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体験を通じて心の変化を促すのがデザインの本義

文化と経済が両輪で成長するビジネスモデル

[矢島里佳]株式会社和える 代表取締役

“0から6歳の伝統ブランドaeru”(以下、aeru)の商品づくりと、ホテルの1室を、泊まって地域の伝統や文化を体感できるお部屋にプロデュースする“aeru room”事業では、外から見ると全く違うことをしているように見えるかもしれません。

でも、全ての事業で私たちは同じことしかしていません。共通しているのは“売ろうとしない”こと。日本の伝統を次世代につなぐという基軸に、赤ちゃんや子どもの頃から使える日用品、あるいはホテルの客室などを通して、伝えていくのです。

一般的な商品開発では、市場を調査して購買層を決めてプロトタイプでモニタリングして……というような手順を踏むのでしょうが、私たちの場合は伝えたい想いや、こういうものがあったらいいなという願いがまずあって、それを商品として具現化していくという方法を採っています。

地域の自然と歴史に学び、伝統文化の本質を見極める

aeruのプロダクトをつくるときも、aeru roomの客室をつくるときも、まずはその地域を調べることから始めます。川と山がある、ではその地形によってどういう自然が構成され、文化圏が出来上がったのかをひも解いていくのです。

例えば山があったとして、そこで粘土質の土が採れれば陶器の産地になりますし、陶石が採れれば磁器の産地になります。たまに両方採れる山があると和えられた文化圏が形成されたりする。自然環境が人間に与える影響は大きいのです。伝統産業の面白いところは人間が作為的にできないところでしょうね。自然の特性を人間が理解して寄り添うことによって産業化されている。だからまず自然から学ぶことから始めます。

あとは歴史ですね。例えば姫路の“aeru room”は「明珍火箸(みょうちんひばし) 瞑想の間」という名前ですが、これは地元の武具をつくる伝統技術に由来しています。「明珍」という苗字はもともと全国にあり、その一族は甲冑などの武具をつくる仕事に携わっていらっしゃいました。時代が変わって武具が使われなくなり、多くは廃業を余儀なくされましたが、姫路の明珍家では千利休さんから用命があった故事にならい、火箸をつくり、その後音に着目し、風鈴をつくったことで今にまでつながってきたそうです。

この明珍火箸は重ねると音がとても素敵なんですよ。響きのある澄んだ音色は“東洋の音色”とも呼ばれています。お部屋にいる間、この音色も味わいながら自分自身を見つめ直す時間、ご夫婦やお友達とゆっくり語らう時間を過ごしていただきたいというコンセプトです。

自然が産業を生み、そこに技術が興る。その歴史を知ることで地域の伝統や文化の本質が見えてくるので、それを職人さんやホテルのオーナーさんのご協力のもと、プロダクトなり客室なりに収れんさせていくわけです。どの事業でもプロセスは全く一緒なのです。

デザインがもたらす体験によって評価してもらう

デザインの本質的な価値は見た目ではないと考えています。そのデザインがどのような体験をもたらしてくれるのか、さらにその体験でどんな心の変化が起きるかが問われているのだと思います。

“aeru room”の場合、お部屋をつくるのはスタートでしかなく、泊まった方がそこでどんな体験をするのか、どんなふうに心が変化してホテルを後にするのか、そこでデザインが試されます。お茶会もそうですよね。客人をもてなす核となるものはお茶室の意匠ではなくて、お茶や茶器などの設えであり、その結果として生まれる亭主とのコミュニケーションやお茶の味わいでしょう。

使っていただく方に対して、心の変化や気づき、価値観の変容を促していく力を持つもの。それが日本の伝統産業を次世代につなぐためのデザインなのです。体験によって評価される、伝統が現代の暮らしの中で活かされ、つながっていくという意味で、デザインのゴールが遠くにあるのが、和えるの特長かもしれません。


株式会社和えるでは、幼少期から使えるオリジナルの日用品を全国の職人と共に作る”0から6歳の伝統ブランドaeru”の企画・開発・販売、ホテル客室のプロデュース、企業ブランディングなど、日本の伝統産業の技術を活かした事業を多方面に展開している。設立は2011年3月。
https://a-eru.co.jp/


「明珍火箸 瞑想の間」に置かれた明珍火箸。宿泊客は手に取って音色や手触りを楽しむことができる。(写真提供:株式会社和える)

知っているものなのに何かが違う。
それに気付いたとき、心の変化が起きる。

和えるのデザインはどれも基本的にシンプルです。aeruの器、衣類、おもちゃなど、どれも簡潔で余計なものがない。それは職人さんと試行錯誤を重ねる中で結果としてそうなったのですが、赤ちゃんや子どもたちには、はっきりと違いが分かるのです。

aeruの器を一度使ったら、毎日この器で食べたがる子もいれば、本藍染の産着だと、とても良いお顔をするという赤ちゃんもいます。子どもたちは、お目が高いお客さま。大人のように値段やブランドに惑わされない、一番確かな目を持っています。

同じ器、同じ服でも何かが違う。「知っているのに違う」というのが一番変化を起こしやすいと思います。そこにある差が、伝統技術の真髄ですよね。自然や歴史といった膨大な蓄積の上に成り立つ、先人の智慧が凝縮された手仕事の重み。それを感じ取っていただければ嬉しいです。

職人さんの技量向上や雇用創出にもつながっている和えるの事業

職人さんたちも、そうやって子どもたちが使ってくれることが何よりうれしいとおっしゃってくださいます。伝統が次世代につながっている、その事実を目の当たりにして、いっそう仕事に奮起できている面もあると思います。

また、aeruの商品を作り続けることで、技量が上がったという声も聞きます。技術がないと100個同じ物は作れません。まぐれで1つ、素晴らしいものができても100個は作れないのです。その意味で、同じものを作るということは、技術が上がる一つの要因となりえます。aeruの商品を作ることで技術が向上し、他の自分の作品もいいものができるようになったと言っていただいたりもしますし、さらには人を雇う余裕ができた、工房で働きたいと言ってくれる人が増えたといった変化もあるようです。

2016年には和えるの創業5周年を記念して、お世話になっている全国の職人さんに京都に集まっていただきました。上は70代、下は20代までいらっしゃいますが、一番多いのが30代ですね。みなさん前向きで、伝統を次世代につなぎたいという想いにあふれた働き盛りの方が多い。エネルギッシュで、いざ仕事を始めれば確かな腕前を披露する職人さんたち。そんな素敵な職人さんたちが、漆や陶器、和紙、染物といった分野を超えてつながっている。想いの近い職人さん同士がつながっていく瞬間でした。

伝統と何かを和えて、今後10事業部以上を立ち上げたい

創業20年となる2031年までに10事業部以上を立ち上げたいと考えています。「3時のおやつは日本の味で。」がコンセプトの、職人さんの技で子どもたちの味覚を養う「伝統×お菓子」(aeru oyatsu)、伝統に科学のメスを入れる「伝統×研究」(aeru labo)、自然と共存して生きる先人の智慧が息づいた暮らしを今につなげる「伝統×里山」(aeru satoyama)など、さまざまなアイデアを温めています。

幼少期の感性を育む、親子のための「伝統×教育」(aeru oyakoen)は社会的環境が整うのを待っていましたが、内閣府の事業が始まったのを契機に着手しました。社員みんな、保育士資格の取得を目指して勉強中です。

伝統と自然と共に暮らすことを体感する宿泊施設をつくる、国内外のみなさまの第2のお家「伝統×特別な宿泊」(aeru house)も、京都の与謝野町で実現に向けて取り組みを進めています。与謝野町は友人に誘われて偶然訪れた地なのですが、行ってみたら「ああ、ここは探していたaeru houseの理想の地だ」と直感で感じました。明確な目的を持って出張するだけでは出逢えない、嗅覚に従うからこそ巡り逢える素敵な出逢いが大切だと感じます。

いずれにせよ、どれも伝統と「何か」を和えていることが、私たちの事業の特長です。日本の伝統を次世代につなぐために、文化と経済が両輪で成長できるようなビジネスモデルをたくさん作ることが、私たちの役目。入り口をたくさん作って、多くの方がそれぞれの興味の中で日本の伝統に出逢える可能性を広げていけたらうれしいです。日本の伝統や先人の智慧が暮らしの中で活かされながら、全体としてつながっていく、そういう仕組みを作り出していけたらと思っています。

WEB限定コンテンツ
(2016.3.23 品川区のaeru東京直営店「aeru meguro」にて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Tomoyo Yamazaki


『滋賀県から 米ぬかの 誕生祝い和ろうそく』。1本ずつ、誕生日のお祝いで灯せるほか、無地のものや0~9までの好きな数字を組み合わせることもできる。

矢島里佳(やじま・りか)

1988年東京都生まれ。職人と伝統の魅力に惹かれ、19歳の頃から全国を回り、大学時代に日本の伝統文化・産業の情報発信の仕事を始める。大学4年時の2011年3月、「日本の伝統を次世代につなぐ」株式会社和えるを創業、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。日本全国の職人と共にオリジナル商品を生み出す“0から6歳の伝統ブランドaeru”を立ち上げ、東京・京都に直営店を出店。その他、日本の伝統を暮らしの中で活かしながら次世代につなぐさまざまな事業を展開。

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