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経済再生、貧困対策、NPO支援にも――「地域通貨」の可能性

現在の通貨制度の課題と改善策

[廣田裕之]社会的通貨研究所 共同創設者

前編で説明した社会的連帯経済と密接な関係にあるのが「地域通貨(社会的通貨、補完通貨)」です。現在の法定通貨とは違い、特定のコミュニティにおける会員間の取引やモノ・サービスの流通手段として大きな役割を果たすものです。

金本位制に終止符を打ったニクソンショック

そもそも現在の法定通貨制度にはさまざまな問題があり、長期的には持続不可能といわざるを得ません。

現行の通貨制度の歴史は、19世紀に金や銀を通貨価値の基準として自国通貨と一定比率で交換する、いわゆる金本位制や銀本位制に端を発します。例えば、金1グラムの相場が1000円であったとして、通貨を発行する中央銀行が金を1トン=100万グラム持っていれば、100万×1000円で10億円のお金を発行できます。そういう仕組みでお金が発行されていたわけです。

金という担保があるので為替相場が安定するというメリットはあるものの、経済の発展に金の産出が追いつかず、中長期的に通貨の不足、さらにデフレを招くというデメリットがありました。

デフレは物価が下がるので消費者としてはうれしいですが、借金を抱える人にとっては災難です。普段は80円で仕入れたものを100円で売って20円の利益を得ていたところが、90円でしか売れないとなれば利ざやが減るわけです。事業者は資金繰りに行き詰まり、借金が雪だるま式に増えてしまいます。

金本位制は経済の発展を阻害するということで、1971年にアメリカのニクソン大統領が廃止を決定。通貨供給量の制限を撤廃しました。これがニクソンショックというわけです。

(トップ写真:石原正雄 / アフロ)


スペイン・社会的通貨研究所(Instituto de la Moneda Social)は、持続可能な新たな金融システムについての調査・研究、金融システムの改革支援などに取り組む民間の研究機関。
http://www.monedasocial.org/(スペイン語)


廣田氏は社会的連帯経済や地域通貨をテーマに、集広舎でコラム「パラダイムシフト──社会や経済を考え直す」を連載中。
https://shukousha.com/category/column/hirota2/

中央銀行が通貨発行量を管理できない

現在は国際的に管理通貨制度が採られ、中央銀行や通貨当局が通貨の発行量を調整する仕組みになっています。日本なら日銀、アメリカならFRB、ヨーロッパなら欧州中央銀行などが紙幣を印刷して発行しています。

ただ、印刷元は中央銀行だけれども、中央銀行から一般企業や消費者へお金が直接届くわけではありません。大半のお金は大手都市銀行などの民間銀行が企業へ融資するときに発行されます。

例えば私がある銀行に現金で100万円を預金したとします。すると、その銀行は100万円しか貸せないと思いますよね。でも実際には1000万円、あるいは2000万円といった額まで貸し出すことができます。

金融機関は預金残高のうちの一定割合を中央銀行に預け入れなければならない義務があり、その割合を準備率といいます。この準備率がどこの国でも低くなっていて、日本では0.79パーセント(2020年2月現在)で、イギリスやアメリカではゼロのケースもあります。ゼロということはつまり、不良債権にならない限り無限に貸し出しができるということ。イギリスでは97パーセントものお金が民間銀行からの融資の形で発行されています。

しかし、そうすると民間銀行が実質上通貨発行権を牛耳っているということにほかなりません。要は中央銀行が管理できていない。これが現在の通貨制度の問題の1つです。


廣田氏(オンライン取材にて)。

現在の貨幣制度は常に敗者を生む“椅子取りゲーム”

次に、富の集中を招くことも通貨制度の問題といえます。

民間銀行がお金を発行するということは結局のところ融資ですから、借り手は利息を上乗せして銀行に返さなければなりません。裏を返せば、儲からない限り銀行はお金を貸さないということです。

高度成長期やバブル期のように、儲かる事業があればどんどん融資がなされますが、そういう事業がなくなってくると貸し渋りが起こるばかりか、資金の引き上げも行われるため、通貨供給量が減っていきます。通貨当局が量的緩和などの措置で供給を減らさないようにしたところで、結局のところお金は大企業にだけ回り、本当にお金を必要としている中小企業や個人に回っていきません。これが第二の問題です。

第三の問題が、成長を強制していることです。例えば、銀行が1000万円貸して、利子をつけて1500万円返すように請求したとします。借り手は利子の500万円を調達するために、また別の銀行から借りなければいけない。結局、借金が借金を呼ぶ形で、誰かが借金をしないと経済が成り立たない状況があるわけです。

借金を返すだけのお金が十分に回っていないのに借金だけが増える。いってみれば椅子取りゲームのような状況ですよね。10人で8つの椅子を奪い合えば、どんなに頑張っても座れない人が必ず2人出ます。本人の努力や能力の不足ではないのにゲームから敗退せざるを得ない。いまの通貨制度は、そういう深刻な問題を引き起こす構造になっているのです。

アルゼンチンでは数百万人が使った実績も

こうした問題を緩和する1つの手立てとして注目されているのが地域通貨です。

最も成功しているのがアルゼンチンでしょう。2001~02年の経済危機で、失業率は22パーセントを記録しました。その頃のアルゼンチンは金本位制ならぬドル本位制で、アルゼンチンの中央銀行にドルがないとペソを発行できませんでした。しかし中央銀行でドルが足りなくなってペソの供給量が減り、経済が回らなくなったことが危機を招いたわけです。

その渦中で、ブエノスアイレスのNPOが交換市で使える「クレジット」という通貨を発行しました。アルゼンチンでは各地で住民同士が食品や衣類、本、雑貨などをやりとりする交換市が定期的に開かれていたのですが、ブエノスアイレス郊外で開かれる交換市で使えるお金として発行したのです。

するとこれが爆発的に広がって、各地の交換市で共通して使われるようになり、一時は何百万人もの人が使うほどになりました。ただ、この通貨は発行のし過ぎと管理のずさんさからインフレが起きて、最終的に機能不全となり見捨てられてしまいました。結果としてはそういうことになったけれども、数百万人が生活の手段として地域通貨を使った実績があることは注目に値します。

2020年5月22日、アルゼンチンは2014年以来9度目となるデフォルト(債務不履行)となった。外貨準備高には比較的余裕がある中で、意図的に利払いを行わないテクニカル・デフォルトとされる。債権者との債務再編交渉は継続する。

地域振興とNPO支援の機能を備えたキームガウアー

地域通貨でよくある形式としては、「LETS」* が挙げられます。会員間のみで流通するポイントを交換する仕組みです。会員は入会時にポイント口座を作り、最初は残高ゼロで始め、その残高をやりとりしていきます。

例えばAさん、Bさん、Cさんの3人でLETSを行うとします。AさんがBさんから500ポイントでお菓子を買ったら、Aさんの残高はマイナス500、Bさんの残高はプラス500になります。次にAさんがCさんの家の修繕をして、その代金が600ポイントだったとしたら、Aさんはプラス100ポイント、Cさんはマイナス600ポイントになるという具合です。

また、法定通貨を担保として発行する形式もあります。5000円と引き換えに5000ポイントの地域通貨を手に入れ、その地域通貨で地元の商店で買い物ができるといった仕組みです。地域通貨で支払いを受けたお店も、地域通貨を使って地元のお店で買い物ができます。

このパターンで有名なのが、ドイツのバイエルン州で2003年に導入された地域通貨「キームガウアー」でしょう。住民がユーロからキームガウアーに交換すると、その3パーセントが自分が支援するNPOに寄付されます。地元商店はお客が払ったキームガウアーをユーロに再換金することもできますが、その場合5パーセントの手数料が取られます。他の地元商店でキームガウアーを使って買い物をすれば手数料がなくなるので、できるだけ地元で回そうという意識が働きます。

バルセロナ近郊のビラダカンス(Viladecans)という人口6万6000人の都市が導入を計画している地域通貨ビラワット(Vilawatt)も、ユーロを担保とするものです。こちらは地域の省エネや再生可能エネルギー活用に関連したもので、住民に対して再エネ事業の立ち上げやエネルギー効率改善のためのリフォームを推進したり、安い電力会社への切り替えも含めた光熱費節約のアドバイスを行ったりする際に利用できます。

* Local Exchange Trading System=地域内交換システム。

廣田氏の著書『地域通貨入門――持続可能な社会を目指して』(アルテ)では、世界の地域通貨の事例が詳しく説明されている。

地域通貨とマイクロクレジットを組み合わせて貧困対策に

この他にも地域通貨のパターンとして「企業間バーター」があります。仕組みはLETSと似ていますが、会員が中小企業や自営業者に限られます。例えば、ある都市の中小企業の社長が地方出張に行った場合、同じ地域通貨に加入するホテルに泊まれば、会員間でお金のやりとりが促進されます。地域通貨がなければ大手資本のホテルに泊まることになるところ、互助的な経済活動が可能になるわけです。

主な事例としては、イタリア・サルジニア島で使われる「サルデックス」、スイスの事業者専用の協同組合の銀行であるWIR(ヴィア)銀行が発行する「WIR」などがあります。

どのようなパターンでも、目に見える生活圏でお金が回せること、地域内である程度の経済をプランニングできることが地域通貨のメリットといえるでしょう。

地域通貨をマイクロクレジットと組み合わせると、どういう事業を起こして、雇用を作っていけばいいかということを、地域住人が自ら考えられるようになります。まさに持続可能な社会作りに寄与できるのがメリットといえるでしょう。

ブラジル・フォルタレザ市内にあるパルマス銀行の店舗内の様子。
ドキュメンタリー”Palmas”(https://www.youtube.com/watch?v=-NmisP-cEbQ 、エドリーザ・ペイショット制作)より。(写真提供:廣田氏)

通貨は経済における血液のようなもの。
「減価する貨幣」で絶えざる流通を促す

もう1つ、通貨に関する興味深いコンセプトとして、経済学者のシルビオ・ゲゼル** が提唱した「減価する貨幣」があります。

お金の三大機能として、ほしいモノやサービスを手に入れるための「交換手段」、500円のマンガ本と500円のハンバーガーセットは同じ価値と見なすといった「価値尺度」、将来的にお金が必要になった場合に備えて、その価値を貯めておくという「富の貯蓄手段」が挙げられます。このうち3つ目の貯蓄機能が行き過ぎると、流通するお金がなくなって経済が動かなくなります。

そこでゲゼルは貯蓄機能を取り払って、あえて通貨の価値を少しずつ減らし、通貨が強制的に流通する仕組みを考えました。例えば、お札のまま手元に持っていると、その額が1か月で1パーセント、年間で12パーセント減価するとなったらどうでしょう? お金がある人ほど減価を避けようと、お金を「借りてください」と頼むことになり、資産は不動産などお金以外の形で貯めるようになります。結果として社会全体にお金が回るようになっていく。これが減価する貨幣の大まかなコンセプトです。

ゲゼルは、通貨は経済における血液のようなものであると主張しました。だからお金が常に流れ、増え続けるような形にしなければならない。減価する貨幣はそのための手段であったわけです。

** ドイツの経済学者。1862~1930年。

廣田氏の著書『シルビオ・ゲゼル入――減価する貨幣とは何か』(アルテ)では、ゲゼルの思想やその可能性について詳述されている。

ベーシックインカムを減価する貨幣で実施するというアイデア

減価する貨幣の実例としては、オーストリアの地方都市ヴェルグル、ドイツの炭鉱町シュヴァーネンキルヒェン、ドイツのキームガウアーがありますが、国際的にはあまり話題になっていません。

しかしながら、ベーシックインカムの一環としてこれを実践するのも一案ではないかと、個人的には興味を持っています。例えば、子育て通貨という形で15歳未満の子ども一人当たり月2万円を電子通貨で供給したとします。減価率を週2パーセントくらいに設定すると、みんなすぐ使いますよね。お金がどんどん回って、経済活動が活発化します。結果として税収が増え、社会保険料も増えるでしょう。

同じような発想で、高齢者の年金の一部をそうやって払うのも、経済を回して、みんなが豊かになるための1つのアイデアではないかと思っています。

危機の際に必要な通貨を発行できる体制を構築

ゲゼル自身は地域通貨には反対の立場でした。あくまでも政府が通貨をきちんと発行して、物価の動向を見極めながら、デフレにもインフレにもならない形で供給量を調節することを重視していたわけです。

今回のコロナ危機においても、そうやって政府が必要なときに必要な通貨を発行できる体制構築の重要性が改めて問われたように思います。ロックダウンでまともな経済活動ができない状況でも、人々の生活を支えるにはお金を回していかなくてはいけません。EUでも活発な議論が交わされていますが、最終的には民間銀行に通貨発行を任せるのでなく、中央銀行が自国の経済状況を見たうえで必要な通貨を発行するという形に落ち着くのではないかと思います。

法定通貨のあり方とは別に、コロナ後の経済の建て直しで地域通貨が一役買う可能性もあるでしょう。経営危機の企業を救ったり、倒産した企業を再生したりといった具体的なニーズが顕在化すれば、それを地域通貨で克服しようという取り組みが出てくるかもしれません。

こうした議論は日本も無関係ではありません。コロナ禍でロックダウンこそ行われなかったものの、日本は地震や台風など自然災害が多いですよね。社会が機能不全になった場合に必要なお金をどうやって発行するか、経済が打撃を被った場合に地域やそこに根付く小規模企業をどうリカバリするか、考えておく必要があると思います。

グループ内でのつながりをどう作っていくか

地域通貨の導入にあたっては課題や注意点もあります。

第一は、経済圏として潤滑できるレベルで運用すること。現状では小さい規模のものが多過ぎるのですが、需要と供給がマッチできることが重要です。特に圏内で食料が手に入る場合、成長する確率が高いように思います。都市部単体でも成功する事例はあるものの、食料生産力のある農村部をうまく巻き込むことは1つのポイントといえるかもしれません。

第二は、市場に出回る電子マネーとの差別化です。地域通貨の世界でも電子化が進んでいるのですが、そうすると例えばSuicaだとかiDといった電子マネーと違いがなくなってしまいます。特に日本円を地域通貨に換えるタイプは、銀行が発行する電子マネーで支払ったほうが便利ともいえます。

地域通貨ならではのメリットをどうやって提供するかが重要で、例えばキームガウアーのように地域通貨で払えばNPOに寄付できるといった特徴を備える必要があります。

第三に、これは規模の問題とも関係しますが、グループ内でのつながりをどう作っていくか。LETSのような取引の仕組みをオンラインで作ったとしても、実は顔見知りの人以外はなかなか取引しない傾向にあるんですね。知らない人とはなかなか取引が成立しにくいわけです。アナログかもしれませんけど、人が直接会って話をすることが、地域通貨を成立させるうえで重要といえるかもしれません。

WEB限定コンテンツ
(2020年3月31日のオンライン取材と、同年5月のメールでの質疑応答を元に構成)

text:Yoshie Kaneko

廣田裕之(ひろた・やすゆき)

1976年福岡県生まれ。2000年九州大学文学部仏文科卒業。2002年東京大学大学院総合文化研究科国際科学社会専攻修士課程修了。2011年よりスペイン・バレンシア大学へ留学。以降、スペインを拠点に研究活動を続ける。2017年、同大学社会的経済博士課程修了。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わり、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。著書『地域通貨入門――持続可能な社会を目指して』『シルビオ・ゲゼル入門』(以上、アルテ)、『社会的連帯経済入門――みんなが幸せに生活できる経済システムとは』(集広舎)。(プロフィール写真提供:廣田氏)

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