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独自モデルでイノベーションをルーチン化
【日本のシリアル・イノベーター(3)後編】

信用の貯金を重ねて次のリスクに挑戦する

[大嶋光昭]パナソニック株式会社 R&D本部 顧問、工学博士、京都大学 特命教授

成熟企業においてイノベーションを起こす人材・組織のあり方を研究する「シリアル・イノベーター研究会」(株式会社リ・パブリック主催)とのコラボレーション企画。日本の大手企業で活躍するイノベーターをシリーズで紹介する。

シリアル・イノベーターとは、「重要な課題を解決するアイデアを思いつき、その実現に欠かせない新技術を開発し、企業内の煩雑な手続きを突破し、画期的な製品やサービスとして市場に送り出す。この過程を何度も繰り返せる人材」* のこと。

私はこれまで多くのイノベーションに関わってきました。登録特許の件数は海外特許を含めると1100件以上になります。前編で話した振動ジャイロや手振れ補正を含めて、開発した技術の一部を挙げてみましょう。

発明年技術内容開発成果
1980年振動ジャイロ→ 成功(世界初の量産化)
(絶対空間での物体の位置を安定化するための角速度センサー。当初はカーナビへ応用するため開発したが、後に手振れ補正技術に転用。振動ジャイロは新規事業として発足。その後、2012年には世界シェア50%を達成する高収益事業に成長)
1982年手振れ補正→ 成功(世界初の製品化)
(カメラの手振れ角度を振動ジャイロで検出し、ぶれた分だけ画像を戻して画質を補正する。デジカメの新規事業発足時に、手振れ補正の搭載等により、参入後3年で国内トップシェアを達成。その後、年商2千億円を超える事業に成長。紫綬褒章、恩賜発明賞、大河内記念生産賞受賞)
1985年1回記録型CD→ 事業化失敗
(1回しか記録できないが、高い反射率の記録型CDディスクを発案。「Writable-CD」として開発を進めたが市場性が見込めないとプロジェクトが中止に。後に同じ発想のものを他社がCD-Rとして製品化した)
1990年省電力CPU(2相クロック)→ 採用/特許ライセンス
(高速と低速の2つのクロック信号でCPUやDSPの各処理部の動作を制御し、処理量が少ない時は高速処理部の動作を抑制することにより消費電力を大幅に削減する技術。CPUやDSPを生産する海外の大手半導体メーカーの多くに採用され、一部の海外大手メーカーに特許ライセンスされている)
1990年階層型デジタル伝送方式→ 放送規格採用/製品化
(放送受信に不可欠な復調情報(通信パラメーター)を「ノイズに強い副チャンネル」で送り、「通常の強さの主チャンネル」で映像等の主データを放送することにより、安定した受信を可能とした。日米欧のデジタルテレビ放送規格の変調方式の基本技術となった。経済産業大臣発明賞受賞)
1991年適応変調(無線通信)→ 規格採用
(無線通信におけるデータの送受信量を、電波状態のよい時は多く、悪い時は少なくして、全体としてデータの伝送量を大幅に高める技術。第3世代以降の携帯電話や無線LANなどデジタル無線通信規格に広く採用されている)
1995年BCA(ダビング10)→ 成功(規格採用/製品化)
(BCAはBurst Cutting Areaの略で、光ディスク内部に設けられた副記録領域のこと。各ディスクごとに異なる情報を工場で記録できるが、不正な変更(改ざん)はできない。DVD規格やブルーレイ規格に採用され、著作権保護に用いられる。この技術を展開して、デジタルテレビ放送番組をDVDへ10回記録できるようにしたのがダビング10。大阪優秀発明大賞受賞)
1996年3D映像符号化技術→ 規格採用/製品化
(3D 映像を高解像度かつ高圧縮効率で視聴できるよう、左目用には基準映像データ、右目用には左目用との差分データを符号化することによりデータ量を大きく削減。MPEG4-MVC規格に採用され3Dディスク、3D放送に使用されている。2010年、Blu-ray3D対応プレーヤー、3D対応TV等を発売。市村産業賞貢献賞受賞)
1997年海賊盤防止技術→ 成功(新規事業化)
(光ディスクに固有のマークを付ける。このマークは二度と再現できないため、海賊盤を複製できない。この技術を用いたゲーム機用光ディスクおよびドライブの新規事業が発足。その後、任天堂「Wii」用のディスクとドライブを生産する高収益事業に成長(生産累計1億台、8.9億枚))
2002年クラウド連携家電→ 成功(世界初の製品化)
(2007年、携帯電話やスマートフォンを用いて、インターネットを介してクラウドと家電機器を低コストで連携させる技術および試作機を開発。2012年6月スマート家電シリーズとして世界初の製品化。電子レンジ、炊飯器、IHクッキングヒーター、洗濯機、空気清浄機、体重計、血圧計などを発売)

どれも多くの製品に搭載されたり、業界の規格に採用されたりと、「今では当たり前」の技術になっています。大事なのは、そこです。後から見て「当たり前」になることを、いかに早く、最適な形に仕上げて発表するか。つまり将来の変化を的確に予測し、そこで必要とされるものは何かを考えることが、イノベーションの成否を分けるのです。

といっても、それぞれの分野について高度な専門知識を蓄え、細かく市場分析をして……という話ではありません。専門知識はかえって独創の邪魔になると、思います。博士号を取るのも結構ですけど、あまりに高度で、いわゆるタコツボ化した知識は、そう簡単に事業にマッチングしません。知識は高校レベル、あるいは大学初等レベルで十分。重要なのは自分の頭で考えて課題を発見し、それを解決するためのモデルを構築することです。それには科学的アプローチが不可欠です。

発想の枝葉を自由に伸ばした先に“当たり”がある

私が、28歳くらいのころの話です。外国人の友だちがハーバード・ビジネススクールへ入学したので遊びに行き、校内にある学生寮に泊めてもらったことがあります。彼は、夜だというのに、翌日の授業の予習だと言って、厚さ5センチの本を3冊も読んでいるのです。しかもこれが毎日のことだというから驚きました。「そんなに覚えられるのか」と聞いたら、「覚えるんじゃない。本を通してディベートの土台となる自分の考えを作っていくんだ」と言うんです。

彼いわく、「日本から来た学生はものを覚えることには長けているけど、自分独自の考えがない」と。厳しいけれども、的を射ていると思いました。確かに日本人は知識がない人を、「こんなことも知らないのか」とバカにしますよね。でも、知らないことは恥じゃないんです。知識なんて覚えればいいだけですから。むしろ大事なのは、そこから何を学んで新しいアイデアを出すか、つまり科学的アプローチを体得することこそが重要なのだと、この体験で頭が切り替わりました。

それからは、新しい課題に取り組むときには、その分野の基本の仕組みを吸収して、まず自分なりに考えたモデルをつくることを心掛けるようになりました。その分野の基礎的な本を読んで、まず原理を頭の中に描きます。もう少し突っ込んで知りたくなったら、専門家に聞きに行く。そうやって自分の言葉で吸収していくことで理解が深まり、「自分が考えたモデル」ができます。結果として新しいアイデアも出しやすくなります。

自分で考える前に、先行文献を読むと「他人が考えたモデル」が頭の中にできてしまいます。このアプローチからは、既成概念を超える新しい発想は生まれません。例えて言うと、数学の問題を考える前に、答えを見てしまうことに似ています。時間はかかりますが自分で考えて答えを出すと、問題の解き方がわかります。一度解き方がわかると、次々と、つまりシリアル(連続的)に、新しい別の問題を解くことができるようになります。このアプローチを続けることにより、シリアル・イノベーターになれると思います。

アイデアの展開は樹木のようなもので、基礎から行くと根元から出発できますから、どんな方向にも自由に枝葉を伸ばすことができます。そうして探っていった先に“当たり”がある。専門知識や既存概念にとらわれていると、途中の枝葉からスタートすることになるので、方向や伸びしろも限られてしまいます。だから基礎となる勉強はするけど先行文献は読まない、「自分が考えたモデル」と経験則に立脚するというのが私のやり方なのです。

例えば、何か新しい分野に挑戦するとしますね。まずは経験則に立った独自の視点で、専門家が気づかないような新しい課題を発見します。次にその課題の解決策を考えるのです。それが効果があると認められれば新しい技術の発明につながります。そしてその発明で得られた新たな経験則や発見を別の新しい分野への挑戦に活かす。このルーチンワークの繰り返しで、いくつかのイノベーションを達成してきました。

私の発明に共通するテーマの1つに、「シームレス(つなぎ目がないこと)」があります。手振れ補正技術は手振れを補正することで画像を連続的につなげるという意味でシームレスですし、高速動作部のみ停止させるので、動作が途切れることなくCPUの電力を下げるということでは2クロック型省電力CPUもシームレスです。デジタルテレビ放送の発明も、ノイズが入った時にテレビ画像を中断させないわけですから、これもシームレスと言えるでしょう。シームレスというコンセプトを他の分野に焼き直すことで、発明をルーチン化しているのです。この焼き直しのテクニックを私は「写像」と呼んでいます。

小さな発明を増殖させて大きく育てる「写像理論」

写像理論にはもう1つの側面があります。これというテーマを見つけた場合の発想の膨らませ方のテクニックです。

まずは、小さいものでいいので自分独自の発明aを考えます。これを研究していくと、上位概念Aがあることに気づきます。さらに研究を進めると、上位概念の発明Aの下位概念には発明aと並んで発明b、発明cがあることが見えてきます。同時に、発明Aを研究すると、より上位の概念である発明αの存在に気が付きます。すると、概念αの下位概念として発明A以外の発明B、発明Cと横展開が可能になります。こうすることにより、ある分野の技術全体を網羅的に体系化できるわけです。

このように、写像理論を用いると、最初の一歩は小さな発明aだったものが、上位・下位の概念を行きつ戻りつしながら、横方向にも発想を膨らませることでアイデアが増殖し、大きな発明に育てることができるのです。

* シリアル・イノベーターの定義
『シリアル・イノベーター ~非シリコンバレー型イノベーションの流儀~』(アビー・グリフィン、レイモンド・R・ブライス、ブルース・ボジャック共著、プレジデント社)より。

パナソニック株式会社は部品から家庭用電子機器、電化製品、FA機器、情報通信機器、および住宅関連機器等に至るまでの生産、販売、サービスを行う総合エレクトロニクスメーカー。売上高7.7兆円、従業員数27万人(いずれも連結、2014年3月)、1918年創業。
http://panasonic.jp/

日本は敗戦により資金や技術が枯渇していたため、欧米の知識や技術を活用・発展せざるを得なかった。それが日本の知識偏重につながったと大嶋氏は見る。

これを最初に応用したのが、1990年のデジタル放送方式の発明です。写像理論を用いて発明を増殖させることによりデジタル放送方式を体系化することができましたので、最終的に100件以上の発明が生まれました。これらの特許群は、それぞれの方式が異なる日本、欧州、米国のデジタル放送規格に不可欠な必須特許として認定され、世界の多くの国に広くライセンスされました。

デジタル放送の最大の課題は、特定のしきい値以下の信号レベルになると、全く受信できなくなることです。電波の受信条件が悪いと伝送が突然途切れて映像が乱れる、映像が乱れたり映らなかったりする懸念があります。これを解決するにはどうすればいいのか、5か月ほど考え続けましたが、これという案が出ませんでした。

そんなある朝、夢に不思議なドット** が出てきて目が覚めました。後で人に聞いたら、これは信号点(信号の振幅と位相を示す平面図)だそうです。当時の私は通信分野の知識がなかったため、その言葉を知らなかったのですが、ともあれ、これこそがデジタル放送の課題を解決する構成だとひらめいたのです。

当時考えられていたデジタル放送では伝送チャンネルが1つしかありません。しかし、伝送容量の違うチャンネルを複数作れば、さまざまな受信状況に応じたデータ量で安定した放送受信ができます。夢の中のドットは、それを教えてくれたのです。

図:写像理論による発明の拡張(『「ひらめき力」の育て方』(大嶋光昭、亜紀書房)p.43を元に作成)

** 大嶋氏が夢で見たドットは、おおよそこのような形だったという。

具体的に言いますと、上図のように第1番目の階層で信号点を4つに分け、第2番目の階層で第1階層の1つの信号点をさらに4分割します。第3番目の階層で同じく第2階層の1つの信号点をさらに4分割します。3つの階層で計64の信号点ができますので、各信号点にデジタルデータを割り当てて通信します。電波状況がよくなるに従い、送れる信号点の数、つまりデータ量が増えます。

これが最初の発明aにあたる「非均一マッピング(NU(Non-Uniform)-QAM)」で、デジタルTV放送の権威であったMITのWilliam Schreiber教授により「Graceful Degradation」と命名され、1990年頃に国際学会で注目されました。欧州のデジタルTV放送規格(DVB-T)、デジタル衛星放送規格等に採用されましたが、残念ながら、その後の放送規格に広まることはありませんでした。

しかし、この発明を起点として、写像理論を用いて上位の概念、さらに横方向の概念へと次々にアイデアを拡張していきました。その結果、「信号点の差別化」「変調方式(通信するためにデータを電気信号に変換する方式)」という上位概念、さらなる上位概念である「誤り耐性の格差」といった上位の概念があることが見えてきました。

図:非均一マッピング型階層型通信方式の概念図

上の図のように概念をたどっていった結果、デジタル通信に共通するテーマが浮かび上がりました。それは「復調情報をどう伝送するか」というものです。

デジタル通信・放送に必須の基盤技術を開発

最近のデジタル通信や放送では、高速化させるために、受信状況に応じて信号点数やエラー訂正などの多くのパターンの通信モード(復調情報)を、使い分けて送っています。実際にはこの「復調情報」は確実に受信できるようにノイズに強い方式で送られています。この通信モードつまり「復調情報」を受信できないと受け手側で受信できないため、「復調情報伝送技術」は現在のデジタル通信・放送に欠かせない基盤技術となっています。送信側がどのような送信モード、例えばどのような信号点数でデータを送るかという「復調情報」を送信データと一緒に送ることで、受け取る側は確実に、かつ途切れることなく受信できるわけです。

従来方式では、変調方式を切り替えた場合、通信が一瞬途切れますが、この方式では受信が途切れずに安定化し――その意味で、この発明もシームレスなのですが――、さらに通信用途では、通信条件が良いときに信号点数等を増やすことによりデータ量を増やして送っても、受け手側では「復調情報」により信号点数が増えたことを知ることができるため、確実に受信できます。これにより、実質的な伝送速度も格段に高まります。復調情報伝送方式を展開して生まれたこの方式は、後に「適応変調」と呼ばれ、第3世代以降の携帯電話や無線LAN規格に採用され、伝送容量を大幅に増やすために使われています。

このように写像理論を駆使して、上位の概念、さらに横方向の概念へと次々に拡張されていき、最終的に、「復調情報の伝送」、「階層型OFDM」、「適応変調」という、その後のデジタル通信や放送に不可欠な基盤技術となる概念にたどりつきました。デジタル通信・放送を網羅的に体系化する多くの方式を発明し、数多くの基本特許や重要特許を権利化することができたのです。

最初に思いついた非均一マッピングは、その後の放送規格に広まることはありませんでしたが、写像理論を用いてこの発明を拡張し、現在のデジタル通信・放送を網羅する大きな発明に広げる足掛かりとして大きな価値がありました。

こうした事例からもわかるように、1つのコンセプトを全く違った分野に応用したり、ある分野を体系化しながらアイデアを増殖させたりするのに写像理論は有効です。ただし、これを実現する前提として、科学的アプローチが不可欠であることを忘れないでおいてほしいと思います。

また、どのテーマをどれだけ深堀りするべきかという点で、技術面だけでなく市場面の目利き力も大事です。私は若い頃に5年間、企画や営業、事業計画といった世界に身を置いて、それが身に付きました。自分のアイデアを上申するとき、上層部を説得するにはまず自分自身で売れ筋が分かっていないといけません。それは「将来、当たり前となる技術」を生み出す先見性にもつながります。

図:写像理論による拡張の一部分(パナソニック提供の図版を元に作成)

大企業もベンチャーも同じ。
資金と人脈をどう獲得するか

イノベーションには知識・経験則や目利き力の他に、お金と人脈も必要です。

パナソニックには創発を応援する社風があり、上層部にパトロンになる人がいたので、私はその人たちから資金援助を得ることができました。その意味で大企業は資金の融通をつけやすいと思います。アメリカでベンチャーキャピタルがお金を個人に貸すのと同じ構造ですね。

パトロン文化が根付く欧米には、日本とは比べ物にならないほどベンチャーキャピタルが多い。だから資金がない人でもベンチャービジネスを興せるし、結果として企業規模も多重化するから大企業だけに人気が集中することもない。だからトップクラスの大学の出身者も倒産を恐れずにベンチャーを志望するんです。日本ではパトロンがいないのでベンチャーが育たない、企業規模も大小に二極化して大企業に人気が集中する。ゆえに優秀な人材がベンチャーに向かわないという悪循環に陥っているように見えます。

また、イノベーションに対する企業や社会の評価が、それほど高くないことも、日本でイノベーターが育ちづらい要因でしょう。日本の大企業の場合、マネジメント業務に強い人に高い給与を払う傾向が強いですが、フェロー制度などを推進して、イノベーションを興した人に予算や報酬を与えるようにし、何かアイデアを発想して事業化を導き、終わったら次の課題に取り組んでいく、そういう仕事を専門に行える環境が整えば、シリアル・イノベーターはもっと増えていくのではないでしょうか。

それから、イノベーションに必要なものといえば人脈です。私は人と話すのが好きで、誰とでもすぐ友達になってしまいます。会社の保安の方とも気軽に話しますしね。飛行機でも隣に座った人に、「どんな仕事をしているんですか」「どんなことに興味がありますか」と話しかけます。だってもう会うチャンスがないかもしれないのだから。時には大物にぶち当たりますよ。インテル社の幹部には特別な展示会に誘ってもらったし、アメリカのケーブルテレビ会社の幹部と話したときは、飛行機を降りるときに、「僕を1時間拘束したんだから、本当なら1000ドル払ってくれなくちゃ」とからかわれました。アメリカの著名コンサルタントのポール・ケーガン氏とも知己を得ることができました。

偶然を活用するだけでなく、お近づきになりたい人がいる場合は、講演会などが終わってから質問をして名刺交換することもあります。分け隔てなく、いろんな人に関心を持って積極的に話しかけることで、自然と人脈が広がっていきます。そうやってできた人の縁で、例えば自分の発明が世界でどれだけ通用するか感触を探ったり、国際学会で発表するときのアドバイスをもらったりと、さまざまな恩恵も受けてきました。

35歳までは無茶したっていい

資金や設備の面で大企業は恵まれているけれども、反面、自分がやりたいことを実現するための手続きはどうしても煩雑になります。それをいかに突破するか、そこでもイノベーターの力量が問われます。

手振れ補正を開発していたころ、上司に技術開発の予算の決裁を持っていくと、「分からんことにハンコは押せん」と突き返されました。10年先に手ぶれ補正が必要になるなんて、そう簡単に理解できることではなかったのです。私は必要になると確信していましたが、先行事例がないから根拠を示せない。従って話が通らない。堂々巡りです。仕方なく直属の上司を飛び越えてかつての上司に相談したり、はたまたグループ企業の幹部に売り込んだりといった掟破りもせざるを得ませんでした。

イノベーションは全く新しいものを生み出すわけだから、既存の手続きにそぐわないことが往々にしてあります。しかも今のビジネスの論理は、リスクを極力軽減するために実現可能性や需要予測といったデータを重視します。でも、真のイノベーションとは、全く新しいテーマであるため、データなどないのです。従って、社内の反対はイノベーションにつきものと考えた方がいいでしょう。私自身、発明したものの事業化にこぎつけるまで、手振れ補正は8年、デジタルテレビ放送は9年かかりました。

途中であきらめるかあきらめないかは、その人の人生観によります。99パーセントの人があきらめるけれども、1パーセントのあきらめない人がシリアル・イノベーターです。そういう人はあらゆる手を尽くして、何とか突破口を見つけます。それは周りから見れば無茶と思えるような手段かもしれません。だけど、30代前半くらいまでは無茶してもいいんです。怒られるのは上司なんですから(笑)。無茶しなかったらイノベーションなんてできないですよ。

だから時にはルールを破ることも必要でしょう。上司との人間関係は悪化するし、評価も下げられてしまうかもしれない。でも、結果がうまくいけば丸く収まります。そして1回成功させれば、社内で信用の貯金ができて支援を受けやすくなります。私の場合、手振れ補正で成功したのが30歳ごろ。その後は仕事がやりやすくなりました。とにかくまずは成功を収めて信用の貯金を持つこと。それが次のリスクに挑戦する原資につながっていきます。

日本企業はMOTのイノベーティブな面にもっと注目を

1つ残念なのは、日本ではイノベーション推進に当たってMOT(Management of Technology:技術経営)が十分に機能しきれていないことです。MOTは本来、「研究開発の効率化」と「イノベーションの創出」の2つを目的としていますが、日本の企業では前者のMOTを重視するところが多いように思います。これは従来技術を発展させるような、工程が確立した開発には有効ですが、そこで指標となる、どの技術が何年後に性能が何パーセント上がるかといった具体的な数値は過去の事例に基づきます。その点、お話ししたようにイノベーションには過去のデータがありません。よりクリエイティブで、平準化から外れるイノベーティブな開発に適した後者のMOTの機能の浸透こそ、日本に求められるものではないでしょうか。

イノベーションは時間との勝負。同じ技術でも他の人が先に特許を取ったら負けです。従って、承認を得るまで時間がかかる組織的な運営がなされている成熟企業においては、、イノベーターが育ちません。スピード感を持って世界と戦っていくためにも、日本企業でイノベーション支援の体制作りが急がれます。

私自身、これまでに得た経験やノウハウを若手のみなさんに伝えてイノベーションに役立ててほしいという思いから、パナソニック社内で『大嶋塾』という発明塾を主宰しています。そこに集う若い人たちを見ていると、「感覚が欧米的で、僕らの世代とは人種が違うなぁ」と感じます。仕事と遊び、オンとオフ、をはっきり分けているからメリハリがあるし、いつまでも同じ会社にいると思わず、組織に頼り切ることがないのです。

一方で、「何でも見てみよう」という好奇心や、「とにかくやってみよう」というフットワークに欠けるきらいはありますね。アメリカで私がデモをした時も、「その日は休みだから」といって来ない。見聞や人脈を広げる絶好のチャンスじゃないかと思うのですが、どうも腰が重いのです。あと、意見の対立を恐れる傾向もあるように思います。上司が言うことには違うと思っても従う。さっきも言ったように、若いうちは無茶をしてもいいと思うんですよ。先日、社内の研究集会で200人くらい参加者がいる中で、たった1人、敢然と反対意見を述べた若者がいました。痛快でしたねぇ。そういうわが道を行く人がいた方が楽しいですよ。

WEB限定コンテンツ
(2014.5.30 港区のパナソニック東京汐留ビルにて取材)

大嶋氏が発想の訓練のため、アイデアを書きつけている手帳。日々使い込んでいる様子が厚みから伺える。

大嶋光昭(おおしま・みつあき)

パナソニック株式会社 R&D本部 顧問(元 理事・技監)。工学博士。京都大学 特命教授(大学院 工学研究科)。(公財)京都高度技術研究所 フェロー。1974年松下電器産業株式会社(現パナソニック)入社。デバイス、カメラ、液晶、CPU、デジタル通信、光記録、暗号、立体映像、家電、インターネット、スマートフォンなどの複数の技術分野において基本技術の研究成果を挙げるとともに、基本特許を権利化。「発明した技術の開発を長期間継続し事業化させる大嶋方式」を採用することにより、複数の新規事業の立ち上げに貢献している。異なる技術分野において研究成果を挙げると同時に基本特許を権利化する多分野型の発明家。登録された特許の件数は海外特許を含めると1100件以上。現在も研究活動を続けるとともに、社内で大嶋塾と呼ばれる発明塾においてグループによる発明活動を行い、今までにない革新的な技術を考案するとともに若手研究者を育成している。京都工芸繊維大学客員教授、高知工科大学客員教授、大阪工業大学非常勤講師など、教育機関でも後進の指導にあたる。2004年紫綬褒章受章、2003年恩賜発明賞、2007年大河内記念生産賞、2008年経済産業大臣発明賞、2012年市村産業賞貢献賞など、異なる技術分野において国内外で14件受賞。著書に『「ひらめき力」の育て方』(亜紀書房)。取材書籍に『世界を先駆ける日本のイノベーター—新規事業創出へ工学知を創造する8人—』(オーム社)。

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