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「働きがい」と「働きやすさ」を追求して優秀な人材を集める

NPO法人だから待遇が悪い、はもう古い

[駒崎弘樹]NPO法人 フローレンス 代表理事

フローレンスは病児保育・病後児保育サービスを行うNPO法人(特定非営利活動法人)です。子どもが熱を出したり、インフルエンザなどの感染症にかかったりして、保育園を休ませねばならないときなど、保育スタッフを自宅に急行させ、1対1の保育を行います。

現在、従業員は90人程度。従業員には小さなこどもを持つ親も多くいるので、仕事と育児の両立には気を配っています。従業員1人あたり残業時間は1日平均15分。在宅勤務も一般的に行われています。

2011年に従業員の職場環境に対する満足度を調べるため、Great Place to Work® Institute Japanが行う「働きがいのある会社」の調査に応募したところ、中小企業部門で第8位になりました。1位ではないのでまだまだ偉そうなことは言えませんが、NPO法人としては初のランクインだったという点では素直に喜んでいます。

「優秀な人材が集まらない」というのは中小企業の典型的な悩みですが、当社の場合「働きやすい会社」というブランドができたおかげで、優秀な人たちがたくさん応募してくれます。誰もが知っている大企業を辞めて転職してくる人もいて、給料が半分くらいになってしまうのに、いいのかなぁと驚きをもって面接しています。

事務員の募集にMBA(経営学修士)を持つ女性が来たり、経理のパートを募集したら公認会計士の資格を持った女性が応募してきたこともあります。大企業から転職してきてくれる既婚男性も相次いでいます。採用広告費は1円も使っていません。すべてブログか自社のウェブサイトを見て、応募してきてくれるのです。

男性も家庭と仕事の両立を求める時代

優秀な人材を集めるには「働きがい」と「働きやすさ」の2つがキーワードです。とくに女性は「働きやすさ」がないと仕事が続けられません。世の中には「優秀だけど、普通の会社では無意味な時間の制約があって働けない」という女性がたくさんいるのです。そして男性でも「今の職場だとまともな家庭生活が送れないので、年収が下がっても家庭生活と仕事を両立できる環境に身をおきたい」という人は相当数います。

かくいう私も、もとを正せば1日16時間勤務は当たり前の人間でした。そのころ私はIT系のベンチャー企業を経営していました。社長がワーカーホリックなので、従業員も長時間労働は当たり前。ITベンチャーの典型みたいな働き方でした。その後いろいろ思うところがあり、ITベンチャーの経営権を共同経営者に譲って、今のNPO法人を立ち上げました。

長時間労働が当たり前の人にとっては、ワークライフバランスなんて草食系個人主義の戯言に聞こえるかもしれません。日本では仕事にプライベートを持ち込むのはマナー違反という風潮があるし、一面それは正しいとも思います。でも、仕事も生活も複雑に絡み合っているのが人間です。その多様性、多面性を無視してマネジメントはできないというのが私の考えです。

トヨタの「カイゼン」を職場に応用

私にとってワークライフバランスは、働き方の「カイゼン」です。トヨタをはじめとする日本の製造業は、業務の「ムリ・ムラ・ムダ」を排除する「カイゼン」を行い、世界的な大企業へと成長しました。この「ムリ・ムダ・ムラ」は工場の中だけにあるのではなく、職場の中にもたくさん潜んでいます。そこを抜本的に「カイゼン」していくのが、私の考えるワークライフバランスです。

たとえば、「無駄に長い会議」にはカイゼンの余地がたくさんあります。うちの会社も、かつては会議が2時間越すのは当たり前でした。「今、何の話をしているんだっけ?」と思いつつ、「そういえばあの件だけど……」と話が無限増殖していく。そこで議事録をプロジェクタでリアルタイムに映し出すようにしたところ、「今何を話すべきか」を全員で共有できるようになり、話の脱線がなくなりました。

さらに、会議には「自分の議題だけ報告し、あとはずっと黙っている人」がいることに気づき、「全部出ないといけない人」と「部分的に出れば良い人」に分けてあげたところ、一番無駄に会議に出ていたのは自分だと気づくこともできました。

「ひと仕事ふたり原則」も当社が行ったカイゼンの1つです。残業してしまう社員は「抱え込み人間」であるのが特徴です。仕事をこれでもかと抱え込み、余裕がなくなりアップアップして「仕事が多すぎる」と不平をこぼすのはお決まりのパターン。そこで残業の温床をつくらないために、1つの仕事を2人でやるというルールを作りました。一見効率が悪そうですが、業務をシェアしようとすると必然的にマニュアル化が進み、非効率な「オレ流のやり方」が排除されます。

また、1人が風邪で休んでも、すぐに肩代わりできる人がいるので、トラブルに強い組織にもなりました。それでも仕事を囲い込んでしまう人は「強制休暇」の刑で、3日から1週間ほど連続休暇を強制します。ここまでやればいやでもワークシェアが進み、残業の温床は消え去ります。

日本初の「共済型・非施設型」の病児保育サービスを展開するNP法人フローレンスのWebサイト。病児保育や夜間保育、親が入院した際の育児サポートなど、様々な育児サポートを展開。現在、東京23区のほか浦安市や川崎市、横浜市など活動の幅を広げている。
http://www.florence.or.jp/

フローレンスでは、企業向けサービス「働き方革命.net」も展開している。駒崎氏らの成功・失敗体験をもとに、生産性を上げつつ、従業員に仕事と生活を両立してもらうための仕掛けやノウハウを、コンサルティングや研修サービスを通じて提供している。
http://www.hata-revo.net/

「1時間でやれ」と言われれば
そのやり方を考えるのが人間

このようなワークスタイルの「カイゼン」を重ねたところ、社員の残業時間はものすごい勢いで減りました。残業代が大幅に削減されたので、それがそのまま利益に乗っかり、利益率も改善しました。ワークライフバランスは従業員だけでなく、経営者も得をする技なのです。

残業が減ると残業代というコストは削減されるけど、その分売り上げが落ちるのではないか、と思う経営者もいるかもしれませんが、当社の売り上げは対前年比で40%伸びています。

人は機械のような真面目な働き方はしません。「5時間で10のことをやれ」、あるいは「3時間で10のことをやれ」といわれても、時間内でなんとかできるやり方を考えてやるのが人間です。時間があればあっただけ中身がスカスカになることもある。夏休みが1カ月あっても、宿題をやるのはどうせ最後の1日か2日なのです。

「カイゼン」のカギは社員の生産性を向上させることにあります。生産性の向上という点でいえば、「在宅勤務」は非常に有効な手段です。そもそも当社が在宅勤務の導入を考えたのは、社員から「職場にいると話しかけられて集中できない」という悩みを打ちあけられたから。最初は私も「そんなことさせたら、テレビでも見ながら仕事をするに違いない」と疑心暗鬼になっていたのですが、実際にやってみたら、社員の生産性が25%近くアップしました。どうやら自宅は誰にも話しかけられず、大変集中できる環境のようなのです。

「これは良い」と思い、その社員に週5で在宅勤務するようお願いしたところ、最初のうちは調子が良かったのですが、途中から生産性がグングン落ちてしまった。あわててその社員に聞いてみたところ、「私、さびしいです」との反応が。いくら集中できても、全くコミュニケーションがない、という環境も良くないようです。今では週2を限度に希望制で在宅勤務を申し出てもらうようにしています。

生産性を極限まで高めることの副作用

社員の生産性向上を追及すると、社員同士のコミュニケーションが削げ落ちる、というのは、職場の「カイゼン」を重ねることで生じる副作用の1つです。

当社でも、生産性を高め一心不乱に自分の作業に向かう職場環境を推奨した結果、周囲の人との軽い世間話やコミュニケーションが削げ落ちてしまい、オフィスはシーンとしたままキーボードを叩く音だけが鳴り響くような状態になってしまいました。その結果、コミュニケーション不足によるさまざまな誤解、行き違い、すれ違いが生まれだし、社内の雰囲気がどんどん悪くなっていきました。

こうした副作用を抑えるため、当社ではコミュニケーション活性化をねらった制度も設けています。当社の従業員は昼食に弁当を持ってくる人が多いのですが、自分の席で弁当を食べるのは禁止。弁当を食べるための共用スペースを作って、そこで食べるようにしてもらっています。また、マネージャーに月1万円程度の「ランチ予算」を持たせて部下をランチに誘えるようにしたり、同僚同士の絆を深める意味で懇親会にも毎月2万円ほどの補助を出しています。

働きがいのある組織でなければ従業員のロイヤリティーを高めることはできない、というのはNPOでも企業でも同じです。NPOは社会の役に立ちたいという信念の強い人が入ってくるので、「労働条件が多少悪くても我慢して働いてくれるだろう」と思うかもしれませんが、私はそこに甘えてはダメだと思っています。米国では就職ランキングのトップ10の中に、企業に混じってNPOも入っています。企業と同じ土俵で働きがいを感じてもらえる組織でありたい、というのが私の思いです。

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(2012.3.6 千代田区飯田橋の同法人オフィスにて取材)

Great Place to Work® Institute Japanが発表した「働きがいのある会社 中小企業部門」で堂々の8位。他にも経済産業省の「ソーシャルビジネス55選」や「ハーバードビジネススクール クラブオブジャパン アントレプレナーオブザイヤー」など、数多くの賞を受賞、あるいはノミネートされている。

駒崎弘樹(こまざき・ひろき)

NPO法人フローレンス代表理事。1979年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部在学中にITベンチャー企業を設立、様々な技術の事業化を果たす。大学卒業と同時にITベンチャーを共同経営者に譲渡。病児保育問題の解決や、育児と仕事の両立を支援するNPO法人フローレンスを設立。厚生労働省「イクメンプロジェクト」推進委員、NHK中央審議会委員、東京都男女平等参画審議会委員、慶應義塾大学非常勤講師などを兼任。
http://www.florence.or.jp/

 

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