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京都カルチャーを肌で感じる新しいホテル&アパートメント

アパートメント部分に住むクリエーターが場の求心力を高める

[ホテル アンテルーム 京都]Kyoto, Japan

  • 学生寮をリノベーションして集客力のある宿泊・賃貸施設に変える
  • ギャラリースペースや各種イベントでクリエーターの入居を促進
  • 京都カルチャーの新たな発信地として注目を集める

金閣寺、銀閣寺、三十三間堂、二条城、そして、清水寺。いずれも京都を代表する観光名所であるが、実はすべて、京都駅の北側に集中している。誤解を恐れずに言えば、京都の観光はほぼ「北側がすべて」なのだ。ところが京都の南側、京都駅から徒歩15分という立地に、あるホテルがオープンすることになった。2011年春のことだ。手がけたのは、目黒のデザインホテル「クラスカ」を企画・設計したUDS。高い企画力、設計力は広く知られている。

「学生寮だった建物をリノベーションしたのがこのホテルです。立地としては決して恵まれたとは言えない場所だったので、工夫が必要でした」とUDSの中西氏は語る。

元々、建物全体の3分の1は学生寮としてそのまま残すことになっており、残り3分の2の部分について提案する中で、すべてホテルにするという案もあったようだが、やはり立地の面で集客は見込めない。観光客の多くは北側のホテルに宿を取るからだ。そこでUDSでは、半分を南側にあってもある程度の需要が見込めたアパートメント(賃貸住宅)にすることにした。とは言え、それだけでは建物全体の魅力としては弱い。

「京都の伝統は本当に素晴らしいものですが、現代アートや音楽など、今の若い人達のカルチャーシーンもしっかりあります。それを等身大で伝えていける場所にすれば、一度修学旅行できたからと敬遠している若い人達もまた来たいと思えるのではないかと思いました」(中西氏)

余白のある空間は人が集まることで“成長”する

アンテルーム京都に入って驚くのは、エントランスの奥におよそホテルとは思えないギャラリースペースが広がっていることだ。そしてそこには、京都発のアートワークが飾られている。まさに「京都カルチャーによるお出迎え」だ。このスペースはもとの建物のスケルトン構造をそのまま活かし、あえて「そっけない空間」(中西氏)にしている。そこにアートワークや人々が集まることで、魅力的な空間に育っていくのだ。

カルチャーを紹介するだけに留まらず、「カルチャーを醸成する」ための工夫がなされている点もこのホテルの魅力であろう。一つには、アパートメントの存在が挙げられる。「可変性や余白のある空間が好まれていると思う」と中西氏が言う通り、現在、多くのアーティストやクリエーターが暮らしている。アパートメントエリアには共用のキッチンスペースもあり、ここでは居住者同士がちょっとしたパーティを開くなど、交流の場としても機能している。

定期的に開かれるイベントも、このホテルの魅力だ。オープン当初はUDSが主導して開催していたが、最近では居住者を中心に京都のアーティストたちが自ら企画し、トークイベント、音楽イベントなどを積極的に開いている。イベントには居住者だけでなく、宿泊しない一般客の参加ももちろん可能。アンテルーム京都のホームページでは各種イベントの詳細が目立つように掲載されており、その点も一般のホテルとは一線を画している。

同じ空間で暮らすアーティスト同士の触れ合い、そしてホテルの外から入る一般客との触れ合いを通じて、京都のカルチャーが刺激を受け、磨かれていく。このムーブメントの拠点になりつつあるのが、このアンテルーム京都なのだろう。

アンテルーム京都の外観。京都の街並みに合う、ひっそりとした雰囲気が特徴だ。
ちなみに、記事トップの写真はテラス付きのダブルルーム。シンプルながらディテールにまで配慮の行き届いたインテリアが、居心地の良さを感じさせてくれる。
http://hotel-anteroom.com/

ギャラリースペース。さまざまなタイプのアートワークを紹介できるよう、ホテルのエントランスとしてはあえてシンプルな内装になっている。

ホテルの客室。上はツインルームで、下はダブルルームだ。客室にも多くのアートワークが飾られており、作品はいずれも購入可能。ラウンジに行けば全作品のカタログを閲覧することもできる。

  • 京都のアーティストが数多く暮らすアパートメント。室内はカスタマイズも可能であり、アーティストの感性を刺激する。

  • レストランやラウンジでは、定期的に様々なイベントが催されている。気軽にアート、カルチャーに触れることのできる場だ。

  • アパートメント内には共用のキッチンがあり、ここでは居住者同士が一緒に料理をしたり、パーティを開いたりしている。

  • エントランスに入るとすぐ目に飛び込んでくる、京都の現代アートの数々。写真は京都を拠点に世界で活躍する名和晃平氏の作品だ。
    Kohei Nawa Swell-Deer 2010 / mixed media Courtesy of SANDWICH, Kyoto

家のようにくつろげる雰囲気が
ビジネスパーソンの集中力を引きだす

家をイメージしているとの言葉の通り、ここは“ホテル”ではなく、まさしく“家”のような落ち着いた雰囲気に包まれている。そのため、もちろん出張時などに活用するのもおすすめだ。「自然光が入り、窓の外に緑が多く見えるラウンジが1階にあるのですが、ここが特にビジネスマンの方から『静かで仕事がはかどる』とご好評いただいています」(中西氏)。もとが学生寮だったということもあり、ホテルの部屋はそれほど広く設計されていない。そのぶん1階の居住性を高めているため、多くの宿泊客が自室から1階に降りて自分の時間を過ごしているようだ。

「京都カルチャーの“今”を伝える」という特徴を明確に定めたことに加えてホテルの宿泊料金を低めに設定した点なども受け、現在、ホテルの稼働率は9割を超えているとのこと。国土交通省の宿泊旅行統計調査(平成23年)によれば、京都府の客室稼働率は62.4%。その中で稼働率9割は突出している。

中西氏は「こうした遊びを取り入れた空間は、おもしろいと言っていただけることはあっても、それが事業に結びつくかどうかは、また別の問題です。京都という“場の力”が大きかったのかもしれません」と言う。3年目を迎え、アンテルーム京都では、よりユニークなイベントやコンテンツを生み出していくことを考えているようだ。

空間に強い求心力があれば、そこでコミュニティが生まれ、新たな文化が醸成される—。「場を作る」ことにおける成功事例の一つであることは間違いないだろう。

WORKSIGHT 04(2013.06)より

2013年3月、ホテルアンテルーム京都と同じコンセプトを持つ施設が大阪・池田にオープンした。大阪は京都と異なり、ホテル機能はなく、全体がアパートメントとして構成されているものの、共用キッチンがあるなど居住者同士が触れ合える場は健在。大阪カルチャーの発信地として期待されている。
http://www.anteroom-apartment.com/osaka/

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