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シェアの概念を取り入れて、オフィスを脱・類型化する

明確な役割分業のないところがシェアの面白さ

[成瀬友梨×猪熊純]株式会社 成瀬・猪熊建築設計事務所

――「シェアする場をつくること」をコンセプトに活動するようになった経緯をお聞かせください。

猪熊

会社を設立した当時(2007年)、シェアという概念は一部で注目されていたくらいで、いまほどの盛り上がりはなかったですね。創業時、僕らは全く仕事がなくて(笑)、何か自分たちならではのテーマを見つけたいと手探りする中で、空間を共有することの面白さ、奥深さに目が向くようになりました。

成瀬

シェアハウスを運営している方からリノベーションの相談を受けたことが、シェアスペースに興味を持つ最初の足掛かりになったような気がします。2008年には展示会(「ひとへやの森 インタラクティブな風景展」)で、ワンルームでも広がりのある暮らしができないかと、森のように空間をゆるやかに区切ったシェアスペースを発表して、好評を得たことにも手応えを感じました。 そのうち『SHARE――〈共有〉からビジネスを生みだす新戦略』(レイチェル・ボッツマン、ルー・ロジャース、NHK出版、2010年)が出版されて、そうした海外のシェアの動きを伝える本にも触発されましたね。

猪熊

いろんな経験や勉強を通じて、自分たちが生きている世の中には問題があるらしいこと、日本ならどこが問題なんだろうということに思いを巡らせるようになって、じゃあ建築には何ができるかなと気になり始めたんです。
さらにその後の東日本大震災が、シェアが全国的に浸透するきっかけの1つになったように思います。「コミュニティ」や「つながり」といった言葉がシェアと近いところで語られて、それで結果的にシェアスペースが拡大してきた面もあるのではないかと。
それからさらにAirbnbやUberが日本に進出して、シェアをいっそう後押ししてきた。そういう流れがあると思います。だから、僕らがシェアに注目して建築に取り入れた時期と、シェアの概念が日本で広がった時期で、ちょうどタイミングが近かったんですね。

近代のひずみを調整する仕組みとしての「シェア」

――震災はシェアスペース拡大のきっかけの1つとのことですが、他に要因はあるのでしょうか。

猪熊

根本的なところでいえば、近代的な社会の組み立て方の限界が挙げられると思います。
産業革命が起きて、1つ1つの企業体の規模が大きくなりましたよね。組織が大きくなると社内に役割分担が生まれます。家庭でも、父親が働いて母親が主婦という具合に役割分担した方が、働き手は仕事に集中できるし専門性も高められるということで合理的な選択に見えた。消費のあり方にしても、サービスを提供する人と享受する人が明確に切り分けられました。
あらゆる場面で明確な役割分担があることでたくさんのビスネスが生まれ、役割が増えれば消費の機会も増えるのでビジネスを加速させやすくなります。それが社会を発展させ、発展すればするほど人々は役割分担して、という具合に近代社会は加速してきたんだろうなと思うんです。
ただ、それが行き過ぎて弊害が見えてきたのがいまの世の中ではないでしょうか。会社組織では管理職が増えて意思決定が遅くなったり人件費が肥大化しているケースもあるでしょうし、共働き世帯が増えているのは家計を支えるためというのもあるだろうけど、働きたい女性もいるわけですよね。

――合理的に見える近代的な枠組みにひずみやほころびが出てきたと。

猪熊

そうです。それを穴埋めしたり調整したりする仕組みの1つとしてシェアという概念に注目が集まっているのではないかと思うんです。みんなで役割や機能を分け合うということは、主体も客体も混ざり合うということですから。
そうした社会全体の構造の問題を受けて建築の世界も無縁ではいられません。空間が変わらないとその場をラディカルに動かしにくいし、それは結局、社会の課題の解決につながらない。そういうことで我々のような「シェアする場をつくる」建築家が必要とされるようになったのだと思います。


株式会社 成瀬・猪熊建築設計事務所は建築・ランドスケープ・インテリアの企画・設計および監理、工業デザインの企画・製作・企業コンサルティング業務を手掛ける。代表取締役は成瀬友梨氏。所在地は東京都杉並区。スタッフは成瀬・猪熊両氏の他に9名。2007年設立。
http://www.narukuma.com/

サービスする側が全てを提供しきらないことの面白さ

猪熊

とはいうものの、空間の共有ということでいえば、日本の古いコミュニティには元々そういう素地はあったんですよね。江戸の長屋もそうだし、昭和期には何人かの仲間で四畳半に住むこともあったわけで。シェアハウスという言葉に魅力を感じるのは、郊外の核家族家庭で育った僕ら世代ならではかもしれません。

成瀬

そう、上の世代にとっては当たり前だったかもしれないし、むしろシェア=貧乏という感じでとらえている節もある。昔はみなさんお金がなくて仕方なく一緒にいたんですよね。だからシェアハウスの話をすると、年配の方には「どうしてわざわざ?」と不思議がられる(笑)。あまりポジティブなとらえ方ではない印象を受けます。

猪熊

それが新しいカルチャーとしても、カッコいいものとしてもアリだっていうのが、恥ずかしい話ですけど海外から入ってきてようやく気づくという(笑)。いまはもう我々の友だちも海外へ行くとみんなUberを使いますね。タクシーよりも話ができて楽しいって。泊まる場所もわざわざAirbnbやホステルを選んで、シェアに積極的な意味を見出しているんですよね。

成瀬

私たちも泊まったけど、実際楽しかったしね。ホテルみたいにお客さん向けに設えきっていなくて、現地の人になったような気分になれる。

猪熊

サービス側が提供しきらないことの面白さですよね。そこがシェアカルチャーの本質なんでしょう。明確に役割が区切られない状況を楽しむことで、シェアをポジティブにとらえることができるのだと思います。

サテライトオフィスこそ新しい働き方が実現できる本丸

――シェアオフィスやシェアハウスなどの設計の依頼はどのような形で持ち込まれるのでしょうか。クライアントが明確なイメージを描いているのでしょうか、それとも曖昧な相談から始まるのですか。

成瀬

両方の場合がありますね。

猪熊

デンソーさんの名古屋オフィスの場合は、商品企画の拡充や、名古屋駅前という立地を活かした機動性の発揮という大きな狙いがありました。
本社である刈谷(愛知県)が前提となっている働き方や発想を変革する、あるいは社外からの情報収集や人脈形成を強化したい、といった目的も整理されたうえで、全役員・全社員が利用できるフレキシブルなスペースを作りたいというお話を最初にいただきました。9部署からなるプロジェクトチームをオフィス開設のために発足することも検討されていました。
そこで私たちからは、このプロジェクトチームのみなさんと、上記の狙いを実現していくための具体的な方策についてワークショップをさせてほしいというお願いをしました。実際にどんな機能があればいいのか、それぞれの機能はどれくらいの面積があったらいいのか、セキュリティはどう考えたらいいのか、そういったことをプロジェクトチームのみなさんと議論して詰めていきました。
刈谷の本社オフィスと東京オフィスの中間地点である名古屋駅前のサテライトオフィスという側面も強いのですが、普通のサテライトオフィスであれば、最低限の機能としてはそこでPC作業ができたり打ち合わせができたりすればいいんですけど、この案件では数週間のスパンで常駐して研究する人もいるかもしれないし、社内のイベントを開いてもいいかもしれない。あるいは全部署に関わる仕事をしている人であれば、むしろそこをオフィスにした方が合理的かもしれないとか、いろんな可能性が考えられました。
要は、サテライトこそ本丸で、新しい働き方という見方もできるということです。そういう話をこちらからした部分もあり、ワークショップしながら見えてきた部分もありという感じですね。
他の案件でも、それが効果的に場としてうまく動くためにはどうしたらいいかという与件づくりから関わるケースが半分くらいでしょうか。与件が全部決まっているというものはそう多くありません。

  • 「ひとへやの森――インタラクティブな風景展」(2008年11月)の作品。ワンルーム空間で人々が思い思いに、快適に過ごせる状況を追求した。(写真提供:西川公朗)

  • シェアスペースとして設計した千葉県柏市のイノベーションセンター「柏の葉オープンイノベーション・ラボ(KOIL)」(2014年)。さまざまなワークスタイルに応じてコーナーに多様性を設けつつ、コミュニケーションを誘発するパブリックゾーンを大きく確保。空間に冗長性を持たせた。(写真提供:西川公朗)

  • 大手自動車部品メーカー・デンソーの名古屋オフィス(2017年)。新たな価値の創造や社内外の交流を促すことを目的に、多機能なシェアスペースを設計した。(写真提供:長谷川健太)

設計図と一緒に機能やサービスも提案。
空間の具体像を示して可能性を広げていく

成瀬

いまは東京・国分寺の保育事業者から相談を受けて、子ども園のような保育施設をつくる構想を一緒に練っています。
現状の幼稚園では場所が足りないことに加えて、子どもと保護者と保育士の関わり合いに課題があるそうで、それはひょっとしたら場所の制約がコミュニケーションの制約を生んでいるのかもしれません。自分たちの持っているノウハウを保護者にもっと提供したい、働きたいお母さんを支援したいという思いはあるけれども、新しい施設をどうつくればそれが実現するか。キャッチボールを交わしながら、建築とアクティビティの設計を並行して進めています。

――コンサルティングですね。設計事務所の枠を超えているのでは。

成瀬

そうですね(笑)。

猪熊

多いです、そういう相談は。

成瀬

でもそれが私たちの特徴であり強みなのかもしれません。設計図と一緒に機能やサービスも提案できるので、クライアントはイメージしやすいと思います。「こういう場所があればこんなふうに保護者と話せそう」「そうすると、こういうこともできるかもしれない」と、イメージがふくらみますよね。空間の形として見せることで可能性を広げていくのが私たちの仕事なんだろうと思います。

猪熊

公共施設でよく見るのが、「交流スペース」と書いてある空間ですよね。でもそういうところで交流は生まれないでしょう。交流って何かの付随ですよね。仕事しながらちょっとしゃべったり、カフェで知り合いとばったり会って会話に花が咲いたり。具体的にそういうシーンを思い描きつつ、こういう部屋があればこういう雰囲気が出そうですよねと、誰でも分かる経験的な話と設計をセットにして提案すると、クライアントもぐっとイメージしやすくなる。設計と運用は分けられないと思っています。

成瀬

そういう考え方に共感して発注してくださるケースが増えています。国分寺の保育事業者の方も、私たちは保育園の設計の実績はそんなに多くないんですけど、シェアだとか空間と機能をセットで考える方針に共感してくださったんです。

猪熊

建築家も、空間のとらえ方や目標とする社会のあり方を問われる時代になったということなんでしょうね。これまでは個性や存在感が建築作品の評価の1つの基準だったけれども、僕らの世代は一緒にこういうものを目指しましょうというビジョンの方がより上位にあって、設計は手段であったほうがしっくりくる。何を作りたいというコンセプトはまだもやもやとして曖昧なんだけれどもビジョンは共有している、そんな人たちからの依頼が圧倒的に多いです。

シェアスペースは類型化されたものの間にある

――シェアスペースに類型はあるのでしょうか。

猪熊

類型がないのがシェアスペースの特徴だと思います。シェアの概念が台頭してきた背景には近代の構造の限界があると話しましたが、それこそ近代の産物はどれも「ザ・類型」です。オフィスもそうだし、住まいにしても公営住宅や一戸建ては画一化されている。
建築設計資料集成という設計の教科書があるんです。医療、福祉、教育、宿泊といったジャンルごとに設計の方針が書いてあって、これはまさに類型化の最たるもので。

成瀬

基礎はもちろん大事なんですけどね。

猪熊

そう。でも、シェアスペースはこのジャンルのどれにも当てはまらないんですよ。保育園のページを開いてもカフェと一緒というものはないし、ここにあるのは単体機能のものばかり。「コミュニティ施設」という謎の項目はあるけど、それをいうなら会社だって会社コミュニティですよね。こういう類型化されたものの間にあるもの、あるいは全く類型化できないものを扱うのがシェアスペースではないかと思います。

全てが個別解で、オーダーメイドの住宅設計に近い

猪熊

例えば、シェアハウスは住居ですけど、合宿所は宿泊施設であるにも関わらず、研修施設があるくらいで構造はシェアハウスとおおむね一緒です。ゲストハウスにしても、滞在が短いとか出入りがバラバラというくらいで造りは研修施設とほぼ同じだし、ベッド付きのコワーキングはというと、これもまたほぼ同じなんですよね。
シェアをキーワードにすると、いろいろなものが切れ目なくつながってしまう。まさに類型化する時代の終わりを表象するようなもので、それが面白いんです。紋切り型で大量生産していた時代とは明らかに違って、全部が個別解ともいえる。シェアってマジックワードだなと思います。

――シェアスペースをつくるということは千差万別のニーズを形にしていくことなんですね。

成瀬

そう、全部バラバラなんです。住宅の設計に近づいてるって前に話していたくらい。

猪熊

僕はオーダーメイドの住宅の設計に近いと思っています。住宅の場合はそれぞれにまるで違いますよね。リビングがなくてダイニングがすごく大きいとか、子どもはいるけど子ども部屋はつくらないとか、個々の家庭の意向に応じたものを昔から建築家はつくってきました。ところがオフィスになると、なぜかみんな同じなんですよね。
ここへ来て、ようやくオフィスもシェアのコンセプトを取り入れるようになってきた。組織にとっての住宅らしきものをオーダーメイドする時代になったということかもしれません。

WEB限定コンテンツ
(2018.6.16 杉並区の成瀬・猪熊建築設計事務所にて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Chihiro Ichinose





『シェア空間の設計手法』(学芸出版社、上)は猪熊氏・成瀬氏が責任編集者を務めた書籍。シェア空間のある49の事例を紹介している。

『シェアをデザインする――変わるコミュニティ、ビジネス、クリエイションの現場』(同)では起業家やクリエイターがシェアの最前線を語る。猪熊氏・成瀬氏らによる編著作。

成瀬友梨(なるせ・ゆり)

一級建築士。1979年愛知県生まれ。2004年、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 修士課程修了。2005~06年、成瀬友梨建築設計事務所主宰。2007年、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 博士課程単位取得退学。2007年、成瀬・猪熊建築設計事務所を共同設立。東京大学助教、東京理科大学非常勤講師などを歴任。

猪熊純(いのくま・じゅん)

一級建築士。1977年神奈川県生まれ。2004年、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 修士課程修了。千葉学建築計画事務所を経て、2007年、成瀬・猪熊建築設計事務所を共同設立。首都大学東京助教。愛知県立芸術大学非常勤講師。

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