このエントリーをはてなブックマークに追加

若者に経営経験、企業に後継者を提供する「サーチファンド」

魅力はサーチャーの自由度の高さ

[嶋津紀子]株式会社Japan Search Fund Accelerator 代表取締役社長

サーチファンド(Search Fund)は、「人」に焦点を当てた新しい投資モデルです。1983年にアメリカで生まれました。

一般にファンドというと、プライベートエクイティファンドやヘッジファンド* をイメージする方が多いと思いますが、これらは株式価値や運用益、すなわち「企業」や「収益」を重視しています。業績が伸びそうなところに投資して、株式価値が上がれば売却して差分を儲けとするわけです。

一方、サーチファンドはまず人、特に経営経験のない若者に投資します。意欲と能力のある若者=「サーチャー」に、買収先の「企業」が見えない中、まず投資をするのです。投資を受けたサーチャーは、自らが社長となって経営を率いたい中小企業を探し、投資家の支援を受けて買収することによって、その企業の社長となります。

次世代の経営者の育成を目的に投資を行う

会社の「買い手」と、買収後に現場で経営を率いる「次の社長」が同一人物となることも、サーチファンドの特徴です。サーチャーが必ず買収後の経営者となるため、現オーナーは自分が後継者として認めた若者に安心して会社を託すことができます。会社の社風やオーナーの価値観を好きになれるかどうかは、サーチャーが会社を探すときの重要な視点の1つとなるので、買い手と売り手のフィット感が高まります。企業やプライベートエクイティによるM&Aとの大きな違いといえるでしょう。

サーチファンドも投資の1つの形態ではあるので、もちろん収益も重視します。買収した会社が上場したり資金の入れ替えを行ったりすることで、投資家はキャピタルゲイン(売買差益)、サーチャーは成功報酬を得られます。

ただ、このモデルの本質は利潤追求ではなく、社長経験のない若者が社長にチャレンジするという仕組み作りにあります。投資家が、「次世代の経営者を育成したい」「自分がかつてサーチャーだったときに、投資家から受けた恩を次世代に返したい」という思いで投資を行うという点も、サーチファンドの特徴といえるでしょう。


株式会社Japan Search Fund Accelerator(ジャパン サーチファンド アクセラレーター/通称JaSFA(ジャスファ))は、サーチファンドへの投資、サーチャーおよびサーチファンドの支援、サーチファンドの周知、コンサルティング業務などの事業を展開。代表取締役社長は嶋津紀子氏。2018年5月設立。
http://japan-sfa.com/

* プライベートエクイティファンドは、未公開株を取得した企業を支援して株式価値を高めた後、株式を売却して利益を得る投資モデル。ヘッジファンドは、株式、債券、金融派生商品などに分散投資を行い、高い運用収益を目指す投資モデル。

(嶋津氏提供の図版を元に作成)

日本にサーチファンドを周知し、根付かせることを目的に活動

私が代表を務めるJapan Search Fund Accelerator(以下、JaSFA)は、日本にサーチファンドを周知し、根付かせることを目的に活動しています。

事業の1つが、サーチャーの選定やサーチ・買収に関するサポートです。サーチャー希望者に対して、買収候補となりそうな会社の情報を提供したり、経営に詳しいアドバイザーを紹介して企業価値向上のための助言や検討の機会を提供したりします。

アメリカではサーチャーから身を起こして財を成した投資家がこの機能を担っていますが、日本ではそうした存在がまだいないので、代わってJaSFAが引き受けることにしました。

アメリカの一般的なサーチャーは、ウェブなどで片っ端から会社を検索して、月に数千件も知らない企業にメールを送りながらサーチをしています。率直に申し上げて、効率がいいとは言えません。JaSFAは、地方銀行を含め、後継者不足に悩む中小企業の情報を保有する企業などと連携し、また、サーチャーが活動から得た学びを蓄積して次のサーチャーのために活用していくことで、サーチの効率化と成功率向上を目指しています。

さまざまなバックグラウンドの若者がサーチャー候補に連なる

サーチャーは選定中** で、2018年末までには目星をつけたいと思っています。

多くのサーチャー候補とコンタクトを取っていますが、バックグランドは人それぞれですね。MBAでサーチファンドを学んで実践してみたいという人もいれば、外資系を含めたコンサルや金融の世界でキャリアを積んできた人もいます。

また、商社や銀行に勤めていて、中小企業の支援を行ってきた人、創業したスタートアップを軌道に乗せて、再びエキサイティングな環境に身を投じたいという人、いまの会社でナンバー2、ナンバー3のポジションにいて、社長業にチャレンジしたい人など、本当にさまざまです。ボリュームゾーンとしては20代後半から30代の男性が多いです。

(嶋津氏提供の図版を元に作成)

** 2018年9月現在。

社長になりたい会社を自分で探すことは、
自分の人生を自分で決めるということ。

現在、山口・広島・福岡のいずれかのエリアの会社を対象とした、日本初のサーチファンド設立に向けて準備を進めています。

今回は、サーチファンドへの投資資金をプールする「ファンド オブ サーチファンド(投資組合)」を作り、域内のサーチファンドに複数投資する形としました。このファンド オブ サーチファンドに対して、山口フィナンシャルグループの山口キャピタルと、JaSFAとがGP*** 投資家となって出資を行い、山口フィナンシャルグループの山口銀行、もみじ銀行、北九州銀行がLP*** 投資家として出資します。

*** GP(ゼネラル・パートナー)は無限責任組合員。LP(リミテッド・パートナー)は有限責任組合員。

(嶋津氏提供の図版を元に作成)

プレサーチ期間は転職活動のように副業として取り組むことも可能

山口・広島・福岡エリアのファンド オブ サーチファンドでは、サーチャー枠はまず2名を予定しています。現在選定中で、2019年の前半にはサーチャーへの第一次投資をしたいと考えています。

サーチャーを支援する投資家が現れたら、サーチャーは他の仕事を辞めてサーチや買収交渉に専念するのが本来の形ですが、今回は日本で第一弾のサーチファンドということで、サーチャーも投資家も手探りの部分があります。そこで、投資が始まる前にプレサーチ期間を設け、現在勤務する会社に籍を残したまま、副業として一定期間サーチに取り組むこともよしとしました。いわば転職活動のようなスタイルですね。

2018年の年末には山口・広島・福岡エリアにて、後継者不足でサーチファンドに興味を持っていただいている企業を対象に、サーチャー候補たちを連れて回る「サーチツアー」を開催します。サーチャーにとっては、「この地域に本当に引っ越したいのか」「『中小企業の社長をする』とはどういうことなのか」「自分にできるのか」といったことを実際的に考える機会となりますし、投資家としてもサーチャーの本気度や能力、地域への溶け込み方などを見極める機会になります。

将来的には、山口・広島・福岡などと地域を限定しない全国版サーチファンドの立ち上げも検討しています。これが実現すれば、サーチャーにとっては企業選択の自由度が広がるでしょう。

社長になりたい会社を自分で探せるということは、自分の人生を自分で決めるということ。サーチャーの個人裁量の度合いが大きいことが、サーチファンドの大きな魅力であると思います。

日本特有のモノづくりに興味を持つサーチャー候補も

買収対象となる会社のイメージは、アメリカの場合は企業価値が10億円、年間利益だと2億円くらいですが、我々はもう少し小さい規模も含めて見ています。

アメリカでは、サーチファンドに適した会社のクライテリア(評価基準)が研究されていますが、日本では、日本に合ったクライテリアを研究し直すことが必要です。例えば、業界全体の売上が国内では伸びていないような業界でも、グローバル化によってまだまだ伸びることが可能な会社も存在します。現在の企業の状態よりも、将来の「伸びしろ」に着目する方が、日本には合っているのではないかと考えています。

対象となる会社の業種業態は、すなわちサーチャーが興味を持つ会社ということになるので、これもまた千差万別ですね。製造業や警備業があるかと思えば、日本酒の醸造、旅館などもありますし、日本特有のモノづくりに興味を持つサーチャー候補もいます。

M&Aと違って、買収後も社風や社名が維持されやすい

会社を買収して経営権を取得するということで、サーチファンドは企業対企業のM&Aに似ているかもしれませんが、両者は異なります。

日本で一般的なM&Aでは、買収された側は大きな会社の一部に組み込まれ、社風や社名は往々にして残りません。会社を独立して残したい人は、一般的なM&Aでは希望をかなえられないのです。

その点、サーチファンドではサーチャー個人が社風に合った会社を買うため、企業文化をそのまま維持しやすくなります。しかもサーチャーが経営にコミットしてくれるのも大きな違いです。企業対企業のM&Aで買収を検討するのはM&Aを専門的に行う部署の人たちで、その後の会社の運営や監督は別の部署が行うことがほとんどですからね。

サーチファンドは誰に会社を譲るかが明確で、売る側からすると安心感につながります。買収後の企業運営の仕方にも違いが出てきますし、結果として、業績にもいい影響をもたらすことが期待できます。

WEB限定コンテンツ
(2018.10.4 江東区にて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Kazuhiro Shiraishi

(嶋津氏提供の図版を元に作成)

嶋津紀子(しまづ・のりこ)

東京大学経済学部卒、スタンフォード大学経営学修士課程修了。ボストンコンサルティンググループにて大企業の経営戦略立案に従事。その後、トヨタの経営企画やソフトバンクのVCを経験。2018年にJapan Search Fund Acceleratorを設立、代表取締役社長に就任。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

RECOMMENDEDおすすめの記事

TOPPAGE
2022年7月、「WORKSIGHT[ワークサイト]」は
「自律協働社会のゆくえ」を考えるメディアへと生まれ変わりました。
ニュースレターを中心に、書籍、SNS、イベント、ポッドキャストなど、
さまざまなチャンネルを通じてコンテンツを配信します。

ニュースレターに登録する