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自分のアイデアから始め、それを批判的に見つめ直す

人々に愛される意味を創出する2つの原則とは

[ロベルト・ベルガンティ]ミラノ工科大学 教授

2017年7月15日、東京大学にて開催されたシンポジウム「イノベーションをデザインする――デザイン・ドリブン・イノベーションの意義と展開」でのロベルト・ベルガンティ氏の講演内容を紹介する。(主催:立命館大学デザイン科学研究センター、共催:東京大学大学院情報学環)

ある製品やサービスを手放せないと思うとき、それはまるで恋に落ちているような状態です。他では代替できないという唯一無二の存在になれるのは、その製品やサービスに何か意味があるからです。他よりベターな機能を持っているというだけでは、そこまでほれ込むことはできません。自分にとって絶対的な価値となるその意味を人々は愛するのだと前編で説明しました。

では、どうやって意味を作っていけばいいのか。アイデアがあふれる中で正しい方向を見出すにはどうすればいいか。留意すべき原則が2つあります。

新しい方向を探るとき、ユーザーの意見は頼りにならない

原則の第一は、「内から外へ」です。意味を創出するには自分自身から出発するということです。ユーザーや識者など外部の人を巻き込んでいくのはその後なのです。

イノベーションを起こす手法として、デザイン思考やオープンイノベーションが人気を集めています。新しいソリューションを作りましょう、ではオープンイノベーションで“外から”足がかりをつかみましょうと考えるわけです。何かを改善するときはそのアプローチでもいいでしょう。しかし新しい方向を探るときには妥当ではありません。方向を変えるときに適用するものと、ソリューションを考えるとき、すなわち問題解決のイノベーションを起こすときに適用するものは違うのです。

大手メーカーであるハネウェルの事例はそれを示しています。電子機器や産業機械などを扱う同社にはアイデアが豊富にありました。中にはサーモスタットもありました。試作型を作った中には、ネストラボが作って大ヒットしたものと全く同じ製品* もあったのです。しかし、試作型をユーザーに示したところ、評価がよくなかった。そこでハネウェルはこのアイデアをお蔵入りにしました。奇妙な話ですよね。後にネストラボが自動制御のサーモスタットを販売したら空前のヒットになったというのに。

これはつまり、新しい方向を探るとき、ユーザーほど頼りにならないものはないということです。ほしいものをユーザーは最初は理解できないんです。

「人々はあなたが愛さない製品を愛してくれない」

ファーストフードのマクドナルドも、最初はユーザーに理解されませんでした。開業当初、1940年代の米国では車で店に乗りつけ、ウェイターが注文を取りに来るのが常識でした。しかしマクドナルドは顧客がカウンターで注文するセルフサービス方式を掲げた。これは痛烈な批判を浴び、オープン直後は完全に失敗していたのです。創業者のマクドナルド兄弟がユーザーの話を聞いて、ウェイターに車まで接客させるやり方に変えていたら、今日の世界的な成功はあり得なかったことでしょう。

ユーザーは改善のための助けにはなります。しかし、新しい意味のあるものを創り出すときは助けにならないんです。何が好きかと聞いても、その人が愛してくれるようなものは作れない。従って、意味のイノベーションの第一歩は、あなたの心の中から出るもので作らなくてはいけないのです。

アップルの共同創設者の1人であるスティーブ・ウォズニアックの言葉が思い出されます。アップル創業時、コンピュータがほしいと考えるユーザーはいませんでした。当時のコンピュータは大型で、企業しか持てないようなものでしたからね。しかしアップルはパーソナルコンピュータを開発した。それをどうやって発明したのか、2014年にインタビューした際に尋ねたんです。すると彼は「人々が愛するものを作りたかったんだ」と言いました。単にそういうビジョンから始まったということです。

その後の発言も実に興味深いものでした。「人々はあなたが愛さない製品を決して愛してくれないだろう。もし、あなた自身が愛せないのであれば、彼らはそれを嗅ぎ付けるんだ」。好きでもないことをやっていると、人はそれを察知するのです。そして、そのようにして世に出されたものを人々が愛してくれることは、ゼロではないにしても非常に稀なことでしょう。

ユーザーから始めていけないわけではないのです。ただ、ユーザーよりも、より高く、より多く考えなければいけない。自分から始めると自然とそうなります。そしてまた自分のことだけを考えているわけでもないのです。人々が愛してくれるものを私がどう考えていくかということです。

よい父親のようにユーザーを思い、ビジョンを描く

英国のロックバンド、コールドプレイの曲『Fix You』は、人生の困難に直面したパートナーを支える(fix)ことをドラマチックに表現していますが、その中の次の歌詞は意味のイノベーションの本質をよくとらえています。

「最善を尽くしても成功しない ほしいものを手に入れても それが必要なものとは限らない」

人々に製品やサービスを提供するということは、そのユーザーの人生に影響を与えるということです。提供されたものの意味がよいかどうかを決めるのはユーザーですが、人々が望むものが必ずしも彼ら自身によってよいもので、必要なものとはいえないのです。ものごとの意味を刷新しようとするとき、それが道徳的に適切かどうか、意味を提供する側が吟味しなければなりません。

そのためにも意味の創出は自らの内からなされなければならないのです。人々のことを気にかけ、必ずしも全ての人がほしいものでないとしても、自分が本当にほしいと思うもの、他の人も必要としていると思うものを追求していくのです。自分の視座から見て、人々にとって真に意味があると思えるもの、人々の生活に可能性を広げるものを提供していくことが意味のイノベーションでは求められます。

そうした態度を「よい父親像」に見立てたのは、フィリップス・デザインの前CEOであるステファノ・マルツァーノでした。「ユーザーはいつも自分が望むものを知っているとは限らない。我々は市場の要求に単に従うのではなく、新しいビジョンを提案する。私はよい父親のメタファーを使う。父親とは子どもが望むものをただ与えるのではなく、より意味のあるものを与えるものだ。父親はビジョンを追求しているのだ」と彼は説いています。

子どもがほしがるままキャンディを与える父親よりも、散歩に連れ出してヘルシーなおやつを買い与える父親の方が望ましいと思いませんか。父親としては、よりお金も時間もかかります。でもやるんです。それは父親のビジョンがあるからです。本当に我々が顧客のことを気にかけるならそこから始めなくてはなりません。よき父親のように顧客を思うのです。それで人々の生活をよりよくしていくものを提供する。そういうものに対して人々は恋に落ちるわけです。底流にあるのは愛なんですね。


ミラノ工科大学は、1863年に設立されたイタリアの国立大学。工学・建築学・デザインの分野で6学部と12の研究機関を持つ。
https://www.polimi.it/


ロベルト・ベルガンティ氏のウェブサイト。
http://www.verganti.com/

* ユーザーによる細かい温度管理はせず、センサーでユーザーが好む温度や作動時間などを感知して学習し、システムで自動制御するというもの。

新しい価値は目前にある。
しかし、古い方向を見ていると認識できない。

さて、ここでもう一度、ウォズニアックの言葉を思い出してみましょう。彼は、あなたの愛するものを人も愛するとはいいませんでした。「人々はあなたが愛さない製品は愛さない」といったんです。では、あなたが愛するものを人も愛してくれるということをどうやって確認し、正しい道を探っていけばいいのでしょうか。

2007年、アップルがiPhoneを発表したとき、マイクロソフトの当時のCEO、スティーブ・バルマーは「ハッハッハ! 500ドル?」と高笑いをしました。「世界で最も高価な電話で、しかもキーボードもないので電子メールを送れない。法人顧客は嫌うだろう。それで500ドルもするのか?」と、iPhoneの失敗を決めつけました。

いまならバルマーが間違っていたと私たちは理解できます。しかし、当時は多くの人がバルマーと同じ反応をしました。実は私もその1人でした。メールもできない携帯電話に誰が500ドルも出すのかと疑問に思ったものです。

でもiPhoneはただの電話ではなかった。さまざまな娯楽を提供してくれるデバイスであり、携帯電話のあり方を変えた、まさに「新しい意味」だったんです。バルマーを含めた私たちはそこを見逃していました。

新しい価値は目前にある。でも意味あるものを体験するときに、古い方向を見ているとそれが見えないのです。ネストラボのサーモスタットと同じような製品をずっと前から考えていたのに、開発を見送ったハネウェルがまさにそうでした。

ものごとを批判的に見つめ、アイデアを見直す

1つの方向を見ているときは他の方向が見られないのです。アイデアが目前にあっても認識できないとはそういうことです。これを避けるには、かけている眼鏡を変える、つまり異なるフィルターをつかむことです。ものごとを批判的に見つめ、アイデアを見直すのです。

「批判精神」、これこそが意味のイノベーションの原則の第二に挙げられるものです。

ネストラボでサーモスタットを開発した元アップル社員の2人は、レストランでアイデアを検討したといいます。そのやりとりはこんな具合でした。マット・ロジャースに「スマートホームのビジネスをしよう」と誘われたファデルは「それはないよ、誰もスマートホームなんてほしくないし、あれはマニア向けに過ぎない」といったんは断ります。それでもロジャースの熱心な誘いに心を動かされ、そうして2人で会社を作ったんです。

「それはないよ」という一言で2人は違う方向を向き、お互いに挑み合いました。その挑み合いがなければネストラボは生まれなかったことでしょう。意味のイノベーションを追求するときは内から始め、しかし同じ方向にばかり行かないように批判精神を持たなければなりません。自分発でなくてはならないけれども、出てくる発想を批判的に見つめなければならないのです。

「内から外」で意味をつくり、「外から内」で問題解決を図る

我々は企業と連携したプロジェクトを数多く経験する中で、意味のイノベーションを起こすためのプロセスを構築してきました。それについても手短に説明しておきます。

人々は製品やサービスを購入するのに、どんな意味を求めているのか。その意味のイノベーションをもたらすには内から発して外へ向かう洞察がなければなりません。そしてまたそこには独りよがりに陥らないための批判精神も問われます。

意味の部分、製品やサービスの方向が固まったら、ではそれをどう具体化するかというソリューションのイノベーションに軸を移します。実践的でクリエイティブな問題解決のために、ユーザーや外部の専門家の手も借りながら、外から内へと解決策を練磨させ、具体的なアイデアづくりに励むことになります。

この講演では時間の制約でイノベーションのプロセスや方法論の説明が限定されたが、ベルガンティ氏の著書『突破するデザイン――あふれるビジョンから最高のヒットをつくる』(日経BP社)に詳細がつづられている。

『突破するデザイン――あふれるビジョンから最高のヒットをつくる』p.19、p.27の図版を元に作成

挑み合い、批判にさらされる関係を徐々に広げていく

意味のイノベーションのプロセスは以下の通りです。それぞれの関係において挑み合い、批判にさらされるというこの手法においては、特別なテクニックは使いません。子どもがティーンエイジャーになって新しい人と出会い、新しいやり方でものを見始めるのと同じことをするのです。

まずはストレッチから始めましょう。自分の中で立脚点となる仮説を打ち立てます。プロジェクトのメンバー個々に、どういうものを人々が愛すると思うかを考えてもらいます。

次にペアになって、それぞれの仮説を検討します。スパーリングです。互いの挑み合いはあるものの、守られた会話による相互作用は、まだあいまいなビジョンを強化するのに役立ちます。

次が衝突と融合です。非公式に組織の外で強く協働するグループを私はラディカルサークルと呼んでいます。多少のずれはあったとしても、おおむね同じ方向を見ながら建設的に批判し合うことで、より新しく強力なビジョンが導き出されます。最初からここまでで3か月くらいかける心づもりで取り組んでください。

その後、さらにひねりを加えます。解釈者すなわち各分野の専門家に、築き上げた仮説に異なる視点を提供してもらうべく問いかけをしてもらうのです。外部の人に会うのがプロセスの最初でなく最後であることに注意してください。解釈者とのセッションを終えて戦略の調整が済めば、後は実行あるのみです。

贈り物をするときのようにイノベーションに取り組む

最後にもう1つ付け加えておきましょう。人々が愛してくれるもの、意味あるものをイノベートしたいときは、大事な誰かに贈り物をするのと同じように考えるのです。というのも、贈り物をするという行為もまた、「内から外へ」「批判精神」という2つのマインドセットが問われるものだからです。

パートナーに贈り物をするとき、「何がほしい?」と聞いたりしませんよね。あくまで自分の心の中から発したものでなければなりません。そうでないと友達から入れ知恵されたなと、すぐに嗅ぎ付けられてしまうでしょう。

しかし一方で、批判精神も必要なんです。自分発ではあるけれども、パートナーのための贈り物なんですから、相手にとって意味のあるものは何なのかを自分で理解するのです。相手を観察する、相手の変化に応じて見方をリフレームする、相手をよく知る人に相談する、新しい視座を与えてくれるような人と検討を重ねるといったことも有効です。

パートナーをユーザーに置き換えてみてください。ユーザーのために何かを作るということは、どこかの誰かのための贈り物をこしらえることでもあるのです。そういう気概を持ち続けることで、人々が愛してくれるものを作り出せる可能性はより高くなります。

WEB限定コンテンツ
(2017.7.15 文京区の東京大学本郷キャンパスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Kei Katagiri

(『突破するデザイン――あふれるビジョンから最高のヒットをつくる』p.35の図版を元に作成)

ロベルト・ベルガンティ(Roberto Verganti)

イタリア ミラノ工科大学教授。専門はリーダーシップ論、イノベーション論。大学でマネジメントとデザインのコースを担当する一方で、経営者に対してデザインとイノベーションのマネジメント教育を行うMaDe In Labを指揮する。マイクロソフトやボーダフォン、アレッシィや任天堂など、100社以上のイノベーションプロセスとその課題を研究している。著書に、『デザイン・ドリブン・イノベーション』(クロスメディア・パブリッシング)、『突破するデザイン あふれるビジョンから最高のヒットをつくる』(日経BP社)。

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