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世界が注目する資本主義のオルタナティブ「社会的連帯経済」

消費者や労働者の自主運営による新たな経済

[廣田裕之]社会的通貨研究所 共同創設者

資本主義でもなく共産主義でもない、新たな経済のオルタナティブとして注目されるのが「社会的連帯経済(social and solidarity economy)」です。民主的な運営によって、労働者・消費者・地域住民などの人間や環境を重視した経済活動を行うというもので、ラテン系諸国を中心に世界各地で発展しています。

非資本主義的経済を目指す「社会的経済」と「連帯経済」が融合

社会的連帯経済は、「社会的経済」と「連帯経済」という2つの概念を組み合わせた経済モデルです。

社会的経済とは、資本主義的でも共産主義(国家主義的)でもない経済のことで、具体的には協同組合、NPO、財団、共済組合を合わせたものです。日本でも農協や信用金庫、労働金庫、社会福祉協議会、各種NPO、財団法人などがありますよね。どこの国でもこうした社会的経済が存在していて、特にフランス、イタリア、スペインなどで伝統的に経済の一翼を担っています。

連帯経済は、新自由主義的な経済体制に対するアンチテーゼとして、公正で持続可能な世界を作ろうという社会運動から生まれました。1980年代以降、欧州や中南米で広がりを見せ、フェアトレードやマイクロクレジット、地域通貨、クリエイティブ・コモンズといった事例があります。

社会的経済と連帯経済は、立ち位置は若干異なるものの、どちらも非資本主義的な経済を目指すという点で一致しています。また、持続可能な開発目標とも親和性が高く、市民社会中心のグローバリゼーションを目指そうという機運とも重なって両者が融合し、社会的連帯経済の発展が促されているわけです。

(トップ写真:John Warburton-Lee / アフロ)


スペイン・社会的通貨研究所(Instituto de la Moneda Social)は、持続可能な新たな金融システムについての調査・研究、金融システムの改革支援などに取り組む民間の研究機関。
http://www.monedasocial.org/(スペイン語)


廣田氏は社会的連帯経済や地域通貨をテーマに、集広舎でコラム「パラダイムシフト──社会や経済を考え直す」を連載中。
https://shukousha.com/category/column/hirota2/

社会的連帯経済の世界的ネットワークとしては、国際協同組合連盟「ICA」(http://ica.coop/)と、社会的連帯経済推進のための大陸間ネットワーク(RIPESS)」(http://www.ripess.org)がある。
廣田氏によれば、「もう1つの世界は可能だ(Another world is possible)」をスローガンに掲げるグローバルな市民運動のフォーラム「世界社会フォーラム」でも連帯経済が注目されているという。

メンバーが経営も調理も手掛けるバルセロナの飲食店

社会的連帯経済の主要なツールとして重要な役割を担っているのが協同組合ですが、これには2つの種類があります。

1つは「労働者協同組合」です。労働者が自分たちで企業を立ち上げて、自分たちで稼いだお金を自分たちの収入にするという形です。日本ではこの制度は現在国会で審議中で、まだ成立してはいませんが、海外では協同組合の基本として存在しています。

例えば、スペイン・バルセロナのある飲食店* では、経営者が料理人やウエイターを雇うのではなく、数名の仲間で経営に調理、メニュー、内装と、事業にまつわる全てを担っています。大変だけれども、頑張った分だけ収益は全部自分たちのものにできますし、それをメンバーみんなで基本的に平等に分担していけるのでやりがいも増します。

* 廣田氏が制作したドキュメンタリー動画「バルセロナの連帯経済」がYoutubeで公開されている。この飲食店のほかにも、さまざまな事例が紹介されている。
https://www.youtube.com/watch?v=wHoQhu2lHEA

人々が自主運営で新たな経済活動を起こす

協同組合のもう1つの形態が「消費者協同組合」です。これは日本の生協(生活協同組合)と同じもので、安全な食品など消費者自身が欲しい商品やサービスを手に入れるために、自ら事業を運営していこうというものです。スペインでは狭義の消費者協同組合のみならず、同じ発想で住宅協同組合や教育協同組合も多数発足して運営されています。

例えば、ヨーロッパには再生可能エネルギーの協同組合がいくつかあります。従来の電力会社との契約では原発で作られた電力を否応なく使うことになります。これに対する電力調達の新しい枠組みとして、再生可能エネルギーに特化した電力供給会社を消費者主導で作ったということです。

労働者協同組合にせよ消費者協同組合にせよ、資本主義企業や国営企業とは一線を画して、当事者自身が自主運営で新たな経済活動を起こしています。こうした流れが社会的連帯経済の基盤になっています。

顔の見える関係を重視する消費者の意識

ボトムアップで経済活動を立ち上げても、大企業との競争では品質やコストの面で不利ではないかと思われるかもしれません。確かに小規模の事業ではスケールメリットは生まれにくいのは事実でしょう。しかし、大企業が株主の満足や収益の最大化を目指すのと違って、社会的連帯経済の追求する価値はもっと別のところにあるのです。

例えばフェアトレードのコーヒーは普通のコーヒーより割高だけれども、生産者の生活改善や自立を手助けしようということで、消費者は納得して購入しますよね。普通のコーヒーより2倍も3倍も高いと敬遠されるかもしれないけれども、例えば2割増しくらいであれば買ってもいいかなと思えるでしょう。ある程度の規模で事業化して、生産者に利益を還元できる程度の適度な市場が開拓できればいいわけです。大企業のように大々的に事業展開する必要が必ずしもないので、競合しないわけです。

もう1つ、人のつながりを重視するという消費者心理も見逃せません。チェーン店の定食屋と個人経営の定食屋があった場合、仮に個人店の方が値段が高くても、それなりの質が担保されていて、オーナー個人への信頼感もあるとなれば、個人店を選ぶお客は少なくないでしょう。その感覚に似たものがあります。

ビジネスの大義名分やストーリー性、あるいは顔の見える関係を重視する消費者の意識が、社会的連帯経済を支えている面もあるわけです。

(廣田氏の著書『社会的連帯経済入門――みんなが幸せに生活できる経済システムとは』(集広舎)p.23の図版を基に再作成)


廣田氏はスペイン在住。取材はオンラインで行われた。

バルセロナ市内にある協同組合書店「ラ・シウタット・インビジブラ」。(移転前の店舗、2019年10月撮影。写真提供:廣田氏)

欧州の社会的連帯経済の根底にある
「自由・平等・博愛」の精神

社会的連帯経済が日本より海外、特にラテン系諸国において活発化しているのはなぜなのか。その理由はいくつか考えられます。

1つは、ラテン系諸国がフランスの影響、それもフランス革命のスローガンでもあった「自由・平等・博愛」の精神から強い影響を受けていることです。

今回の新型コロナウイルスの危機においても、フランスのマクロン大統領が「収入や職業に関係なくフランスという福祉国家が無料で提供する医療は、コストや負担ではなく、不可欠な資産」であり、「市場の法則外に置かれなければならない商品やサービスが存在する」と国民に訴えました**。

新自由主義的で大企業寄りというイメージの強かったマクロン大統領でさえそう主張するのは、時代が変わっても自由・平等・博愛を重視するフランス共和国の価値観が不変であることの証ではないでしょうか。そうした風土的、歴史的な背景もあって、ヨーロッパでは社会的連帯経済のようなオルタナティブ関連の情報やネットワークが充実しているのだと考えられます。

また、例えばスペインでは既存の大企業に対する強い批判があり、そうしたことも社会的連帯経済の拡大と無縁ではないでしょう。大企業は儲ける一方で脱税や不正が多く、社会的な責任を果たしていないという不満を持つ人がスペインには少なからずいます。社会貢献意欲の強い人は、あえて大企業に入らずに自分たちでできることをしようと考える、そうして社会連帯経済の活動に参加している人もいます。

** 2020年3月12日に行ったテレビ演説。

日本での社会的連帯経済の普及はまだこれから

アジアで社会的経済が発展しているのは韓国です。1997年の通貨危機を契機にイギリスやアメリカの取り組みが紹介された結果、社会的企業が次々と生まれ、2016年10月の時点で1606社に上りました。また、フランスとの交流により社会的経済という概念が広く知られるようになり、その主な担い手である協同組合についても2012年に基本法が制定されてから急増し、2014年末の時点で実に6251組合が結成されるという規模を誇っています。

とはいえ、韓国は行政主導の色合いが濃く、それゆえ民間の力が育っていないという側面は指摘できるかもしれません。一方、ラテン系諸国では一部の例外を除き行政はあまり動かなかったため、当事者自身の手で自主的に活動の輪を広げて成長していきました。社会的連帯経済が盛んな地域でも、そうした違いが見受けられます。

日本でも社会的連帯経済の実例は多くあります。例えば鎌倉時代から続く頼母子講や無尽はその一例といえるでしょうし、生協、農協、漁協、信用金庫、労働金庫、共済組合など全国規模で展開する活動も目立ちます。

ただ、英語やスペイン語など諸外国語が通じにくいという言語的な壁があることから、社会的連帯経済にまつわる海外の情報の波及が遅いという印象は否めません。また、社会的連帯経済の関係機関を支援する法制度や、団体を横断的に結ぶ全国的なネットワークも不足しています。NPOの増加など変化の兆しはあるものの、社会的連帯経済の普及はまだまだこれからというのが実情だと思います。


廣田氏の著書『社会的連帯経済入門――みんなが幸せに生活できる経済システムとは』(集広舎)。社会的連帯経済の定義や歴史的背景、世界各地の事例などが紹介されている。

新たな起業方法の一環としても社会的連帯経済に注目が

新型コロナウイルスのパンデミックによって、社会や経済は世界規模で大きな打撃を受けました。私の住むスペインも例外ではありません。現時点(2020年5月)では、まだ警戒令が続いていて、協同組合などを含む多くの企業は活動の停滞を迫られています。

しかし、社会的連帯経済の担い手の中にはマスクや防護服などの生産に取り組むところもあれば、スペイン赤十字社のように貧困層支援に乗り出している団体もあります。また、今後は特に観光関連産業を中心として大量失業が予想されるため、失業者の受け皿や、国際移動が難しくなった現状に即した新規産業の勃興の点で、社会的連帯経済が果たせる役割はあると思います。

実際、スペイン・カタルーニャの連帯経済ネットワークはさまざまな政策を提案しています。例えば、倒産した企業の元従業員が一括受給した失業給付金により企業を買い取り、労働者協同組合として運営を継続できるようにする、社会や環境に配慮した社会的企業が行政の公共入札で優先的に落札できるようにする、生活に必要な物資やサービスを域内で供給する自給自足型経済に切り替える、といった具合です。

スペインで観光という基幹産業*** が崩れれば、産業構造の大幅な転換を余儀なくされることは充分考えられます。結果として、新たな起業方法の一環として社会的連帯経済が注目されることになるかもしれません。経済活動が本格化するのは9月以降と思われますが、中長期に注視を続ける必要があるでしょう。

WEB限定コンテンツ
(2020年3月31日のオンライン取材と、同年5月のメールでの質疑応答を元に構成)

text:Yoshie Kaneko

*** 廣田氏によれば、スペインを訪れる外国人観光客は年間8400万人に上り、観光業がGDPに占める割合は12パーセントにも及ぶという(2019年)。

廣田裕之(ひろた・やすゆき)

1976年福岡県生まれ。2000年九州大学文学部仏文科卒業。2002年東京大学大学院総合文化研究科国際科学社会専攻修士課程修了。2011年よりスペイン・バレンシア大学へ留学。以降、スペインを拠点に研究活動を続ける。2017年、同大学社会的経済博士課程修了。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わり、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。著書『地域通貨入門――持続可能な社会を目指して』『シルビオ・ゲゼル入門』(以上、アルテ)、『社会的連帯経済入門――みんなが幸せに生活できる経済システムとは』(集広舎)。(プロフィール写真提供:廣田氏)

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