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デジタルが実世界を呑み込む「アフターデジタル」とは

顧客の行動データを体験価値に還元できるか

[藤井保文]株式会社ビービット 東アジア営業責任者、エクスペリエンスデザイナー

中国のデジタル化の進展はすさまじく、キャッシュレス化も進んでいて、都市部では現金を全く使わないような状況になっています。アリババの「アリペイ(Alipay)」やテンセントの「ウィチャットペイ(Wechat Pay)」といったモバイル決済が主流で、駅でもコーヒーショップでも現金を使うことはありません。この流れは都市部だけでなく中国全土に広がっていて、キャッシュレス率はまだ2割ほどでしかない日本とは大きな違いです。

キャッシュレスが浸透するということは、消費者のあらゆる購買行動がデータ化され、企業の戦略に反映されているということでもあります。その人の年齢層や性別といった情報と商品やサービスの購入履歴がひも付けられ、自分の好みやよく行くお店、支払方法までが、データによって把握できるようになるということです。

データ化は個々の消費者の支払い能力にまで及び、そのデータは信用経済や評価経済にまで活用されることになるでしょう。購買行動以外にも、さまざまな行動がオンラインデータとして取り込まれていきます。

中国を始め、エストニアやスウェーデンのようなデジタル先進国はすでにそのような状況にあり、いずれは日本を含む世界中にまで波及していくと思われます。

リアル世界がデジタル世界に包含される「アフターデジタル」

モバイル機器やIoTの普及で、デジタルによる社会システムのアップデートが起こると、現実世界でもオフラインがなくなるような状況になります。リアル世界がデジタル世界に包含されるということになるのです。こうした現象のとらえ方を、ビービットでは「アフターデジタル」と呼んでいます。

従来はオフラインのリアル世界が中心で、付加価値的な存在としてデジタル世界が広がっているという図式でした。この状態が「ビフォアデジタル」です。日本はいまビフォアデジタルの状態にあり、中国などの電子化が進んだ国はアフターデジタルの状態にあるということです。


株式会社ビービットはエクスペリエンス・デザイン支援事業として、UXデザインコンサルティングやUXグロースハック支援サービスを手掛ける。東京・大手町のほか、台北、上海にもオフィスを展開している。2000年設立。
https://www.bebit.co.jp/

企業の立場からすると、ビフォアデジタルは、店舗や担当者などリアル世界でいつでも会える顧客がたまにデジタルに来てくれるというイメージですね。一方のアフターデジタルは、デジタルで絶えず接点があり、たまにデジタルを活用したリアル世界にも来てくれるというイメージです。

日本企業はリアル社会での顧客接点を重視し、たまにオンラインで接点を持つというビフォアデジタルの考え方にとどまっている企業が多いですけれども、社会全体がアフターデジタルへ移行することを考えると、オンラインが主、オフラインが従となるという具合に視点を切り替える必要があるでしょう。

アフターデジタルの社会では、人は常にデジタル環境に接続している状態になり、現実世界での行動も含めたさまざまな行動データがオンラインに蓄積されます。従って、顧客接点を多く持ってデータを蓄積し、それをエクスペリエンスの良さに還元するという改善ループをいかに高速で回せるかが新しい競争原理になります。

アフターデジタル時代における成功のカギは、「OMO(Online Merges with Offline、またはOnline-Merge-Offline)」* というコンセプトにあります。これは、オンラインとオフラインが融合し、一体のものとしてとらえた上で、オンラインにおける戦略を考えるということ。「インターネットをビジネスにどう活用するか」ではなく、「オフラインが存在しない状態」を前提として、ビジネスを展開していくことが重要です。

日本企業が中国のデジタル環境を視察する「チャイナトリップ」

ビービットの事業ドメインは、UXのコンサルティングと、UXを創る力を育てるためのSaaS「USERGRAM」の開発・運用ですが、この他に日本企業向けに中国のデジタル環境を視察する「チャイナトリップ」を2016年12月から行っています。

チャイナトリップの目的はデジタル先進国の実情を体感してもらうことです。座学や議論も交えて中国の新しいビジネスの仕組みや競争原理を説明したり、デジタル店舗や先進企業を訪問したりします。それもアリババやテンセントといった有名どころだけでなく、例えば平安(ピンアン)保険グループ** を研究したりもします。

実施回数はこれまで約30回で、参加企業はメーカーやIT企業など約40社に上ります。おかげさまで評判も上々で、年を追うごとに実施回数や参加企業が増えています。

当然ながら中国の企業も全てをオープンにしてくれるわけではありません。我々は独自のネットワークを駆使して、内情を知る人に裏側を聞いたり、リサーチや研究を重ねて情報を集めたりしています。ビービットならではの中国での幅広いネットワーク、デジタルやユーザーエクスペリエンスに関する知見の深さやリサーチ力があるからこそ、一般の旅行会社の視察旅行と差別化ができているわけです。

(『アフターデジタル――オフラインのない時代に生き残る』(日経BP)p.46の図版を元に作成)

* OMOという言葉は、元GoogleチャイナのCEOである李開腹(リ・カイフ)が提唱した。

** ピンアングループは医療・健康支援アプリや自動車メディア、マイカー管理アプリ、デジタル決済とEC機能アプリ、家探しアプリなど多くのデジタルサービスを通じて総合金融サービスを展開。2018年末の中国企業の株式時価総額ランキングではアリババとテンセントに次ぐ第3位(約21兆3,000億円)につけている。

  • ビービットの東京オフィス「UX Square Tokyo」の空間の上質さは、さながらホテルのよう。藤井氏がいるこの場所は100名規模のセミナーも開催できるセンターホール。 このスライドショーではオフィスの様子を紹介する。

  • 入口からのアプローチ部分には古今東西の著名人たちの名言がずらりと並び、見る人に力を与える。

  • エントランス部分。ビービットのビジョンと共振するような本が置かれ、ゲストを飽きさせない。

  • ワークエリアはフリーアドレスで、一角にはスタンディングデスクもある。ワーカーの快適さを追求し、クリエイティビティを最大限に引き出す工夫が凝らされている。

  • ワークエリアと同じフロアにあるテラス。ランチ、ミーティング、イベントなど多目的に利用される。

アフターデジタルの世界のすごさは
ビジネスを動かす裏側のシステムにある

チャイナトリップの参加者には、ビジネスモデルやその裏側の戦略といった、より深いところを理解していただいたり、自社のビジネスに何かしら資するような収穫が得られるように心掛けていますが、そのために工夫しているのがツアーの構成です。

事例だけを見に行くというのは、それほど意味がないんです。例えば、無人コンビニを5店回ったからといって、必ずしも得るものがあるとは限らない。大体3店目ぐらいで飽きてきますしね(笑)。

アフターデジタルの世界で、本当にすごいのは店舗を動かす裏側のシステムなんです。そこはリアルで見てもすごさが分かりにくい。むしろ店頭に並ぶ商品の品質は日本の方がいいですから、なおさらすごさが分かりにくい。なので、アプリを実際に使うことも含めて、その奥に広がるアフターデジタルの豊かで使いやすい世界を体感してもらう必要があると考えています。

ツアーで得た学びの質が企業戦略の質に影響する

要は、顧客になることで企業が提供しているものの価値を実感するわけです。実体験を通してユーザーエクスペリエンスの部分や、なぜそれが実現できるかというビジネス側の仕組み、その裏にある経営思想など、奥に入っていけばいくほど、なぜこんなに豊かなアフターデジタル社会になっているのかが分かってきます。そうやってその価値を実感することと、背景や仕組みを説明することを繰り返すことで理解が深まります。

中には、デジタル化に成功している企業を辞めた人に話を聞くエキスパートインタビューというものもありまして、これは非常に面白くて人気も高いです。対価を払って話をしてくれるので、それなりに裏側の深いところまで聞くことができます。ただ、これを先に入れちゃうと、やっぱり理解が進まないんですね。参加者とのプロトコルが違い過ぎて、話が合わなくなってしまう。

ですから、座学、体験、インタビューの組み合わせが大事なんです。この構成が最もインサイトを得られるつくりだということは試行錯誤の末に分かってきたこと。ツアーで得た学びの質が参加企業のその後の戦略の質に影響すると思いますから、我々としても手は抜けません。

デジタルトランスフォーメーションとは、社会や顧客の変化を知り、追いつくこと

例えば、何か商品を買おうとして検索するのが当たり前と日本企業の方々は思うかもしれないけれども、中国ではもはや検索はしません。

WeChat上だけで全部行われていたりとか、Douyin(中国版TikTok)でいろいろ見るうちに、いいなと思ったものがあれば、そのままタオバオ(淘宝:オークションサイト)やアリババに行って購入する。そういう行動が当たり前になっています。いちいち検索エンジンで調べて、そこからECサイトに行って、というようなプロセスはもはや時代遅れなんです。

それを実感してもらうために、顧客としてUXを体験してもらうという導入があるわけです。消費者がユーザーとしてデジタル側の社会に移行しているという事実を受け入れることが重要で、企業が今までの論理で何かやっていても、そこにもう人がいないわけです。

デジタルトランスフォーメーションというコンセプトを、単に企業の実務をデジタル化するととらえる向きもありますが、そうではないんですね。ユーザー側も含めた社会全体がデジタルへと変容していることを踏まえ、ビジネスの基盤をそちら側へ移行させること、そこに本質がある。日本の企業にはそこを十分に認識してほしいと思っています。

WEB限定コンテンツ
(2019.8.29 千代田区のビービット東京オフィスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo:Kei Katagiri


藤井氏が主著者としてしたためた『アフターデジタル――オフラインのない時代に生き残る』(日経BP)。IT評論家の尾原和啓氏との共著。中国の事例をふんだんに織り交ぜながら、デジタルとリアルが融合する時代の企業のあり方を探っている。

藤井保文(ふじい・やすふみ)

株式会社ビービット 東アジア営業責任者/エクスペリエンスデザイナー。1984年生まれ。東京大学大学院学際情報学府情報学環修士課程修了。2011年、ビービットにコンサルタントとして入社し、金融、教育、ECなどさまざまな企業のデジタルUX改善を支援。2014年に台北支社、2017年から上海支社に勤務し、現在は現地の日系クライアントに対し、モノ指向企業からエクスペリエンス企業への変革を支援する「エクスペリエンス・デザイン・コンサルティング」を行っている。著書に『アフターデジタル――オフラインのない時代に生き残る』(尾原和啓氏との共著、日経BP)、監修を手掛けたものに『平安保険グループの衝撃――顧客志向 NPS経営のベストプラクティス』(きんざい)。‎

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