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「ビッグデータ」で儲けるための3原則

ビッグデータ時代には「仮説づくり」もコンピュータが担う

[矢野和男]株式会社日立製作所 中央研究所 主管研究長

ビッグデータという言葉が流通する以前から大量のデータを収集する技術やその分析に注力してきましたが、正直なところ、長い間泣かず飛ばずでした。最近になって成果を得られ始めたのは、ビッグデータを活用するポイントが見えてきたから。われわれは10年間、それに反することをして、ことごとく痛い目にあってきました(笑)。

最初に理解しなければいけないのは、ビッグデータはこれまでのデータと扱い方がまったく違うということです。人間の能力では、大量のデータの概要どころか、ほんの表面のごく一部すら把握できません。ところがビッグデータ以前のデータの活用法は、「人間が仮説をつくり、コンピュータで検証させる」というのが基本。できるはずがないんです。

そこで大切になるのは「人間が仮説をつくらず、コンピュータに仮説をつくらせる」という発想の転換です。これも含めて、私は「ビッグデータ活用のための3原則」をまとめています。

第1の原則は目的の明確化。向上させるべき具体的な業績(アウトカム)を明示することです。例えば「来店数を増やす」と「顧客単価を上げる」とは異なる問題であって見るべきデータも変わります。第2の原則は、第1の原則にからめて、業績に関係するヒト・モノ・カネのデータを広く収集することです。業績にはさまざまなデータが影響しますが、情報システムのなかに貯まったデータだけではヒトにまつわるデータが不足しています。「HBDセンサ」で得られるような、顧客や従業員の行動にまつわるデータですね。

そして第3の原則が、コンピュータに仮説をつくらせる原則。正確にいうと「コンピュータに業績向上仮説を、データから逆推定させる」となります。これがもっとも重要です。たとえば、売上向上のために「休憩時間を盛り上げる」「人を特定の場所に立たせる」「品物はこう陳列する」などといった仮説を人間が作るのを止める。そのかわりあらゆるデータをコンピュータに与えて、そこから仮説を推定させるのです。人間は、それができるコンピュータや分析技術を開発したり、アウトカムを決めたりすればいい。こうした発想の転換をして、ようやく私たちも成果を上げられるようになりました。

ビッグデータが「第三世代のサービス」の呼び水に

ビッグデータはサービスのあり方さえ変えていくと私は考えています。思うに、サービスには3世代あります。第一世代は経済学の開祖であるアダム・スミスによるもので、専門家による分業が生産性を高めると考える。鍛冶屋さんが鍛冶をし、パン屋さんがパンを焼けば生産性が高まるというわけです。第二世代はマニュアル化あるいはプロセスの標準化を善とするもの。特殊なスキルに見える鍛冶屋の仕事もマニュアル化すれば専門外の人間も一定レベルでこなせる。こちらは20世紀にフレデリック・テイラーが提唱した考え方です。

20世紀は第2世代、マニュアルとプロセスをかっちり守ることが善だという思い込みがわれわれの中にあったように思います。コンピュータの使い方にしても、マニュアルに基づいた機械的な作業をコンピュータに任せてコストを下げる、というのが基本原理でした。しかし第二世代のサービスは、非常に効率的である一方、ともすると杓子定規なサービスになりがちです。マニュアルやプロセスは硬直化し、需要変動や環境変動にも柔軟に対応できません。

ビッグデータは、この第二世代のサービスから第三世代のサービスへと大きく変える手段ではないか。私はそう思うのです。第三世代のサービスとはおそらく、1つのマニュアル、1つのプロセスに拘泥せず、この現場にはこう、あの現場にはこうと、柔軟かつダイナミックに対応していくものになるでしょう。そこにビッグデータが生きる。コスト削減、付加価値向上と、さまざまな用途が期待できます。

中央研究所は、株式会社日立製作所の研究部門で、次世代のエレクトロニクスや情報通信、ライフサイエンスの技術開発に取り組んでいる。
http://www.hitachi.co.jp/rd/crl/index.html

人の幸福に貢献する
ビッグデータ活用法

ビッグデータの導入というと、「人間の仕事がコンピュータに奪われるのではないか」といった意見に代表されるように、どこか非人間的な印象を与えるかもしれません。ですが実際のところは、人間とコンピュータが協調した新しい関係が生まれると考えたほうがいい。

2013年、コンピュータがプロ棋士を初めて破った「電王戦」が話題になりました。確かにコンピュータは強い。特に終盤、大量のデータ(棋譜)と明確なアウトカム(勝敗)がある状況ではやたら強いのです。一方で、序盤戦ならまだまだ人間は負けていません。自由度が高い状況だと、人間の創造性や経験、勘の部分がモノを言います。

そうなると人間とコンピュータが補完しあうような関係こそが大切だという意見が出てくるわけです。事実、直近の電王戦ではコンピュータと棋士によるタッグマッチが行われていますし、チェスの世界では、コンピュータと人間の組み合わせはコンピュータ単独あるいは人間単独よりも強いことがわかっています。

おそらく「仕事」でも同じようなことが起こります。つまりまっさらな状態で問題そのものを定めるような仕事においては、人間がこれまで以上に貢献できる。一方、大量のデータがあり目的がはっきりしているような問題はもっともっとコンピュータに任せるようになる。

共同研究先のMITのエリック・ブリニョルフソンによる『Race Against the Machine(機械との競争)』という本がベストセラーになっています。機械が雇用を奪っていく状況を考察する内容ですが、彼が言いたかったのはむしろ「Race with the Machine」、機械と一緒に戦おう、ということなんです。人間とコンピュータが1つになり、かけ算されていくような新しい関係性が、これから様々な分野で開発されていくのではないかと思います。

データの見えざる手が人を幸福にする

アダム・スミスは「見えざる手」という言葉を用いて、人間が自らの利益を追求すると、富が社会的に自律的に分配され、世の中全体が豊かになると説きました。個人の利益追求が、実は広く世の中の利益のためになる。実はビッグデータが、この「この見えざる手」の新しい形を見せてくれる可能性があります。

前回紹介したコールセンターの事例は、人間的な幸福の追求と企業利益の向上が結びついていることが特徴的です。「和気藹々と仲間どうし会話が弾むような職場をつくれば業績があがる」という話ですから。ホームセンターの事例にしても、やはり活発なコミュニケーションというのが1つのポイントになっています。

これまでも「活力ある職場がいい」とは多くの人間が思っていたことです。ただし同時に「それは直接業績に影響することはない」と思い込み、経営的にも投資対象にはならなかった。このように人間は偏見を持ちやすい生き物です。限られた経験とロジックで結論を下してしまう。

一方で、データやコンピュータは非常に客観的であり、それがビッグデータになると極めて包括的でもあります。だからこそ偏見がなく、人間が気づかない大切なことを教えてくれる道具になり得るのです。

先に挙げたコールセンターにしてもホームセンターにしても、ビッグデータを導入したのは「どうしたらもっと儲かるだろう」と考えてのこと。その結果、人間的な幸福こそを大切にしないといけないということを、ビッグデータによって気づかされたのです。

私はこの現象を「データの見えざる手」と呼んでいます。ビッグデータをちゃんと活用すれば、社会が豊かになり、同時に人が幸せになる方向で見えざる手が働くということです。これまでデータやコンピュータというとゼロかイチ、いかにも冷たく、柔軟性のないイメージがありました。しかしこれからはむしろ温かく、人間に柔軟性や多様性を与えてくれるものになる。そんな時代がやってきています。

WEB限定コンテンツ
(2013.12.9 東京・国分寺の同社オフィスにて取材)

『機械との競争』
エリク・ブリニョルフソン、アンドリュー・マカフィー著
村井章子訳
日経BP社 刊

「人間は、今後も飛躍的に能力を伸ばしていくコンピュータにますます仕事を奪われていく。私たち人類は、やがてごく一部の知的エリートと、肉体的労働に二極化されるだろう」。MITスローン校デジタル・ビジネス・センターの研究者が2011年に自費出版した一冊。瞬く間にアメリカでベストセラーとなり、国内外で大きな反響を呼んだ。

矢野和男(やの・かずお)

1984年、株式会社日立製作所に入社。中央研究所で半導体や携帯電話用プロセッサなどのシステムLSIの研究に携わる。2000年頃からビッグ・データの収集、活用技術に取り組み、世界を牽引。論文引用件数は2500件を超え、特許出願も350件以上。IEEEフェロー、東京工業大学大学院連携教授などを兼任。工学博士。

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