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コンピューテーショナルデザインで未踏のクリエイティブ領域へ

委ねることで新しい価値が生まれる

[豊田啓介]株式会社noiz パートナー、株式会社gluon パートナー、株式会社AI-feed共同代表

設計デザイン事務所「noiz」や、都市とテック領域でのコンサルティングを手掛ける「gluon」など活動の場をいくつか持っていますが、起点はnoizです。コンピュータプログラムを活用してデザイン、設計、構造、環境性能などをシミュレーションする「コンピューテーショナルデザイン」を積極的に取り入れているのが特徴です。

デザインの可能性を飛躍的に高めるコンピューテーショナルデザイン

僕はコンピューテーショナルデザインを米国コロンビア大学で学び、その後ニューヨークの SHoP Architectsに勤めて実務に導入するようになりました。この手法をアジアベースで展開してみたいと考え、日本に帰国してnoizを立ち上げたんです。

設立してしばらくは、社内で作ったプログラムに変数処理などを加えて仕上げたデザインや図面を納品していましたが、次第にそのプログラム自体をクライアントから求められるようになりました。個別の与件を踏まえつつ、ユーザーが探索したい方向に特化したデザインデータを生成できるようなプログラムは世の中にありません。僕らの作るプログラムはそこをカスタム対応するもので、業種を問わずモノづくりに携わる方にとっては間違いなく可能性を広げてくれる方法だし、今後より必須になっていく感覚だと思います。

建築模型にたとえるならば、従来のように手作りすると、5、6個作るだけでも大変な手間と時間、コストがかかるけれども、プログラムを活用すれば短時間で数万通りのシミュレーションを行うことができる。デザインの可能性が飛躍的に高まるわけです。

顧客のニーズを汲んだニュアンスをプログラムに反映

プログラムを作るには技術力に加えて、より効果的かつ実効的な結果を導く論理モデルの構築が不可欠ですが、この論理モデルの質を左右するのがデザイン・設計に関するノウハウや経験知です。

例えば、ウサギの形をデザインするとしましょう。コンピューテーショナルデザインを取り入れるということは、ウサギの形を粘土をこねるように直接扱うのではなく、むしろその背後にある遺伝子を組み換えるようなものです。ある要素を1つ変えることで、ウサギの耳が3本になったり、毛の色が変わったり、あるいはたてがみができたりするかもしれません。粘土をこねて作るウサギと違って、人間の常識を超えたデザインを施すことが可能です。

ただしそれを実現するには、どの遺伝子をどう操作したらほしいウサギができるか、その対応関係に勘を働かせる必要がある。顧客のニーズを汲んだニュアンスをプログラムに反映しなければならないのです。ちょっとパラドックシカルですが、デジタルなアプローチの効果をより高めるには、より現実的なモノの世界を知っている必要があるんです。

そうした既存の建築領域とデジタル領域双方での知見の蓄積と技術力を見込まれて、次第に「デザイン×テクノロジー」あるいは「建築×テクノロジー」といった具合に、テクノロジーの進展を受けて未来がどう変わるか、そこでどんなビジネスのビジョンが描けるかといったコンサルティング業務を依頼されることが増えました。通常の設計業態よりもずっと広い視野が必要になってくることもあり、コンサル業務に特化したgluonを、同じ可能性を見ていたパートナーと立ち上げたというわけです。

人間では探索しきれない可能性の領域に行けることがAIの強み

コンピューテーショナルデザインの一番の面白さは、人間だけで考えたら絶対たどり着けない可能性を試せるところにあります。例えばコンピュータの囲碁プログラムであるアルファ碁がプロ棋士を破ったことは、人間が何百年もかけて蓄積してきた囲碁の知見領域をAIが超えたことの証といえます。人間では探索しきれない可能性の領域に行けることはAIの1つの強みです。

建築や都市のデザイン領域はルールのレイヤが固定された囲碁よりはるかに複雑で、僕らが探索できていない可能性は相当あるはず。その未踏の領域に行ける可能性を高めるものが、デジタル技術であるということです。

もちろん、コンピュータが弾き出した設計図でそのまま施工や開発に進めるとは限りません。法規制や地盤との兼ね合いなど、異なる指標を複合的に、かつ建築実務でするような判断で評価することは今のところAIの苦手な領域です。ただ、実世界に存在するさまざまなタガのうち、どれか1つを仮定的に外すことで爆発的に視界が広がり、その外したタガを後からつなげる工夫ができればとてつもなく大きな価値が生じる可能性はいろんなところにあるはずです。デジタル技術は常識のタガをうまい具合に外して、僕らを未踏の世界に適合させてくれる道具でもあるのです。

室外機置場を無数のフィンで覆い、建物のシンボルへと転換

noizでコンピューテーショナルデザインを実務で活用した事例としては、「SHIBUYA CAST.」(東京都渋谷区)が挙げられます。立地的に建物正面に室外機を置かねばならないという難しい条件があったのですが、それを逆手に取って、室外機置場を無数のフィンで覆い隠し、建物のシンボルへと転換しました。

この時作ったプログラムでは、通気性、開口率、視認率などをフィンの配置やサイズ、角度のパラメーターとして設定しました。光の反射、人の動き、季節の移り変わりなどに応じてフィンのパターンが常に変化して見えるようにプログラミングしたんです。何千個というパネルの動きの組み合わせを考えることは人間には無理ですけど、コンピュータを使うことで感覚的に操作するインターフェースから用意できます。

建物前面の広場もコンピュータを使ってデザインしています。スペース一帯の緑地率が決められているものの、樹木の本数や緑化した壁面積が緑地率に影響するため、組み合わせは無限に広がります。

どこか一部を変えると全体を計算し直さないといけないので、アナログでやると大変な負荷になるのですが、プログラム上ではグラフィカルにデザインを確認できます。どこか一部をずらしたり削ったりすると、全ての条件を満たす形で全体がズズーッと連動して変わっていくので、より感覚的、本能的にデザインできるようになるわけです。

未踏のデザイン領域にたどりつきたいという欲望を満たすと同時に、複雑な与件に対応できる設計パターンを探る意味でも、コンピューテーショナルデザインは非常に魅力的です。


株式会社noiz(ノイズ)は、コンピューテーショナルデザインを取り入れ、建築、プロダクト、都市、ファッションなど多分野に渡って設計・製作・研究などを行う建築デザイン事務所。2007年設立。東京と台北に拠点を持つ。パートナーは豊田氏のほか、蔡佳萱氏、酒井康介氏。
https://noizarchitects.com/


株式会社gluon(グルーオン)は「建築・都市」「テクノロジー」「ビジネス」を軸に、領域を横断して新しい価値を生み出すコンサルティングのプラットフォーム。2017年より豊田氏、金田充弘氏、黒田哲二氏で共同主宰。
https://gluon.tokyo/


株式会社AI-feed(アイ・フィード) は、3Dデータと現実空間を融合することで、機械学習・強化学習といったAI やAR・VR・MRなどの先端テクノロジーの社会実装に取り組むベンチャー企業。小松平佳氏と豊田氏が代表取締役を務める。2018年8月設立。
https://ai-feed.com/

  • SHIBUYA CAST.の正面外観。noizはファサードデザインとランドスケープデザインを担当した。(設計:日本設計/写真:川澄・小林研二写真事務所)

  • SHIBUYA CAST.のフィン。中央部にある室外機バルコニーをフィンで覆い、時間の経過とともに変化させるパッシブ・ダイナミックなデザイン。(写真:川澄・小林研二写真事務所)

  • 台湾のITRI(工業技術研究院)が設けた経済特区の中核研究施設「Central Taiwan Innovation Campus」。7000枚以上のフィンの角度や密度を遮光や開放性などに合わせて設置した。(写真:阿野太一)

  • 「Watering」seriesで開発した、ビニール素材のテーブル。柔らかい構造が全体を支えるという〝感覚に矛盾した体験〟を形にしている。(写真:noiz)

設計や施工を包括的な視点で具体化する

台湾のITRI(工業技術研究院)が設けた経済特区の中核研究施設「Central Taiwan Innovation Campus」(台湾・南投県)の外装設計では、100メートル四方の建物の外壁をフィンで囲いました。

内部空間によって異なる要求される採光や日照の度合いやプライバシーのレベルによってフィンの角度や配置をパラメトリックに調整しています。研究施設なので、将来ダクトやパイプが外壁に付加されても施設としてのシンボル性を維持できるようにしたいという、クライアントの要求にもうまく応える仕上がりになりました。

この案件では変わった形を提案するだけではなく、コンピュータを使ってコスト面の最適化も図っています。生成されたデザインでそのまま作れば7000枚のフィンを全てユニークな形にしなければならなかったのですが、シミュレーションを重ねた結果、3種類のパネルをある条件で配置すると、人間の目では違いが分からず、なおかつ所期の機能も満たせることが分かったんです。

コンピューテーショナルデザインを活用することで、機能性と意匠を融合すると同時に、工期やコストの合理性も高い次元でバランスできる可能性が高まります。全体を包括的な視点で具体化することが、これからの設計事務所の役割であると感じます。

ビニールの物理的特性を生かした、存在感のあるプロダクト

「Watering」series* というプロダクト開発のプロジェクトでは、分厚いビニールをグニャグニャと曲げたパターンでテーブルやスタンドを作りました。水のような透明感と波のような柔らかさを持つ構造が集まって強度を得て、全体を支えるという不思議な存在感を発揮します。

これはやっていることは単純そうに見えますけど、デザインや製造のプロセスは複雑です。物理シミュレーションが設計過程に組み込まれていないと実現できません。

ここで使ったプログラムは、フリーハンドで曲線を描くと、ビニールが持つ弾性をコンピュータが計算して実際にビニールが安定する形として描き直してくれるというものです。しかもその安定した状態が四角形の外枠に接線でつながって、全体がきれいに四角形に収まるようにしているので、ぐるぐると曲線を描くと、出来上がるパターンはその都度ユニークだけれども、必ず四角形にきれいに納まります。

デザインを確定すると、ボタンと穴の位置を示したビニール製の展開図が自動的に生成されます。穴にボタンを留めていくと、デザイン通りの形が実際にできてしまう、というわけです。

* 「Watering」series の曲線構造を持つプロダクトは、BAO BAO ISSEY MIYAKEポップアップイベントの店舗内装にも展開された。

コントロールしきらないことで
多元的な新しい価値を生み出したい

什器のデザイン1つとっても物性が入ってきた途端に難易度は一気に上がります。まして建築や都市といったレベルになると、デザインは格段に複雑になる。その全てをデザインすることはできません。どこをデザインして、どこをデザインしないかという判断が設計者に問われてきます。

そもそもデザインというものは、特に20世紀のデザインに言えることですが、全てを徹底的にコントロールしきる〝徹底の美〟があったと思うんです。でもいまはむしろ、どこをそこそこコントロールして、どこをそこそこコントロール「しないか」を考えることがむしろポイントになりつつある。委ねることで生まれる価値をうまくつかまえることに重きが置かれている気がするし、僕としてもそこを大切にしたいと思っています。

徹底したコントロールで生まれる美もそれはそれで意味があるけれども、それとは違う価値をコンピュータを使って探索してみたい。ここでいう新しい価値というのは美しさだけでなく、機能、コスト、耐久性なども含んだもので、多様な価値が同じ領域で扱えるのがコンピューテーショナルデザインの面白さでもあるでしょう。

美と機能は対立概念だと思われがちですが、同じパラメーターで扱える可能性はたくさんあるし、その境界は意外にあいまいなんだということを示していけたら面白いですね。

デジタル化が進むほど、職人的な要素がものをいう

新しい価値を提供するという役割を果たすには、新しい技術をキャッチアップして、どのレベルで実用可能になっているかを常にリサーチし続けていかないといけません。そのため僕らはいつも新しい技術を遊びながら試して、機能、特徴、クセ、旧バージョンからの変更点などを把握するようにしています。

そういう態勢を維持しておくと、何か来たときにこれとこれを組み合わせると、こういうデザインや機能が実現できるはずだという肌感覚がチームに蓄積されていきます。新しいテクノロジーに触れながら自分たちの経験値をアップデートしていくということです。

なので、仕事の2、3割は「遊ぶ」ようにしています。新しいソフトやデバイスができて、面白そうだからやってみようとメンバーが自発的に取り組むこともあれば、僕らのコラボレーション先が持っているプロトタイプ技術を研究対象として提供してもらうこともあります。クライアントに頼まれてもいない仕事をどれだけやり続けるか。長い目で見たとき、その蓄積が力になります。

コンピュータやテクノロジーを使いこなす一方で、自分たちの中に蓄積されていくアナログの経験値が大事になるわけです。両者はトレードオフの関係でなく、互いに補い合い、高め合うものです。

仕事で付き合いのあるメディアアーティストやスーパープログラマーを見ていても、プログラミングのような分かりやすい技術のみならず、暗黙知や体験に裏打ちされたノウハウこそが能力の一部であると感じます。デジタル化が進めば進むほど、職人的な要素がものをいうという部分、やっぱりあると思うんです。コンピューテーショナルデザインの世界も同じで、そこが僕らの勝負どころであり、差異化の源泉にもなると思っています。

WEB限定コンテンツ
(2018.11.20 目黒区のnoizオフィスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Chihiro Ichinose

「オフィスにペッパーが2台いたときは、自分たちのダンスをスキャンさせたりして大いに遊びました」と豊田氏。そうした活動を通じてペッパーの特性や可能性を探求できたという。

豊田啓介(とよだ・けいすけ)

1972年、千葉県出身。東京大学工学部建築学科卒業。コロンビア大学建築学部修士課程修了。安藤忠雄建築研究所、米国NYの設計事務所・SHoP Architectsを経て、2007年より東京と台北をベースに建築デザイン事務所noizを共同主宰。コンピューテーショナルデザインを積極的に取り入れた設計・製作・研究・コンサルティング等の活動を、建築からプロダクト、都市、ファッションなど、多分野横断型で展開している。東京藝術大学芸術情報センター非常勤講師、慶応大学SFC環境情報学部非常勤講師、情報科学芸術大学院大学 IAMAS非常勤講師。EXPO OSAKA/KANSAI 2025 招致会場計画アドバイザー。

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