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ユーザーを虜にする「意味のイノベーション」

重要なのはアイデアの「数」ではなく「意味」

[ロベルト・ベルガンティ]ミラノ工科大学 教授

2017年7月15日、東京大学にて開催されたシンポジウム「イノベーションをデザインする――デザイン・ドリブン・イノベーションの意義と展開」でのロベルト・ベルガンティ氏の講演内容を紹介する。(主催:立命館大学デザイン科学研究センター、共催:東京大学大学院情報学環)

私はミラノ工科大学の経営工学研究所で、マネジメントとデザインについて教鞭を取る一方、デザインやイノベーションに関する企業との共同プロジェクトにも取り組んでいます。その研究内容やこれまで得られた知見について話す前に、まずはエピソードを1つ紹介しましょう。

シカゴ大学の教授であったミハイ・チクセントミハイが、ある心理実験を行いました。「自宅が火事になったと想像して、何か1つ持ち出すとしたら何か」と人々に尋ねたんです。答えとして多かったのは、ラジオや家族写真でした。1980年代の話です。*

いまなら携帯電話やスマートフォンという回答が多いでしょうね。私が質問した人の中には、イヤリングと答えた女性もいました。いわく、「高いものではないけれども、子どものころ母親が買ってくれたもので思い入れがあるから」と。また、実際に火事に遭遇したことがあるという女性は、冷蔵庫からハムとパンを取って逃げたと教えてくれました。いかにも食いしん坊のイタリア人らしいですね(笑)。

これらの回答は、人々が最も大切にしているものは何かを示すとともに、それが千差万別であること、さらに必ずしも高額なものではないということを我々に教えてくれます。

アイデアが多すぎて正しいものが選べない

この実験をいま行うとしたら、「スマートフォンのメモリが不足していると仮定して、アプリを1つだけ残して後は削除するとしたら、何を残すか」という問いに置き換えられるかもしれません。(聴講者に)あなたなら何を残しますか?――フェイスブック、そうですか。(別の聴講者に)あなたは?――フェイスブック。

フェイスブックは無料でダウンロードできます。だから削除しても、またダウンロードすればいい。でも、いま答えてくれた2人はフェイスブックだけは残したいと言った。それは友だちと連絡を取り合う手段だから、人とのつながりを実感できるツールだからです。

大切なものの価値は必ずしも値段と連動していないのです。そしてそれは他と比べてベターというだけでは不十分です。それに恋に落ち、愛さずにいられない。絶対にこれでなければならないもの。最後に残しておきたい1つというのはそういうものです。それをどうすればデザインすることができるのか。私は10年に渡って、このことにフォーカスして研究を続けてきました。

モノをデザインしようとするとき、よく引き合いに出されるのは、真っ暗闇の世界に明かりが灯るようなイメージです。みんなが愛するものをデザインする、イノベーションを起こすには、まずはアイデアが必要というわけですね。暗闇に光が灯るようなイメージで、ひらめきを得ることの重要性を表現しているわけです。

しかし、いま我々は暗闇で生活しているわけではありません。この世界にはアイデアが洪水のようにあふれています。これ以上アイデアは必要でしょうか? 大きなチャンスをつかみきれないのは、暗すぎて見えないのではなくて、明るすぎるからではないでしょうか。人が愛するものをデザインしようとしても、アイデアが多すぎて正しいものが選べない。今日的なイノベーションの問題はここにあるのです。

クリエイティビティの豊かさを継続的な生産に生かす

なぜ、これほどアイデアがあふれるようになったのか。理由はいくつか挙げられます。

まず1つは、クリエイティブな人の数が増えたことがあるでしょう。半世紀前は工場で働く肉体労働者の方が多かったけれども、デジタル革命が起きてアイデアへのアクセスが容易になりましたし、イノベーションのツールも増えました。

例えば2010年のメキシコ湾の原油流出事故の際、事業会社が解決策をウェブサイトで募ったところ、数週間で2万以上のアイデアが寄せられました。いまや無料で多くのアイデアにアクセスできる時代なのです。でも、アイデアがいくらあっても何も起きません。問題の根源はアイデアの数ではなく、個人のアイデアを組織化することが招く弊害にあります。

みんながそれぞれに提案すると、発想が一貫性のない形で多方面に引っ張られます。それがもたらすものはアイデアのパラドックスです。結果としてベクトルはゼロになり、何も起きないわけです。

オプションの数が多ければ多いほど選択が困難になり、麻痺する度合いが高くなるということは多くの研究で示されています。アイデアの数を少なくせよといっているわけではありません。クリエイティブな人が多いのはいいことです。でもこのクリエイティビティの豊かさを継続的な生産に生かすには、新しい方向に舵を切り直す必要があるのです。

「香り」でロウソクの新市場を開拓したヤンキーキャンドル

明るすぎる世の中で、顧客が愛するものをデザインするにはどうすればよいか。それを考えるヒントとして、ロウソクを例に挙げてみましょう。

30年前、私の家にはロウソクが常備してありました。停電になったときに明かりとして使い、またカトリック教徒としては祭壇に備える装飾の施されたロウソクもなくてはなりません。そんなわけで、たいていどんな家にもかつては数本のロウソクがあったものです。でもいま停電になったらどうでしょう。明かりとして使うのは携帯電話の画面ですよね。ヨーロッパでもアメリカでも同じこと。だからロウソクの売上は低迷して当然だし、業界そのものがなくなってもおかしくありません。

しかしながら、いま人々はかつてないほどロウソクを買っているんです。電球よりも多くの予算をロウソクに投じているほどです。電球は1個10ユーロ(約1,300円)で、20年くらい持ちます。ロウソクは4倍の値段で、しかも1週間しか持ちません。

プライシーズキャンドル(PRICE’S CANDLES)は1830年に英国で創業し、20世紀初めには世界最大のロウソクメーカーとなりました。しかし、2001年に破産申請に至ります。他方で、新規参入のロウソクメーカーは売上を伸ばしていました。その筆頭がヤンキーキャンドル(YANKEE CANDLE)です。

ヤンキーキャンドルの売りは、明るさや利便性ではなく香りです。ロウはラベルを貼った容器の中に入っていて炎は見えません。明かりとしてはほとんど機能しないのです。これを使うのは停電時ではないのです。それどころかわざわざ電気を消して、このロウソクを使って居心地のいい雰囲気を醸し出すのです。


ミラノ工科大学は、1863年に設立されたイタリアの国立大学。工学・建築学・デザインの分野で6学部と12の研究機関を持つ。
https://www.polimi.it/


ロベルト・ベルガンティ氏のウェブサイト。
http://www.verganti.com/

* チクセントミハイはこの実験を経て、『モノの意味――大切な物の心理学』(誠信書房)を著したとベルガンティ氏は指摘している。


講演の様子。会場は東京大学本郷キャンパス 情報学環・福武ホール。

ベルガンティ氏の講演に先立ち、東京大学大学院情報学環教授・山内祐平氏の趣旨説明と、「日本におけるデザイン・ドリブン・イノベーションの今日的意義」というテーマで立命館大学デザイン科学研究センター長/経営学部教授・八重樫文氏によるプレゼンテーションが行われた。また、講演後にはベルガンティ氏と日本の若手研究者との質疑応答もあった。

ヤンキーキャンドルが提供する香りは150種類以上。「刈りたての芝生」「ファーストダウン(を奪ったときのような香り)」など、具体的な情景をイメージさせる個性的な香りもある。

従来にないWhy=購買動機を提供することが
その商品独自の意味を生み出す

イノベーションを考えるとき、2つのレベルがあります。1つはソリューションレベルで、「問題解決のイノベーション」です。停電時に明かりを取るためのロウソクの改良がこれに該当します。長時間持つような耐久性、ロウがこぼれないような安全性など、さまざまなレベルで改良を施すのです。

その延長線上では、炎が見えないヤンキーキャンドルは愚かでしかありません。よりよい明かりが得られるロウソクではないからです。ヤンキーキャンドルはもっと高いレベルのイノベーションなんです。人々がロウソクを買う理由を変えたといってもいいでしょう。とてもいい香りがして、友人を家に招くときに使える、だからヤンキーキャンドルを買うんだという、このWhyの部分が異なることが、他にないその商品独自の意味を生み出します。すなわち「意味のイノベーション」です。

なぜ人々はあるものを買うのか。その意味を探って方向を見極めていく。次に、いかにしてそこに到達するか、どうやって実現するかというソリューションを探っていくのです。このプロセス自体は目新しいものではありませんが、今日のイノベーションの課題はソリューションのレベルにないという、そのことは強く指摘しておきたいと思います。

「ベターなもの」と「意味があるもの」の違いとは

開発しようとしている製品やサービスの方向を見出し、価値創出に臨もうとするとき、評価のものさしとして重要なことは、それがベターなものではなく、意味があるかどうかということです。

「ベターなもの」と「意味があるもの」、両者はどう違うのでしょうか。例えばチェアについて考えてみてください。日本ではどうか分かりませんが、イタリアでは寝室にもチェアを置きます。寝る前に洋服をかけておくものです。そこに腰かけるのは1日1分間くらいでしょうか。朝、ソックスを履くときに座るくらいのものですが、それに20万円かける人もいます。中にはデザインが奇抜で座り心地が最悪なものもあります。しかし、寝室にはそのチェアがなければならない。なぜか。見かけがいいからです。

1日のうち23時間59分、誰も座らなかったとしても、パイプイスや歯科用治療イスは寝室に置きたくないのです。なぜならば、美しいチェアのある、温もりにあふれた居心地のいい寝室で休みたいからです。

座るということに関しては全くベターではありません。でも見た目の美しさ、よき眠りのための1つの要素として、そのチェアには機能的なチェアにない絶対的な価値がある。それがすなわち「意味がある」ということです。

コントロール機能を排除したことで愛されるサーモスタット

人にとって意味あるものを設計するのがデザイナーの仕事です。これをサーモスタットに当てはめたらどうなるでしょう。

なぜ人はサーモスタットを買うのかといえば、温度管理をしたいからです。そこでサーモスタットの中には、温度や作動時間、風量などをきめ細かく設定できるものもあります。問題解決のイノベーションをふんだんに盛り込んでいるわけです。でも私が使えるのは電源ボタンくらいです。使わない機能をたくさん持った、複雑怪奇なサーモスタット。これを愛しているかと聞かれれば、答えはノーです。

一方、ネストラボが開発したサーモスタットは、操作は極めてシンプルです。ユーザーは電源ボタンを押すだけで、他には何もしなくていいのです。例えば、出勤時の朝8時にオフにして、帰宅した夕方5時にオンにする、そんなユーザーの生活パターンを学習して、自動的にスイッチを制御するようになります。機械が勝手に朝7時半にスイッチを切り、夕方4時半に起動して家を温めてくれます。ユーザーの好みの温度も学習します。タイマー設定はできないので、早く帰宅した日は温まるまで30分待たなければなりません。でも、子どもと遊んでいればわけはない。

よりよい温度管理を行うには前者のサーモスタットが優れていますが、ネストラボの方はもっと違うものを我々に提供してくれます。気持ちよく過ごしたいからサーモスタットを使うんだという、新たな意味を提示しているのです。人が愛するのはネストラボのサーモスタットです。ベターだからではなく、より意味がある。だから人に愛されるのです。

機能的に優れたサーモスタットは何千人というエンジニアの技術と知恵の結晶です。対して、ネストラボのサーモスタットをデザインしたのはたった2人。トニー・ファデルとマット・ロジャースというアップル社の元社員です。ネストラボは2011年から2014年の間に1つ249ドルで100万個のサーモスタットを売り上げ、急成長を果たしました。そして2014年に32億ドルという破格の値段でグーグルに会社を売却しました。

家具を自分で作るという生活スタイルを提示したイケア

意味を追求することの重要性は分かっていただけたと思います。ただ、その先には企業を待ち受ける大きな課題があります。それは、意味が時とともに変わるということです。つまり、ある意味を人が愛したとしても、それは決して永遠不変のものではないということです。

いまイタリアで照明器具を一番多く売り上げているのはイケアです。1943年にスウェーデンで設立された家具量販店です。企業の平均寿命が12年という時代、もう70年以上成長を続けているわけですが、その秘訣はものの意味を変え続けたことにあると私は考えています。

イケアはまずデザインの民主化を実現しました。自社でデザイナーを抱え、それなりに見栄えのいいものを誰でも安価に手に入れられるようにしたのです。例えばイタリアはその逆で、いいデザインはエリートのものでした。ベターファニチャー、みんなのためのポップファニチャーとして、イケアは消費者に受け入れられるようになります。

また、誰でも使えるグッドファニチャーを自作しようということも顧客に呼びかけました。価格を抑えるために自分で組み立てられるようにする。そのための徹底したパッケージ化に取り組んだのです。これもイタリア人には発想できないことですね。スウェーデンの人は器用で日曜大工が大好き。家具だって自分で作るわけです。家具は買うものではなく作るものという新しい意味、週末は作業場でモノづくりに励むという生活スタイルを我々に提示したのです。

人の生活の変化に合わせて提供する意味を変える

これは大人と子どもの時間の過ごし方をも変えるものでした。イケアに行って一緒に棚を作ろうよという方が、ビデオゲームをやるよりも意味がある。安いから自作するだけではないのです。家族で楽しむという積極的な意味がそこに見出せるから、手間暇かけて家具を作るのです。

それはすなわち、「家庭での経験」を提案するということでもあります。イケアは家具を売る場所から学習する場所に変わっていったんです。これが意味の変革です。いまではイケアは家族で休日を過ごす場所の1つにもなっています。映画館やサッカー場に行くのと同じ感覚で、店内を散策して楽しむわけです。

伝統的な家具販売店はひっそりとしています。結婚したての若いカップルがソファを買うためにやってくる。そして彼らは20年、店に来ることはありません。ソファはそれほど頻繁に買い替えるものではないからです。でもイケアは家族のお出かけスポットとして頻繁に来させるんです。人の生活の変化に合わせて提供する意味を変えているからこそ、人々に愛されるのです。

彼らは家具の世界にファッション感覚を持ち込むことにも成功しました。従来、家具は長持ちする方がよいと考えられてきましたが、昨今では若者の間で家具もファッションのように買い替えるものという具合に価値観が変化しています。そこでファッション業界のように年2回のコレクションを行い、買い替え需要に対応しているのです。家具を買う意味を「自分の家への投資」から、「今の自分の生活に合っていて好きだから」という新しいものへとアップデートした。それがイケアの持続的な成功の理由といえるでしょう。

WEB限定コンテンツ
(2017.7.15 文京区の東京大学本郷キャンパスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Kei Katagiri


ベルガンティ氏の著書『突破するデザイン――あふれるビジョンから最高のヒットをつくる』(日経BP社、監訳/八重樫文、監訳・解説/安西洋之)では、意味のイノベーションを創出する方法を豊富な事例と共に紹介している。

ロベルト・ベルガンティ(Roberto Verganti)

イタリア ミラノ工科大学教授。専門はリーダーシップ論、イノベーション論。大学でマネジメントとデザインのコースを担当する一方で、経営者に対してデザインとイノベーションのマネジメント教育を行うMaDe In Labを指揮する。マイクロソフトやボーダフォン、アレッシィや任天堂など、100社以上のイノベーションプロセスとその課題を研究している。著書に、『デザイン・ドリブン・イノベーション』(クロスメディア・パブリッシング)、『突破するデザイン あふれるビジョンから最高のヒットをつくる』(日経BP社)。

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