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社会に問題を投げかけて“常識”を揺さぶるスペキュラティブデザイン

テクノロジーがもたらす未来の光景を紡ぎ出す

[長谷川愛]アーティスト、デザイナー、東京大学大学院 特任研究員

CGやメディアアートに取り組み始めたのは、岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー(現・情報科学芸術大学院大学、以下、IAMAS)に通ったことがきっかけです。ここで出会ったアーティストと意気投合して、その人についていく形で2003年にロンドンへ渡り、公共の場でインタラクティブアートを行ったり、デザイン会社でメディアアートを手掛けたりといった活動を続けました。

でも2007年くらいからメディアアートの市場が急成長してきて、大規模で派手で多くの人の興味を瞬間的に奪うようなものが増えていったんです。いわば最大公約数的なところで類似品が次々と出てきた。そうなると、規模のビジネスの話になっちゃうんですね。大きいプロダクションのプロデューサーになって、いいクライアントを探し、大きいお金を引っ張ってきて、いいプログラマーを確保すれば、それなりのものができるわけです。

でもそれは作品のクオリティとは違うところの能力が問われるということ。私はそこには関心がなかったので、メディアアートの世界から離れて、以前から興味のあった英国王立芸術大学院大学(以下、RCA)に入学して、スペキュラティブデザイン(問題を提起するデザイン)を学ぶことにしました。2010年のことです。

この現代社会における、私という個人の課題は何か

RCAの授業は刺激的でした。かつてコンピュータは科学者やエンジニアなど一部の人たちのものだったけれども、これからは全ての人の手に落ちてくるだろう、また徐々にバイオテクノロジーやナノテクノロジーへとデザイン対象が移行していくだろうという前提に立って、授業が構成されていました。

バイオアーティストが講師としてやってきたり、バイオテクノロジーを使って社会とどうつながるかを考える課題があったり。ある種の博愛精神をデザインするような授業が多かったですね。

そこで、じゃあこの社会において私という個人の課題って何だろうと考えたときに、「出産」「環境破壊」「絶滅危惧種」といったキーワードが浮かび上がってきたんです。

当時はエコロジーがブームで、人間がいかに罪深い生き物であるかが喧伝されていました。同時に、自分自身が妊娠・出産を考える年齢に差し掛かっていた。

昔はみんな、結婚や出産は当たり前のようにするものだと思っていたけれども、この時代ではそれが難しい人もいるし、そもそも誰もが子どもを持つべきだという強迫観念も薄らいできています。日本は少子化が進んでいるけれども、世界的には人口過多で自然破壊が進んで食糧難が危惧される状況ですからね。さらに、人の命の重さとか、親としての子に対する責任も大きくなってきている。こういうことを考え合わせると、気軽に子どもを持てる時代ではないなと思ったんです。

アートで新たな可能性を開いてみる

いろんなジレンマがある中で、子どもをめぐる選択肢としては、子どもを持つ、持たない、養子を取る、代理母になるという4つが考えられるけれども、でもどれも違うなと思った人はどうすればいいのか? というところまで考えて、ならばそれ以外の選択肢を探ってみようと思い立ちました。

そもそも自分が何が好きかを考えると、海であり、ダイビングであり、海の生物なんですね。魚の乱獲が問題になっている中で、それを食い止めたいという思いもある。一方で、祖母がすし屋さんを営んでいて、幼い頃から魚は食べ物であると教え込まれている。例えばマグロは個体数が減っているけれども、食べればおいしいと素直に感じる自分もいるわけです。

ならば、人間によって絶滅の危機に追いやられている海洋生物の代理母になれたら、私はもしかしたらベジタリアンになれるかもしれないし、同時に意味不明に付いてる子宮や卵巣にも用途が生じるのではないかと、そんなことを妄想しました。

突拍子もない発想だけれども、100人に1人、あるいは1,000人に1人、これに共感する人がいたら、ひょっとすると世界規模では一定のマーケットができるかもしれませんし、今までマンガやSFがやってきた可能性の開き方をアートでやってみるのも面白いんじゃないかとも考えました。

人間が海洋生物を産むという試み

そこでアートプロジェクトとして、人間が海洋生物を産むという試みにチャレンジしてみることにしたんです。実際に取り組むとしたらどんな課題があるのか、どうすれば産めるかを仔細にリサーチして、大学病院の胎盤の先生にも協力を仰いで。イギリスって寛容なお国柄なのか、見知らぬ学生のバカバカしい相談にも、その先生は丁寧に応えてくれました。

胎盤の専門家と話して分かったことは、人間が海洋生物の子を妊娠・出産するためのポイントは、サイズと妊娠期間であるということです。人間のお腹に入るサイズで、なおかつ妊娠期間が人間とほぼ同じものが望ましい。ということで、プロジェクトではマウイ・ドルフィンという世界最小のイルカをピックアップしました。成熟した個体は55頭ぐらいしかいないと言われる、危機的な状況にある生物であり、なおかつ哺乳類なので胎盤から生まれる点も条件にかなっていました。

また、その先生は、生物には免疫システムがあって、自分と違うものが入ってきたときに攻撃する仕組みがあるけれども、妊娠中は免疫が寛容になる機能が働くことも教えてくれました。要は、自分か自分でないかで判定していたものが、人間か人間でないかで見るくらいに、免疫の防御機能がゆるやかになるというんですね。じゃあ、それが哺乳類かそうでないかくらいに、さらに拡張できればいいのでは、という具合に発想が膨らんでいきました。


長谷川氏のウェブサイト。作品とその制作過程、今後の展示予定などが紹介されている。https://aihasegawa.info/

イルカのロボットを使って水中出産する動画を撮影

こうして『I Wanna Deliver a Dolphin…/私はイルカを産みたい』というアートシリーズが出来上がっていったんです。

「ドルヒューマン・プラセンタ」という独自のコンセプトの胎盤を開発して、お腹の模型を作ったほか、女優さんとイルカのロボットを使って水中出産している動画を撮ったりもしました。

人間がイルカを産むという生殖技術をめぐるストーリーとして、この技術を編み出した科学者と、イルカを産んだ初めての女性と、一番最初に生まれたイルカの記念碑が作られたけれども、反対派の人に壊されてしまったという想定でCG映像も作りました。

さらに、自分が抱いた葛藤や疑問を視覚化して、このプロジェクトに至るプロセスを視覚化したジレンマチャートも作りました。他の人たちは多分そこに至らず、普通に子どもを持ったり、持たなくても楽しい人生があったりとか、人によっては犬とか猫とか産むかもしれない。そういう多様な意志決定があり得ることを示しました。

ちょうどこれを考えていたときに東日本大震災が起きて、こんな時代に子どもを産んでいいのかな、安全なのかなという不安もあったし、なかなかいまだに私の中で明確な答えは見つかりません。そんなプロジェクトだったけれども、一連の作品を美術館などで展示すると海外ではすごく注目されたし、共感も得ました。逆に日本ではあまり人気がない。そのギャップがまた興味深いですね。

合成生物学や遺伝子編集技術に、人はどんな欲望を抱くか

動画まで撮ったのはリアリティを持たせるためです。言葉で言われるのとビジュアルで見せられるのでは、感じ方が違いますからね。本当はSF映画を作れたら最高なんですけど、そこまで時間もお金もない中で、どれだけ効率よく情報伝達ができるかを考えました。

また、このプロジェクトは、合成生物学や遺伝子編集技術が展開されるかもしれない未来に、人がどういった欲望を抱くかという問いの1つの答えでもあると思います。

基本的にテクノロジーって、特に出産の世界では、倫理的な検討がなされるけれども、そのメンバーは男性の専門家ばかりなんですね。そういう人たちはこういう発想を想定していないと思うんです。

今までは理想的な消費者が圧倒的多数を占めていた。だけど世の中にはいろんな人がいるし、私たち一人ひとり抱える悩みや境遇もバラバラで複雑です。そこで答えが1つしかないというのは、おかしな話。選択肢をどれだけ広げられるかということと、じゃあ、それが本当にいいことなのか悪いことなのかを含めて、倫理的な検討がなされるべきではないかと思うんです。そのためにも感情を刺激する材料を提供することに意味があるわけですね。

『I Wanna Deliver a Dolphin…』に関する長谷川氏のウェブサイトのページはこちら。動画も観ることができる。
https://aihasegawa.info/i-wanna-deliver-a-dolphin

  • 『I Wanna Deliver a Dolphin…/私はイルカを産みたい』の出産シーン。(写真提供:長谷川氏、他4点も)

  • 『I Wanna Deliver a Dolphin…』のジレンマチャート。

  • 『(im)possible baby, Case 01: Asako & Moriga/(不)可能な子供 ケース1:朝子とモリガの場合』で制作された架空の朝食シーン。同性カップルの子どもをCGで創出、テクノロジーが実現するかもしれない家族団らんの光景を描いている。画面中の文字は遺伝子情報を示すもの。

  • 『(im)possible baby, Case 01: Asako & Moriga』より。子どもたちの誕生日を家族で祝う。異性愛のカップルならば普通に思い描く未来だ。

  • 『(im)possible baby, Case 01: Asako & Moriga』より。親となるカップルの遺伝データを融合したり中間値を抽出したりして子どものデータを生成した。

日本とイギリスの生殖医療における価値観の違い

『I Wanna Deliver a Dolphin…』の次に取り組んだのが、『(im)possible baby, Case 01: Asako & Moriga/(不)可能な子供 ケース1:朝子とモリガの場合』というシリーズでした。

イギリスで10年過ごして、2013年に一度日本に戻ったとき、日本とイギリスの生殖医療における価値観の違いに驚かされました。イギリスでは未婚の女性でも卵子を冷凍保存できるのが当たり前でしたけど、日本では2013年にようやく認可されたということで話題になっていました。

同じ先進国で、技術レベルも同水準でありながら、これほどのギャップがどうして起きるんだろうと疑問に思って、生殖医学会の倫理委員会のメンバーを調べてみたら、12人中女性は1人しかいない。決定にあたって参考にしたというパブリックコメントも20件しかない。当事者である私も意見を言いたかったし、考えたかったし、そういう発言の機会があることを知りたかった。

人口の半分の女性の話なのに、男性が決めている感じが否めないし、そもそも考えるチャンスや発言するチャンスが一般の女性にあまり用意されていないという印象を抱きました。それに気づいたとき、性的マイノリティならなおのこと、蚊帳の外に置かれてしまうのではないか、性的マイノリティの人たちのための生殖医療や補助医療が実現したとき、女性以上に当事者が関われないし、当事者でない人たちに勝手に決められてしまうんじゃないかと気になったんです。

同性間で子どもをつくる技術の“倫理的障壁”とは

例えばiPS細胞を使うと、同性間で子どもをつくることは理論的に可能ですが、でも、やはり倫理的な面から実現しないだろうと言われている。でも、そもそもなぜ駄目なのかが私の中で腑に落ちなかったんですね。

生命倫理って一体どうやって決められているのかを調べていくと、社会通念に突き当たるんですよ。こんな繊細な話を、しかも社会全般で、どうやって把握するのか。そもそもこの人たちが言っている社会って、誰なんだ、どういう人で構成されているのかという問題もある。

そういったもろもろの課題意識があって、じゃあ、同性間で子どもをつくる技術について広くみんなと、公平に、公正に議論がしてみたいと思ったのが、このプロジェクトの発端でした。

将来的に同性間で子どもをつくるテクノロジーが来るかもしれません、どう思いますかと聞かれたら、たいがいの人は「ちょっと怖い気がする」「なんか変」「違和感がある」といった反応を示すと思うんです。特に日本は同性婚が認められていないので、そういう傾向が顕著だと思います。

でも、このテクノロジーが実現したら、すごくハッピーな家族を持つ人たちも出てくるかもしれない。その家族だんらんの光景を見て、それでもあなたはこの技術は「要らない」「嫌だ」と無責任に言えるのか。その発言には責任が付帯しているわけです。そういう社会通念が成り立っているということは、結局あなたたちもそこに加担しているのだということを考えてもらう、そんな契機になればいいと思いました。

このプロジェクトを進めるには先端的なテクノロジー環境が必要です。そこで、2014年にMIT(マサチューセッツ工科大学)に入学して、メディアアートやデザインフィクションを学びつつ、『(Im)possible Baby』のプロジェクトを進めていきました。

『(im)possible baby, Case 01: Asako & Moriga』に関する長谷川氏のウェブサイトのページはこちら。遺伝子情報の抽出法や子どものデザインプロセスなどについても説明されている。https://aihasegawa.info/impossible-baby-case-01-asako-moriga

同性カップルのDNA情報を抽出。
中間値でリアルな子のキャラクターを生成

プロジェクトにあたって、牧村朝子さんとモリガさんという同性カップルの協力をいただきました。唾液からDNA情報を抽出するサービスを使って、そのデータをシェアしていただき、そこから子どものDNAデータを2つ生成し、そのデータから髪質、体型、性格などを推測しました。CGも使い、遺伝伝情報を受け継いだリアルな子どものキャラクターを造形したんです。

そこからさらに、どういう家族だんらんの図があり得るのかを描いていきました。カフェインの代謝やパクチーのにおいをどう感じるかなど、食事に関しても遺伝データから考え得る性質を細かく設定しました。1人の子はパクチーを食べると石けんのような味として感じるというデータが表示されており、牧村さんに伝えたら「子どもには好き嫌いなく食べさせる教育をしたい」というので、そういうしつけをしている場面を想定しました。

もう1人の子はアスパラガスを食べているけれども、この子の遺伝情報の中にはアスパラガスを食べた後の尿のにおいの変化を感じ取る嗅覚機能があるんですね。これは牧村さんもわかるそうで、彼女からの遺伝です。そういう親子が朝の食卓を囲むシーンをCGでつくりました。

子どもたちの10歳の誕生日パーティのシーンも描きました。ケーキにキャンドルを立てるんだけれども、子どもたちで火をつけているんです。2人とも性格的にはアクティブなタイプとDNAから分かったので、きっと火遊びをしたいだろうということで、こういう情景にしたわけです。

感情に訴えることも公平性を重んじた結果

単に言葉で「同性間で子どもをつくる技術がくるかもしれません、どう思いますか?」と聞くのと、こうした家族だんらんの様子をテクノロジーを使って真面目にリアルに提示して、テクノロジーの是非を聞くのでは答えは違ってくると思うんですよ。

考えを誘導しているのではないかと指摘されるかもしれませんが、今、子どもを持つ人たちや異性カップルが想像していることって、こういう幸せな未来じゃないですか。ここでわざとそうじゃない未来を仮定したら、それはそれで恣意的な情報操作になってしまう。その意味で、こうやって感情に訴えることも公平性を重んじた結果であり、中立的な立場で問題を提起して、社会的な議論を深めていけたらと思っています。

このプロジェクトはNHKと組んでドキュメンタリー番組にもしているんですが、そのとき2人の科学者にも取材しました。

1人は東京農業大学の河野友宏教授で、「かぐや」という二母性マウス、つまりメスとメスからできたマウスを発生させることに成功した方です。当時河野教授は、この技術は人間には適用できないし、してはならないとおっしゃっていて、理由が知りたかった。今回の技術についてもどのようにお考えになっているのか、聞きたかったんです。これは医療ではない、命をすぐにつくれてしまう、というふうに人が考えてしまうのは危険であるというのが主な理由だとお聞きしました。

多くの人に向けて思索や議論の材料を提供

一方、iPS細胞など幹細胞生物学の研究者で生命倫理についても論考を重ねている八代嘉美博士は、多くの人の議論の果てに、健康に問題がないことが実証されれば、同性間の子どもをつくってもいいのではという立場でした。

専門家でも意見が分かれるわけですが、NHKの番組放送後、ツイッターには「性的マイノリティの人たちが培ってきたカルチャーが壊れてしまうのでは」「これから男女がさらに分断していくのでは」といったさまざまな意見が1000件ほどアップされました。「これは血縁主義だ、なぜ養子ではだめなのか」というコメントもあって、確かにそれはいい視点だなと自分自身としても発見がありましたね。

総じて反対意見は少なくて、複数回ツイートしてくれた人は、最初としばらく経ってからの反応に変化が見られ、その心の揺れも興味深かったです。反響の大きさやコメントの多彩さに、多くの人に向けて思索や議論の材料を提供できたのかなという手応えが感じられました。

WEB限定コンテンツ
(2019.5.10 港区のコクヨ東京品川SSTオフィスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo:Ayako Koike

長谷川愛(はせがわ・あい)

アーティスト、デザイナー。生物学的課題や科学技術の進歩をモチーフに、現代社会に潜む諸問題を掘り出す作品を発表している。岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー(通称 IAMAS)にてメディアアートとアニメーションを勉強した後ロンドンへ。数年間Haque Design + Researchで副社長をしつつデザイナーとして主に公共スペース向けのインタラクティブアートの研究開発に関わる。2012年英国Royal College of Art, Design InteractionsにてMA取得。2014年秋から2016年夏までMIT Media Lab, Design Fiction Groupにて准研究員兼大学院生。2017年4月から東京大学大学院にて特任研究員・JST ERATO 川原万有情報網プロジェクトメンバー。
(不)可能な子供、01:朝子とモリガの場合が第19回文化庁メディア芸術祭アート部門にて優秀賞受賞。国内外で展示やトーク活動をしている。主な展示、森美術館:六本木クロッシング2016 My Body, Your Voice展、上海当代艺术馆(MoCA) MIND TEMPLE展、 スウェーデン国立デザイン美術館: Domestic Future展、台北デジタルアートセンター : Imaginary Body Boundary /想像的身體邊界展、アイルランド Science Gallery :Grow your Own…展など。

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