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イノベーションの素は日常のそこかしこに転がっている

デザイナーの使命はメンバーのクリエイティビティを発動させること

[野崎亙]株式会社スマイルズ 取締役、クリエイティブ本部 本部長

僕がトップを務めるのはクリエイティブ本部という部門ですが、何をクリエイトするかというと、“外部に向けた価値”ということになるでしょうか。

スマイルズの事業* はそれぞれに事業部があるのですが、僕らは大枠のビジョンを示しながら、企画から始まり業態開発、立地取得、デザイン、ブランディング、広報、さらにはウェブサイトの構築まで幅広くコミットしていきます。全体を統括しつつ、一連のフェーズで最良の価値を創出できるよう、各事業部と一緒に並走していくようなイメージですね。

カフェとワークスペースが一体となったセカンドオフィス

取材を受けているこのお店「RETHINK CAFE SHIBUYA(リシンクカフェ シブヤ)」は、日本たばこ産業株式会社(以下、JT)が展開しているもので、我々スマイルズがプロデュースしました。

きっかけは、JTさんから低温加熱式たばこ「プルーム・テック(Ploom TECH)」** を楽しめる場を作りたいというお話をいただいたことにあります。そこで非喫煙者と喫煙者がつながる場所として、カフェとワークスペースが一体となったセカンドオフィスのような形態はどうかと提案しました。

最近は禁煙エリアが増えたけれども、空気を汚さないプルーム・テックなら、周りの人に配慮しつつたばこを楽しむことができます。たばこがよく吸われていた場所といえば、喫茶店や仕事場ということで、両者の機能を併せ持たせれば面白いと考えました。

ちょうど立地的にもファッションやデザインなどのクリエイティブオフィスが多いので、一息つく場として、また仕事の延長で使える場があれば重宝されると思ったし、クリエイティブ系の方に親しんでもらえればプルーム・テックにとってもブランディングになるでしょう。

たばこは敬遠されるけれども、パイプや葉巻は許容されるんですよね。それは紳士のたしなみというイメージがあるから。それと同じように、プルーム・テックがこれからの新しいたしなみになればいいなと思っているんです。例えば、アップルのパソコンやコーヒーのそばに普通にあるとか、現代的な空間でクリエイティブワーカーが一服するときに吸っている――そういうイメージを形成することが大事なのではないかなと。

喫煙者に受け入れられても仕方がないんですよ。大多数の方がたばこを敬遠するご時世ですから、競合商品と戦っても小さな器の中でパイの移動をするだけになってしまう。非喫煙者に「プルーム・テックだったら吸っていい」と受容される存在になることを目指すべきではないかということで、このカフェの形が出来ていったんです。

リラックスの時間が創造的に働くためのトリガーになる

もう1つ、プルーム・テックを吸う人にも新しい価値を提供できればと考えました。たばこを吸っている時間は仕事外と思われがちだけど、案外そこで議論が深まったり、物事が決まったりすることもあるんですよね。というのも、リラックスすることで新しい視点や思考が生み出されるから。それをこの場で具現できたらいいなと考えました。

僕自身、仕事中にちょっと抜けて外を散歩したりすることがあります。ぼーっとぶらぶらしているように見えるんだけど、実はその間に頭の中を整理しているんですね。それで職場に戻って仕事がどんどん進められる。状況を変えることで思考をリセットし、洗練させる。セカンドオフィスと銘打っているのはそういう側面もあるわけです。

モチベーションを上げるためのトリガーは人それぞれなので、RETHINK CAFE SHIBUYAにはいろいろなものを用意しています。コーヒーやプルーム・テックはもちろんのこと、例えば漫画も。仕事中でも読みやすいように白いカバーをかけて、ビジネスとリンクしそうなキャッチコピーを付けているんです。『スラムダンク』だったら「天才たちも練習している」という具合。ちょっとやる気が湧いてきませんか?(笑)

階段脇にたくさんのオブジェを置いているのも、何らかの刺激材料になればという思いからです。違うジャンルのものを一緒に置いたり、本来とは違う使い方をしてみたりと、シンプルな造形のモノを脈絡なく並べているんですが、視点を変えることで新しい可能性を生み出せるのではないかという試みです。ここを利用する人がふっと目にしたときに何か感じてくれたら。

そういう余白の時間も含めたものが働くことだし生きることだと思います。一心不乱にキーボードを叩いているようなときってアウトプットはしているけれども、実は思考できていないんですよね。むしろ一息ついているときにピンと来る。リラックスの時間こそが創造的に働くためのトリガーになっているわけで、そんなふうに視点を移動させるスイッチとしてこの場所が機能すればいいなと思っています。

株式会社スマイルズは、代表取締役社長・遠山正道氏が2000年に設立。売上高17億6,400万円、従業員数は社員93名、アルバイト約180名(いずれも2017年3月)。
http://www.smiles.co.jp/

* スマイルズでは2018年2月現在、自社開発事業として「Soup Stock Tokyo」「PASS THE BATON」「giraffe」「100本のスプーン」「PAVILION」「刷毛じょうゆ 海苔弁山登り」「スマイルズ生活価値拡充研究所」、出資・インキュベート案件として「れもんらいふ」「株式会社ROZZO」「my panda」「株式会社Edward」「株式会社森岡書店」「雨上株式會社」「株式会社STORY&Co.」を展開。この他に外部案件のコンサルティング、企画プロデュース、ブランディングなども行っている。

** プルーム・テックはバッテリーとカートリッジで構成されるたばこ用デバイス。JT独自の低温加熱方式で、空気を汚さずにたばこの味わいを楽しめる。

RETHINK CAFE SHIBUYAのウェブサイト。
http://rethinkcafe-shibuya.jp/

  • 渋谷駅、原宿駅に近い好立地。1階がカフェ、2階がワーキングスペースとなっている。

  • ワーキングスペースにある事務用品やコピー機は自由に使うことができる。

  • 階段脇のオブジェ。「あえて種々雑多な配置にすることで、見る人のクリエイティビティを刺激できれば」と野崎氏。

  • カフェでは野菜中心のどんぶりメニューを提供している。盛り放題のトッピングが人気。

  • カフェにはオープン席のほか、奥まったテーブル席も。仕事のミーティングで使われることもあるそうだ。

  • カフェの一角ではプルーム・テックや仕事で使えるユニークなグッズを販売。

RETHINK CAFE SHIBUYAの様子

自分の中に沈殿している点と点が妄想の中でつながっていく

一般的に事業開発というと、リサーチやマーケティングなどを通じたロジカルな手法を採ることが多いと思いますけど、僕はそうじゃないんです。どんなプロダクトやサービスがあればお客さんが満足できるかというシーンを具体的に思い描く。いってみれば妄想するわけです。

もちろん、理詰めで考えることもします。RETHINK CAFE SHIBUYAの場合、プルーム・テックというテーマをいただいて、非喫煙者に受け入れられることが重要だと考えたのはロジックで導き出した戦略です。ただ、例えばどんぶりや漫画は以前から何か可能性が引き出せそうだと気になっていた。そういう自分の中に沈殿している点と点が、構想を練るうちにつながっていくんです。

どんぶりってご飯もおかずも一度に食べられて満足感が得られるし、いろんな食材を一皿に盛り込むということで多様な価値観の同居ともいえます。また、漫画は学生時代に「これを読み終えたら勉強しよう!」といったスイッチを入れるトリガーでした。さらに、たばこを吸っているときに実は一番思考しているということも実体験から感じ取ったこと。

そこからたどって考えた結果、仕事外の時間が実は仕事の時間に包括されていて、両方があって初めて仕事は成立していると分かるんですね。さらに、プルーム・テックという喫煙者と非喫煙者をつなぐデバイスを使って、おいしいものを食べつつ、たばこの時間も楽しむ。周りの人に配慮しつつ、自分もリラックスする。そういう両義性を表現するものとして、「CLEAN&HUNGRY」というコンセプトが生まれたわけです。

日頃の経験を敏感にとらえ、
いかに昇華するかがイノベーションのカギ

どんぶりや漫画以外にもたくさんの点があったけれども、それらは絶対に強引にまとめません。なぜなら、無理矢理くくると嘘になってしまうから。

それぞれの点と点を見るだけでは関係がなさそうだけど、それは1人の人間から出ているものだから確実に何らかのバックボーンに根付いている。だから後でちゃんとつながっていくはずと思って、ロジックよりもイメージに重きを置いています。

チームで議論するときも、まずはたくさんの具体的なティップスを出してもらいます。それを咀嚼したうえで一度全部捨てるんです。それからアイデアを1から書き出す。そうすると、その企画の中で意味のあるものはちゃんと残って、面白いけれども必然性のないアイデアは消えていく。アイデアを全部生かそうとすると脈絡のないものの集合になって、新しさも個性もないものになってしまうけれども、自分というフィルターを通してふるいにかけることでそれを回避するわけです。

だから僕らの発想の源泉は具象なんですね。具象化を進めていくことで、初めて新しいフレームが見えてくる。まず何らかのフレームワークを作って、それに基づいた施策が決まっていくのとは逆で、僕らは新しいフレームワークを作るためにフレームワークを作らないということです。

日頃の経験を敏感にとらえることで、アイデアの元になる点を多く蓄えることになります。言い換えれば、イノベーションの素は日常のそこかしこに転がっているということ。普段の生活で触れるあらゆるものに敏感になって、そこから引っかかるものを拾っていく。それをどう昇華するかでイノベーションになるかどうかが決まると思っています。

エビデンスよりも具象的な要素が人の心を動かす

社外の関係者やクライアント、株主の方々には、事業の目指すところや需要の見込みなどをしっかりロジカルに説明します。それでも彼らが一番ぐっとくるポイントは、やっぱり具体的な状況なんですよ。「気分転換するといいことを思いつきませんか」と尋ねると、みんなうなずく。経験していることだから納得が得られやすいんです。

統計データうんぬんよりも、自分がよくわかっている具象的な要素の方が気持ちが動くわけです。

ある1人の人がその経験がいいというならば、2人目がいる可能性は高いでしょう。でも、よくわからないけど、いいらしいと言われているところには誰もお客さんがいない可能性が高い。ゼロの可能性が高い。だったら1人確実にいる方が2人目、3人目を発見しやすい。それを信じていて、なるべく皆さんがイメージできることをテコに話すことが多いですね。

プレゼンは絵1枚でやることもあります。作ろうとしている場をリアルにイメージできていれば、つまり、どういう状態であればお客さんが心地よく過ごせるかが見えていれば、細かい部分は必然的にパタパタと決まってきます。

メンバーのイメージが爆発するきっかけを作る

例えば、ファミリーレストラン「100本のスプーン」では業態開発とブランディングを担当しましたが、その時は子どもがお父さんのまねをしている写真1枚でプレゼンしました。「子は親を映す鏡である。初めてのレストランへようこそ」というコピーを付けて、これがやりたい業態ですと。

これまでのファミリーレストランは子どもを子ども扱いするのが定石ですよね。でも、子どもはむしろ大人ぶりたいんです。お父さんと息子がバーカウンターで密談したり、お母さんと娘さんが2人で女子会を開く。そんなふうにちょっと背伸びして大人と同じことができる場所にするために、メニューは大人用と子ども用に大小のサイズを用意しましょうと。

こんなふうに業態のイメージや具体的な利用シーンを提示したら、僕の仕事はほぼそこで終わります。骨格さえあれば、「それならこんなこともありますよね」「こういうシーンもありますよね」と担当者のイメージが膨らみ出して、具体的な作業に落とし込まれていく。大事なのは大本となる最初の共感できるシーンを作ることなんです。

事業をデザインする人は、自分自身がクリエイティビティを発揮するというより、いかに周りの人たちのクリエイティビティを発動させられるか、その能力が問われると思います。そのトリガーは人によって絵だったり、あるいは言葉やストーリーであるかもしれませんが、いずれにしろメンバーのイメージが爆発するきっかけを作ることが大切なんでしょうね。

WEB限定コンテンツ
(2018.1.9 渋谷区のRETHINK CAFE SHIBUYAにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Kazuhiro Shiraishi


100本のスプーンのウェブサイト。
http://100spoons.com/

野崎亙(のざきわたる)

株式会社スマイルズ 取締役、クリエイティブ本部 本部長。1976年生まれ。京都大学工学部卒。東京大学大学院卒。2003年、株式会社イデーに入社し、新店舗の立ち上げや新規事業の企画を担当。2006年、株式会社アクシスに入社。大手メーカー企業などのデザインコンサルティングに取り組む。2011年、スマイルズに入社。giraffe事業部長、Soup Stock Tokyoサポート企画室室長を経て、現職。全ての事業のブランディングやクリエイティブを統括するほか、外部案件のコンサルティング、ブランディングも手掛ける。

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