このエントリーをはてなブックマークに追加
person_nagaoka-2_main_1

作り手・語り手の体温が伝わる職場の条件とは?

ガラス張りの編集室は顧客と対話するという決意表明

[ナガオカケンメイ]D&DEPARTMENT PROJECT 代表取締役会長 d design travel 編集長

渋谷ヒカリエの8階で、新しいことを始めました。47都道府県をテーマとしたミュージアムを作り、僕がつながっている「地方に住む感覚のいい人」に東京から発信してもらう。地方で出会った食材や生産者とのつながりをカフェレストランで味わってもらう。ショップと観光ガイドブック『d design travel』の編集部を併設して、地方で見つけた民芸品・生活用品を対話しながら売る。この3つを同じフロアにある別々の店舗でスタートさせています。

編集部と一体になっているショップは、『d47 design travel store』と名付けました。全国にある5店舗の『D&DEPARTMENT PROJECT』と同様に、現代版民芸店を目指しています。ショップの中にお茶を出すスペースを作ったり、メダカを飼ったりしながら、少しでもお客さんと対話できるように工夫しています。

自分たちのブランド性、オリジナル商品の開発はしません。安く仕入れたもの(あるいは安く作らせたもの)をなるべく高く売るとか、ネームバリューをあげて原価のかからないものをオリジナル商品として高く売るとか、そういうことはやらない。

つまり、商売にならないやり方なんですが、「普通に正しく作られたものを値引きもせずに売りたい」。そうなると、上手に語って説明するしかないんです。

「商品+語り」がモノの価値を決める時代

今、商品の価値は「商品+語り」というように、形のない部分が大きくなってきています。消費者は「生活者」に変わりつつあり、商品を買うときも、消費する意識ではなく、「生活で使う」という意識から探すようになっている。そういう人たちは、生活道具を販売する、しかるべき店で買いたいと思っている。

その意味で、僕らは民芸店を目指しているんです。民芸店の大前提は、商品の成り立ちや使い方についてお客さんと対話しながら販売すること、つまり「商品+語り」にあるからです。

老舗の理論に「店主がいないところでは売り手の体温が伝わらない」というものがあります。僕がここに自分の席を作った理由もまさにそこ。この店では『d design travel』編集部が取材先で集めたものも売っている。商品には編集部による手書きのコメントが添えられていて、編集部員がふつうにレジに立ちます。

レジで「編集長いますか」と言える店

でもそれだけでは足りない。店主(=編集長)である僕自身が、お客さんから何かを聞かれたときに、すぐ答えられないといけない。

ここに来られた方は、編集部の様子がガラス越しに丸見えになっていることに驚きます。これは「みなさんと対話します」という僕らなりの決意表明。机の上が散らかっていてだらしないとか、夜中も作業しているとか、そういうところも見てもらう。

ガラスをノックすればみんな振り向いちゃう。すぐ横にレジがあって、「ナガオカさんいますか?」と聞かれれば、「いますよ」と呼ばれちゃう。つまり仕事はやりずらいんですが、その分だけ、「対話する時間を確保していますよ」と。問題があるとすれば、どれくらい僕の身体が保つか、そこぐらいのものです。

この『d design travel』というガイドブックは、「デザイン的観点で47都道府県のトラベル情報をセレクトした本」。同じフロアにある47都道府県をテーマとしたミュージアム『d47 MUSEUM』と密接に連携しています。その土地らしいデザインの伝統工芸やカフェ、ホテル、旅館、お店などを、編集部が実際に足を運んで確認しながら紹介します。

これまでに北海道、鹿児島、大阪、長野、静岡、栃木、山梨を発行しました。年3冊のペースで発刊していくので、2025年に全47都道府県が出揃うことになります。

渋谷ヒカリエ8階にあるd47のサイト。ミュージアム、ショップ、食堂が一体になったスペースで、47都道府県の魅力を「解説」してもらい、「味わい」、「買って帰る」ことができる。
http://www.d-department.com/8/

2009年に創刊された雑誌『d design travel』。デザインの観点から47都道府県の情報をまとめたトラベル・ガイドブックだ。最新号は山梨県特集。ワインや建築家・吉村順三氏が設計した竹早山荘など、見所が満載だ。

一個人がメディアになれる時代。
それに合わせて働き方も変える

2009年からこのガイドブックを作ってきていちばん驚いたのは、「これだけ取材拒否されるか」ということ。

僕らの媒体が知られていないことが一番の理由かもしれないけれど、「もう東京の取材はこりごり」という反応がすごく多い。誌面に載って一時期だけ火がついて、その後の落差の激しさから体調を崩しちゃったり、ちゃんと取材されずに載せられてトラブルになったという話も聞きます。

一方で、僕らが実際にその土地に2カ月間どっぷり住み込んで取材をしていくと、ローカルのタウン誌にも載っていないような人たちが、すごく格好いいことをやっていたりする。「今まで東京の人たちはどんなふうに地方を取材してきたんだろう」と戸惑いや疑問が沸きます。この問題意識も『d design travel』を進める大きな原動力になっています。

東京版だけ分厚い雑誌にはしない

ちょうど今、東京版の取材が進行しています。東京だからといってページ数を増やしたりはしない。他と同じく、カフェ4箇所、ショップ4箇所、キーマン4人、ホテル4箇所—-枠は決まっているから、おなじみのスポットはほとんど入れられない。

そういうのって、東京の人が一番「えっ」と思うのかもしれません。すごい数の取材候補を選別し、そぎ落としています。「住んでいる人には分からなくなってしまったその土地の魅力を、違う目線で整理整頓すること」がこの本の狙い。だから、東京の人が読んで、「東京ってこれなんだ」と発見できる本になるはずです。

『d design travel』には、編集長である僕が「いい」と思ったものしか載せていません。一個人としての僕のこだわりを嫌という人は買わないし、支持してくれる人は徹底的に付いてきてくれる。

一個人が発信していることに価値がある

今の時代、誰が発信したのか、誰が言っているのか、という「情報の震源地に対する目利き」がすごいじゃないですか。内容がよければ、「あの人の言っていることはいいよ」と、誰だかわからない一人のツイッターやブログ、フェイスブックの言葉が信用されて、広まっていく。このガイドブックのように、マスメディアのような顔をしたものですら、一個人が発していることをかぎつけた人はファンになってくれる。

一個人がメディアを持って発信していく、という流れは、僕らの会社組織も変えつつあります。とくにフェイスブックの影響は大きい。社員から僕宛に友達申請がくるようになりました。

彼のウォールには「この前トラベル誌で取材した陶器祭りにいきました」と書いてあって、僕が「いいね」と押す。「ああ、取材先のこと、気にしてくれているんだ。お前のプライベートっていいな」という感覚がこうやって生まれる。

昔なら無理だったと思います。自分の会社の社員がプライベートで何をやってるか、わからなかった。今は「友達」になっていればお互いに見えちゃう。ピラミッド型組織が崩壊して、働き方そのものが少しずつ変わってきました。

オリジナリティはオリジナルな働き方から生まれる

少し前ならば、会社の中心となる5人くらいのコアメンバーが結束して、それ以外のスタッフとは個別のコミュニケーションをとらずに、指示系統をはっきりさせていれば済んだのかもしれない。僕の場合、「ブログを書いたから読んでおいて」と言えばよかったし、それが本になればもっと読んでもらえた。

でも、今はそういうやり方では社員に伝わらない。ここで働く人の就職、仕事に対する考え方も変わってきている。今感じていることは、「自分たちが彼らの中に潜っていかないといけないかな」ということ。だから、古株のスタッフほど、若いスタッフの中に飛び込んでいきます。

アップルのスティーブ・ジョブズではないですが、オリジナルな事業をやるなら、組織の考え方からオリジナルにしないと無理だと思う。

うちの社員はd47食堂で皿も洗うし、料理の仕込みも手伝うし、フロアに立つし、梱包もするし、クレームも聞きにいく。僕だって昨日はずっと厨房で皿洗いをしていました。

「オレはデザイナーとして就職したのに、こんなクリエイティブでないことは嫌だ」とか文句を言う人にはむずかしい職場です。「皿洗いでこういう気づきをもらって感激しています」みたいな人でないと続かない。そして、こういう働き方をする会社だけが発する「何か」が必ずあって、それがお客さんに伝わると思う。

社員が辞める時は「いずれ戻っておいで」と言う

そういう職場だから、よその会社から経験豊富な人をいれるとペースが乱れます。その人にうちの働き方はこうだからと学習させるのはプライドもあるし、柔軟には変わらない。

この会社の仕事にジャンルはないんですが、大きな企業で働いていた人は、いろんなジャンルを兼任して部署で分けられない感じが許せない。いろいろ試してみて、キャリア採用はリスクが高いから、新卒採用だったり、前にうちで働いたことのある人から就職を募ることが増えています。

じつはうちの会社は社員の出戻りが多くて、全社員70名のうち20人くらいがそうです。1回辞めた人が戻ってきて働き続けている。逆に、「1回辞めないと良さがわからない」とも言われます。

だから、お別れ会では「また戻っておいで」と言って送り出す。昨日も一度辞めた人がレストランにご飯を食べにきて、その後もこのフロアをうろうろしていた。「戻ってこようかな」みたいな顔をしていたから、そういう人にはそっと裏口を開けておく。そうやって僕らの働き方を理解してくれる仲間を増やしていけるなら、すごくうれしいことだと思うんですよね。

WEB限定コンテンツ
(2012.5.8 渋谷ヒカリエ8階にて取材/取材協力: Creative Lounge MOV)

雑誌『d design travel』の編集部はショップスペースの中にある。ガラス張りになっており、買い物に来た客が中の様子を見られるようになっている。

ナガオカ・ケンメイ

1965年北海道生まれ。日本デザインセンター原デザイン研究所を経て、drawing and manualを設立。2000年、東京・世田谷にデザインとリサイクルを融合させた「D&DEPARTMENT PROJECT」を設立。2002年には、大阪の南堀江に2号店を開設。また、同年に60年代の商品をリブランディングした「60VISION」にも着手。現在は47都道府県の伝統工芸や地場産業を見直す「NIPPON PROJECT」を展開している。
http://www.facebook.com/kenmei.nagaoka

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

RELATIVE 関連記事

日本が誇るロングライフデザインはいま、どこにあるのか?

[ナガオカケンメイ]D&DEPARTMENT PROJECT 代表取締役会長 d design travel 編集長

RECOMMENDEDおすすめ記事

リーダー層に求められるバックキャストの思考法

[石田秀輝]東北大学大学院 環境科学研究科教授

SNS全盛の時代こそ、信念を貫き自分に正直であれ

[國分功一郎]高崎経済大学 経済学部 准教授

TOPPAGE