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地域リソースを突き詰めた先にイノベーションの解がある

地方創生とは各地の個性を明確にすること

[徳久悟]山口大学 国際総合科学部 准教授

前編で、リソースの発見・統合・拡大によってイノベーションをもたらす「リソース・ドリブン・イノベーション」を活用することで、地方や途上国でもイノベーションの創出は可能であることを説明しました。

僕は企業向けにコンサルティングも行っていますが、新規事業開発やイノベーション創出に関していえば、大都市圏の規模の大きな成熟企業などの方が社内の無理解からつぶされてしまうケースが多く、実現のハードルが高いという印象を受けます。

地方の中小企業にイノベーションを創出する力が潜んでいる

現場で奮闘する30~40代の人は能力が高く、イノベーションのプロセスやサービスデザインのフレームワークなどにも通じていたり、アイデアも豊富な人が少なくありません。ところが最後に製品プロトタイプを作ろうとすると社内で許可が下りないとか、製品プロトタイプはできたのに最後のリリースのところで待ったがかかるといったことが往々にしてあるんですね。

原因としては、決裁権のある上層部が首を縦に振らなかったり、ライバル部署が横やりを入れてきたりとさまざまですが、いずれにしろ人に起因する話なのでなかなか改善できないだろうという気がします。イノベーションの種はおそらくいくらでもあるし、プロトタイプも存在するんです。面白い人も、面白いチームもある。けれども、それが陽の目を見ないのは、サラリーマン型の経営体制の問題なのでしょう。

その点、地方の中小企業はオーナー企業が多く、鶴の一声でイノベーションが一気に進むこともあります。出世レースや足の引っ張り合いに煩わされず、加えて強固な縦割りもないので、1人のエンジニアがコードを書いたり工具を使って試作したりと、経験やスキルの幅が広いのも強み。ある程度の規模の地域の中小企業は特に潜在力があります。そこに目を向けないのはもったいない話です。

向かうべきゴールや差別化の源泉となるリソースをはっきりさせる

これまで2021年度にオープン予定の「新山口駅北地区拠点施設」のコンサルティングに携わってきました。多目的ホールや公的機関オフィス、環境配慮型の集合住宅などのほか、起業創業支援センターやコワーキングスペースも設けられるということで、ここを1つの舞台にイノベーションプロジェクトを進めて地域に新たな産業を興そうという狙いです。

当然ながら、施設というハードをつくるだけでイノベーションが起きるわけではありません。すでにあるもの、あるいはまだ顕在化していないものも含めて、地域のリソースをどのようにすくい上げ、事業創出につなげていくか。ソフト面の戦略が問われるところで、それをいま練っている最中です。

各地でイノベーションプログラムがあるけれども、うまく行っているものはやはり何らかの特徴があるし、その基本は地域に根差したリソースなんですね。

例えば、福井では繊維にまつわるイノベーションが進められています。地元の繊維メーカーと東京のデザイナーをつなげて、新たな発想でプロダクト開発をするわけです。広島では県内企業を集めて、そこで働く若手の教育をするイノベーションプログラムに取り組んでいます。いわば「人材」というリソースに焦点を当てていると。福岡では「人の生活」を起点にして、目の前の収益性にこだわらず、暮らしを豊かにすることを目的とした北欧型のイノベーションを追求しています。

重要なのは、向かうべきゴールや差別化の源泉となるリソースをはっきりさせること。コアとなるものがないまま、勢いで動き出してもプロジェクトは続きません。アクセラレータプログラムが大々的に打ち上げられたのに、実際には何の変化も起きないという事例は地方に山ほどあります。リスク回避のため撤退したという決断かもしれませんが、それにしても掛け声だけで終わるケースが後を絶たないのは残念なこと。地域イノベーションに関わる人には、継続的に取り組んで地域を育てていく姿勢を持ってほしいと強く思います。

コンサルを発注する自治体側も知識やビジョンが問われる

事業を継続するには、中心になる人がいなければなりません。広島、福井、福岡も自治体にそういう人がいますし、民間主導のまちづくり事例でいえば徳島県神山町のNPO「グリーンバレー」や、大分県別府市を活動拠点とするアートNPO「BEPPU PROJECT」の代表・山出淳也さんなどが思い浮かびます。政治的リーダーでなくても、強い動機付けを持つ人がビジョンを掲げてやり切ることでうまく行くんです。

言い換えるならば、合議制で何となく「うちもイノベーションプログラムをやろう」といった具合で始めると失敗に終わるということ。アイデアがないまま、「その道のプロに頼めば何とかなるだろう」とネットでコンサルタントやデザイン事務所を探して、その人の実績や価値観、熱意なども吟味しないまま発注して、よくわからないデザインシンキングワークショップをやって、ありきたりな課題とありきたりなソリューションだけ見つかって、バンザイで終わる、しかしポジティブな変化は何ら生み出さない――というのがよくある話です。

発注する側も勉強が必要だし、ビジョンが問われます。そのあたりの知識も経験もある人が中心になって徹底してやり切ることで、プロジェクトの成功の確度はぐっと高まるはずです。


山口大学国際総合科学部のウェブサイト。「デザイン科学」の科目を開設し、フィールドワークや企業・自治体と連携したプロジェクト型研究などを通じて、実践的な課題解決能力を養う。
http://gss.yamaguchi-u.ac.jp/


徳久氏の個人ウェブサイト「dangkang interdisciplinary design lab.」。参画するプロジェクトや、思考の軌跡を含めた活動報告などがまとめられている。
http://www.dangkang.com/

多くの人の話を聞いて、最終的に
それしかないという方法論へと昇華させる

先ほど触れた山口の案件では、いま(2018年末)のところ軸がまだ決まっていません。

既存の中小企業の従業員をトレーニングをする場所にするのか、それとも純粋にスタートアップを育成するのか、あるいはアートに関わるものにするのか、いろいろアイデアは出ています。近隣地域に発酵やバイオにまつわる産業があることを考えれば、広域での連携を図るために発酵に関する事業、例えばパン屋などを立ち上げるのも一手でしょう。

今ある産業を生かすのか、あるいは全く新しい産業を興すのがということについては、一概にどちらがいいとは言いにくいですね。2016年に山口大学で「地方発イノベーションをデザインする」と題したシンポジウムを開催して、僕がコーディネーターを務めたんですが、登壇したパネリストに「シーラカンス食堂」代表でデザイナーの小林新也さんと、子ども向けの日用品を全国の伝統産業の職人とつくっている「和える」代表の矢島里佳さんがいらっしゃいました。お二人の話はとても示唆に富んでいます。

小林さんは兵庫県小野市の伝統産業である播州刃物を再生させた立役者ですが、彼がやっているのはパッケージングや販路開拓など、いってみればリブランディングです。主役はあくまで地場の技術力であり、製品は職人が考えるものというのが小林さんのスタンスなんですね。一方、「和える」では、和える側が考えた企画を職人が実現するというスタイルです。

両者のアプローチは対極的ですが、どちらも成功を収めているわけで、こういう事例を見るとケースバイケースだと感じますね。どちらが正解でなく、地場の特性やそこにいる人の考え方を踏まえたうえで方策を突き詰めていくと、その地域ならではの解が与えられる。それが結果として成功に結び付くということなんでしょう。いかに多くの人の話を聞いて、最終的にそれしかないという方法論にまで昇華させるか。そこが地域イノベーションの肝だと思います。

地方も県や市の単位で差別化の源泉があってほしい

2018年、山手線「高輪ゲートウェイ駅」の駅名発表時に注目された記事* がありました。横文字を取り入れて各駅の特性を表す新しい駅名を提案するというもので、「新橋サラリーマンサンクチュアリ」とか「新大久保グローバルスクエア」なんてものがあって(笑)。もちろん遊びの範疇なんだけど、確かに駅の特徴をとらえていていると感心する一方で、狭いエリアの中でも個性が際立つ山手線沿線の豊かさを再認識させられました。

同じように地方も県や市の単位で差別化の源泉があってほしい。例えば山口市にはこういう地場のものがあって、こんな特徴があって、こんなことが体験できるという具合です。地域の個性を明確にすることが本来の地方創生ではないでしょうか。

東京一極集中も人口減も仕方のない流れだと思います。ただ、人口減の中で、人々がその地域でどのように豊かな生活をしていくかが問題で、そこがいままさに問われている。地域ならではの体験ができたり、その土地の個性を味わう産物があれば旅行も楽しいし、インバウンドも増えるでしょう。

均質化せず、独自のリソースに焦点を当てた体験ができるまちへ

そのためには自分たちがここには何があるかを把握して、それを最適化する地域づくりをしていかなければなりません。明治以前はそれができていたのかなとも思うんです。鎖国して移住が許されなかったが故に、狭い地域で文化が濃縮され、熟成されました。さらに高い知的水準が維持される中で技術も発達。それが地域ならではの特性を生んだのではないかと。

食べ物も輸送や保存がうまく行かないこともあって、地のモノが味わえました。それが明治、大正、昭和と、どんどん均質化され、アメリカ発の似たようなものが大量に消費される時代に突入していった。それはそれでいいけれども、最近は本当に豊かなもの、地域にあるいいものを買って、つくり手の暮らしや仕事を支える循環型社会に注目が集まっているし、これがもっと根付いていく可能性もあります。

どの地方でもおいしいコーヒー屋さんがあったり、地の食材を味わえるレストランがあったりすると楽しいですよね。それが持続する、あるいは拡大していくことが実は次の時代のテーマなのかもしれません。平成の途中からそうなりつつあるけれども、もっと意識的にお金を落とす人が増えていくのではないか。そしてその流れを強化するには、消費者の期待に応える場所がなければなりません。

まちが均質化しないことと、地域リソースに焦点を当てて、それを元にした体験ができるまちづくりを進めること。少なくともこの2つが全うできれば、人口が減っていく状況でも地方はある程度の活力を維持できるのではないかと思います。

マスの消費と地域ならではの豊かさ。両方を知ることが大切

10年前は率先して地域に移住するデザイナーやクリエイターもいましたが、最近は減っています。ただ、Uターンの流れは依然としてあるので、これをうまく活用して多拠点生活をするのも面白いかもしれません。

私も東京と山口の2拠点生活をしています。地元だと帰る動機もきっかけもあるので、そういう人に地域イノベーションのチームに加わってもらうとか、そういう人をフックにして東京の人とつながるのも一手です。地方と東京のスポークをつなげて、ちょっとした流れを作るだけでも地域の人には大きな刺激になります。

僕が特に危惧しているのは、地方の学生の好奇心や探求心がぜい弱化していること。インターネットのサービスやウェブアプリ、あるいは本、映画、音楽でもいいですけど、はやりものへの感度は東京の学生の方が断然高いです。

興味のあることにしか関心を持たず、時代の最先端を知らないというのは、同じ価値観の中でしか動かない、動けないということに他なりません。年を取るほどアンテナが廃れることも踏まえると、若い人ほど多方面にアンテナを張るべきでしょう。その意味で、都市部の人と交流して新しいものや異質なものと出合う機会を設けることが大切です。

はやっているものはとりあえずやってみればいい。合わなければやめればいいんですから。マスの消費を体験しない限り、マスの感覚は分からないままです。マスも知っているけれども、地域ならではのエッジの効いた豊かなものも知っている、そんなふうに両方のバランスをうまく取れる形が望ましいし、そういう人材が育つことで地方再生もより促されると思います。

WEB限定コンテンツ
(2018.12.27 渋谷区のTHINK OF THINGSにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Kei Katagiri

「和える」の矢島里佳氏の取材記事はこちら。
前編「『待つ』経営で他社と根底から違う強みを醸成」
https://www.worksight.jp/issues/992.html
後編「体験を通じて心の変化を促すのがデザインの本義」
https://www.worksight.jp/issues/995.html

* くらげ氏のツイッター投稿。

徳久悟(とくひさ・さとる)

1978年山口県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了。博士(政策・メディア)。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科特任講師、takram design engineeringアソシエイトを経て、2015年より山口大学国際総合科学部准教授。大学院在学中の2004年、動画プリクラ事業を主とするUTUTU Co.Ltd.を共同創業。2009年、IPA未踏人材育成事業に採択されたのち、携帯動画装飾エンジンPovieを企画開発。2013年、個人投資家及びビジネスパーソン向けメディアの運営等を行う株式会社ナビゲータープラットフォームの取締役CXOに就任。2014年、ココナッツ・ジュースから作る醸造酒・蒸留酒の開発を行う株式会社ワニックを共同創業。(左写真提供:徳久氏)

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