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内面ではなく行動にフォーカスして、心理的安全性の好循環を生む

書類の早期レビューで業務を効率化、手戻りも低減

[石井遼介]株式会社ZENTech 取締役、一般社団法人日本認知科学研究所 理事、慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科 研究員

前編で、メンバー同士が健全に意見を戦わせ、生産的でよい仕事をすることに力を注げるチーム・職場をつくる「心理的安全性」の重要性について話しました。

組織やチームで心理的安全性を育むにあたって、大事な原則があります。それは心の中のことではなく、行動にフォーカスするということです。

内面に訴えるのではなく、取ってほしい行動を具体的に示す

例えば、「こんな時代だから、もっと危機感を持て」なんてことをいう上司は少なくないと思うんです。危機感というのは心の中のことですよね。危機感を持てといわれてすぐ持てるわけではないし、そもそも冷静に考えれば、その上司も危機感そのものを持ってほしいわけではないでしょう。新卒で入社してきた人が危機感を持った結果、部屋の隅で震えていたら困りますよね。

「やる気を出せ」「前向きに行こう」といった声かけも同じです。人々に前向きになれと命令して、心の中がすぐ前向きになるかというと、そうはいきません。

内面に訴えるのではなく、取ってほしい行動を具体的に示すことが大事なんです。特に心理的安全性の4つの因子、「話しやすさ」「助け合い」「挑戦」「新奇歓迎」にひも付く行動を増やしていくこと。話しやすさであれば、話すという行動、聞くという行動をチーム内で増やすにはどうすればいいかを考えることが、心理的安全性をつくる際の最大のポイントです。

行動を促したらフォローアップも忘れずに

もう1つ、行動を促したら、それに対してフォローアップすることもリーダーには心掛けてほしいですね。

例えば、「悪い報告でもどんどん上げてね」「何でもいってね」と部下に指導するんですけれども、部下がいざトラブルの報告を上げたら、「なぜそんなことになったのか」と怒る方がいます。そうなると、怒られるのを避けようと、持っていく情報を部下側で精査するようになってしまいます。まずい情報が上がってくるのは、よほど手に負えない状況になってからということにもなりかねず、望ましいことではありません。

ですから、悪いことでもどんどん報告してほしいという行動を促し、実際にその行動を実践してくれたときは、「なるほど、そんなトラブルが起きたのか、すぐ報告してくれてありがとう。一緒に対処を考えよう」と、きちんとフォローアップすることです。でないと行動が持続しません。

マイナスの影響をもたらしているリーダーの反応をゆるめよう

行動にフォーカスすることは、リモートワークでのマネジメントでも同様に重要です。

より具体的にいうならば、「反応」と「返信」の間を空けることでしょうね。例えば部下が大事な企画書を仕上げたとき、上司も気合を入れて読むことでしょう。そうなると3日くらい返事をしないままになったりする。オフィスにいれば、部下も上司の忙しさが垣間見えて返事がないことも納得できますが、リモートでは状況が分かりません。企画書のクオリティが低かったかな、部長は怒っているのかななどと、余計なことを考えてしまいます。

なので、企画書や報告書などを受け取ったら、まずは「送ってくれてありがとう」と伝えるのがベターです。「週明けにチェックして戻すね」という一言があるだけで、部下は無用なストレスから解放されます。まずは素早く反応して、返信やフィードバックはその後ゆっくりやることが、特にリモート環境で心理的安全性をつくる際に重要です。

こうしたことはささやかな取り組みですけれども、毎日の積み重ねがチームや組織の雰囲気を左右します。頑張ったのに反応がない、ちょっとしたことで怒られる、聞きたいことも聞けないといったこれまでのチーム運営では、メンバーはことあるごとに小さな罰を受けているようなもの。そういうダメージを減らしていくことが、心理的安全性をつくる第一歩です。大それたことをやるのではなく、まずはマイナスの影響をもたらしている上司や先輩の反応をゆるめていくようにしてください。

カジュアルなやりとりの機会を意図的に設計する

もう1つ、リモートワークについていえば、雑談や相談の時間をあらかじめ確保しておくこともお勧めです。

オフィスにいると互いの顔色を見ながら仕事ができますよね。部長が手が空いていそうだと思ったら、「ちょっといいですか」と相談に行けます。

でもリモートでは、わざわざ電話をかけないといけません。雑談や相談のハードルが上がってしまうのです。改まって会議をするほどの相談ではないけれども、一言相談できると助かるという類のコミュニケーションがリモートではこぼれ落ちやすいということです。

そこで、メンバーみんながインターネット上の会議室に集まって、ざっくばらんに話せる時間をあらかじめ設定しておけば、ちょっとした相談もしやすくなるでしょう。「ついでなのでちょっと聞いちゃいますけど」というような、カジュアルなやりとりの機会をどれだけ意図的に設計できるかもマネジメントには問われていると思います。

マネジメント次第でチームの力を引き出すことができる

リモートワークが増えると、海外のワーカーとのプロジェクトが増えることも考えられます。先ほど挙げた「話しやすさ」「助け合い」「挑戦」「新奇歓迎」という4つの因子は、日本以外の国のカルチャーにも基本的に適合するので、海外との混成チームでも問題なく利用できます。

ただ、例えばアメリカで育った人は話しやすさのポイントは高めだろうとか、日本では助け合いの精神が海外より濃厚だろうといった具合に、ベースラインは多少違ってくるでしょう。相手がどの文化圏で育ったかということが、どこにベースラインを置くかの1つの着眼点になると思います。

もっとも、海外のワーカーと協働するしないに関わらず、同じ日本の職場のワーカーの多様性が重んじられる時代になっていますから、マネジメント側からすると、これまで以上に個別対応が求められる、手間のかかる時代になっている感は否めません。

とはいえ、それは裏を返せば、マネジメント次第でチームの力をいかようにも引き出すことができるということでもあると思います。従来のマネジメントは、基準や達成率、売り上げのスコアなどがあって、それより上に到達できれば褒めて、下なら叱るという具合に、誰でもマネジメントできたわけですね。つまりマネジメントの能力がそれほど問われなかった。

いまは、発想力が豊かな人に企画を割り振る、リサーチが得意な人に市場分析の報告書を頼むなど、ワーカーの個性や能力を見極めて対応していくことが望まれます。効果的なチームをつくるにはリーダーの手腕が問われますし、強いチームができれば、それはリーダーの評価にも直結するでしょう。

(トップ写真:Etienne Girardet on Unsplash)


株式会社ZENTechは、禅の智慧と最新のテクノロジーを融合し、チームの心理的安全性を構築するための各種サービス、企業向教育研修サービス、心理的安全性計測サーベイ・アプリの開発といった事業を展開している。
https://zentech.jp


石井氏。取材はオンラインで行った。(写真提供:石井氏)

上司が望ましい行動をしたら承認し、
心理的安全なリーダーシップをさらに増やす

ここまでリーダーの視点を元に話を進めてきましたが、フォロワーである個々のメンバーが心理的安全性を高めるにはどうすればいいのか。そのポイントについても触れておきましょう。

大きく2点あります。1つは同僚、チームメンバー、後輩の相談に積極的にのって助けてあげるということ。困っていそうな人がいたら個別に声をかけるのでもいいですし、自分から助けに行くのでもいいでしょう。リーダーでなくても、あの人がいてくれると働きやすいと思ってもらえることが職場の心理的安全につながります。

もう1つは、リーダーが心理的安全性を高める行動や言動をしたとき、それを承認することです。不確実性が高くてビジョンが描きにくいうえ、少し強いことをいうとパワハラなどと糾弾される時代ですから、自信が持てないマネジャーが増えています。特にミドルマネジャーにその傾向が強く、本当にこれでいいのかなと悩みながら、何とかチームを頑張って運用されている人が多いです。

なので、リーダーから何かいい働きかけをされたら、それを具体的に指摘して感謝するんです。「この間の会議で、いい投げかけをいただいたおかげで話しやすくなって助かりました」といった具合ですね。するとリーダーも「これでいいんだ」「こういう行動をもっとたくさん取ろう」と思えます。

次に同じ行動をとる確率が高まるみかえりを「好子(こうし)」* といいますが、適切なフィードバックは好子を増やすことにつながります。これにより、心理的安全なリーダーシップをさらに増やしていくという好循環を目指すわけです。

数カ月で社内の雰囲気は確実に変わってきた

我々は職場に心理的安全性をつくるお手伝いもしているのですが、その事例もご紹介しましょう。

あるメーカーでは20代社員の離職率がここ数年高止まりしているという課題がありました。高圧的に部下に指示する企業風土がその原因の1つと思われ、職場に心理的安全性を広めようということで相談をいただきました。

まだ取り組んで数カ月なので、離職率を測るまでには至っていませんけれども、管理職の方々に心理的安全性の重要性を理解していただいたところ、社内の雰囲気は確実に変わってきています。若手の方も意見をいいやすくなりましたし、いろいろな挑戦ができる風土が広がりつつあります。心理的安全性を全社に広める人事チームもできました。

「3割レビュー会」で業務の質もスピードも向上

また、我々はチームリーダーを対象に心理的安全性認定マネジメント講座** を開催しているのですが、その参加者同士の話し合いでもいろいろなアイデアと実践の事例が生まれています。

例えば、心理的安全性の低いチームだと、分からないことがあっても質問しづらいので、仕事の手戻りが多いんですね。企画書などをつくる際も初期段階で上司やメンバーと方向性のすり合わせができればいいのですが、ある程度仕上がってからでないと、上司が「なんだ、この出来は」と怒る。そういう職場の不文律に頭を悩ませる参加者がいたんです。

そこでみんなで検討して発案したのが、3割の段階で会議にかけるという「3割レビュー会」でした。まだ仕掛りであることを前提にするので相談しやすくなり、なおかつ早期に修正されるようになったので業務が効率化できました。おまけに、初期段階でディスカッションできるのでアイデアも多く盛り込めるようになったそうです。

心理的安全を高めることで、業務の質もスピードも向上するチームに生まれ変わったという事例です。手戻りが減ったことでチームの士気も上がり、結束力も高まることが期待できるでしょう。

夫婦や親子関係、友人、地域の交流でも活用できる

リーダーが自分自身の行動を振り返るだけでも大きな意味があります。部長クラスともなると、厳しい意思決定をされているせいか、常に怖い顔をしていたりします(笑)。少し肩の力を抜いて柔和な表情になるだけでも、困ったときに相談してもらえる確率は上がっていくものです。

特にいまはリモートでコミュニケーションする職場も多いですよね。自分は真剣に会議に参加しているつもりでも、新人から見ると怒っているように見えることもあるかもしれません。自分自身のことをまず振り返っていくことがマネジメントに必要なことだと思います。

心理的安全性のつくり方を身につけると、いろいろなシーンで応用できます。職場に限らず、夫婦や親子関係、友人、また地域のつながりもある種のチームと見なせるかもしれません。ぜひ多様なシーンで使っていただいて、心理的安全な社会が育まれたらうれしいですね。

(イメージ写真:Christina @ wocintechchat.com on Unsplash)

* 好子と反対に、同じ行動をとる確率が減るみかえりを「嫌子(けんし)」と呼ぶ。

** 心理的安全性認定マネジメント講座については、ZENTechのウェブサイトで詳細を確認できる。

WEB限定コンテンツ
(2021.3.31 オンラインにて取材)

text: Yoshie Kaneko

石井遼介(いしい・りょうすけ)

神戸市出身。東京大学工学部卒。シンガポール国立大経営学修士(MBA)。組織・チーム・個人のパフォーマンスを研究し、アカデミアの知見とビジネス現場の橋渡しを行う。心理的安全性の計測尺度・組織診断サーベイを開発すると共に、ビジネス領域、スポーツ領域で成果の出るチーム構築を推進。2017年より日本オリンピック委員会より委嘱され、オリンピック医・科学スタッフも務める。著書に『心理的安全性のつくりかた』(日本能率協会マネジメントセンター)、『悩みにふりまわされてしんどいあなたへ』(共著、セブン&アイ出版)がある。(写真提供:石井氏)

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