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「待つ」経営で他社と根底から違う強みを醸成

伝統を現代の感性と和え、次世代へつないでいく

[矢島里佳]株式会社和える 代表取締役

10代のころから職人技や伝統文化に魅せられ、学生時代にはフリーライターとして全国の産地の職人さんを訪ね歩いていました。取材の中で、職人さんたちの素晴らしい技術と質の高い作品に触れることができましたが、その一方で、伝統産業品や工芸品の需要は年々減少し、後継者問題もあり、徐々に衰退し、厳しい局面に置かれていることを知りました。

これだけ魅力的な伝統産業がどうして衰退していくのかと疑問に感じ、自分にできることは、多くの人に伝統産業に触れる機会を持ってもらうことだと考えたのが起業のきっかけです。

日本の伝統を次世代につないでいくために、「伝統や先人の智慧」と「今を生きる私たちの感性」を合わせて新しい価値を作りあげていこう、両者を融合して別の何かをつくるのでなく、それぞれの個性や特長を活かしながら互いの良さを引き出していこうと考えました。ゴマ和えのように、素材同士の良さを残しながらさっと混ぜ合わせるイメージですね。そこで社名を「和(あ)える」にしたのです。

伝統や文化になじむには、生まれたときから触れること

最初に手掛けたのは“0から6歳の伝統ブランドaeru”(以下、aeru)です。赤ちゃんや子どもの時から大人になっても使える、もしくは引き継いでいただける、器や衣類などのオリジナルの日用品を全国各地の職人さんと一緒に作り販売するというもの。伝統文化になじむには、生まれたときから身近にあるということが一番自然だと思います。そういう環境で育った子どもたちが増えれば、大きくなってからも職人さんが丁寧に作ったものを使い続けるでしょうし、さらには職人となって伝統産業を支える一人になるかもしれない。そんな期待もありました。

徳島産の本藍染職人が染め上げた産着、タオル、靴下をセットにした『徳島県から 本藍染の 出産祝いセット』からスタートして、現在は器やおもちゃなども加わり、色違いを含めると60点以上のラインナップになりました。内側に返しをつけて食べ物をすくいやすくした『こぼしにくい器』は磁器の砥部焼(愛媛)、陶器の大谷焼(徳島)、津軽焼(青森)、山中漆器(石川)の4種。段差をつけて小さな手でも支えやすくした『こぼしにくいコップ』シリーズは、漆器の津軽塗り(青森)、小石原焼(福岡)、琉球ガラス(沖縄)の3種があります。他にも、『愛媛県から 手漉き和紙の ボール』や『大分県から 竹細工の ベッドメリー』、『佐賀県から 有田焼の はじめてのお茶碗』なども人気です。

2016年にはホテルの1室を、泊まって地域の伝統や文化を体感できるお部屋にプロデュースする”aeru room”* 事業も立ち上がりました。第1号の「長崎の伝統や歴史を感じるお部屋」では、長崎の波佐見焼のコンプラ瓶や出島で使われているものと同じ様式の唐紙などで調度品を設えました。第2号の「明珍火箸(みょうちんひばし) 瞑想の間」では、姫路の伝統産業品である明珍火箸の音色を楽しみむことができます。雪見障子やすだれ、漆塗りの天井など、職人さんの技の粋を集めたお部屋で“異日常感”を味わっていただけるということで、こちらも好評をいただいています。

起業前は、衰退してきている伝統産業を扱うということで「うまくいかないよ」「利益が上がらないよ」とアドバイスしてくださる方もいましたが、実際に商品を世に出してみたら老若男女さまざまな方々が反応してくださいました。多くの方が潜在的に「こういう商品やサービスがあったらいいのになあ」と思っていたのでしょう。

時間をかけてパズルのピースを集めていく

潜在的な需要を掘り起こす、上手なモノづくりの方法があるのかと聞かれれば、これといって思い当たることはありません。ただ、ひとつ言えることは、何をするにも時間をかけることが大切だということです。

例を挙げると、aeruの直営店の出店ですね。東京と京都に直営店を持つことは2011年の創業時からの目標で、それぞれの場所で何件も物件を見て回ってはいたのですが、これだというものになかなか出逢えませんでした。でも出店を急ぐことはしませんでした。最終的に現在直営店を構える場所に決めたのは東京は2014年、京都は2015年。当初から構想のあった理想的な場所に巡り合うには3~4年の時間が必要だったということです。

時間をかけていろいろなパズルのピースを集めていくような感覚で、これはどの事業でも共通して重視していることです。お店を作るにせよ、オリジナル商品を作るにせよ、新たな事業を生み出すにせよ、完成の絵は最初に見えているのです。でもピースが足りないのであれば、それは時期尚早ということ。ピースがないのに無理に進めたり、似たようなピースで妥協したりということはせず、これだというものが見つかるまでじっと待つのです。“aeru room”も、想いを同じくするホテルのオーナーさんとご縁をいただいたことで、事業が具体化していったという経緯があります。

事業展開には、待つ忍耐力とすぐに飛びこめる準備が必要

採用も同じように時間をかけます。直営店の出店や、新規事業が拡大する中で仲間がもう1人ほしいという状態が数年続きましたが、なかなかピンと来る人に出逢えませんでした。1年かかってやっと「この人だ」という人が見つかったときの、その後の展開の早いこと。会社に合わない方を無理に入れるより、みんな限界まで待った方がいいと考える。そういう文化を育んでいる会社なのです。

限界まで頑張れるのは完成の絵が見えていればこそ。絵が見えていないと苦しいでしょうね。光が見えないから、どうしていいのか分からないし、じっと待つこともできない。でも闇の中でも光が見えていると、そこに向かって行けばいいと分かるから楽ですし、待つことができるのです。

そう考えると、事業展開で一番大切なことは待つことと言えるかもしれません。待つ忍耐力と、これという対象を見つけたときすぐ飛び込める準備が必要ですね。少し先を見て、待つということは大変ではあるけれども、無理や妥協を重ねるよりも早く目標に到達できているように思います。


株式会社和えるでは、幼少期から使えるオリジナルの日用品を全国の職人と共に作る”0から6歳の伝統ブランドaeru”の企画・開発・販売、ホテル客室のプロデュース、企業ブランディングなど、日本の伝統産業の技術を活かした事業を多方面に展開している。設立は2011年3月。
https://a-eru.co.jp/

* aeru roomは「セトレグラバーズハウス長崎」と「セトレハイランドヴィラ姫路」にて展開中。(2017年5月現在)

  • 産着、靴下、フェイスタオルをセットにした『徳島県から 本藍染の 出産祝いセット』。(写真提供:いずれも株式会社和える)

  • 左から、『青森県から 津軽焼の こぼしにくい器(平皿)』、『石川県から 山中漆器のこぼしにくい器(ボウル)』、『徳島県から 大谷焼の こぼしいくい器(深皿)』。どれも内側に返しがついているので、スプーンで食べ物をすくいやすい。

  • aeruの商品は全て職人の手作業で仕上げられる。写真は青森の津軽焼。ろくろを挽きながら丁寧に形を整えていく。

  • 愛媛県西予市で作られる『愛媛県から 手漉き和紙の ボール』。鈴の入った籐の木で編んだボールに、職人が何度も和紙を漉く。五感を刺激するおもちゃだ。

  • “aeru room”第2号の「明珍火箸 瞑想の間」。ホテル「セトレハイランドヴィラ姫路」の一室で、明珍火箸の音色を聴きながらゆったりと過ごす。

和えるが手掛ける事業の一部

社会と人々の想いを体現できれば
売上は後からついてくる。

経営するうえで重視しているのは、人々の想いをどれだけ体現できているかということです。「こういう日本だったら住みやすいのになあ」とか「こういう仕組みだったらいいな」といった、声にならない声を感じ取って、では私たちがやってみましょうという感じです。もちろん、経営なので真剣勝負。ある意味で、大きな失敗が許されない実験をし続けているのかもしれません。

私たちの取り組みが正しければ、売上や利益は後からついてくるはず。そういう考えでこの6年間やってきて、それはやはり正しそうだと感じています。発想がシンプルだから経営上の不安もないし、決断するときもあまり迷いません。

ずっとプラスであることを求められたら、本質からずれてしまう

もちろん売上も大事ですが、数字を気にするのは10年目くらいからでよいのではないかと思っています。前年対比や収益のみを追い続けると、マイナスになったとき状況が悪いように感じてしまいませんか。

でも、開発や環境整備などで思い切った投資が必要になることもあるわけで、そこにとらわれないから一時的な落ち込みも怖くない。それがバネになって次のプラスがちゃんと育つのです。ずっとプラスであることを求められたら、本質からずれてしまうような気がしますね。

最近の起業の世界は数年で黒字化、上場し株を売却して資金を回収したら次の会社へ、というケースが多いですよね。もちろんそれは1つのあり方ですので良いと思います。しかし、そのタームでできるビジネスモデルは単一化してくると感じます。この時代だからこそ、いろんな時間軸のビジネスが出てきて良いと思います。和えるは、ひたすら待てる状況を生み出すことが、他の企業とは根底から違う価値を生むことにつながるのではないかと考えています。

この6年でやっと基盤ができて、あと4年で社会に与えるインパクトと売上のバランスを重視するフェーズに入るといった感覚です。和えるという会社を私たちは我が子のように考えていて、たとえるならば今は6歳の「和えるくん」なのです。和えるくんは険しい山登りはしないで、なだらかな丘をたまにちょっと下ったりもしながら、ゆるやかにかけっこしていく、そんなイメージですこやかに育んでいきます。

職人さんとの関係性は「買う/買われる」ではない

起業して2年目に資金繰りに行き詰ったことがありました。職人さんの商売が安定するようにと、発注した商品は全品こちらで買い取る仕組みを採っているのですが、当時はまだ思うように販売が伸びず、資金が底をついてしまったのです。必死で資金を工面しても入金が1か月後となり、職人さんにお支払いが1か月後になってしまうというお電話をしました。

すると、どの職人さんも「いいよ、大丈夫だよ」「僕らには和えるが必要だから支払いは待つよ」と優しく声をかけてくださったのです。怒って当然の場面ですけど、それどころか「いつも全部買ってくれるけど大丈夫かなって心配してたんだよ」と親身に気遣ってくださいました。この時、職人さんは家族だなあと実感しましたね。

私たちは「買う/買われる」という関係性を作ってきませんでした。それができたのは、なぜこの会社を始めたか、何のために私たちが頑張っているのかということが伝わっていたからでしょうし、ともに次世代に日本の伝統をつないでいこうという想いを共有できていたからだと思います。

金融機関とのお付き合いも同じで、例えば東京や京都の直営店を出店するときには、信用金庫さんに資金を貸していただきました。私たちの想いを聞いてくださるし、そういう想いを持った方が地域で頑張ってくれるのはうれしいと言ってくださったので。ここでもやっぱり「借りる/貸す」というだけの関係性ではないのです。

お世話になっている金融機関さんは、みなさん本当に和えるの経営状態について批判や口出しをしません。もちろん借りた分をちゃんと返していることもあるでしょうが、それでもいろいろ言いたい人はいると思います。でも、創業10年は売上より環境づくりに重きを置きたいという私の考えを理解して、いい関係を結んでくださる方が多いですね。本当に恵まれています。

ビジネスの根底にあるのは人間と人間のつながり

そういう血の通った関係を築くには、月並みかもしれませんけど、やっぱり、会うこと、話すことが大事ですね。

職人さんとのお付き合いでは、近くに行く機会があれば顔を出しに行きます。ビジネスライクなことではなくて、単に会っておしゃべりしたいから(笑)。私のことは「里佳ちゃん」と呼んでくださいますし、家族や親戚のような感覚ですね。うまいシステムがあるわけでもない。ただ人間臭いことをひたすらやっているだけです。

社員の家族も同様で、和えるに入社してくださる方のご実家にお邪魔して、ご家族と話しますね。時にはご飯をごちそうになったりもして。旦那さんがいれば旦那さんや奥さんとも一緒に食事会をします。お互い顔が分かっている方が安心できるし、社員みんなが家族のみなさんを知っているので、例えば家族の誰かが病気になったというような場合、「早く帰って看病してあげて」「家族を優先して」という言葉が自然と出てくる。

誰かを“自分に近い人”に変えていくには会うことが大事。ビジネスというとモノやお金のやりとりと考えがちですが、根底にあるのはやっぱり人間と人間のつながりなのですね。

WEB限定コンテンツ
(2016.3.23 品川区のaeru東京直営店「aeru meguro」にて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Tomoyo Yamazaki



矢島氏の著書。『和える-aeru- 伝統産業を子どもにつなぐ25歳女性起業家』(早川書房/上)では創業までの経緯やこれまでの挑戦を率直につづっている。 『やりがいから考える 自分らしい働き方』(キノブックス)は、働くことに対する疑問や葛藤に対して、シンプルな目線で解決のヒントを探る本だ。

矢島里佳(やじま・りか)

1988年東京都生まれ。職人と伝統の魅力に惹かれ、19歳の頃から全国を回り、大学時代に日本の伝統文化・産業の情報発信の仕事を始める。大学4年時の2011年3月、「日本の伝統を次世代につなぐ」株式会社和えるを創業、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。日本全国の職人と共にオリジナル商品を生み出す“0から6歳の伝統ブランドaeru”を立ち上げ、東京・京都に直営店を出店。その他、日本の伝統を暮らしの中で活かしながら次世代につなぐさまざまな事業を展開。

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