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「子どもの7人に1人は給食が命綱」という日本の貧困

セーフティネットとして機能する「共同の食事の場」

[藤原辰史]京都大学人文科学研究所 准教授

新型コロナウイルスのパンデミックは、食の世界を大きく変えました。

影響が著しいのは飲食業界でしょう。食べるという行為、とりわけ夜にお酒を飲みながらみんなで食事をするという行為が飛沫感染リスクを高めるとされ、飲食店には営業時間短縮が要請されました。家庭以外で食を享受することが命に関わることだという認識が根付いてしまった。これは大きな変化です。

規模の小さな飲食店など、私の知る限りでも休業したり、ひどい場合は廃業を迫られたケースもあります。馴染みのお店が姿を消すのは本当に残念でなりません。

ただ、現在進行形で起きているそうした事象は表層的なものだと思います。コロナ以前から食のあり方には根本的な問題がいくつもあり、それが複雑に絡み合って社会の脆弱性をもたらしている。今まで潜んでいた、あるいは人々が目を逸らしてきた社会の暗部を、コロナは顕在化したということです。

生存が脅かされるほどの「貧困」という許されざる事態

食をめぐる問題の1つは「貧困」です。食事も満足に摂れないような、生命に関わるレベルの貧困にあえいでいる人が、コロナ前から多くいます。しかも、コロナ禍がこの貧困に拍車をかけている。中でも注視すべきなのが、大人の貧困に紐づく子どもの貧困でしょう。

自宅で十分に食事ができず、学校給食が命綱という子どもは、コロナ前でも7人に1人* いました。これは「格差」という表現で済ませられるようなぬるい問題ではなくて、生存が脅かされるほどの「貧困」という許されざる事態が起こっているということです。地域の人々が無償あるいは低額で食事を振る舞う「子ども食堂」** が各地に増えていますが、それはこうした窮状を見かねてのことでもあるでしょう。

給食や子ども食堂のような共同で食事をする場所が、たくさんの人たちの命をつないでいたわけです。ところが、コロナ禍で学校が休校して給食が中止になってしまった。あるいは学校が再開しても、子ども食堂が開けないままになってしまった。もともと厳しかった状況にコロナが追い打ちをかけているわけです。

休校中は食費や光熱費がいつもよりかかると親が漏らしたら、子どもが「1日2食でいいよ」と言ったという、そんな声もあります。子どもが我慢せざるを得ない状況に追い込まれているということなんですね。

食と生命をめぐる問題は、コロナ以前から横たわっていた

困窮する大人に食事を振る舞う「大人食堂」という試みも各地でなされていて、特に2020年の年末から年越しにかけて注目を集めました。おせち料理が食べられない人、おせちどころか日々の食事にも事欠くという人が、子どもを抱えて大人食堂に並んだのです。

私の知り合いの料理研究家・枝元なほみさんも大人食堂を開いた1人でしたが、「コロナ対策でマスク配布に使った800億円を、なぜこの人たちに使わなかったのか」と憤慨していました。私も含めて、そう思う人は多いと思います。

食と生命をめぐるこの問題は、いまになって突然浮上してきたものではなく、コロナ以前からずっと横たわっていたものなんですね。それがコロナをきっかけに突き付けられたということです。

飲食業の従事者たちが大変で、お店の未来はどうなるのか、小さなお店が守ってきた食文化は消えてしまうのか、いつから自由に外食できるようになるのかとやきもきする人も多いと思います。それはしかし、チェーン店の席捲の中ですでに失われてきたことでもありました。それに加えて、前からあった貧困がより深刻さを増して迫ってきている。この事実を私たちは直視しなければならないと思います。

中小企業再編という名の淘汰は弱者の切り捨て

コロナが収束したら、それでもう私たちは無罪放免となるかというと、絶対にそんなことはありません。コロナが去ろうが、コロナで明確にされた貧困問題は変わらないし、むしろコロナ禍が不況をもたらして貧困をさらに助長することも考えられます。

雇用の受け皿となる中小企業が厳しい状況に追いやられていることも、貧困増加の一因でしょう。菅首相は中小企業の「生産性向上」を目的に「再編促進」を掲げていますが、それは裏を返せば、体力のない中小企業はこのコロナ禍で淘汰してしまおうという意図でもある。

私の周りには中小企業に勤める人が多くて、みんなぎりぎりの生活をしています。私は島根の出身ですけど、島根に限らず、地方の中小企業はどこも吹けば飛ぶようなもの。そこで再編という名の淘汰がなされるのは、弱者の切り捨てとしか思えません。

おそらくコロナ後も不況は続くでしょう。いま金融だけはコロナバブルで盛り上がっていますけど、実体経済は全くそんな状況じゃないはず。コロナバブルでハッピーな人と生活が苦しくなる人の二極化が今後も進めば、ますます貧困が深刻化していきます。食事だけでなく、住まいや生活必需品も含めた暮らし全般に影響が及ぶ可能性もあります。

(トップ写真:Dan DeAlmeida on Unsplash)


藤原氏のウェブサイト「藤原辰史の研究室」。専門は歴史学、特に農業史と環境史。戦争、技術、飢餓、ナチズム、給食などを中心に、食と農業の歴史や思想について研究している。
http://www.zinbun.kyoto-u.ac.jp/~fujihara/index.html

* 文部科学省「就学援助実施状況等調査結果」によると、困窮状態と認定された小中学生は2018年時点で137万人。全体の14.72パーセントに上る。子どもの貧困や給食との関係については、藤原氏の著書『給食の歴史』(岩波新書)、東京都立大学教授・阿部彩氏の『子どもの貧困』(同)などで詳しく論じられている。

** 全国の子ども食堂の数は、2,286カ所(2018年)から4,960カ所(2020年)と拡大している。(NPO 法⼈全国こども⾷堂⽀援センター・むすびえ調べ。2020年12月23日発表)


藤原氏。取材はオンラインで行った。

社会の不都合のしわ寄せは小さい企業へ、
さらにその中の弱い立場の人にぶつけられる

日本における格差の拡大や貧困の顕在化は、小泉純一郎内閣(2001~2006年)が進めた規制緩和がきっかけといわれています。

さまざまな雇用規制を打ち破ろうということで、竹中平蔵さんが中心となって労働市場の自由化政策が進み、非正規雇用労働者が急増しました。

その後、第2次安倍晋三内閣(2012~2020年)がアベノミクスを打ち出し、富裕層の金融資産は増えていく一方で、非正規雇用労働者は低賃金での労働を余儀なくされ、教育や昇進の機会も与えられず、生活が不安定になっていきます。

企業収益や雇用環境が悪化すると福祉環境も劣化する

非正規雇用労働者は私の周りにも、勤めている大学にも、多くいますけれども、話を聞くと本当にめちゃめちゃな労働条件を押し付けられています。中にはシングルマザーもいますが、扶養家族がいようがいまいが使い捨てもいいところです。

社会の不都合のしわ寄せは小さい企業に行くんですよね。取引先から契約を打ち切られたり、不当な値下げを迫られたりする。そうなると上司の人がイライラして、そのイライラは派遣のような弱い立場の人にぶつけられる。そういう繰り返しで職を転々とせざるを得ない人もいます。

企業の収益や雇用環境が悪化すると、企業が福祉を提供しなくなるのもワーカーにとって痛手です。そうなると生活保護に頼らざるを得ないのですが、自治体によっては生活保護の認定ハードルが高く、結果として貧困に陥るケースも少なくありません。そういう流れが2000年より前からあったんですけど、とりわけ小泉政権から目立ってきています。

子どもに我慢を強いる社会システム

大きくはこういう経緯で貧困が社会問題化するに至っているわけですが、貧困が子どもたちの中で露わになるのが「食」の場なんですね。

例えば弁当です。どんなおかずが、どんなふうに盛り付けられているかで、弁当にそれこそ格差が生じます。幼稚園ではデコ弁*** 競争なんかもあったりして、デコ弁でない子どもは引け目を感じたり、いじめられたりすることもあるそうです。ところが非正規雇用労働者は長時間労働を強いられることが多いので、早朝の弁当作りは大変な負担なんですね。

そういう意味で給食があると親子ともにありがたいわけですが、しかし小学校はともかく、中学校は給食がない自治体もあります****。自宅から弁当を持っていけない子は業者の弁当を買うことになりますが、一度冷凍したものを解凍するのでおいしくない。場合によっては二度解凍するけれども、その度に風味が落ちていくという悲惨なものなんです。しかし、それを食べなければならない子どもも少なくありません。

議員の人は、「持参の弁当か業者の弁当か、選べるからいいじゃないか」「これが民主主義だ」などと言うけれども、そういう話ではないんです。「家で弁当を作って持っていける」「作らなくてもいい」「業者の弁当」という3つの選択肢を持っている子どもと、そもそも家の弁当という選択肢がなくて、「業者の弁当」もしくは「食べない」という選択肢しかない子どもがいる。これは子どもに我慢を強いる社会システムでしかない。

そして、その我慢をさせたくないとなれば、親はやっぱり頑張ると思うんですね。でもそれは親が身を削って成り立つもの。そういう意味で、まさに給食は命綱であり、その重要性がコロナでより明確になっていると思います。

WEB限定コンテンツ
(2021.2.12 オンラインにて取材)

text: Yoshie Kaneko

(イメージ写真:Thought Catalog on Unsplash)

*** デコ弁
デコレーション弁当。おかずやご飯を型抜きしたり、キャラクターの形に整えたりして、見た目を華やかにした弁当。

**** 文部科学省によると、2018年度の学校給食の実施状況は、小学校が99.1パーセント、中学校が89.9パーセント。

藤原辰史(ふじはら・たつし)

1976年北海道旭川市生まれ、島根県奥出雲町出身。2002年京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程中途退学。博士(人間・環境学)。東京大学大学院農学生命科学研究科講師などを経て、2013年より京都大学人文科学研究所准教授。専門は農業史・環境史。著書に、『ナチス・ドイツの有機農業』(柏書房)、『カブラの冬』(人文書院)、『ナチスのキッチン』(水声社/決定版:共和国)、『稲の大東亜共栄圏』(吉川弘文館)、『食べること考えること』(共和国)、『トラクターの世界史』(中公新書)、『戦争と農業』(集英社インターナショナル新書)、『給食の歴史』(岩波新書)、『食べるとはどういうことか』(農山漁村文化協会)、『分解の哲学』(青土社)、『縁食論』(ミシマ社)、『農の原理の史的研究』(創元社)など。

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