の劣化が少ないことから再評価され、ビデオカメラだけでなくデジタルカメラ事業にも光学手振れ補正が採用されました。

このあたりから私は別のプロジェクトに主軸を移していきましたが、手振れ補正プロジェクトの古参メンバーが中心となってその後も開発が進み、世界で初めてコンパクトデジカメに手振れ補正機能を搭載することに成功しました。これはパナソニックのデジカメ市場のトップシェア獲得に大きく貢献しました。

今、手振れ補正はパナソニックのデジカメの全機種に搭載され、他社でも多くの製品に盛り込まれるスタンダードな機能になりました。多くの技術の壁、社内の壁に直面したけれども、最終的に見放すことなく開発をやり遂げさせてくれた企業風土の大らかさに助けられました。度重なる反対は需要の見込みを示すデータを示せなかったからだし、「いいものはいい」と認めてくれたグループ会社の方、そして社命を無視した私をかばってくれた上司には感謝するばかりです。

もっとも私自身も、どんな反対に遭ってもあきらめようという気にはなりませんでした。ものづくりが好きという生来の気質に加えて、目の前に壁があると、何としてでも壊してやろうとファイトがわいてくるんです。逆境を切り抜けることを楽しむ、そういう反骨精神がイノベーションには必要だと思います。

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(2014.5.30 港区のパナソニック東京汐留ビルにて取材)

* VHSフルカセットビデオカメラ「PV-460」。(写真提供:パナソニック)

大嶋光昭(おおしま・みつあき)

パナソニック株式会社 R&D本部 顧問(元 理事・技監)。工学博士。京都大学 特命教授(大学院 工学研究科)。(公財)京都高度技術研究所 フェロー。1974年松下電器産業株式会社(現パナソニック)入社。デバイス、カメラ、液晶、CPU、デジタル通信、光記録、暗号、立体映像、家電、インターネット、スマートフォンなどの複数の技術分野において基本技術の研究成果を挙げるとともに、基本特許を権利化。「発明した技術の開発を長期間継続し事業化させる大嶋方式」を採用することにより、複数の新規事業の立ち上げに貢献している。異なる技術分野において研究成果を挙げると同時に基本特許を権利化する多分野型の発明家。登録された特許の件数は海外特許を含めると1100件以上。現在も研究活動を続けるとともに、社内で大嶋塾と呼ばれる発明塾においてグループによる発明活動を行い、今までにない革新的な技術を考案するとともに若手研究者を育成している。京都工芸繊維大学客員教授、高知工科大学客員教授、大阪工業大学非常勤講師など、教育機関でも後進の指導にあたる。2004年紫綬褒章受章、2003年恩賜発明賞、2007年大河内記念生産賞、2008年経済産業大臣発明賞、2012年市村産業賞貢献賞など、異なる技術分野において国内外で14件受賞。著書に『「ひらめき力」の育て方』(亜紀書房)。取材書籍に『世界を先駆ける日本のイノベーター—新規事業創出へ工学知を創造する8人—』(オーム社)。

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