このエントリーをはてなブックマークに追加

企業とクリエイターの間に立ってコミュニケーションを仲介する

社内に「実制作」を持たないプロマネ集団

[諏訪光洋]株式会社ロフトワーク 代表取締役社長

ロフトワークはWEBサイト/メディア/サービス、そしてゲーム素材など、クリエイティブに関わる様々な企画・制作を手がける企業。僕たち自身は「クリエーションを通じてイノベーションを実現するクリエイティブパートナー」と表現しています。一般的に「制作会社」にはグラフィックデザイナーやWEBデザイナー、各種開発者など、クリエイティブスタッフが半分近く所属していることが多いですが、ロフトワークの場合、彼ら『クリエイター』は社内にひとりもいません。

ロフトワークが運営するクリエイターネットワーク「loftwork.com」には、イラストレーター、グラフィックデザイナー、プログラマー、ライターなど1万6000人を超えるクリエイターが登録しております。ロフトワークに依頼されたプロジェクトのクリエイティブ部分は彼ら外部のクリエイターが担います。

プロジェクトを受注すると、そのプロジェクトに最適と思われるクリエイターが登録クリエイターの中から選ばれ、オンライン上でバーチャルなプロジェクトチームが編成されるのです。

社内にデザイナーやイラストレーターがいないのは、僕たちが創業以来、貫いてきたポリシーです。それは、「クリエイティブを流通させることが僕たちの使命」と考えているから。クリエイターが自分の作品や仕事の実績を自由に公開できるデータベースをネット上に作り、そのネットワークをもとにいろいろなクリエイターと仕事をし、質の高い制作物を生み出す。それが僕たちの仕事の成果なのです。

「人づて」からの脱却を目指す

ロフトワークをつくろうと思ったのは1999年頃。そのころ僕はニューヨークでデザイナーをしていました。まだグーグルができたばかりのころで、ヤフーの検索サービスも「サーチャー」と呼ばれる6000人ほどのスタッフが手作業でディレクトリを作っていた。

そんな時代ですから、クリエイターがインターネットに自分のサイトを作り、作品や仕事の実績を公開しても、直接仕事につながることは少ない時代でした。仕事の見つけ方は、ほぼ100%人づてでした。

そんな中、オークションサイトのeBayがビジネスを拡大していて、企業間取引にもインターネットが使わるようになってきました。今まで流通していなかった情報がインターネット上で流通しはじめ、取引に関わるすべての人たちが「ウィン・ウィン」になるのを目の当たりにし、「クリエイティブもこんなふうに流通したら、クリエイターも企業も社会もハッピーになるんじゃないか」と考えるようになりました。

苦悩の結果行き着いた「プロジェクトマネジメント」

「クリエイティブを流通させるインフラをつくろう」と、ポータルサイト「loftwork.com」を立ち上げたのは2000年のこと。東京・渋谷区神泉のアパートに2人、ニューヨークに残った2人の計4人でスタートしました。

まずはたくさんのクリエイターにloftwork.comの存在を知ってもらい、登録してもらわねばなりません。カフェやデザイン関連のイベントなどでフライヤーを置くなど地道な活動の結果、少しずつ登録クリエイターは増えていきましたが、「クリエイティブを流通させる」というビジネスにおいては、手探りの状況が続きました。サイトにクラウドソーシング的な機能やECの機能を追加してもうまく使ってもらえない、実際僕たちのシステムも覚束ない状態でした。

そんな中で、企業とクリエイターが直接対話できるチャネルが唯一動き始めたのですが、それがなかなか上手くいかなかったんです。円滑なコミュニケーションが生まれ辛いというか……。ロフトワークはあくまでプラットフォーム提供役だったのですが、「なんでこうなるんだろう」とかなり悩みましたね。

それで気がついたんです。「企業とクリエイターの間には共通言語がないんだな」って。だったら僕たちが企業とクリエイターの間に立てばいい。両者のコミュニケーションを仲介する「プロジェクトマネジメント」を提供する会社にしようと考えたのです。

Web制作にプロジェクトマネジメントの概念を導入しようと考えはじめたのは2002年ころ。当時はシステムインテグレーターの世界でも、プロジェクトマネジメントという言葉はほとんど使われておらず、専門書も2冊くらいしかありませんでした。

そんな時に出会ったのがプロジェクトマネジメントの世界標準といわれる知識体系「PMBOK=A Guide to the Project Management Body of knowledge」でした。PMBOKは「スコープ(仕様)」「タイム(スケジュール)」「コスト」の3つをプロジェクトの3大制約条件とし、それらをコントロールすることでプロジェクトを成功に導くことを目指します。この知識体系を組織に取り入れなければ僕たちには未来がない、と考え必死で勉強しました。

ロフトワークでは、Web制作から印刷物、映像、モバイルコンテンツまで様々なデジタル制作・デザインを手掛けている。
http://www.loftwork.jp/

強さの秘密の1つは、日本最大級のクリエイターネットワーク「loftwork.com」。国内外のクリエイターや、クリエイティブが好きな人とつながるプラットフォームだ。
http://www.loftwork.com/

渋谷区道玄坂上にあるロフトワークのオフィス。2011年には西日本の拠点として、京都・烏丸にもオフィスをオープンした。

同社の「loftwork.com」
「loftwork.jp」「OpenCU」の3つのサイトは、クライアントとクリエイター、ロフトワークの3者をつなぐ架け橋になっている。上の図は、ロフトワーク会社案内の1ページ。全120ページと分量は多いが、雑誌ような作りになっており、「読み物として楽しい」「毎年楽しみにしている」と読者(?)から評判だという。同社のサイトで電子書籍版を読むことができる。

情報の「見える化」で
成果物の質を高める

プロジェクトごとに編成されたバーチャルなクリエイティブチームを1つにまとめ上げ、質の高い成果物を生み出すには、制作フローの中に隠れてしまいがちな「非効率性」を徹底的に「見える化」できる体制が必要です。そのような体制を作り上げるためのアプローチが、現在のプロジェクトマネジメントのベースになっています。

情報の見える化を実現するため、当社では2003年からエクセルとワードを用いたメンバーとの情報共有は全面禁止しました。たとえば複数のクリエイターとデータをやりとりするときなど、ワードの添付ファイルを送ると、どれがマスターだか分からず混乱が生じてしまいます。以来、情報はすべてウェブオリエンテッドで共有する形をとっています。

たとえばモバイルゲームのキャラクター制作など大量のイラストを一度に受注することがあります。ゲームはアイテムの出来不出来が売り上げを左右するといわれ、発注元の企業はイラストのディテールにまですごくこだわります。

クオリティの高いイラストを、100、200単位で用意しなければならないという状況で、複数のイラストレーターがオンライン上で同時に作業をしている。他のクリエイターの状況もオンライン上で見ることができるので、クリエイター同士でも刺激になっているようです。やる気が出るし、自分のスキルもあがっていく。こういう場を作り上げることが、僕たちの仕事のノウハウになっています。

バーチャルでのノウハウをリアルなチームへ

2010年にはクリエイティブの学びのネットワーク「OpenCU」をスタートさせました。クリエイティブの教育と知識共有がテーマです。もともとは「社内でやっていた勉強会を外部にシェアしよう」と始めたものですが、現在登録者は3000人を越えるまでに広がってきました。

OpenCUに登録するには、本名またはTwitterIDでの登録がルールですが、基本は誰でも登録できます。登録メンバーを見渡すとコンサルタントや名のあるアートディレクターなども登録しているようです。メンバーによるトークセッションやワークショップなどさまざまなイベントが開催されています。

こうした取り組みを通じてコンサルタントやトップ・デザイナーたちとリアルなつながりを持つようになってから、僕たちに求められるサービスの質が変化してきました。今までのように、成果物を作り上げ納品して1つのプロジェクトが終わる、というのではなく、サービスの部分まで一緒に作ってほしいという話が増えているんです。

OpenCUで築いたネットワークで、リアルなプロジェクトチームを作る。バーチャルとリアルの両方でプロジェクトマネジメントができるようになってきたのが、最近のロフトワークの面白さかな、と思います。

WEB限定コンテンツ
(2012.3.13 渋谷区道玄坂の同社オフィスにて取材)

渋谷オフィス内には、スタジオやイベント会場にも使えるスペースを確保。普段は打ち合わせなどにも利用される。大きな窓から自然光が差し込み、開放感があふれるスペースになっている。

「Open CU」とは、Open Creative Universityの略。クリエティブの学びを集合させるための試みだ。twitterやfacebook、Google+のアカウントがあれば、誰でも参加できる(ただし、匿名・所属組織の詐称などは禁止)
http://www.opencu.com/

諏訪光洋(すわ・みつひろ)

1971年米国サンディエゴ生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、JapanTimes社のFMラジオ局「InterFM(FMインターウェーブ株式会社)の立ち上げに参画。クリエイティブディレクターを経て97年に渡米。School of Visual ArtsでDigital Arts専攻、ニューヨークでデザイナーとして活動。2000年ロフトワークを設立、現職。
http://www.loftwork.jp/

 

RECOMMENDEDおすすめの記事

「経営」の導入で工芸を再生に導く

[中川淳]株式会社中川政七商店 代表取締役社長 十三代

TOPPAGE
2022年7月、「WORKSIGHT[ワークサイト]」は
「自律協働社会のゆくえ」を考えるメディアへと生まれ変わりました。
ニュースレターを中心に、書籍、SNS、イベント、ポッドキャストなど、
さまざまなチャンネルを通じてコンテンツを配信します。

ニュースレターに登録する