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コミュニティを育み、委ねるコワーキングの原点

世界で最初期にできたコワーキング・スペース

[Citizen Space]San Francisco, California, USA

起業家が多く集まるサンフランシスコ/シリコンバレー地域は、コワーキング・スペースの発祥地といわれる。中でも、最初期といえる2006年に開設されたのが「Citizen Space(シチズン・スペース)」だ。

現在、このオフィスを利用しているメンバーは約70人。職種はテクノロジー系を中心に、デザイナー、ライター、建築家、コンサルタントなど、フリーランスやスタートアップの起業家が多い。今ではFortune500にランクインする会社も利用している。

現CEOのトビー・モーニング氏は、「グーグルで働いていない人にもグーグルのような快適なオフィスを提供したい」と言う。シチズン・スペースはオープンでフレンドリーな空間で、パーティションはなく、壁の色やインテリアなど、クリエイティブな仕事をしている人たちを意識している。電源、ファックス、プリンター、無線LAN、会議室などが完備され、入居してすぐに仕事を始めることができる。ソファー席やキッチンなど、そこで働く人たちがコミュニケーションできるスペースもある。

コワーキング・スペースの老舗的存在として、世界に知られているが、創業当初は施設自体をビジネスにしようとは考えていなかったのだという。「創業者は多数の企業を経営していた人で、それぞれの従業員が集まって仕事をする場を作ったのが始まりです」(モーニング氏)。みんなが同じ場所で働くことでコストを削減し、ビジネスを発展させようとしたのが元々の目的なのだという。

「コストを削減しつつビジネスの成長を図ること」は、他の多くのスタートアップ企業の願いでもあった。自宅やコーヒーショップで仕事をするのは限界だが、サンフランシスコの真ん中に事務所をリースできるほどの余裕はない。そういう人たちにとって、ビジネスの中心で手頃な価格で利用でき、会議室や紙、ホワイトボードなど必要なアメニティが十分にそろっていて、来ればすぐ仕事ができる場所は魅力的だった。その魅力が多くの人に知られるようになり、今や「施設自体が本当のビジネスになった」とモーニング氏は語る。

サンフランシスコのダウンタウン近郊にあるシチズン・スペースは、ビルの1F部分にある。レコーディングスタジオを改装して作られた。フロアは、会員用のスペースと非会員向けのdrop inスペース、セミナーなどを行うクラスルームの3つに分かれている。メンバーは24時間・土日も利用できる。drop inは10時から18時まで。

  • 会員用スペースの壁にはホワイトボードがたくさん設置され、自由に使える。写真はiPhoneやAndroid向けのゲーム会社を立ち上げたダニエル・ポンセ氏(左)とビル・グラナー氏(右)。

  • キッチンの様子。こうした共有スペースで会員同士がコーヒーを片手に事業アイデアなどを交換していることが多い。

  • 中二階のミーティングスペース。大きなトップライトがあるため、自然光も入り開放感がある。

  • 中二階から見たフロアの様子。およそ30人程度が座れるようにデスクが配置されている。シャンデリアはシチズンスペースのトレードマークでもある。

クリエイティブな発想ができる人たちとの
相互作用が生まれる場

デザイナーやプログラマー、スタートアップの起業家たちにとって、クリエイティブになれる環境は重要だ。コワーキング・スペースにいろんなビジネスを持った人たちが集まってくる。新たな発想を求める人たちが集まって、キッチンで軽食をとったり、ソファー席でリラックスしながら会話することで、インスピレーションが得られたり、コラボレーションが生まれたりする。コワーキング・スペースにある「コミュニティの感覚」は、従来のパーティションで仕切られたシェア・オフィスやエグゼクティブ・スイートにはなかったものである。

実際、シチズン・スペースでは、さまざまなコラボレーションが生まれている。iPhoneとAndroid用のゲーム制作会社を運営するビル・グラナー氏とダニエル・ポンセ氏の例はその1つだ。彼らは最初、他のスタートアップ企業のように自宅やコーヒーショップで仕事をしていたが、シチズン・スペースのことを知り利用するようになった。

「最初はここで何ができるか、はっきりとは分からなかった」(グラナー氏)が、最初の数週間で、同じような仕事をする人や、ゲーム関連のパブリッシャーの人たちと知り合いになり、「入居して最初の月に、パブリッシャーの一人が僕たちと契約を結んでくれた」(ポンセ氏)。契約の締結には法律の知識が必要だったが、文字通り、「向こう側に座っていた、クリエイティブメディアを専門とする弁護士に契約のアドバイスをもらうことができた」(ポンセ氏)という。

シチズン・スペースにいる人たちは、それぞれ様々なビジネスをしていて、しかも、みんな同じような経済状態にある。「ビジネスの初期段階の人たちはみんな、何かしらのサービスを必要としている。それがマーケットを生み出している点が、ここの素晴らしいところだ」とグラナー氏は語る。境遇が似ているがゆえに、こうしたつながりが日常的に起こる。

コラボレーションには、メンバー同士が気軽にコミュニケーションできる環境が必要だ。シチズン・スペースでは、リアルな場だけでなくインターネット上にも、ホームページやGoogleグループ、Yammerグループ、Facebookページなど、メンバー同士がコミュニケーションできる場がある。メンバーのEmailリストも公開されている。

CEOのトビー・モーニング氏と奥さんのジーナさん。夫妻は2011年3月にサンフランシスコのシチズン・スペースを買い取り、事業を引き継いだ。他にも、サンホセでコワーキングスペースを経営している。

フロアの様子。「日によって異なりますが、毎日の利用者数はおよそ12~25人程度。起業家やフリーランスの人だけなく、大企業に勤めている人、投資家など様々な人が集まっています」(モーニング氏)

360°View

フロアの様子。「日によって異なりますが、毎日の利用者数はおよそ12~25人程度。起業家やフリーランスの人だけなく、大企業に勤めている人、投資家など様々な人が集まっています」(モーニング氏)

※画像をタップすると360°スライド表示が見られます

ビジネスが育つ過程の中で
どの時期に利用して欲しいのか

現在、日本でも、東京・渋谷駅周辺などコワーキング・スペースの新設が相次いでいる。ベンチャーキャピタルがコワーキング・スペースを運営したり、コワーキング・スペースの運営者が、メンバーとベンチャーキャピタルやエンジェル投資家などを引き合わせるイベントを開催することも多い。

しかし、シチズン・スペースでは、運営者がコミュニケーションを活性化しようとイベントを開催したり、メンバーの誰かと誰かを引き合わせたりすることはしていないという。「誰かと引き合わせたり、投資家を紹介したりするのはインキュベーターやアクセラレーターの仕事。自分たちが担うのは、その後の段階だ」というのがモーニング氏の考えだ。

起業しようとする人が、インキュベーターやアクセラレーターのところに行き、チームを組んで活動する場所が必要になったとき、利用する場所がコワーキング・スペース。そして最後に自分のオフィスを持つようになる、というのがモーニング氏の想定するスラップであり、あくまでもコミュニティに委ねようというスタンスだ。

ただし、モーニング氏は、メンバーに積極的に働きかけようとするコワーキング・スペースの存在を、否定しているわけではない。実際、日本のベンチャーキャピタルで、「Samurai Startup Island」というコワーキング・スペースを運営しているサムライインキュベートに、コワーキング・スペースを作ることをすすめたのはモーニング氏たちで、両者はパートナーの関係なのだという。

「起業家がスペースを気に入って入居し、そのスペースを運営するベンチャーキャピタルが彼を気に入って投資する。これはコミュニティにとってもベンチャーキャピタルにとってもWin-Winの関係だ」とモーニング氏は評価している。

ホテルチェーンと提携しホテル内にコワーキング・スペースを

現在、シチズン・スペースが力を入れているのは、地域の住民なども巻き込んだ学びの場「コ・ラーニング」のセミナーだ。シチズン・スペース内にはクラスルームがあり、ウェブデザインなどビジネスに関するクラスから、写真、クッキング、アートとワインなど趣味のクラスまで、さまざまなクラスが開催されている。いろんな職種の人たちが、ともに学びあい、インスパイアされる場として、人気を得ている。今後も、クラスを増やしていく予定だという。

新拠点の設置にも積極的だ。Club Quartersというホテルチェーンとジョイントベンチャーを組み、「Connections」という名前のワークスペースをホテルの内部に開設した。さらに、サンフランシスコの金融街に新たなコワーキング・スペースを準備中だ。ファイナンス業界の人やビジネス出張者がコワーキング・スペースを利用する、というスタイルが今後みられるようになるかもしれない。

強烈なイニシアティブをもってビジネスマッチングを行うのではなく、あくまで主体であるコミュニティに方向性を任せる。拠点を増やそうとも、気のあう仲間たちと自然体で新しいビジネスを生み出そうとする変わらない思想。コワーキングの原点がここにはある。

WEB限定コンテンツ
(2012.7.19 サンフランシスコにて取材)

作業用のデスクだけでなく、ソファーなどを設置したリラックスできるスペースが多いのも特徴の一つ。ラップトップを膝に乗せて、談笑しながら仕事をしている人も多い。

 

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