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10年後、働き方や大企業はどう変わるか

経営組織論の世界的権威が描く未来図

[リンダ・グラットン]ロンドンビジネススクール教授

個人の働き方や組織のあり方は、いま大きく変わろうとしています。私は著書『ワークシフト』(プレジデント社)で、2025年にどのように社会が変化し、働き方が変化するのかについての予測を提案しました。

まず、将来を形成する要素には何があるのか――大きく分けて、次の5つに集約できると思います。

自由で創造的な将来を築くには、まずは主体性を確立すること

第一に「テクノロジーの進化」です。世界の50億人がインターネットで結ばれ、地球上のいたるところでクラウドを利用できるようになります。ロボットや機械制御による介護システムや、人工知能アシスタントも普及するでしょう。

第二が「グローバル化の進展」です。市場競争は世界規模でいっそう進み、先進国も含めて世界中のあらゆる地域に貧困層が出現すると考えられます。

第三に挙げられるのが「人口構成の変化と長寿化」で、80代でも生産的な活動に携わり続ける人が増える一方、老後の蓄えが足りず、生活のために働かなければならない高齢者も増加するという状況が見込まれます。

第四が「社会制度の変化」です。家族のあり方が変化し、生活スタイルを見つめ直す人が増加する、女性の労働力の価値が向上するといった変化のほか、生活水準の向上による幸福感の減退。余暇の必要性とその過ごし方の模索といった動きも社会全体で起こってくるでしょう。

そして、第五の要素が「エネルギーと環境問題の深刻化」です。見過ごしてはならない重要な課題ですね。エネルギーと気候変動の問題が今以上にクローズアップされ、世界的に人々の仕事や生活、価値観に影響を及ぼすと考えられます。

これらの要素が複雑に絡み合いながら未来を形成するのです。地球に暮らす50億人がテクノロジーを介して結束し、コラボレーションの精神が社会に浸透し、協調して行くことが予想される一方、新たな協創と繁栄の世界から締め出され、貧困と孤独にさいなまれる人々も現れます。

忘れてならないのは、現在をどのように過ごすかで未来が変わるということ。現在から未来に向けて、いくつもの道が枝分かれしていて、どの道を進むかは自分自身で選び取ることができます。そしてその選んだ結果の先に未来があるのです。漫然と過ごしていれば孤独で貧しい人生が、主体的に未来を築く人には自由で創造的な人生がもたらされるということも本書で私が伝えたかったメッセージです。

常識を問い直し、新たなポジションへシフトさせる

では、主体的に未来を築くとはどういうことか。世界規模で進むこの大きな変化の中で、価値ある職業生活を築くために私たちは3つの面で従来の常識を問い直し、シフトさせる必要があると思います。

1つは、ゼネラリストから「連続スペシャリスト」へのシフトです。世界中の人々がつながり合う世界では、広く浅い知識や技能を持つゼネラリストより、専門技能を持つスペシャリストが評価されます。それも状況に応じて柔軟に専門分野を変えられるよう、複数の分野にまたがって専門技能を習得し続ける姿勢が求められます。また、個人の差別化が難しくなるので、セルフマーケティングを行うことも重要になると思いますね。

2つめが、個別の競争から「協力して起こすイノベーション」へのシフトです。人々が今まで以上に時間に追われ、孤立感にさいなまれるようになることで、人間同士の結びつきやコラボレーション、人と人とのネットワークの重要性が高まるわけです。難易度の高い仕事に取り組むときに手を貸してくれる人たちや、発想の源ともなる多様性のあるコミュニティの存在も必要ですし、バーチャル化の発展の影響で、反面現実世界での温かい交流も欠かせません。そうした人間関係を意識的に構築していく必要があるのです。

3つめは、大量消費から「情熱を傾けられる経験」へのシフトです。これまでのように大量のモノを消費し続けることが幸せなのか、それともそうしたライフスタイルに代償があることを踏まえて、質の高い経験と人生のバランスを重視する姿勢に転換する方が幸せなのか。そんな問い直しも迫られるでしょう。

企業は変化を嫌う。しかし、この変化は絶対に避けられないもの

これらのシフトは世界のトレンドとしてすでに表面化しているものもあり、日本も例外ではありません。特に高齢化は差し迫った課題といえます。

光栄なことに『ワークシフト』は日本で広く受け入れられましたが*、その背景には日本の長寿化があると思っています。**

そもそも人間が100歳まで生きること自体、ものすごいことだと思うんですね。近代社会が想定してきた寿命はせいぜい70~80歳で、それを前提として、現在の結婚や就職、退職といった社会構造が成り立っています。そこで寿命が100歳まで伸びてきたということは、現在の制度がすでに成立しなくなっていることを意味しています。すなわち、これまでの社会制度そのものの改革が必要な時がやってきたんです。

それがまさに、私が『ワークシフト』を書いた理由と言えます――企業にとって、現在最も重要なテーマだと考えたからです。企業のあり方も、根本から変わらなくてはなりません。会社というものは継続性と安定に基づいていますから……大企業は変化を嫌いますよね。でも、時流による、この変化から逃れることはできません。もがきながらも前向きに改革に取り組もうとする企業に、この本が何らかのヒントとなったとしたらうれしいことです。

また、この状況で日本の若者も将来に不安を抱いています。急速に社会の高齢化が進み、この新たな経済に追従することのできない、つまり変化をまだ遂げられていない若い世代が存在するのも事実です。自分がどうすればよいのか、オプションが見えない。『ワークシフト』は、そうした若者に対して未来をポジティブにとらえる機会も作ることができたのではないか……と希望しています。

ロンドンビジネススクールは英国・ロンドンにあるビジネススクール。世界で最高位のビジネススクールであり、MBAプログラムや金融実務経験者を対象としたマスターズ・イン・ファイナンス(MiF)プログラムは世界トップレベルと評価されている。
http://www.london.edu/

* 『ワークシフト』に対する日本での評価
2012年の発売以来、10万部を突破するロングセラーとなった。また、同書は日本の「ビジネス書大賞2013」や日本の人事部が主催する「HRアワード」優秀賞も受賞している。

** 日本の長寿化
世界保健機関(WHO)が発表した「世界保健統計(2013年版)」では、日本人の平均寿命は83歳で194カ国中1位。

脆弱な世界を生き延びるため
大企業はレジリエンスを獲得せよ

この世界規模の変化の中で企業は何をすべきなのでしょうか。現代を「大企業の終焉」と言う人もいますが、その確固たる証拠はどこにもありません。むしろ私は、今後ますます大企業に寄せられる期待は高まっていくと思います。

アメリカで6月に発売される新刊『The Key』*** では、大企業の重要性と企業が今後どうあるべきかを探っています。

市場、労働力、雇用、貧困、気象変動といった外部環境から企業がダメージを受けるリスクは高まっています。予測不可能で永続的な安定が見込めないという意味において、世界は脆弱であると言うことができるものの、企業はどんな状況でも生き延びていかねばなりません。そこで、企業は困難を跳ね返すレジリエンス(復元力・弾力)を持つべきだというのが、この本で私が訴えている点なのです。

第一に人材資源を構築、保持するための組織内のレジリエンス。第二にサプライチェーンやステークホルダーとの関係構築。第三に地球環境の変化や若手の失業、雇用問題、貧困といった外部環境の変化への対応という具合に、三重構造のレジリエンスが必要だと思います。

豊富な機能を活かした大企業に期待される3つの役割

この中で特に大企業が重要な役割を果たすのが、第三のレジリエンスに関する取り組みです。大規模な組織は、「研究とイノベーション」、「スケーリング(事業拡大)とモビライジング(人材動員)」、「アライアンス」という3つの面で豊富な知識とノウハウがあります。つまり協力体制の構築が得意ということですね。これは政府やNGO、市民よりも大企業の方がはるかにうまく実行できるでしょう。

『The Key』で提案しているのが、大企業がそうした機能を資源として、企業内、地域、世界で有効活用させていく方向性です。日本の飲料会社のヤクルトがヤクルトレディなどを通じて地域に根ざした活動をしているのは、その好例といえるでしょう。

また、これは『ワークシフト』でも触れましたが、企業に就職するのではなく、自分で仕事を作らなくてはならない時代がやってきます。そのとき、個人のワーカーや、10人程度の規模の起業家たちをサポートするインフラの整備についても、大企業の取り組みが期待されます。

日本には若い起業家が育つインフラがこれといって見当らない。でも、例えばドイツには中規模の企業が育つ土壌があって、これが現在のドイツ経済を非常に強固なものにしています。社会で活動したい、何らかのアクションを起こしたいと思っている個人に対する企業のサポートは社会全体に恩恵をもたらします。コミュニティが活性化することにより、大企業にも恩恵がもたらされる。これは今後の日本にとって大きな課題になると思います。日本の大企業には自社内で培ってきたコラボレーションの技術や手法を、広く社会に向けて活用する機会をぜひ設けてほしいですね。

大企業は改めて自らの重要性を認識すべき時にある

すでに行われている大企業の取り組みについて、具体例をお話ししましょう。

1つはGoogleです。ネットワーク調査で、いわゆる犯罪組織としてのギャングがインターネットを活用して拡大していると知ったGoogleは、ギャングをインターネット上でトラッキングして組織から脱退した人を探し、勧誘したんです。そして元ギャング構成員からなるユニットを形成し、彼らのリサーチ能力を利用して、脱退を考えている人に「脱退は可能だ」と呼びかける啓蒙活動を行っています。これはGoogleのイノベーションの成果である「リサーチ能力」を活用した例ですね。

「スケーリングとモビライジング」を活かした例では、ユニリーバが挙げられるでしょう。同社のCEOであるポール・ポールマン氏は地球温暖化への関心が高く、2020年までに製品のライフサイクル全体に渡って温室効果ガスの負荷を半減させると決定しました。年間削減ターゲット量を設定し、マネジャーに通達。そのターゲットはマネジャーのパフォーマンス・マネジメントの一部として取り入れられるよう設定しました。また、職場環境のデジタル化を進めて、社員の移動も減らしたりと、グローバル全体で排出量削減に取り組んでいます。

別の例として挙げたいのは、アジアにも多くの支店を持つスタンダードチャータード銀行です。支店ネットワークを利用して、アフリカで大きな問題となっている失明の予防に取り組みました。支店の社員の協力によって280万人の視力回復に貢献しています。

こうした大規模かつ組織力の必要なチャレンジは、大企業だからこそ可能な事例と言えるでしょう。多くの場合、企業は互いに競合すると見られがちですが、不安定で予測不可能な世界において、レジリエンスを構築するのであれば、他の企業や団体と協力することも必要です。CEOや経営幹部の強力なリーダーシップが鍵となります。

大企業の重要性は将来的にも変わりませんし、引き続き重要な役割を果たし続けると思います。大企業には取り組まなくてはならない課題があり、重要な立場にあると自覚してほしい。その願いを込めて、『The Key』の第1章のタイトルは「大企業へのラブレター」としています(笑)。

WEB限定コンテンツ
(2014.2.5 英国・ロンドン サマセット・ハウスにて取材)

*** 『The Key』
日本では2014年秋頃にプレジデント社より刊行予定。

リンダ・グラットン(Lynda Gratton)

ロンドンビジネススクール教授。経営組織論の世界的権威で、英タイムズ紙の選ぶ「世界のトップビジネス思想家15人」のひとり。英ファイナンシャルタイムズ紙では「今後10年で未来に最もインパクトを与えるビジネス理論家」と称され、英エコノミスト誌の「仕事の未来を予測する識者トップ200人」にも名を連ねる。組織におけるイノベーションを促進するホットスポットムーブメントの創始者。『HotSpots』『Glow』『Living Strategy』など7冊の著作は、計20カ国語以上に翻訳されている。

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