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ブランドを未来に導く
「ネクスト・イグジット」

[McDonald’s]Chicago, USA

各階のエレベーターホールを降りた訪問者を、「ブランド・モーメント」が出迎える。マクドナルドが何者なのか、そしてどこに向かっているかを伝えるものだ。それらの多くが、マクドナルドのロゴやカラーをモチーフとしている。そもそもエントランスからして、マクドナルドのM型アーチを模しているのだ。

「これらの『ブランド・モーメント』は、世界中で展開するマクドナルドの周りのコミュニティを表現しています。従業員や訪問客にここでしかできない体験をしてもらうために、この空間にとってユニークで特別な瞬間をハイライトしたいと考えました」(グローバル・クリエイティブ・デザイン部門のジュリアナ・ストライフ氏)

2018年6月、米マクドナルドは、イリノイ州オーク・ブルックにある本社をシカゴ中心部に移転した。建物内にはUSのビジネス部門とグローバルのビジネス部門、研修施設であるハンバーガー大学が同居する。以前は半マイルずつ離れたビルに点在していたものだ。

3つのオフィスを集約したのは理由がある。1つは、ミーティングのたびに往復1マイルを移動するのは非効率だから。もう1つは、都市の活気だ。1970〜80年代のアメリカはダウンタウンから郊外へと人口流出が進んだ。しかし現在、若者を中心に都心への回帰が進んでおり、マクドナルドが採用したい有望な人材もここにいる。新オフィスが面するランドルフ通りは有名な飲食店が集中するエリアであり、注目度は非常に高い。レストラン企業であるマクドナルドにとって、この素晴らしいエリアの中心にいるのは「とても重要なこと」(ストライフ氏)なのだ。

今マクドナルドは、地元住民のよき隣人になろうとしている。地上階にあるマクドナルド店舗。当初は従業員専用になる予定だったが、パブリックに開放した。従業員の働き方にも変化が生じている。古い慣習やルールを捨て、よりプレイフルで気楽なものに、という変化だ。アクティビティ・ベースド・ワーキング(ABW)の採用が、その一例である。「彼らの業務を支援するためにベストな環境を整備することで、従業員一人ひとりをエンパワーしたかったのです」(ストライフ氏)


新オフィス外観。ここランドルフ通り(通称「レストラン通り」)は、著名シェフのステファニー・アイザード氏のレストランが出店したのを機に栄えた。

  • レセプション横に、マクドナルドのM型アーチを模したキッチンへのエントランス。メッシュ状の壁はフライドポテトを揚げる際に使う「網」がモチーフ。各階にあるブランド・モーメントの1つ。

  • オフィスを縦貫する内部階段脇のラウンジ。建築自体はゲンスラー、ワークスペースはIA社が手がけた。O+Aに任されたのは、コンセプトメイクとラウンジを含めた共用スペースのデザイン。

  • 同じくブランド・モーメントの1つ「ファーム・ウォール(農場の壁)」。小麦畑やコーン畑、コーヒー農園などの鳥瞰図。マクドナルドが使用する食料の生産現場にインスパイアを受けたもの。

  • 世界中で展開している子供向けセット「ハッピーミール(日本ではハッピーセット)」の玩具をアーカイブしたもの。これもブランド・モーメントの1つだ。棚は子供が遊ぶ「積み木ブロック」のイメージからデザイン。

  • 世界各地のマクドナルドで販売されているローカルメニューを展示。地上階にある旗艦店でその一部を味わえるが、好評につき売り切れ続出。社内にはこれらのブランド・モーメントが至るところに。

  • 従業員のコミューナルスペース「ワーク・カフェ」。カフェテリア、ミーティングスペース、オールハンズ・ミーティングなどに活用される。天井の印象的なオーバルは、マクドナルドに併設される子供用プレイグラウンド「PlayPlaces」がモチーフ。

  • ワーク・カフェの一角にある「テック・バー」。ITに関する質問、相談に乗ってくれるヘルプ・デスクだ。カフェテリアに設けることで待ち時間のストレス軽減、社員同士の偶然の出会いを誘発する。バッテリーやマウスを販売する自動販売機も設置されていた。

  • マクドナルドが展開するシアトル系コーヒーチェーン「マックカフェ」が併設されている。従業員にエスプレッソやアメリカーノを無料で提供。

世界最大規模の外食企業として、
業界にポジティブな変化を仕掛ける

O+Aの参画は、移転のもう1つの理由に関わっている。以前、マクドナルドが入居していたビルはクラシックなレンガ造り。しかしブランドのモダナイズを画策していた彼らにはフィットしなかった。マクドナルドは今、改革路線を走る。食の安全意識も高い。世界最大規模の外食企業として、社会への影響力についてもオープンにしようと考えているのだ。マクドナルドは2019年4月、「エッグマフィンのようなアイコニックなメニューで使う卵について、2025年までに全てをケージフリー(平飼い飼育)にする」というコミットメントの33%を達成したと発表した。ケージフリーの卵は、高価な上に育てるのに時間もかかる。しかし業界全体をよい方向に向かわせるには不可欠な意思決定だった。「ポジティブで意味のある変化をもたらすために我が社の規模を利用しようという方法の1つです」(ストライフ氏)

マクドナルドのモダナイズ。本社移転はその象徴だ。新オフィス建設にあたっては、ゲンスラーと、IA、O+Aが関わり、コラボレーションをした。ゲンスラーは建築のデザインを、IAとO+Aがワークプレイスのデザインを担当。O+Aに声をかけたのは、プロセスを進める過程でブランドのアイデアに命を吹き込む必要があると感じたからだ。「マクドナルドのブランド、歴史、遺産をモダンな方法で拡大したいと思っていました」(ストライフ氏)

O+Aが手がけたのは共用スペースと、いくつかの家具のデザイン。そして全体のコンセプトメイクである。コンセプトは「ネクスト・イグジット」。これはマクドナルドの「ドライブスルー」にヒントを得ている。

「自動車の歴史という見地から我が社の立ち位置を語り、古典的なロードトリップの概念で遊ぶことで、新たなメニューや消費者にとっての新たな体験に挑戦するために『次のエグジット(出口)』へ進む準備があるという我が社の精神を反映しています」(ストライフ氏)

O+Aが提案したオフィスは「マクドナルドとは何者か」を再解釈し、空間に展開してみせるものになった。このオフィスはマクドナルドの過去、現在、未来を物語るものでありながら、ブランドカラーである赤や黄色も、ドナルドの姿さえ見当たらない。「マクドナルドの歴史を祝福し、どれだけの長い道をやってきたかということ。またそれ以上に、今後どこへ向かっていくのかを示す空間を求めていました」(ストライフ氏)。O+Aは、ブランドとしてのマクドナルドのアイデンティティについて、また業界におけるイノベーターとしての立ち位置について、独特な解釈を持っていた。決して過剰にではなく、オフィスのすみずみまでブランド化されたものができあがったことに、ストライフ氏は満足している。

  • C-suite(経営幹部)向けのボードルーム。しかし雰囲気は穏やかで親密なものだ。豪華すぎるオフィスよりも、モダンで歴史を感じさせるオフィスをマクドナルドは望んでいた。

  • 間仕切りのないオープンオフィス。以前のオフィスは半個室型(キュービクル)で、従業員の姿が隠れていた。今では個室を持つのは5人の役員に限られている。

  • 会議室の前にたくさんのオープンミーティングエリアがある。会議の前後の時間やアドホックな打ち合わせに使われる。以前のオフィスには服装コードがあり、ネクタイを締める従業員も多かった。ご覧の通り今ではカジュアル。

  • フロアに設けられたラウンジ。新オフィスではABWが基本。働く時間と場所を、従業員が自由に選択できる形とした。

  • 通路脇にはハングアウトに適した小さなスペースが複数存在する。異なるオフィスにいる従業員との電話会議やディスカッションなどに使用。同僚との密なコミュニケーションにも。

  • フォーカスルーム。オフィスの「音」を遮断し、1人になって業務に集中したい従業員が使用する。仕事上のさまざまなシーンに最適な空間を選べる。

次世代の人材を育てる専門教育機関「ハンバーガー大学」

ハンバーガー大学は、マクドナルド店舗やレストランで働くための知識を学ぶのみならず、歴史やブランドバリューなどカルチャーの真髄に触れる、いわばマクドナルドの心臓部。本社内と同様に、ハンバーガー大学内にもマクドナルドの過去から現在、そして未来を伝えるエレメントが飾られていた。こちらもO+Aが手がけたものである。世界100カ国以上に展開するマクドナルドだが、ハンバーガー大学は東京を含めて7カ所だけ。毎年、3000人以上のクルー・メンバーが、マネジメントとリーダーシップ・スキルを学ぶため、みっちり4日間の訓練を受けている。さらに、「マクドナルドのシニア・リーダーの40%以上がハンバーガー大学での講習に参加しています」(ストライフ氏)

ハンバーガー大学のカリキュラムは、商品の作り方やキッチンの使い方に始まり、マネジメントやリーダーシップ、チームビルディングなど、多岐にわたる。またシェフの手で「どれくらい乳脂を入れたらどれくらいの早さでアイスクリームが溶けるのか」などのテストも行われている。製作段階の非常に細かいことも全てテストしており、昨年は、バーガーの上に塗る新しいベーコン・ジャムのテストに何週間も費やされたそう。その姿は、ハンバーガー大学の学生もパブリック・ツアーでやってきた一般客も見ることができる。これは普段、店舗で働いているスタッフにとっても貴重な機会だ。

「ハンバーガー大学には3つのキッチン・ラボがあり、現実のレストランの職場環境がシミュレーションできるようになっています。生徒たちはこのテスト・キッチンを使って商品を準備したり、マクドナルドの厨房にある機器の使い方を学んだりしています」(ストライフ氏)

  • ハンバーガー大学のエントランス。マクドナルドの歴史における重要人物の顔をあしらったアート作品を設置した。年1回ほどのペースで作品を入れ替える予定。

  • ハンバーガー大学内の教室に向かう通路。壁紙と階段をO+Aがデザインした。マクドナルドのバンズやトッピング、ビーフ・パテなどを抽象画として描いている。

  • 通路横の展示スペース。マクドナルドにとってアイコニックな意味を持つ食材や人物、おもちゃ、器具、パッケージなどを並べている。

  • 通路横の展示スペース。マクドナルドにとってアイコニックな意味を持つ食材や人物、おもちゃ、器具、パッケージなどを並べている。

  • 通路横の展示スペース。マクドナルドにとってアイコニックな意味を持つ食材や人物、おもちゃ、器具、パッケージなどを並べている。

text: Yusuke Higashi
photo: Satoshi Minakawa

WORKSIGHT SPECIAL EDITION【Studio O+A】(2019.7)より

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[馬場正尊]株式会社オープン・エー 代表取締役

「私の」から「私たちの」ウェルビーイングへ

[ドミニク・チェン]早稲田大学 文学学術院/文化構想学部 准教授、起業家

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