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「経営」の導入で工芸を再生に導く

顧客コミュニケーションを見直せば工芸メーカーは立ち直る

[中川淳]株式会社中川政七商店 代表取締役社長 十三代

「日本の工芸を元気にする」。これが中川政七商店のビジョンです。

1716年の創業以来、手績み手織りの麻織物「奈良さらし」を扱ってきました。伝統工芸を継承する一方で、現在は「遊 中川」「中川政七商店」「日本市」といったブランドを展開し、幅広く生活雑貨や茶道具などの製造・卸・小売も手掛けています。直営店は全国に40以上。工芸をベースにしたSPA* 業態を確立しました。

また、工芸メーカーへのコンサルティングも行っています。「ものを売る」視点ではなく、「ブランドをつくる」視点で、有限会社マルヒロ(波佐見焼「HASAMI」/長崎)、バッグワークス株式会社(業務用カバン「BAGWORKS」/兵庫)、株式会社タダフサ(「庖丁工房タダフサ」/新潟)など、10社近くの会社の経営改善を成功に導いてきました。コンサルした会社の商品は当社の店舗にも置いているので、販売の面でもバックアップしていることになります。

工芸の世界に身を置く自分たちが旗振り役となって、各地の工芸の現場を再生させる。それが社長に就任してから僕が取り組んできたことです。

経営の家庭教師としてのコンサルティング

伝統工芸の世界は厳しい状況にあり、毎年、数軒の工房やメーカーからコンスタントに廃業の知らせが届きます。寂しいのはもちろんのこと、このまま行くとうちの会社の商品を作ってくれる職人さんがいなくなるという危機感があり、何とかしなければという思いに駆られました。そこで困っているメーカーの経営を手助けして、立て直しを図ることはできないかと思ったのがコンサルを始めたきっかけです。

例えば、長崎県波佐見町の陶磁器メーカー・マルヒロのコンサルでは、「有田の下請け産地」としてのものづくりから脱却を目指しました。「白くて薄い」という波佐見焼のイメージを覆す、カラフルでカジュアルな食器を作ったんです。結果として、これが大ヒットし、マルヒロは倒産寸前の状況から劇的なV字回復を遂げることができました。

日本の工芸界の最大の問題点は、“経営者がいない”ことです。元をただせば構造的な問題で、地域の生産者から商品を集めて販売を代行する産地問屋が実質的に経営の主導権を握っているんです。生産者は傘下の製造部門のような形で、オーダーに合わせて作っていれば問題なかった。

ところが、製造を海外に委託する動きが出て、産地問屋が機能しなくなっていきました。そうすると生産者は突然仕事がなくなって、自分たちで食べていかなきゃいけない。でも経営はしたことがないから右往左往するばかり。その子どもの世代が入ってきても、親に学ぶべきものがないから一緒にアワアワしている。それが今の中小メーカーの現状です。

僕がそういう会社を今のところほぼ確実に再生できているのは、「経営」がないところに「経営」を入れるからです。いってみれば経営の家庭教師です。予算表を作るところから始まって、原価管理や生産管理、在庫管理なんかをちゃんと教える。そういう当たり前のことを実践してもらうだけなので、悪くなりようがない。間違いなく良くなるんですよ。

そうやって経営者のマインドを変えつつ、ブランドを作りあげていくことも重要です。お客さんとのコミュニケーションのあり方が適切であればブランド力は高まり、競合との差別化が実現できます。メーカーはいい物さえ作れば売れると思っているけれども、そこに買い手であるお客さんへの配慮があるかどうか。それは意外に見落とされがちです。

商品ラインナップを絞ることが正しいコミュニケーションである

例えば‎「庖丁工房タダフサ」の事例では、900本あった包丁の種類を300種に絞り込む一方で7本のシリーズを新たに作りました。これさえあればまずは十分という「基本の3本」と、料理が上達したときにほしい4本です。

お客さんの細かい要求に応え続けた結果、900種類もの包丁が定番化したわけですが、そんなにあってもお客さんはどれを買えばいいのか決められません。より専門的に、たくさんの選択肢をお客さんに提供すべきというのは間違った認識で、間違ったコミュニケーションなんです。お客さんが買いやすくするためのコミュニケーションとして、あえてラインナップを減らしたところ、実際によく売れています。

問屋や消費者に言われた通りのものをひたすら作り続けて、何をどうしたらお客さんに響くのか、メーカーが分からなくなっているんです。だから、商品は多ければ多いほどいいと思ってしまう。でも、絞ってあげることがいいコミュニケーションなんです。

それから、アピールポイントがずれているケースもあります。あるニットメーカーのコンサルに行ったら、社長さんは挨拶もそこそこに自社で作っているという正方形の膝掛けを見せてくれました。「このニットで縦にしま模様を作れるのは日本でうちだけ」と胸を張るけど、向きを変えれば横のしま模様になるわけで(笑)。よくよく聞くと、炭素繊維が練りこまれて保温性が高いとか、お客さんの心に響くポイントは他にあるんです。

こうしたコミュニケーションのずれは非常にもったいないことです。ボタンのかけ違いを修正して、伝えるべきことを整理して正しく伝える。それが僕のコンサルの基本姿勢です。


株式会社中川政七商店は奈良で1716年に創業。麻織物、生活雑貨、茶道具の製造・卸・小売、経営コンサルティングなどの事業を展開している。従業員数275人、売上高41億7000万円(2014年)。
http://www.yu-nakagawa.co.jp/

* SPA
製造小売業。Speciality store retailer of Private label Apparel の略。


コンサル開業の宣言として出版したのが、中川氏の著書の第1作『奈良の小さな会社が表参道ヒルズに店を出すまでの道のり。』(日経BP社)だ。

奈良の「遊 中川」本店。余計な装飾のない端正なレイアウトは会社の姿勢にも通じる。(写真提供:中川政七商店)

顧客コミュニケーションの改善で
注目度が急激にアップ

ブランド力を高めることの重要性は自分の経験から学びました。先代の社長である父は、「世の中で売れているものに注目しろ、それに近いものを作れば売れる商品になる」と言っていた。いかに物を売るかという発想ですよね。僕はそれに違和感があって、いかに良いブランドにしていくかが重要だと思っていました。

僕がこの会社に入って翌年に「粋更 kisara」を立ち上げましたけど、最初は全然売れなかったんです。雑貨を扱うセレクトショップに営業に行っても取り合ってもらえなかった。これは商品が悪いわけじゃなくて、ブランディング、すなわちお客さんに正しく伝えられていないというコミュニケーションの問題だと思いました。

自分が消費者として商品を選ぶとき、ブランドは1つの指標になります。同じ機能で同じ価格の商品があったら、好きなブランドのものをやっぱり選びますよね。つまりブランドがあれば商品に下駄を履かせることができるわけです。

翻って自分たちの場合、売るものは商品ですけど、それをいかにいい環境で見せるか、その工夫が足りないと感じました。社内ではみんないっぱしのブランド気取りだけど、そんなことはまったくお客さんには伝わっていない。伝わらないからブランドとは認知されない中で、じゃあいかに伝えていくのかといえば、それはお客さんに近寄っていくしかないわけですよね。

そこで2006年、表参道ヒルズにフラッグシップショップとして直営店をオープンしました**。するとお客さんが大勢押しかけて、営業で断られたショップのバイヤーさんまで来てくれた。商品はなんら変わりないのに注目度が急激にアップしたわけです。だから、モノだけじゃないんですよね。いかに全体として見せていくかが大切だし、まさにそれはブランディングということ。分かってはいたことですけれども、まざまざと痛感しました。

コストを抑えるために販売を委託する小売メーカーは多いけれども、お客さんに伝えるためにはお店を持った方がいいと思います。もちろん場所があっても商売にならないことはあります。商売はそんな甘くないんです。でも、それを覚悟の上でもお店を持った方が、ストレートにお客さんとコミュニケーションできるので、結果としてブランドは強くなります。

自社のブランディングチームをコンサルする

メーカーの社長さんが自社の商品を盲目的に評価してしまう気持ちは分かります。自分の子はやっぱりかわいく見えますよね。だからこそ自分でもそこに陥らないように気を付けています。できるだけ偉大なる素人として、一般消費者として社内を見るように心がけています。

当社のブランドはブランドユニットと呼ばれるチームが統括していて、権限もかなり委譲しています。

ブランドユニットはブランドマネジャー、クリエイティブディレクター、マーチャンダイザー、スーパーバイザーという4つの役割で構成されています。人間の頭にたとえるなら、左脳がブランドマネジャー、右脳がクリエイティブディレクター、ロジカルなインプットをする感覚でマーチャンダイザーが左目、クリエイティブなインプットをするスーパーバイザーが右目という感じで機能しています。

僕は全体を見ているわけですが、最近は社内コンサルみたいな感覚で、ブランドユニットのコンサルをすることもあります。そうすると我が子かわいさの甘えもなく、割に客観性を保てますね。つい自分ごととしてとらえて手を出したくなるんですけど、距離感を保ちながらコンサル役に徹することで見えてくるものもあると思います。

工芸にとってはいい時代。今が正念場

コンサルは今のところ9件手がけて全て成功していますし、僕らの店舗もお客さんでにぎわっているけれども、工芸の未来は楽観視できません。廃業するメーカーは後を絶たないし、僕らが1社で一生懸命やったところでやれることは限られている。後継者不足も深刻で、産地そのものがなくなるケースもおそらく出てくるでしょう。その前に状況を変えられるかどうか。だから本当にお尻に火が付いている感じで、必死にやっています。

中でも郷土玩具は絶滅危惧種なので注目が集まるようにと思って2014年10月から始めたのが、「日本全国まめ郷土玩具蒐集」*** です。張子や鳩笛といった昔ながらの日本のおもちゃをモチーフとしたフィギュアを、ガチャガチャで販売するというもの。ガチャガチャを楽しんでもらいながら、今や絶滅危惧種となっている郷土玩具に興味を持ってもらい、さらに本物の郷土玩具を手に取ってもらいたい、存続の一助になりたいという思いがあります。

職人が時間をかけてしっかり作ったいいものに価値を見出して、ちゃんと対価も払おうというお客さんは増えていると思います。だから工芸にとっては今はいい時代なんです。この状況でちゃんとやれなかったら、もっと厳しい局面に立たされるかもしれない。今が正念場だと思っています。

WEB限定コンテンツ
(2014.11.6 コクヨ エコライブオフィス品川にて取材)

奈良の「遊 中川」本店。余計な装飾のない端正なレイアウトは会社の姿勢にも通じる。(写真提供:中川政七商店)

** 2012年に閉店し、新丸ビル店へ移転した。

*** フィギュアは海洋堂が制作。2016年までに47都道府県を代表する郷土玩具を揃える予定だ。

中川淳(なかがわ・じゅん)

1974年生まれ。京都大学法学部卒業後、富士通株式会社を経て、2002年に家業の中川政七商店に入社。2008年、十三代社長に就任。「遊 中川」「粋更 kisara」「中川政七商店」などのブランドを展開し、工芸をベースにしたSPA(製造小売)業態を確立。2009年からは「日本の工芸を元気にする!」というビジョンのもと、業界特化型の経営コンサルティング事業を手掛ける。著書に『奈良の小さな会社が 表参道ヒルズに店を出すまでの道のり。』『ブランドのはじめかた』『ブランドのそだてかた』(いずれも日経BP社)、『老舗を再生させた十三代がどうしても伝えたい 小さな会社の生きる道』(CCCメディアハウス)。http://www.yu-nakagawa.co.jp/

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