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テレワークを「習慣化」するには? 自己同一性を保つ「言い訳」がカギ

行動変容が自然に起きたように見せる仕掛け

[渡邊克巳]早稲田大学 基幹理工学部・研究科 教授

新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大が働き方に大きな影響を与えています。テレワークを導入した職場は多いですし、そうでない職場でも、出勤回数を減らす、出張を控える、対面の打ち合わせや会議を短時間で済ませるといった工夫が求められています。

馴染みのある行動から抜けきることはなかなか難しいので、ひょっとすると大きな揺り戻しがあるかもしれません。しかし、テレワークのような働き方が今後も避けられないとなった場合、果たしてこの変化は本当に習慣として根付くのか。新しい生活様式にうまく順応するためにワーカーやマネジメントにできることが何かあるのか。

そこを探るために、新たな行動が習慣として確立するための要素やプロセスについて考えてみたいと思います。

意思決定の根拠は、実はあいまいなことが多い

そもそも、何かを続ける原動力となる「自分はこれが好きだ」という気持ちの根拠は、実はあいまいなことが多いんです。「好きだから続ける(習慣化する)」という面と、「続けるから好きになる」という面は表裏一体なんですね。

後者は“住めば都”ともいえる考え方で、とにかく続けてみることで実際にそれが好きになるということ。最近テレワークを始めて、最初は違和感があったけれども、だんだん慣れてきた、いまでは気分よく働けるようになったという人はまさにこれに当てはまります。

ただ、テレワークを嫌だと思っている人もいるでしょう。そういう人にテレワークを強要しても気持ちよく働けないでしょうし、結果として生産性や創造性を阻害しかねません。「強制されてテレワークをしている」のではなく、「テレワークはいい」と思ってもらうこと、もっといえば「自分がこの働き方を選び取った」と思えるような仕掛けをどう作るかが、新しい働き方を定着させるうえで重要になります。

(トップ写真:アフロ)


渡邊氏の専門分野は、認知科学(知覚、感覚間統合、発達、注意、眼球運動、社会的認知、意思決定)、神経科学(動機、報酬、大脳基底核、脳磁界、発達障害)。
早稲田大学 基幹理工学部 表現工学科・基幹理工学研究科 表現工学専攻・渡邊研究室では、実験心理学、認知科学、脳神経科学といった手法を用いた実験研究などを通じて、人間の認知行動過程を研究している。 http://www.fennel.sci.waseda.ac.jp/

この変化を自分は望んでいたという理由付けができるか

習慣と自己同一性(アイデンティティ)は強く影響しあっています。

悪い方に影響が出ても、損切りができない。今までこれだけ頑張ってきたからやめられない。それも習慣化の1つの側面です。

例えば、40年間スーツを着て毎日通勤していた人が、いきなり明日から出社しなくていいといわれても、そう簡単には受け入れられません。お百度参りなんかもそうで、神社に100回通って祈祷すれば願いが叶うと信じている人が90回くらいまで頑張ったとしたら、願いが途中で叶っても、もう最後までやるしかないと思ったりする。「ここまでやったんだから、続けなければもったいない」ということで習慣が形成され、その習慣がその人を作っていくわけです。

新しい習慣を取り入れる際には自己同一性が維持できるかどうかが重要なので、テレワークもそれ以前の習慣が希薄な人ほど転換が容易でしょう。長年通勤してきた人でも「実は前からテレワークをしたいと思っていたんだよね」と本人が思えばできるし、そう気づかせる何らかのエピソードがあれば。それが見つけられない人、例えば足で稼ぐことが重要と思っている営業担当者などは意識を変えることが難しいかもしれません。

要は、宿題をやりなさいと言われた子どもが「いまやろうと思っていたのに」とやる気をなくすのと同じなんですよ(笑)。大人だって人から言われてやる気にならないでしょう。外部から強制されていったん始めたけれども、それをずっと続けるかどうか考えるとき、前々からこの変化を自分は望んでいたという理由付けができるかどうかにかかっているし、そういう認識がなければ仕事のモチベーションも湧いてこないと思います。


渡邊氏。取材はオンラインで行われた。

それを“選んだ”理由を後から再構成してしまう

人間は社会の中で、意識的あるいは無意識的に自己同一性を維持しようと努めます。その方法は大きく2つあります。

1つは過去の意見にこだわること。続けてみて明らかにつらかったり、効果がないと分かったりしても、一度言ったことを変えずに意固地にやり続けようとする。過去にさかのぼって自分がしてきたことが定義されているからやめられないんですね。これも習慣化の1つの作用です。

もう1つはその逆で、過去の自分を変えてしまうというもの。ある実験* が明らかにしたことですが、被験者に顔写真を2枚ずつ見せて、より魅力的だと思う方を選ぶということを何回か繰り返します。その後、選んだ写真を再び見せて、その人を選んだ理由を聞くのですが、何度かに一度は実際には選ばれなかった写真を提示すると、被験者の3分の2近くは写真のすり替えに気づかないんですね。それどころか、すり替えられた写真について“選んだ理由”をもっともらしく説明するのです。

これは「チョイス・ブラインドネス(choice blindness:選択盲)」と呼ばれる現象で、人間が自分の選択に至ったプロセスをほとんど意識できていないことを示しています。被験者は自分が選ばなかった写真であっても、それが提示されたという結果に基づいて、“選んだ理由”を後から再構成するわけです。**

* Johansson, L. Hall, S. Sikstrom, and A. Olsson, “Failure to Detect Mismatches Between Intention and Outcome in a Simple Decision Task,” Science, 310 (5745), pp.116-119, 2005.

** この後付け再構成は「ポストディクション(postdiction)」と呼ばれる。プレディクション(prediction:予測)の対となる概念として生まれた造語という。

習慣が変わっても自己同一性を保てるという
正しい幻想を用意することが重要

選んだ理由を後から付け加えるということは誰しも思い当たる経験があるのではないでしょうか。

例えば、野球をやらされていたけれども後になってサッカーがうまくなったら、「実は野球をやっているときもずっとサッカーのことを考えていた」という人がいるかもしれない。いつもと違う道を歩いたらたまたま有名人に遭遇して、「今日は何となくこの道を行こうと思ったんだ」と、さもひらめきがあったかのように思うかもしれない。でも本当はそんなものはなかったかもしれません。

後になってから「自分はそう思っていたんだ」「自分がこれを決めたんだ」と、あたかも最初からそうであったように思い込む。自分がいま変わるとか何かをやるということに対して、自分の過去を変えてしまうことで自己同一性を維持することも可能というわけです。

一度定着した習慣を壊すことは、その人にとって心地よい経験ではありません。自己同一性を尊重しながら新たな行動を習慣化するという自己矛盾を避けるために、このチョイス・ブラインドネスを応用することも可能ということです。

すなわち同一性そのものを無意識下ですり替えることのできるような「よい言い訳」を提示するわけです。イソップ童話『キツネとブドウ』に出てくるキツネが、ほしくても取れなかったブドウを「あれは酸っぱいから取る必要がないんだ」と決め付けたのはわかりやすい話です(認知的不協和)。

自己同一性を壊さないで行動に変化を起こすための良質な言い訳、あるいはストーリーを提供する。習慣が変わっても自己同一性を保てるという正しい幻想を用意することが重要だと考えます。

未来に対する予測と過去に対する思い入れはアシンメトリー

自己同一性の維持に人間がどれだけ影響を受けているかを示すコンセプトとして、心理学者らが提唱する「『歴史の終わり』幻想」*** があります。

例えば40歳の人に10年後にどれだけ自分が変わっていると思うか聞くと、だいたい「それほどいまと変わらないだろう」と答えるんですね。同じ食べ物が好きで、同じ服装で、音楽の趣味も友達も変わらないだろうと答える。でも10年前の自分と比べると、今の自分は住んでいるところや家庭環境、生活レベルはもとより、価値観や性格まで変わっていたりする。これはどんな年代の人に聞いてもおおむね同じです。

過去にはいろいろなことが起きて自分は変わったけれども、いまは終着点にいるようなもので、これから先はそれほど変わらないだろうと予想する。これは、未来における自己同一性を強引に維持していると見ることができるわけです。

未来に対する予測と過去に対する思いがアシンメトリー(非対称)になっている。その狭間で揺らぐ現在の自分が取り続ける行動の延長線上に習慣が成り立っていくわけです。そういう我々の心の機微と習慣の関係性を知っておく必要があると思います。

*** Jordi Quoidbach, Daniel T. Gilbert, Timothy D. Wilsonが2013年にサイエンス誌に発表した”The End of History Illusion”。

数年後に振り返ったときに「あれ、もう習慣になっている」

新しい習慣は意図して形成できることもあるけれども、本質的には結果として生まれるものなんですね。だから「習慣を作ろう」という表現は矛盾を含んでいるともいえます。習慣はあくまで結果であって、「気が付いたら習慣になっていた」というものですから。

例えば、1970年代ごろは11時とか12時に出勤すると重役出勤と皮肉られたけれども、時差出勤が推奨されてからは11時の出勤は全くおかしなことではないわけで。「いつの間にかそうなっていた」というのが習慣化の現れかたの本質ではないかと思います。

新しい生活様式を意図的に、しかもスムーズに定着させるのは難しい。すんなりと受容して、さらに習慣化させるには、あたかもそれが自然に起きたように見せる仕掛けが必要になってくる。

そう考えると、テレワークを始めとする新しい生活様式に、頑張って馴染もうとするとかえってうまくいかないでしょう。無理のない範囲で少しずつ行動や意識を変えていって、数年後に振り返ったときに「あれ、もう習慣になっている」と気がつくらいに、長期的な構えが必要なのかもしれません。

WEB限定コンテンツ
(2020.6.4 オンラインにて取材)

text: Yoshie Kaneko

渡邊克巳(わたなべ・かつみ)

早稲田大学 基幹理工学部 表現工学科・基幹理工学研究科 表現工学専攻 教授。1997年、東京大学大学院総合文化研究科 認知行動科学専攻修士課程修了。2001年、カリフォルニア工科大学計算科学-神経システム専攻博士課程修了。Ph.D。日本学術振興会特別研究員、National Institutes of Health(米国)、産業技術総合研究所などを経て、2006年に東京大学先端科学技術研究センター認知科学分野准教授。2015年より現職。

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