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ポストコロナにおける「ワークプレイスのニューノーマル」とは?

UXから SX(スーパーエクスペリエンス)への転換

[ジェレミー・マイヤーソン]WORKTECH Academy ディレクター、RCA(Royal College of Art) 研究教授

2020年10月7~10日、「WORKTECH(ワークテック)20 Tokyo」がオンラインで開催された。
本稿ではスピーカーの一人で、WORKTECH Academy代表を務めるジェレミー・マイヤーソン氏のプレゼンテーションを紹介する。

新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミックは、ワークプレイスと世界経済に戦後最大規模の破壊(disruption)をもたらしました。密を避けるために企業は時差出勤やテレワークの導入を促進。その結果、ワークスタイルは一変しました。

いままさにワークプレイスの目的や未来が再定義されつつあります。在宅勤務が増えるのか、それとも在宅と出勤を組み合わせたハイブリッドモデルが誕生するのか。オフィスデザインの何がコロナによって壊され、何が促進されたのか。そして、今後どのようなワークプレイス戦略が考えられるのか。

これらの問いに対する答えを、「テクノロジー」「人」「文化」「場所」「デザイン」という5つの焦点に沿って探ってみましょう。

リモートコラボレーションや非接触技術など4分野で投資拡大

まず1つ目の「テクノロジー」ですが、これはコロナ禍で大きく進展しました。以前は在宅勤務に抵抗感のあった人も企業も、いまでは多くがデジタルへと移行しています。EY(Ernst & Young)の調査によると、テクノロジーへの投資を優先すると答えたCEOは71パーセントに上りました。ソフトウェアやクラウドサービスだけでなく、コラボレーション・ハードウェアも対象に含まれます。

WORKTECHでは、主に4つの分野でテクノロジー投資が行われると予測しています。第一に、「リモートコラボレーション」です。リモートでのメインのコミュニケーション手段が、メールや電話から映像へとシフトする動きが顕著です。Microsoft Teamsだけでも2020年の3月、たった1週間で1.2億もの新規ユーザーを獲得しています。

第二が、ビルディングマネジメントにおける「コンタクトレス(非接触)」技術です。例えばスマホでエレベーターを操作する、コーヒーを注文する、ボイステクノロジーを搭載した会議室で照明やAV機器を声で操作するといった具合です。

第三は、「オートメーション技術」です。パンデミックをきっかけにロボットが肉体労働の職場のみならず、ホワイトカラーのオフィスにも登場しています。日本はこの分野で進んでいますが、人間に寄り添い、能力を強化させるテクノロジーの導入を企業は検討する必要があるでしょう。未来のワークプレイスでは、ドローンを飛ばすロボットが登場したり、24時間、電気も空調もつかないロボット専用の仕事部屋が設置されたりといったことが当たり前になるかもしれません。

第四は、データ分析やトラッキング技術を使った「職場の安全性確保」です。テクノロジーを駆使することで、建物の中にいる人をトラッキングし、空席や環境状態を管理することができます。こうした変化の潮流が今後いっそう鮮明になると思われます。

共感に基づいたリーダーシップで部下と信頼関係を築く

焦点の2つ目と3つ目に挙げた「人」や「文化」についてはどうでしょうか。

コロナ禍で特に深刻なのは社員のメンタルヘルス問題です。リモートワーク下では、ワーカーはそれぞれ全く異なる環境にいます。家族と同じテーブルで仕事する人もいれば、孤独と向き合いながら仕事をしている人もいるでしょう。

イギリスの成人の4分の1近くがパンデミックにより孤独を感じています。メンタルヘルス協会の調査によると、最も影響を受けているのは若年層です。ミレニアル世代である25~34歳の3分の1以上が、コロナのせいで孤独感を感じると答えています。孤独がもたらす健康への影響はタバコを1日に15本吸うのと同程度といわれ、うつ、ストレス、やる気の低下、燃え尽き症候群などを引き起こしかねません。企業はメンタルヘルス対策に積極的に取り組むことが求められます。

また、文化的アプローチも新たなものが必要になります。コロナ禍で社員は少なからず犠牲を払っています。減給、一時解雇、衛生管理規定、外出自粛、新しいソフトウェアの導入、健康診断といったことですね。これらの壁を乗り越えるには企業と社員の間に信頼関係が必要です。

それには部下に作業内容をいちいち報告させるようなマイクロマネジメントではなく、率直に対話できるオープンな関係を部下と上司が築き、おのおのが自律的に責務を全うするような環境作りが不可欠です。要は、新たなリーダーシップモデルが求められるということですね。イギリスの被雇用者の43パーセントはリーダーに信頼感を持っていないというデータがありますが、マイクロマネジメントが幅を利かせている日本でも似たような課題があるかもしれません。

信頼性のギャップを埋めるには、共感に基づいたリーダーシップモデルを構築する必要があります。共感性の高いリーダーがいる組織は危機的状況への対応力が高く、イノベーションも生み出しやすくなります。その意味でも新たなリーダーシップの確立は良い結果をもたらします。

「タクティカルアーバニズム」と呼ばれる新たなトレンドの兆し

ワークプレイスにおける変化の4つ目の焦点は「場所」です。

パンデミックは都市構造に大きな影響を与えるでしょう。次の写真は、ソーシャルディスタンスを保ちながら人々が楽しむことができる公共スペースの一例です。

(トップ写真は2017年1月撮影)


WORKTECH Academyは、仕事と職場の未来を探求するワールドワイドな研究者ネットワーク。人、場所、文化、デザイン、テクノロジー、イノベーションという6つ分野について、最新の知見や研究、事例、専門家のインタビューなどを共有し、各分野の進展に寄与する。
https://www.worktechacademy.com/


Royal College of Artは、イギリスのロンドンにある王立芸術学院。芸術分野の大学で世界トップクラスの評価を受けている。1837年創立。
https://www.rca.ac.uk/


「WORKTECH Tokyo」は通常、会場に入場者を集めて開催するが、2020年は新型コロナウイルス感染拡大防止のため、バーチャルイベントを実施した。
https://worktechevents.com/ja/events/wt20-tokyo-virtual/

古くから疫病は建築やデザインに変革をもたらしてきました。ペストに悩まされた都市はスラムをなくして公共空間を確保しましたし、黄熱病やコレラが流行した際は道路が拡張され、排水システムが導入されました。ニューヨークのセントラルパークも公衆衛生対策として計画されたものです。

今回のパンデミックでも世界中の都市でロックダウンが行われ、道路から車が、空から飛行機が消えて、空気がきれいになりました。サステナブルな都市計画を行う千載一遇のチャンスだと専門家は口を揃えていいますが、それはすなわち自動車の支配をなくすことを意味します。

自転車道を広げ、歩行者エリアを増やし、都市部の公園で緑を増やすといった取り組みは、「タクティカルアーバニズム」と呼ばれる新たなトレンドの兆しです。実際、フレキシブルなワークスペースや屋外活動を重視した建物など、緑が多く応用性の高い公共空間が増えています。

「どこで働くか」を決める自由と選択肢をワーカーに与える

環境に優しく、職住近接を実現するコンパクトシティにも注目が集まります。特に通勤時間が長い東京のような都市は、コンパクトシティへ転換することで通勤時間の短縮、大気汚染や騒音の減少、消費エネルギーの抑制といったメリットが見込めるでしょう。

人々が郊外の住宅地から中枢のビジネス街へ通うという20世紀モデルを覆すものがコンパクトシティといえますが、そもそも「中枢のビジネス街」という概念自体が崩れていくことも予想されます。結果としてオフィスビルのデザインにも影響が出るでしょう。

ということで焦点の5つ目、「デザイン」に話を移しますが、オフィスデザインは過去20年の進歩が逆戻りしているといえるほど影響が甚大です。オープンプランでオフィスを密に利用するデザイン、偶然の出会いを推進する設計、社員間の交流を増やす共同食堂など、どれもいまでは考えられません。パーティションを復活させたオフィスも増えています。

ただ、安全性を追求するあまり、窮屈なスタイルに逆戻りするのもどうかと思います。個人的には、アクティビティベースなアジャイルワークによってソーシャルディスタンスは確保できると考えます。実際、すでに「集中」「休憩」「コラボレーション」など、屋内外に多用途空間を用意しているオフィスでは、ワーカーそれぞれが静かな場所を見つけ、密を避けて作業しています。

重要なのはオフィス内の「どこで働くか」という自由をワーカーに与え、それぞれが自ら安全な場所を見つけられるようにすることです。オープンプラン型オフィスに人を詰め込むことはもう選択肢にありません。


講演中のマイヤーソン氏。

ワークプレイスは、明確な目的を持って
人とつながるために行く場所になる

では、ポストコロナのオフィスは具体的にどのようなものになるでしょう。
まず、キーレス、タッチレスで入退室できるようになります。顔認識テクノロジーが普及し、接触は最小限に抑えられ、セキュリティは自動化されます。ビル内に高度な空気清浄技術が導入されるでしょう。窓も増えるかもしれません。

屋外空間はペンキや植木鉢を使ったローテクなデザインで、ロビーにはセルフサービスのコーヒーや雑誌に代わって、流し台、除菌スプレー、検査機器などが導入されると考えられます。

さらにオフィスそのものが、不定期で訪れるホスピタリティ重視の場所になるでしょう。モニターに向かって作業するために通う場所ではなく、明確な目的を持って、積極的に人とつながるために行く場所になります。例えば、研修、指導、イノベーションのための活動などですね。画面上で一人で行う作業は自宅や近所のフレキシブルなワークスペースやサテライトオフィスで行うことになります。

最も変わるのは大企業の本社でしょう。ルーティンワークではなく、プレゼンやイノベーション、交流のための場として「より良い体験」に重きが置かれるようになります。数年前までUX(ユーザーエクスペリエンス)はワークプレイス設計において考慮されてきませんでしたが、いまでは多大な関心を集めています。「Chief Experience Officer」(最高体験責任者)、「Vibe Manager」(雰囲気管理者)など、特化した役職が現れているほどです。

場所そのものだけでなく、そこでの体験価値やそこに行く意味をワーカーに提供することもまた企業に課せられた課題なんですね。

スーパーエクスペリエンスとは「一日に命を吹き込む体験」

我々はオーストラリアのデベロッパー・Mirvac社と、Super Experience (スーパー体験/SX)の誕生を考察するレポートを共同で発表しました*。この中でUXからSXへ転換が図られつつあること、それはすなわち社員中心の考え方の拡大であることを指摘しています。

Superには「特別」「最高」「一流」といった意味があり、Experienceは「何らかの印象を与える出来事」を意味します。すなわちスーパーエクスペリエンスとは「一日に命を吹き込む体験」です。独特で影響力があり、精神的・知性的な快感を与えるワークプレイスエクスペリエンスと定義できます。

多くの場合、フィジカルとデジタルの要素を掛け合わせます。親しみやすい小規模のものもあれば、大規模に展開できるものもあります。予想を覆し、驚きを与えることもあれば、安心感を与えるものもあります。

次の写真は2018年に完成したAmazonシアトル本社です。ガラス張りのドームの中に庭園が設けられ、そこでは4万もの植物が育っています。まさにスーパーエクスペリエンスと呼べる施設で、ワーカーはここで休憩することで想像力、脳機能、認知能力の向上が期待できます。このような自然を身近に感じるオフィスデザインは今後増加していくでしょう。

顔認識テクノロジーの普及が見込まれる。(写真はイメージ)

* このレポートは”The Super Experience: Designing for Talent in the Digital Workplace”というタイトルで発表されており、WORKTECH AcademyのウェブサイトからPDF版をダウンロードできる。
https://www.worktechacademy.com/publications-2/

  • Amazonシアトル本社の様子。敷地内にガラス張りのドームが鎮座している。(写真:Tada Images / Shutterstock.com)

  • 緑が豊かなドーム内。休憩や散策など、ワーカーは思い思いに過ごす。(写真:Tada Images / Shutterstock.com)

明瞭化・最適化から共感・好奇心へとシフトする

スーパーエクスペリエンスというコンセプトがいまなぜ力を持つのかといえば、これまでのワークプレイスが仕組みの明瞭化とリソースの最適化を重視し過ぎていたからに他なりません。まさに日本のオフィスがそうでしょう。組織の効率化という点では優れています。しかしながら誰もが思い当たるように、効率的な職場がインスピレーションを促すとは限りません。

ワークプレイスの専門家はバランスの大切さに気づき始めています。明瞭さだけでは味気なく、マンネリ化してしまいます。体験には好奇心や喜びの要素が必要なのです。すなわち、体験は「人」に着目した共感性のあるものでなければなりません。

スーパーエクスペリエンスとは、明瞭化・最適化から共感・好奇心へとシフトする考え方です。これにより個々の想像力が高まり、イノベーションが生まれ、職場内の信頼も上がります。明瞭さや最適さも重要ですが、何より大切なのはワークプレイス体験がワーカーの意識の切り替えを手助けすることです。それには新たな次元に進む必要があるのです。

ワーカーの想像力や情報処理能力は感動によって強化される

スーパーエクスペリエンスの一例として挙げられるのが、ニューヨークにあるOne World Trade Centerのエレベーターです。

102階まで47秒で上るんですけど、その間、超大型デジタルディスプレイにニューヨークの景観の変遷が映し出されます。16世紀の農村時代から今日の高層ビル群の景色までを、実際に眼下に見下ろしているような没入感が味わえます。これは素晴らしく見事で(awesome)、感動的な体験でした。

“awe”という言葉の持つ意味は「全く新しく理解しにくいものを前にした際に感じる驚きや素晴らしさの感情」「それまでの世界観ではとても理解できない刺激のこと」です。そして、ワーカーの想像力や好奇心、情報処理能力、寛容さが向上するのは、感動をもたらす物体や空間を前にしたときだと科学的に明らかになっています。

感動を呼ぶ職場は世界各地に生まれています。例えばBloombergの新しいロンドン本社がそうですね。天井には250万ものアルミニウム・ペタルが施され、音、温度、光を調整しています。訪れる者の目を奪うオフィスです。

ワークプレイスデザインの常識を破る「フレックス・モデル」

ポストコロナ時代、ワークプレイスの価値は「空間」から「体験」へとシフトします。AVセンサーテクノロジーや没入テクノロジーなど、スーパーエクスペリエンスの実現に必要な技術はすでに存在します。問題はそれをどう使うかであって、何より大切なのは人、行動、モノ、場所、テクノロジーを一体として認識することです。

人々がオフィスに来ることを「選ぶ」ようにするためには、より高度な体験を提供することが求められます。現在の大企業においてはIT、人事、総務などの部署が別々に機能していますが、今後はこれらの部署が合わさった「統合サービス部門」が一般化するかもしれません。

未知の領域に踏み込むためには、ワークプレイスデザインに関する既存の常識を破らなければなりません。私はこれを「フレックス・モデル」と呼んでいますが、柔軟で、わかりやすく、体験的で、快適なワークプレイスが必要です。

そのために大切なものは、次の4つの価値だと思います。

1.選択肢が多いこと(Flexibility)
2.環境がわかりやすくあること(Legibility/自分がどこにいるのか把握でき、ポストコロナ時代でも安全な空間)
3.より高度な五感体験(Experience)
4.快適さ(Comfort/経済効率の追求だけでなく、息抜きをする空間も重視されていること)

先行きが不透明で、「オフィスは滅びる」といわれる時代ですが、そんなことはありません。グリーンデザイン、デジタル化、人間中心、コミュニティ重視といった価値観が重視され、むしろ盛り上がるでしょう。賑わい方が変わるだけなのです。

WEB限定コンテンツ
(2020.10.7-10 WORKTECH20 Tokyoカンファレンスを元に記事を作成)

text: Yoshie Kaneko
photo: Saori Katamoto

Bloombergのロンドン本社の様子はウェブサイトから確認できる。
https://www.bloomberg.com/london/

ジェレミー・マイヤーソン(Jeremy Myerson)

WORKTECH Academyディレクター、RCA(Royal College of Art:イギリス王立美術院)研究教授。オックスフォード大学 客員研究員。ワークプレイスデザインとイノベーションの研究に従事し、2015年10月にUnwiredと共に「WORKTECH Academy」を設立。韓国、スイス、香港のデザイン学院の国際アドバイザーとしても活動。Wired誌において、デジタルテクノロジー部門での「英国で最も影響を与えた100人」に選出された。‎2016年、‎デザイン研究の分野で王立美術院の名誉博士の称号を得る。(写真は2017年1月撮影)

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