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民間と政府の間に立ち
スマートシティ化をドライブする台北市の戦略組織

[Taipei Smart City PMO]Taipei, Taiwan

近年、スマートシティ化を強く推進している台北に、政府の動きを加速させる組織がある。2016年3月に設立された、「Taipei Smart City PMO (Project Management Office)/以下TPMO」である。

「台湾の政府部門は、実のところわりと融通が利かないのです。スマートシティは非常に反応が速いのですが、民間が政府の体制を変えられるかというと、それは難しい。そこでTPMOという組織を設立したのです」。こう語るのは、TPMOの創設者で前執行長でもある、李維斌(リー・ウェイビン)氏である。

TPMOは台北市政府資訊局(資訊はITの意)傘下の組織だが公務員は1人もおらず、メンバーは全員民間人。慌ただしく働く政府の事務局をサポートすべく、民間のイノベーションを取り入れることで政府のイノベーションを進めるのが大きな役割だ。


台北市のスポーツセンターなども入るビル内にオフィスがある。台北のシリコンバレーとも呼ばれるテック企業が集積する内湖区に位置する。
https://smartcity.taipei

TPMOに求められる存在意義

TPMOの主な目的は3つ。「スピードアップ」、「チェンジ・カルチャー」、「エンゲージ」だ。

「例えば、スマートシティにふさわしい街灯を設置するための試験をしたいといっても、民間が勝手に自分たちだけで行うことはできません。民間のイノベーションを発揮するには、政府の協力が必要です。一方、政府の仕組みだけに頼っていたのでは、スピードが遅い。こういった物事の進行をスピードアップさせることがTPMOには求められているのです」(李維斌氏)

次に、文化を変える(チェンジ・カルチャー)こと。「市民のニーズの多くは、横のつながりから生じてくるものです。ところが政府の各部門はどうしても日々の業務に忙殺されていることもあり、残念ながら、こうしたニーズすべてにきめこまやかな対応ができていないのも事実です」(李維斌氏)。そこで、こうしたニーズに対応するため、民間と政府部門との協働関係を実現させるためにTPMOが手助けを行っているのだ。

3点目に、関与する、引き込む(エンゲージ)こと。「理屈の上では、政府は政策立案に精通していますが、プロジェクトの多くは各部局に個別に存在しています。各プロジェクトはそれぞれの部局で、過去の事例を参照したり専門家のアドバイスを受けたりしながら実行に移されます。しかし現在の科学技術の発展は非常に速く、カテゴリーの制約もありません」(李維斌氏)。そこで重要になるのがエンゲージだ。民間のコミュニティ、地域社会に対して関与することが苦手な政府をサポートしながら、TPMOが中心になって市民や専門家など民間の意見をまとめ上げているのである。


TPMOの執行長であり、資訊局の元局長でもある李維斌(リー・ウェイビン)氏。彼自身は大学の情報工学の分野の教授からこのポストに転じた。

  • オフィスフロアに設けられたミーティング・スペース。

  • 執務スペース。22人のスタッフが勤務している。全員、民間の多様なジャンルで活躍したプロフェッショナルだ。

  • 臨席のスタッフとの打ち合わせ。

  • TPMOが目指すもの。公共住宅から教育、スマートペイ、交通網まで様々な分野での活動が予定されている。

  • TPMOは擬似的な行政組織ではあるが組織文化は限りなくフラット。執行長などのトップクラスも積極的に日々のミーティングに参加する。

  • オフィスフロアの壁面に飾られたTPMOのロゴ。

  • IoTイノベーション・ラボと名付けられたスペース。

部門間の橋渡しをしながら
イノベーションを政府で実現させる

政府とともに活動しながら、政府と民間の橋渡しとしての機能も果たすTPMO。現在、台北市長が重点をおいている公共住宅、ヘルスケア、教育、輸送、スマートペイ、イノベーションの6つに特に注力している。こうした台北スマートシティプロジェクトの成果の一つにあげられるのが「エアボックス」だ。

エアボックスは空気の質、特にPM2.5の量を観測する製品だ。LASSと呼ばれるオープンソースの位置認識センサーシステムのグループが開発し、台湾メーカーが製造したものだ。LASSとメーカー会社はシステムの開発と商品化によって、大気汚染に対する市民の意識向上とそれにともなう市場開発において一定の成果を得たが、台北市全域に設置するなどの実用化には課題を抱えていた。

「そこにこそ、台北市政府資訊局とTPMOが果たす役割があると感じました」と李維斌氏。「政府の内側だけでは、まずこうしたイノベーションは起こりません。なぜなら、大気汚染に関係するひどい数値が出ることは、政府の環境保護局にとって失策になるからです」。しかし大切ななのは、こうした製品を台北市民と行政の両方にプラスになるように実用化させることだ。

「DoITの助けを借りてAir Boxの作成者は、教育省、環境保護省、アカデミアシニカと提携しました。これらパートナーの力を借りて台北市全体の私立小学校にパイロット展開を成功させます。Air Boxプロジェクトはたちまちエコシステムとしての地位を確立、台湾中の他の都市にも急速に広がっていきました。プロジェクトは今や、DoITやTPMOの力を借りずとも成長と改善を続けています」(李維斌氏)。台北でのこの成功例は、韓国やマレーシアでも花開いているとのことだ。


300台のエアボックスが台北市に寄付され、そのうち150台は小学校などに設置された。

実務上の問題に直面している人々をサポートしたい

設立から2年半で様々な成功を収めたTPMOが見つめる将来像とはどういったものなのか。TPMOそれ自体が問題解決をするのではなく、問題解決をしようと考える人々をサポートしていく組織でありたいと李維斌氏は言う。

「例えば、ある都市問題を解決しようとしている人がいるとします。しかし政府とのやり取りや法律上の問題など、障壁になるものがいくつもある。こういったものに対して、TPMOとして支えていきたいのです。私たちは局の垣根を越えていきます。水の専門家は水のことはわかっていても、ありとあらゆる科学技術に精通しているわけではありませんし、ましてや官僚機構には疎いかもしれません。我々の役目は水の専門家に対して最新の科学技術を提案すること、そして市の職員に説明する手助けをすることです。そうすれば水に関係する問題を科学技術で解決することができます」

案件によって、その都度さまざまなプロフェッショナルがプロジェクトに加入するというが、基本的にTPMOの中心スタッフはわずか22人。このコンパクトな組織が、民間のイノベーションを政府に届ける役割を果たしている。

text: Yuki Miyamoto
photo: Kazuhiro Shiraishi

WEB限定コンテンツ
(2018.5 台北の同社オフィスで取材)

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