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「私の」から「私たちの」ウェルビーイングへ

分断されたコミュニティを再接続する

[ドミニク・チェン]早稲田大学 文学学術院/文化構想学部 准教授、起業家

ITベンチャーの起業経験を生かしつつ、情報学の研究者としてウェルビーイングとテクノロジーの関係を探求しています。

ウェルビーイングに関心を持つようになったのは、自分の生い立ちが影響しています。私の父親は台湾とベトナムのハーフで、フランスに帰化した外交官です。母は日本人で、私は東京で生まれ、東京のインターナショナルスクールに通いました。家族の一部はアメリカに住んでいるといった具合で、いろいろな文化の境界線が身近にありました。

フィルターバブル問題が深刻化する今は時代の境目

物心ついたときから多様な価値観を持つ人たちと自然と交流する中で、ある国ではいいとされる価値観が他の国ではおかしいとされる、そういう齟齬を肌で感じてきました。

一方で、情報技術が発達して、例えばアメリカではフィルターバブル* の問題が深刻化し、2016年の大統領選挙では耳目を集めました。2020年のアメリカ大統領選に向けて改革が起こるのか、それとも保守的な政権が維持されるのか。今は大きな時代の境目にあると思います。

フェイスブックやツイッターのような情報サービスは社会に大きな影響を及ぼしていますが、彼らの事業形態が変われないとすれば、次の世代がどういう新しい情報技術を設計できるかということが大きなテーマになってきます。

文化の違いが、国をまたいでというだけでなく、1つの国の中でも分断を引き起こしかねない状況にある。それは対岸の火事ではありません。日本でも極端な過激派が行うヘイトスピーチのみならず、ちょっとした発言がインターネット上で拡散して結果的に分断を生むケースが散見されます。となると、分断されたコミュニティを再び接続する術を考えていかなければなりません。

対立を生まない方法で、異なる価値観を翻訳する

価値観の異なるコミュニティをつなぐということは、私が子どもの頃から経験してきたことでもあるんです。

例えば、日本人はフランス人に対して変なバイアスを持っているし、その逆もしかりなんですね。日本人の友だちには「フランス人て、みんなおしゃれな生活をしてるんでしょ?」なんて聞かれるけれども、実際は全然そんなことなくて、僕が住んでいたときはパリなんて犬のフンだらけだし、そんなおしゃれでもないし、みんな不機嫌な顔で歩いてる(笑)。

逆にフランスに行くと、「日本には今もサムライがいるのか?」みたいなことを聞かれたりもする。そういう日本に対する特異な視点が、ジャポニスムというエキゾチックな評価につながることもあれば、おかしな偏見として埋め込まれてしまうこともあるわけです。

異なる価値観をどうやって翻訳して相手に伝えるか。それも対立を生むようなやり方でない方法を編み出さないといけないということは、物心ついてから常に考え続けてきたし、自分にとって人生を通じて1つの大きなテーマでもあるわけです。

テクノロジーは人間にポジティブな影響を与えることができる

私は2008年にディヴィデュアルという企業を立ち上げ、M&Aするまでの10年間でさまざまなウェブサービスを開発・運営してきました** が、ウェルビーイングを実現するようなサービスが多かったのは、そういう意味で必然だったかもしれません。

例えば、「rigureto」(リグレト)は“ヘコむを楽しむ”というコンセプトのウェブサービスです。つらいことや失敗したことを掲示板に書き込むと、他のユーザーが元気づけてくれるんですね。こういうものがあったら面白いということで実験的に作ってみたところ、結果的にインターネットを通じて人々がお互いの心のひだに触れ合うことができるんだと実感できました。

また、匿名のコミュニティアプリ「syncle」(シンクル)は、好きなことを語ると他のユーザーとのシンクロ率をシステムが計算して、趣味や嗜好の合う人をつなげてくれるというものです。例えば「私の極上の時間は、怪談を聞きながら眠りにつくこと」というコメントもあったりして、何を心地よく思うかは人それぞれだと気づかされます。

自分の好きなものを介して人とつながるだけでなく、人の好きなものを介して他者性の認識と受容がもたらされる。まさにフィルターバブルの逆を行くアプリで、シンクルはApp Storeの「Best of 2016」日本版を受賞しました。

テクノロジーが人間にポジティブな影響を与えることができるんだ、それがこういう形で実現できるんだという気づきを得たことは、自分にとって大きな転換となりました。そうこうするうちにウェルビーイングという言葉が研究領域の方から聞こえるようになって、次第に研究対象としてのウェルビーイングに関心の重心が移っていったため、事業からはいったん退いて研究の道を進むことにしたわけです。

人類はそれほど精神的に成熟していない

ウェルビーイングは「人間のより生き生きとした状態」と定義できますが、それは当然ながら人それぞれです。ならばということで、個々人が違うやり方で取り組むのでは際限なく分断化が起こって、その分断が情報技術によって可視化されてしまいかねない。さらには双方が衝突した結果、勢いのある一方だけが生き残るということも懸念されます。

マイノリティの問題も特にそうですけれども、いろいろな人が存在しているにも関わらず、特定の流れだけが幅を利かせてしまう社会のあり方は、ある意味で人間の根底的な価値観を切り捨ててしまっているように感じてなりません。

21世紀に入ったけれども、フィルターバブルやヘイトスピーチの問題などを見ると、人類総体としてはそれほど精神的に成熟していない気がします。自分自身、画一的な社会を作るために情報技術を学んだわけでもないし、そういうものと違う社会のあり方に貢献するものとしてテクノロジーを使っていきたいと考えているんです。

早稲田大学 文学学術院は、文化構想学部、文学部、文学研究科、総合人文科学研究センターで構成。文化構想学部は、人文学の知見を現代的な視点から見直し、新たな学問領域や「知」の創出に取り組んでいる。
https://www.waseda.jp/flas/

* インターネットのフィルター機能によって、あたかも泡の中にいるように自分が見たい情報しか見えなくなる状況。イーライ・パリサーが著書『The Filter Bubble』(邦訳『閉じこもるインターネット』(早川書房))で指摘した。

** ディヴィデュアルが開発した主なサービスとして、リグレトやシンクルの他に、プライベートフォトメッセンジャーアプリ「Picsee」(App Store「Best of 2015」日本版を受賞)、タイピングの過程を記録して後から再生できる「TypeTrace」(第12回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品)などがある。
ディヴィデュアルは2018年2月にスマートニュース株式会社の傘下となった。

個々人の状態を最適化していくと
他者との関係性がないがしろにされる

ここ3年、共同研究者たちと一緒に、日本的なウェルビーイングのかたちを探るプロジェクト*** を進めてきました。この中で大学生1,300人に自分だけのウェルビーイングの要素を3つ書き出してもらったところ、とても興味深い結果が出たんです。

書き出してもらったそれぞれの要素を、自己完結する「I」、他者との関係性が入り込んでくる「WE/SOCIETY」、世界や自然を含めたより広い視野でとらえる「UNIVERSE」の3つに分類したんですね。すると、6割の人たちは少なくとも1つの要素に他者との関係性を入れていました。

ということはつまり、「私の」ウェルビーイングだけではおそらく不十分だということです。人間は社会的な存在ですから。突き詰めるべきは「私の」の先にある「私たちの」ウェルビーイングなんだと思います。

「私の」というところにとどまると、それは従来の西洋型の人間心理のとらえ方に基づいた情報技術設計になるでしょう。それはそれで重要かもしれないけれども、個々人のウェルな状態をひたすら最適化していくという発想を突き詰めると、他者との関係性がないがしろにされてしまう。

例えば家族を想定するならば、お父さん、お母さん、子どもが自分のウェルビーイングを把握しているだけではなくて、お互いの関係性の中でそれをとらえられれば、情報技術の設計の根本が変わってくると思うんです。

ユーザーのアテンションを引き付けるテクノロジーと距離を置く

テクノロジーを揶揄するイメージとして、家族で食卓を囲んでいても全員が自分のスマホを見ているディストピア的な風景が語られたりしますけど、それは今のスマホがあくまでプライベートなものとして設計され、ユーザー本人のアテンション(注意、関心)をいかに引き付けるかというテクノロジーが凝集されているからでしょう。だから、スマホは用がなくてもつい見てしまうんですよね。

その時に違和感なり気持ち悪さなりを感じて、何か処方したいと思うならば、この一人ひとりのアテンションを引き付ける情報デバイスではなくて、3人で利用できる情報技術のあり方を考えてみてもいい。例えば、呼びかけやキーワードに反応して、その場の会話=関係性にふっと入ってくるスマートスピーカーなどはその端緒となるかもしれません。

個をベースとした発想から解放されて、「私たちのウェルビーイング」を実現する情報技術をどう作るかということを、そろそろ腰を据えて考える時期に来ているのではないでしょうか。

そういう発想でテクノロジーをデザインすると、全然違う日常生活が立ち現れてくるはず。それを実践するだけでも、今のテクノロジーが抱えている非ウェルビーイング的な側面はそれなりに解決されるのではないかと考えています。

とらえどころのない「日本的ウェルビーイング」

もう1つ、このプロジェクトで私が得た発見は、「日本的ウェルビーイング」というものが、いかにとらえどころがないかということです。

現代の日本文化は西洋とのハイブリッドなんですよね。日本的なものは確かにあるけれども、茶道や能楽と接するのは非日常的という人が多いのではないでしょうか。

つまり純粋に日本的な要素だけを抽出しても、今の日本の日常生活を反映したものにはならないだろうし、「日本的なもの」を社会全体でもっと実践しましょうといったところで、実現は難しいだろうということが改めて分かったということです。

他方で、例えばアメリカの人たちと比較すると、意識的にも無意識的にも日本とは違う部分がある。こういう調査を今後、ヨーロッパの研究者と共同研究する予定ですけど、その結果とも違うかもしれないし、あるいは、すごく近い結果が出るかもしれない。どちらに転んでも、その結果を踏まえて、どんな情報技術が作れるだろうかということを考えていきたいと思っています。

自分たちの足元にある価値観の源泉を理解する

さらに視点を広げて、東洋的なウェルビーイングというものがあるとしたら、そこに潜む価値を普遍的なものとして西欧に接続できたら面白いですね。

マインドフルネスという考え方が企業で注目されていますけど、あれはもともと中国で生まれた「禅」が日本を経由してアメリカで広まって、その中の瞑想法がシリコンバレーでブームになったもの。元々日本にあったものが形を変えて逆輸入されたわけです。カタカナになった概念を逆輸入することで海外に追従するのは違和感があります。

それと同時に、日本の文化に興味を持っているアメリカ人の方が、ごく一般的な日本人よりも日本の精神について詳しいということも大いにあり得ると思うんですよね。だったら、自分たちの文化や伝統といった足元にあるさまざまな価値観の源泉を、現地の言葉、現地の方法でちゃんと体系化して、理解しなければいけない。

国籍や育った環境がどうであろうと、文化差を翻訳不可能なものとして考えていては、精神的な鎖国状態ですね。相互の文化の間を行き来したり、異なる価値観を自分の中に取り込むことはできるはず。自分自身がそうやって育ってきたというバックグラウンドもあります。双方のいいとこ取りができれば文化の壁はなくなるし、ウェルビーイングの考え方を深めることにもつながっていくと思います。

WEB限定コンテンツ
(2019.6.20 新宿区の早稲田大学戸山キャンパスにて取材)

text:Yoshie Kaneko
photo:Kazuhiro Shiraishi

*** 「日本的Wellbeingを促進する情報技術のためのガイドラインの策定と普及」プロジェクト(科学技術振興機構社会技術研究開発センター「人と情報のエコシステム」研究領域)。
プロジェクトの成果は『ウェルビーイングな暮らしのためのワークショップマニュアル』にまとめられている。ウェブサイトはこちら。

http://wellbeing-technology.jp

チェン氏はNTTコミュニケーション科学基礎研究所 主任研究員の渡邊淳司氏とともに、『ウェルビーイングの設計論――人がよりよく生きるための情報技術』(ビー・エヌ・エヌ新社)の監訳を務めている。


渡邊淳司氏の取材記事はこちら。
前編「ポジティブ・コンピューティングで人の潜在力が開花する」
https://www.worksight.jp/issues/1093.html

後編「合意形成を通してウェルビーイングのエコシステムを作る」
https://www.worksight.jp/issues/1095.html

ドミニク・チェン(Dominique Chen)

1981年生まれ。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)Design/MediaArts学科卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。NTT InterCommunication Center(ICC)研究員/キュレーターを経て、NPOコモンスフィア(クリエイティブ・コモンズ・ジャパン)理事。株式会社ディヴィデュアル共同創業者・取締役。2008年IPA未踏IT人材育成プログラム・スーパークリエイター認定。ウェルビーイングとテクノロジーの関係、人工生命技術と創造性の関係性、インタフェース・デザインの研究活動に従事。博士(学際情報学)。‎

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