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経営戦略としてのオフィスデザイン

オフィスでの体験は今、ブランドである

[天野大地]ゲンスラー アンド アソシエイツ インターナショナル リミテッド プリンシパル、デザインディレクター

ゲンスラー社は1965年にサンフランシスコで創立した会社です。私たちの会社がユニークなのは、オフィスの設計というものを初めて本格的に始めた設計事務所であるということ。「ワークプレイス」という言葉も、実はゲンスラーが創ったといっても過言ではありません。オフィスというものは、お客様のビジネスと非常に密接な関係があります。ビジネス戦略上お客様が会社の規模を拡大するとなれば、オフィスの拡張が行われます。そこにお付き合いする形で、ゲンスラーもアメーバーのように成長してきました。ですから、ゲンスラーのDNAには「お客様のビジネス戦略に合わせて設計活動をしていく」ということが非常に強く刷り込まれています。

ゲンスラーは現在、世界46拠点にオフィスがあり、およそ4700人の社員が働いています。各拠点間のネットワークも強固で、たとえば1つのプロジェクトに対し、拠点をまたいでグローバルなチームをスピーディーに編成できるシステムも整っています。また、ゲンスラーには27の専門分野があります。お客様の業種ごとに、法律事務所などの「プロフェッショナルサービスカンパニー」、金融関係の「ファイナンシャルサービスカンパニー」、薬事系の「サイエンス&テクノロジー」などのほか、建築のタイプごとに、空港などを手掛ける「アビエーション」、スタジアムなどをつくる「スポーツ&エンターテイメント」、超高層ビルや巨大ショッピングモールを設計する「トール&ビッグ」などがあります。提案を行う際には、そうした専門分野の人たちをクロスミックスしてチームをつくることを積極的に行っています。

なぜそうするのか。1つには働く環境の多様化があります。ご存じのように、今オフィスワーカーが働く場所はオフィスだけではありません。空港でも仕事をするし、カフェでも仕事をする。そうなると、一元的にワークプレイスデザイナーだけが考えるのでは対応できないんですね。また、オフィスのあり方も業種ごとにまったく違います。ここはみなさんあまり突き詰めて考えていないかもしれないのですが、例えば、IT企業のオフィスのあり方とローファームのオフィスのあり方はまったく違います。ゲンスラーではそこをきちんと差別化し、特化させて理解した上で、クロスミックスして提案をする。そういうスタンスで仕事をさせていただいています。

そうしたチームで手がける仕事は、6cmのワインボトルのラベルデザインから600mの上海タワーの設計まで、非常に多岐にわたります。これができる理由は、自分たちがやっていることに対し、垣根の意識がないからです。多くの企業では、自分の仕事に対しテリトリー意識が強く、「私の仕事だから入ってこないで!」となると思うのですが、ゲンスラーの場合、創業者のアート・ゲンスラーが言っていた「お客様のために何ができるかを考えよう」が全員の意識の根底にあります。ですから、お客さんのためにはチームにいろんな人を入れよう、となるわけです。


ゲンスラー社は建築、デザイン、プランニング及び戦略コンサルティング業務をグローバルに展開するデザイン設計事務所。東京のオフィスは南青山にあり、オフィスのインテリア設計からリテール、ホテルのデザイン設計まで幅広く行っている。
http://www.gensler.com/offices/tokyo


約20年前、アジア初の拠点としてスタートしたゲンスラーの東京オフィス。グローバル企業のアジア戦略に合わせるように、現在は上海、香港、シンガポールなど9拠点に広がっている。

左脳的な病院食を、
右脳的なおいしい体験にブリッジする

オフィスをデザインするときは、何よりもまずお客様のビジネス戦略を理解するところから入ります。オフィスづくりを投資と考えるならば、その投資は何のために行うのか、どういうリターンを求めているかを、経営者の方とのセッションなどを通じ、まず明確にする。その上で、何をつくるかのプライオリティ付けをしていきます。

ここで私たちが大切にしていることがあります。それは、そうやってできたフレームワークを「どう体験化するか」ということです。言葉で考えたもというのは、いわゆる左脳的な発想なんですよね。賢くて、非常に栄養学的なんです。要は病院食。病院食はバランスが取れていて、食べていればおそらく健康になります。でもおいしくないじゃないですか(笑)。人間は、やはりおいしいものが食べたいんです。ですから、そうした左脳的な発想を、右脳化してストーリー化することが必要です。そこをブリッジすることが、私たちのデザインプロセスにおいて一番大事にしていることだと言えます。さらに、そのストーリーをデザイナーが語れ、且つ、お客様も語れるようになることを非常に重視しています。

ブランドは体験からつくられる

そして現在、これはブランド戦略でもあります。今私たちが強く感じているのは、企業が社員にどう働いてもらいたいかを社内外に伝えることがブランディングになっているということです。ブランディングには流行があり、最初の頃に重視されたのはロゴなどのシンボルでした。次にプロダクトが来て、その次に来たのが人です。例えばビル・ゲイツが前面に出てマイクロソフトという会社をショーケースするといったことですね。そして今、それが体験になった。要は、会社で働く人たちがどう動いてどう話して何をするかといったことが、基本的に一番その会社を表しているという考え方です。ですから今、どういうオフィスをつくるかはますます重要になってきています。

こういう話をすると、自分たちにはハードルが高いと思う方もいらっしゃるかもしれません。私はよくお客様に、オフィスづくりは山登りに似ているという話をします。つまり、誰かが「俺はエベレストに登る」と言っても、それに必要な装備や準備期間がなければ登れないのと同じで、経営トップだけがエベレストを目指すと言っても、そこに総務や社員の人たちが付いてこられなければ、結局登れないんですね。その逆も然りで、総務さんが「自分たちは高尾山に登る」と言っても、経営者が納得していなければそれもできないわけです。

ですから私たちが心がけているのは、オフィスのユーザーである社員と、経営者をきちんとブリッジするインターフェイスになるということ。どんな山に登るかは会社によって違うわけです。そのお客様にとっての山を明確にし、それをトップとユーザーがきちんと理解し、そのための準備をして、私たちも含めて一緒に山を登ろうと。その意識をつくりあげるのも、私たちのデザインの一部です。

自分たちの仕事の特性を考えてオフィスをテーラーする

今、お客様もオフィスづくりに関して非常に熱意があり、勉強もされています。ただ、日本の企業の場合、自分たちの業種の特性を本当の部分で理解していなかったり、ユーザーが本当に何を求めているかまではわかっていなかったりという場面がやはり見受けられます。オフィスというものは、本当は自分の家をつくるのと一緒で、それぞれの会社、それぞれのインダストリーごとにもっと細かく、丁寧につくった方が絶対にいいんですよ。今フリーアドレスがトレンドだからうちもやる、ということではないわけです。自分たちの業種や仕事の特性というものを、もっとディープダイブで見て、考える必要があると思います。そこをデザイナーたちと一緒にきちんと考えてつくりたいと思えるかどうか。出来合いではなくテーラーでオフィスをつくる、そのために経営者と社員とデザイナーが一緒に1つの山を登るという気構えを持つ。これが、これからのワークプレイスづくりにおいて一番重要なのではないでしょうか。そうすれば、きっといい山に登れると思います。

WORKSIGHT 特別号(2014.12)より

欧米のオフィスを日本に持ち込むときには、その企業の持っている雰囲気を踏襲しつつ、いかに日本のサイズや文化に合わせてきちんとテーラーし直すかがポイント。現在のトレンドであるアクティビティ・ベース・ワークプレイスで言うと、アメリカだとフォーカスルームは4人部屋だったりするが、日本では2人が標準だな、といったことを考えながら日本らしいバランスにしていると天野氏は語る。

ゲンスラーが手がけた
欧米と日本のオフィス



上: フェイスブック(米国 カリフォルニア州 メンローパーク)
下:フェイスブック ジャパン(東京)
photo:ナカサアンドパートナーズ



上:オグルヴィ・アンド・メイザー・ニューヨーク(米国)
下:オグルヴィ・アンド・メイザー・ジャパン(東京)

天野大地(あまの・だいち)

AIA, LEED®AP BD+C プリンシパル ゲンスラー東京オフィス兼アジア地区デザインディレクター。ワークプレイスデザインのエキスパートとして東京オフィス、アジアリージョンを牽引する。常にクライアント企業のビジネス戦略を視野にいれ、ワークプレイスコンサルティングとインテリアデザインを融合させたアプローチにより、プロジェクトゴール達成へ導いている。

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