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背後にあるDNAの理解こそオフィスデザインの要

“科学”ではなく、人々に寄り添う“感覚”でデザインする

[プリモ・オルピラ]Studio O+A 代表、創業者

最近はIoTが進み、センサーやタグで社員やモノの動きを把握して、その蓄積データを元にオフィスをデザインする手法も登場しています。

しかし、今のところ「Studio O+A」(以下、O+A)では、そういうものは採り入れていません。クライアント企業がまだそうしたセンサーを取り付けていないということもありますが、例えばどのくらいの大きさの会議室が社員によく使われているかというようなことは、センサーを使わなくても十分把握できます。

入居後に社員が建物のどこによく行くかとか、特によく使われる会議室はどこかといった情報を集めるには、機械によるデータ収集も有効でしょう。でも、例えばトイレに何時ごろ、何回行ったかまで知られるのは嫌ですよね(笑)。プライバシーの問題がより取り沙汰されている今、行き過ぎたIT化が弊害を生むこともあるということです。

数字に還元されるデータではなく、背後にある文化や関係性に目を向ける

モニターの輝度調整システムや照明機器のコントロールシステムなどは、社員の健康や適切な業務環境を整えるのには役立つでしょう。しかし、データや装置を駆使して社員の所在を精緻にとらえる必要が果たして本当にあるかどうか。会議に召集するためにある人物の居場所を把握しようとした場合、その場所を点で示すのではなく、あえてエリアとして曖昧に示すやり方もあります。

施設のデータ管理システムは世界的にホットな話題であることは確かです。でも、既存オフィスの改修ならともかく、全く新しいオフィスを創造しようとするとき、今あるオフィスに関する精密なデータはそれほど大きな意味を持ちません。

コンピュータシミュレーションもしかり。ワーカーは企業によって属性も行動特性も違うし、入力データが誤っていることもあり得ます。何十年も先の、アバターが活躍するバーチャルな空間で人々が普通に仕事をするようになったら、それはまた違う話になるでしょうけどね(笑)。今のところは人間が心地よく感じる空間をコンピュータで分析したり設計したりするのは難しいと思います。

我々の仕事は、人が働きやすい環境を提供することです。仕事熱心な社員はもちろん、オフィスを刷新することで、これまであまり熱心でなかった社員も含めて、みんなが夢中で仕事に取り組める環境を作りたい。

そこで重要なのは数字に還元されるようなデータではなく、実際に彼らが働いている現場を見て、彼らの文化や関係性を深く理解すること。生身の人間と向き合うことで、新たなオフィスでの行動や求められる要素が推測しやすくなります。

スタートアップと大企業ではオフィスに求めるものが異なる

ただ、スタートアップと成熟した大企業では、オフィスデザインに求めるものが微妙に違ってきますね。

スタートアップは、たいてい会社のビジョンがはっきりしています。リーダーには熱意がありますし、組織もフラットでスピードと好奇心に満ちている。社員の参加意識も高いです。社員の連携がよく、会社を信頼しています。

オフィスデザインの重要性にも意識的です。まだ商品はできていないけれども資金調達やブランディングの必要があるので、世間に注目してもらうために最初のオフィスを使おうと考えます。仕事場を通して、自分たちのメッセージを伝えようとするわけですね。

規模の大きい会社はより官僚的で、ぬるま湯体質です。マーケットが違うので自然とそうなるわけですが、別に悪いことではありません。ただ、そうした働き方に慣れているので、変化への対応が鈍いところはあります。他を引き離してリードしているので安心し、システムに頼っていますが、心がそこにありません。会社側は社員の危機感を高めたいと考えて、そういう意図をオフィスデザインに反映させようとします。

この時代、会社は常にイノベーティブでありたいと思っています。スピードを上げるために社風を変えるか、社内あるいは社外でインキュベーション事業を立ち上げます。従来にない方向から新しいアイデアを取り入れようとするわけです。大きなIT企業は特にこうしたチャレンジ精神が旺盛ですね。

オフィス空間を変えることで、よりよいコミュニティを醸成

クライアント自身がどんな働き方を望んでいるのか明確にできていない場合もあります。会社が成長するにつれて、マーケットが変わって方向性を見失ったり、何をやっているのか分からなくなるときもある。でもクライアントはそれぞれユニークです。同じ業界でも、例えばナイキとアディダスのようにDNAが違うのです。

そこで、クライアントが迷子になっているとき、我々はコンサルティングから参画して手を差し伸べます。本来のコンセプトから外れているようであれば、修正の仕方やメッセージの伝え方などを提案するのです。O+Aに多くの依頼が来る理由の1つは、クライアントのストーリーを伝達するのがうまいこともあるのでしょうね。

いまコンサルティングに取り組んでいる医療系企業の経営層は、現場の人間関係を変えたい、コミュニケーションが増えて連携がしやすくなるような環境を作りたいと考えています。イノベーションの重要な要素は社員の関係性です。オフィス空間を変えることで、社風や価値観を共有できるようになり、結果としてよりよいコミュニティの醸成につながります。

正しく使えばデザインは強力です。でも間違えば、表面的なもので終わってしまいます。強度のあるデザインを実現するには、クライアントと対峙して深く理解しないといけません。裏を返せば、失敗すると大きなダメージになります。楽しくないオフィスでは仕事の意欲も湧きませんし、組織の活力が削がれます。


Studio O+Aは米国サンフランシスコの建築設計事務所。スタートアップ企業から、Microsoft、Uber、Alibaba、Facebook、Cisco、Nike、Evernoteといった有名企業まで、数多くのオフィスのコンサルティングや設計を手掛け、西海岸流オフィスデザインの主導的存在となっている。
http://o-plus-a.com/


『Studio O+A: Twelve True Tales of Workplace Design』(Al McKee著、フレームパブ刊、英語版のみ)。O+Aのデザインについて事例を交え詳しくレポートしている。(写真提供:Studio O+A/冒頭写真も)

テクノロジーをコントロールして、
ときには手放す潔さを持つ

テクノロジーの進化でどこでも仕事ができるようになりました。どこかの郊外や街なかのカフェ、それこそ自宅でも、パソコンや通信機器があればそこが仕事場になります。でも人間は社会的な動物なので、チームや会社、コミュニティとして集まる場所が必要です。その意味で企業のオフィスがなくなることはないでしょう。

ですから、オフィスでする仕事と他の場所でする仕事とで、シームレスに連携できる準備を整えておくことが大事だと思います。クラウド空間にある資料を壁に映してプレゼンすることはもちろん、室温、照明、各種機器のインターフェイスなどに大きな乖離がないようにすることでワーカーの負荷は軽減できます。

それは遠い未来のことではありません。あらゆることにテクノロジーが深く関わり、そこにテクノロジーがあるということさえ意識しなくなるでしょう。空気のようにそこにあるという意味ではスマートフォンと同じですよね。仕事にも使えるし、娯楽もある。オンとオフの切り替えがつきにくくなって、頭の中を支配されます(笑)。

そうなると、環境や空間を自分たちで管理する姿勢が問われることになるでしょう。今でさえテクノロジーに人生を奪われている人は少なからずいます。先日、韓国で若者がディナーの席でもスマートフォンを凝視していて、会話どころかお互いを見ることもしない光景に出くわしました。驚きましたね。

日本やヨーロッパでは、ひとりならともかく、相手がいればスマートフォンを置いて話をするでしょう。相手に失礼だと思いますよね。そうした文化のニュアンスは大事だと思います。テクノロジーをコントロールして、必要なときにツールとして使い、その場は要らないと判断したら手放す。そんな潔さがますます大切になってくると思います。

ネットの情報からはクリティカルな思考を生み出せない

未来のオフィスでは、よりコントロールが重要になるでしょう。今はテクノロジーが過剰に使われています。グーグルに頼りすぎたために、脳が麻痺しています。好奇心が減り、図書館に行かなくなりました。これがもっと進めば、人間はネットで得た他人のアルゴリズムと情報を使って、新しいアイデアを作るようになるでしょう。

でもその方法で何かをデザインしたり作ったりしても、モノづくりの本当の楽しさは味わえません。自分で知恵を絞り、手間をかけるところに面白さがあるのです。メイカー・ムーブメントの流行の背景にはこういう世相もあるのでしょう。誰かが何かを作ったら、実際にそれを見て触れることができるわけですから。オンラインではこうはいきません。

こうしたネットへの偏りは長期的には改善されていくと思います。ネット上の情報が正しいものばかりとは限らないし、しかしそう考えるクリティカルな思考もできなくなっている。そこは是正されるべきでしょうし、そうなってほしいと思います。

グーグルに頼るのではなく、図書館に行って本を10冊読み、10通りの考え方を知った上で、自分の意見を出すというのが本来のやり方だと思うんですけどね。僕の息子はそう思わないみたいだけど(笑)。でも、だからこそ自分が率先して自ら情報を集め、クリティカルな思考を続けていかないといけないと思っています。

私は他人の情報でデザインしません。コンピュータのフィルターではなく、私のフィルターを通してデザインを考えるからオリジナルのデザインが作れるわけですし、それがクライアントの評価につながるのです。

でも新しい世代はグーグルやピンタレストに依存しています。クリティカルな考え方、物事を見抜く力は鍛え直さないといけません。社内の若いデザイナーには、自分の足で情報を集めて独自のライブラリーを作るように言っています。

個性の反映がクリエイティビティになる

AIに仕事を任せるとしたら、条件が同じであれば常に同じアウトプットが出てきます。でも、人間が同じ課題に取り組めば違う結果が出てきます。

例えば東京に無数にあるカフェがどれも違うのは、店のオーナーやスタッフの一人ひとりがコーヒーを飲む体験について、それぞれの見方を持っているからです。AIではカスタマイズされたものは作れません。人間はみんなそれぞれ違うので、その違いが仕事に反映される。そこにこそクリエイティビティと呼ぶべきものがあるのでしょう。

皮肉なことに、O+Aのデザインが多くの企業で評価されているということで、ネットで我々のスタイルを調べて真似るケースも多く散見されます。みんなに知られているのは誇りに思いますが、あくまで批評的に見て、1つのヒントとして使ってほしい。いいと思うものがあればそれに影響されるものですが、それを超えて独自の結果を導き出すことが大事だと思います。

我々も過去の成功にとらわれず、貪欲に次のデザインを探していきます。すでにいくつかのプロジェクトでは、見たことのないデザインを提案しています。我々は進化したいのです。ファッションと同じようにデザインは変わります。そこにあるのは“科学”ではなく、人々に寄り添う“感覚”です。社会で何が重要とされているのか、人々の価値観がどこへ向かっているのか。そんなことを自分のフィルターを通して探求し、デザインに反映していきたいと考えています。

WEB限定コンテンツ
(2018.4.6 港区のコクヨ東京品川SSTオフィスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Nahoko Morimoto


取材はコクヨ東京品川SSTオフィスにて行われた。
「美しいオフィスですね。外観や廊下はフォーマルな感じですが、中に入るとクリエイティブで開けた雰囲気。この印象の落差も面白いと思います」(オルピラ氏)

プリモ・オルピラ(Primo Orpilla)

Studio O+A 代表、創業者。1992年、Studio O+Aを設立し、サンフランシスコで活動を展開。企業のオフィスデザインやコンサルティングを手掛ける、西海岸流オフィスデザインの第一人者。Cooper-Hewitt National Design Award インテリアデザイン部門賞(2016年)など、受賞歴多数。IE School of Architecture and Design、サンノゼ州立大学デザイン学部講師も務める。(写真提供:Studio O+A)

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