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優れた「仕事体験」の提供がオフィスの役割

「生活×仕事場」でオフィスは都市の一部になる

[ジェレミー・マイヤーソン]ヘレン・ハムリン・センター・フォー・デザイン、RCA 特任教授

私はヘレン・ハムリン・センター・フォー・デザインなどでの活動のほか、WORKTECH* アカデミーのディレクターを務めています。WORKTECHではワーカーのウェルビーイング向上に資するフォーラムが数多く設けられていますが、この分野に対する企業の関心の高まりを感じます。かつての「社員の生産性をどのように改善できるか」「どうすれば社員をより頑張らせることができるか」という課題意識は影をひそめ、今では「どうすれば気持ち良く働けるのか」に主眼が移っているわけですね。

また、「どのように社員により良い“仕事体験”を提供できるのか」というテーマも企業は抱えています。生産性から幸福に移行したのと同じように、効率から体験/経験に移行しようとしているのです。

これはなぜか。企業が生産性向上に力を入れた結果、生産性が低下するという皮肉な現象が起きているからです。

照明や音響がもたらす心理的快適さが生産性を高める

欧米の先進国、特にイギリス、ドイツ、アメリカでは、ホワイトカラーの職場は生産性の面でうまく機能していません。原因として挙げられるのは、ワーカーの気持ちが「オフィス」にないことです。

ワーカーが職場に不満を抱え、心ここにあらずの状態で働いていたとしたら、どれだけ設備の効率化を進めても効果はあげられません。生産性を高めたいのなら、まずワーカーのウェルネスとやる気の改善に着手しなければならないのです。

照明ひとつとっても、企業はオフィス環境を改めていく必要があります。以前は機能性を元に明るさが設定されていました。例えば「書類を読むのに適切な明るさ」「部品を組み立てるのに適切な明るさ」を考えていたわけです。しかし今は「心地よい明るさ」、つまり心理的な快適さが求められます。これは微妙ですが明らかに異なるアプローチです。

照明や音響といった設備は業務に関係ないと考えがちですが、知的労働は頭の中でこなされます。工場の生産性のように、処理のスピードや精度を客観的に測ることが難しい。だからこそ、人々がより良い気分になり、そしてより一生懸命になり、より意欲的に仕事に関与するようになるもの、つまり生産性を高めるものとして、これらを無視することはできないのです。

自分が何かの一部であると感じさせ、職場との関係をより良くする

職場での体験/経験をどのように改善できるか――これは効率よりはるかに広い概念です。自分が何かの一部であると感じさせ、職場との関係をより良いものにする、そのためにオフィスデザイナーやマネジャーたちは、ホテルでの体験や小売店舗でのカスタマー体験を管理するのと同じ方法で職場での経験を管理しようとしています。

例えばイギリスのヘルスケア企業であるブーパ社では社員のウェルネスの増進に力を入れています。オーストラリアで不動産事業を展開するレンドリース社はウェルネス分野の責任者を置き、福利向上に取り組んでいます。

ウェル・ビルディング認証** という国際認証制度もできました。認証を得るには一定の基準をクリアしなければなりません。空気や飲食物の品質はもちろんのこと、終日デスクに座ったままにならないよう、さまざまな場所で運動や仕事をする機会を提供しているかといった点も評価されます。

オフィス革命は今まさに進行中なのです。1世紀以上に渡って職場は“完全密封”され、プライベートと完全に切り離されていました。仕事をするにはオフィスに行って専用ツールからデータにアクセスしなければならず、私服で出勤することもあり得ませんでした。社員はオフィスにいる間、人生を一時停止しなければならなかったのです。

しかし最近はカジュアルな服装で出勤できるようになってきましたし、オフィスの一角にカフェが設けられて飲食の自由度も格段に高まりました。人々はオフィスの中だけでなく、外でも働けるようになってきています。となると、オフィスに行く目的は仕事をするためというより、人と会うためという色合いが濃くなってきます。オフィスはより社会性を帯びた、都市の一部としての顔を持つようになってきたのです。

仕事と生活のプラットフォームが同じになった

前編で、オフィスの進化のステップとして、効率を重視する「テーラリスト・オフィス」、コミュニケーションを重視する「ソーシャル・デモクラティック・オフィス」、人やモノをデジタルでつなぐことを重視する「ネットワークド・オフィス」があること、さらに都市との有機的なつながりやワーカーの生活と仕事の融合を重視する「フュージョンオフィス」の時代へ進んでいくだろうと説明しました。

WeWorkのような企業が今やWeLiveに移行しようとしているのは驚きではありません。「生活×仕事場」の試みは1990年代後半にも見られました。今では多くの人が家で仕事をしていますし、出勤前にもメールチェックをしたりします。オフィスに着いたら着いたで仕事の合間にフェイスブックを見たりする。スマートフォンには部下からの報告メールも、友人からのテニスの誘いのメールも入ってきます。

要は仕事と生活のプラットフォームが同じになったということです。ネットワークド・オフィスからフュージョンオフィスへの変化は視覚的にはとらえにくいですが、本質的な部分では大きく変化していると思います。

好むと好まざるとに関わらず、ますます多くの人が週末に働くようになるでしょう。「企業が自分の人生を支配している」とか「制度が自分の人生を支配している」と嘆くことになるかもしれません。終業ベルが鳴って退社すれば仕事から解放された時代はもう過去のもので、今はそうとは限らない。常に仕事がそばにある状態なので、とても複雑です。


ヘレン・ハムリン・センター・フォー・デザイン(Helen Hamlyn Centre for Design)は、人間中心のデザインとイノベーションをテーマに、企業や団体とも連携しながら研究活動やデザイン提案を行っている。1999年1月、ヘレン・ハムリン財団の支援を受け、RCA(イギリス王立芸術大学院:Royal College of Art)内に創設された。
http://www.hhc.rca.ac.uk/

* WORKTECH(ワークテック)
働き方やワークプレイスの未来について考えるフォーラム。 2003年にロンドンで始まった。2017年は世界16都市で順次開催される。
WORKTECHアカデミーはフォーラムで得られた知見や事例を元に、グローバルコミュニティ全体で知識体系や課題解決策の構築を目指す。

** ウェル・ビルディング・インスティテュート(WELL Building Institute)による、入居者の健康と生産性に配慮したビルを評価する制度。

ビジネスの技術的側面だけでなく
社会的側面も管理するのがスマートビル

技術の進化がワークスタイルに与える変化ということでいえば、人工知能の発達は1つのトピックといえるでしょう。一部の職種は人工知能に取って代わられることもあるでしょうが、これは取り立てて新しい現象ではありません。これまでも機械化により事務員や工場の組立工が転職を余儀なくされてきたわけですから。

本当に興味深いのは人工知能、ニューラルネットワーク、インタラクティブ・コンピューティングといった技術が、ワークプレイスにどんな波をもたらすかということです。コンピュータを増強された知能とみなして、人間が制御し、管理し、活用して、より多くの仕事が生まれる可能性もあります。

全てがネットワーク化されたスマートビルでも、セキュリティやエネルギー制御などにおいてロボットが活躍することになるでしょう。IoTの進化により、その変化は避けられないと思います。

ビル全体が1つのシステムで有機的につながる

1990年代から続いてきたビル管理システムは、冷暖房や換気、エネルギーなどのシステムを制御するものです。一方で、セキュリティ、訪問者管理、照明といった他系統のシステムがあります。これらはシステムを共有していないため、有機的なつながりを持つことができません。

しかしスマートビルではインテリジェントビル管理システムが稼動します。各デバイスがインターネットで接続され、きめ細かい制御ができるようになりますし、ユーザーのスマートバッジや携帯電話、タブレットなどを通じて建物内の人物の動きを全て検出することもできます。しかもこのシステムはオープンプロトコルで提供されているので、実現のハードルは技術的にはそれほど高くありません。

ゆくゆくはビル内の全ての重要な機能を一括管理できるようになるでしょう。また、ビルの中にいる人々の行動を、1つのビジュアルインターフェイスでリアルタイムに観察し、対応することができるようになります。

近い将来に待ち受けるこうした変化を、オフィスデザイナーやファシリティマネジャー(施設管理者)は十分に理解しておかなくてはなりません。建物を管理するということは、単にビジネスの技術的側面だけを管理するのではなく、社会的側面も管理することになるからです。

ビル内の人の動きを把握し、作業プロセスを提案することも

ユーザー個々のフィットネスブレスレットを通じてデータを収集し、各人の快適さやストレス、建物の周囲状況までも監視するようになるでしょう。誰かがスマートカードや携帯電話のアプリを使ってオフィス内のレストランで何か注文したら、その人のその日のカロリー摂取量も分かります。そうしたデータを建物の熱と光に照らして調整することができれば、システム全体の有機的制御が可能になるはずです。

あるいは、施設管理者には建物内に誰がいるか一目瞭然なので、「プロジェクトメンバーがいま全員建物内にいるので、会議を開くとよいのでは?」などとメッセージを送ることもあるでしょう。建物自体が作業プロセスを促すことになるわけです。こんなふうに考えると、スマートビルの可能性は無限です。

従って、これを管理する人々には高度なスキルやセンスが問われることになります。人事、不動産、ITが一体化され、最高技術責任者のような人がウェルネスを担当する、そんな未来が見えます。それは20~30年も先の話でなく、4〜5年の間に実用化されるでしょう。

将来のファシリティマネジャーの役割は高度にデジタル化され、今とは全く趣が異なってくるはずです。多くのスタートアップ企業ではエクスペリエンス・マネジャー(経験豊富なマネジャー)と呼んでいるそうですが、うなずける話ですね。管理の対象がもはや「施設」ではなく「人」だからです。私の知人には「バイブマネジャー」もいますよ。社内の「雰囲気」を演出してみんなの意欲を引き出し、生産性を高める役割を担っているということです。

WEB限定コンテンツ
(2017.1.27 ロンドンのヘレン・ハムリン・センター・フォー・デザインにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Saori Katamoto

ジェレミー・マイヤーソン(Jeremy Myerson)

ヘレン・ハムリン・センター・フォー・デザイン、RCA 特任教授。RCA(Royal College of Art)卒業後、デザインジャーナリスト、編集者として出版物『デザイン』『クリエイティブレビュー』『ワールド・アーキテクチャー』でジャーナリストや編集者として活躍。1986年に『デザインウィーク』を創刊し、初代編集長を務める。1999年にRCAでヘレン・ハムリン・センター・フォー・デザインの設立に携わり、2015年9月まで16年間指揮した。2015年10月にUnwiredと共に、未来を見据える世界的な知識ネットワーク「WORKTECH Academy」を設立。韓国、スイス、香港のデザイン機関の諮問委員会に参加。Wired誌の「英国で最も影響力のあるデジタルテクノロジー分野のリーダー100人」にも選出されている。‎

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